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軍事・テロ対策



中東イスラム世界 社会統合研究会  軍事・テロ対策

アブダビより:フーシー派が主張するアブダビ攻撃を受けて

令和4年(2022年)1月24日
本田圭



 (事実関係)

 2022年1月17日、イエメンの反政府フーシー派が主張するドローン攻撃で、アブダビのムサファ地区の3つのガソリンタンク・トラックがADNOCの石油貯蔵施設の近くで爆発した。これにより2人のインド人とADNOCで働いていたパキスタン人1名が死亡。UAEの中心部にあるアブダビ国際空港の建設現場でも火災が発生した。事態を受けUAE政府は、攻撃の責任者について「責任を問われるべきである」として国際社会にも同行為を糾弾するよう呼びかけ、サウジ主導・UAEも参加するアラブ連合軍は、首都サナアほかに24時間にわたって空爆を加えた。

 なお17日のアブダビへの攻撃に関し、フーシー派はミサイル攻撃も主張していたところ、駐米UAE大使がこれを認めており、ロッキード・マーティン社の対弾道ミサイル迎撃システムTHAADにより1つの弾道ミサイルが迎撃された旨報じられている。同THAADが実戦で運用されたのは初めて。

 また一週間後の24日、UAE国防省はアブダビにて2つの弾道ミサイルを迎撃した旨発表し、また米中央軍もアブダビ首長国内のダフラ基地にて2つの弾道ミサイルを迎撃したと発表した。


(現地からの報告)

 17日の攻撃は、アブダビではもちろんニュースになっており、攻撃主体者と主張するフーシー派のヤヒヤ・サリーア准将は、「敵国」UAEで働いている外国人駐在者・労働者また投資関係者等に対し、さらなる攻撃の可能性につき警告、UAEから退避を促す旨Twitterで発していた。しかしUAE当局の方針もあってか当地ではそこまでの混乱を招いている感じはなく、平穏な日常生活を送れている。2019年ペルシャ湾におけるタンカー連続攻撃事案の経験も影響しているのかもしれない。一方、UAEの一般市民はこれらのことについて積極的に語ろうとしないことからも、政府の方針次第ということだろう。ただ人々も不安を抱え、政府も警戒を最大限にしていたことは確かであり、22日にはUAE内務省が民間や個人に対するドローン飛行停止を命じ次の攻撃に対する警戒を張っていた。そして今回24日ミサイル攻撃となった。正月明けにもフーシー派はUAE船舶を拿捕した旨発表しているが、これらのフーシー派の動きは、UAEが訓練している民兵がイエメンでかなりの躍進を見せており(注1)、フーシー派は前進しても後退してもかなり難しい状況であるため、UAEを直接攻撃する形でメッセージを送っているのだろう。今回、UAEは欧州世界各国から、UAEを支持する声明をとりつけており、またイランとの関係も改善されている(注2)こと、また2022年1月より悲願の国連安全保障理事会非常任理事国となっていること、これまでの軍事的・強硬的やり方で非難を浴びた2014―2019年の軍事的冒険的外交姿勢から、ウラー宣言(注3)をターニングポイントとして経済的冒険の希求に切り替えたこと、様々な地域への外交・軍事・投資・援助・開発等あらゆる形での野心的進出によりここ数年で様々な外交カードを手に入れたこと、またUAEが気に掛ける国際社会での評判について鑑みると、テーブルの下、もしくは国際機関を通じて、または国際社会を味方につける方法で問題を解決しようとするのではないか。

 イスラエルとの関係に目を向けると、イスラエルのネゲブ砂漠で行われた合同軍事訓練参加、また軍事・科学技術に関わる協力などは進んでいたが、この攻撃を機に更なる軍事・テクノロジーを中心とした関係づくりが促進されるかもしれない。実際に、17日の攻撃後にイスラエルから防空ミサイルシステム調達増加を計画している旨報じられている。防空ミサイルに関して言うと、攻撃前日の16日には当地を訪問していた韓国の文大統領と韓国製防空ミサイルシステム調達に関する覚書も結んでいる。話をイスラエルとの関係に戻すと、これまでUAEはパレスチナ問題やシリア問題等の解決に向け、シリアのアサド政権含む鍵となる各国との関係構築・調整しながら、アクターとして参加するためにもアブラハム合意で手に入れたイスラエルとの対話カードを最大限に使おうとしていると感じられる。アブラハム合意の牽引者であるUAEだが、昨年11月にはイスラエル、そして1994年に平和条約を結んでいたヨルダン間の水・エネルギー分野での協力合意締結の仲介を行った。米国のケリー機構問題担当大統領特使も立ち会う中、ドバイで署名式が行われたところ、この合意にはヨルダンに建設する太陽光発電所で生産された電力をイスラエルの海水淡水化施設に供給し、その水をヨルダンに供給するというウィンウィンのプロジェクトも含まれている。UAEはプロジェクトの資金提供者であるが、同プロジェクトにはパレスチナ問題を解決する上で外すことのできない米・イスラエル・ヨルダンが介在しており、地理的にも歴史的にも同問題への関わりは限定されているUAEではあるが、カードを最大限に生かししっかり食い込んだ。シリアについても、はじめは他のアラブ諸国と並びアサド政権を非難し、結果シリアはアラブ連盟から除名になったが、ロシアとイランに支援されたアサド政権の継続が明白になると、2018年に在シリアUAE大使館を再開、アサド政権との関係再構築を開始した。両国関係は、2021年のアブダッラ―UAE外務・国際協力相とアサド大統領のダマスカスにおける会談を以てある種の王手といったところか。また、トルコ、イスラエル、エジプト、仏等様々なアクターが利権を狙う東地中海の天然ガスを巡る対立にも、ギリシャやキプロス等小規模アクターを使用しながら関与していたが、これは11月のムハンマド・アブダビ皇太子のトルコ訪問しトルコとの関係改善に動いたことから一つ章が変わったと言えるかもしれない。ちなみにUAEは2017―2021年まで続いたカタールボイコットのメンバー、言えば牽引者であったが、トルコというNATO加盟国がカタールのバックについたことで、UAEに不利な状況が発生したことから、自らもNATO加盟国との関係強化、しかも優位性がとれる形でのそれを狙っていたのではないかと穿ってみている。また近年、エジプト、ヨルダン、イラク間の関係が強化されていることにも注目したい。詳細は省くが2021年6月、イラクのカーディミー大統領はバクダッドでエジプトのエル・シーシー大統領、ヨルダンのアブドゥッラー国王を迎え、三か国サミットを開催した。これは地政学的な現実が変化する中で、関係を強化し、共通の地域ビジョンを構築することを目指すものと見ることができる。具体的な協力の一例として7月にエジプトはイラクに対する電力供給拡大を約束した。これにまず、そのエジプトとイラクの間にあるヨルダンに向けた供給路を拡大する必要がある。もちろん約束し計画を立てたからといって、それが為される保証はない。特に中東では。またUAEのこれらの国に対する資金援助、投資、特にムスリム同胞団政権から政権の座を手にしたシーシー大統領に対する支援、リビアにおける協力、またヨルダンのアブダッラ―2世をアラブの春から「救った」ことは気に留めておく必要がある。またイランとサウジの仲介を申し出たイラク、そしてそのイランとの関係における重要性は誰もが認識しているものである。

 これらUAEの動きを総観すると、一つのアイデアに達する。というのは、2015年イラン核合意に関し、サウジアラビアと共に「隣国であるのにも関わらずイランとの核協議に組み込まれていない」と不満を述べ続けていたUAEは、やはりアクターとして初めから枠組みに入ることが如何に重要であるか実感し、それらが外交におけるモチベーションに繋がっていると見える。もちろん、アラブの春、ムスリム同胞団やイスラム主義者への対峙、UAEのデ・ファクト・リーダーがムハンマド・アブダビ皇太子となったことなども要素である。またUAEの外政はリアリズムを越えたプラグマティズムであること認識することも必要である。

 2019年のペルシャ湾タンカー攻撃、サウジ石油施設攻撃を経て、イランとの関係を対立から関係構築に完全シフトしたUAEのイラン接近について、イスラエルは不満の意を表していたものの、UAEが意に介している素振りはなかった。もちろん今回の攻撃に関し、イスラエルは殊更「イラン支援のフーシー派」とアピールしているが、今回の攻撃を実際にイラン指導部が支援していたかは不明である(昨年から計8回、ライシ政権発足後も2回実施された)イランと米国との核協議は膠着が伝えられる一方で、実はイランにとって順調に進んでいるとの見方もあり、イランがこのタイミングで国際社会を敵にまわすことをするか否かは不明である。高等テクとしてフーシー派による攻撃を少なくとも黙認し、UAE等からのオファーを受け、同勢力の動きを管理する姿を示すことで、自らの重要性を見せつける目的もあると考えを巡らせることもできるが、いまいち解せず、やはりフーシー派の独断である可能性が高いのではないか。ただ、この辺のことは不明である。

 イスラエルとUAEは、地域内では先進的でそれなりに市場もある国同士であり、イスラエルにとってUAEは武器やインフラ、テクノロジーの買い手として、UAE側から見ると議会、世論を有し、また人権問題にも厳しく、色々と要求してくる欧米よりはイスラエル、中国、ロシア等と取引したほうが、物事が進みやすいと考えているように見受けられる。

 今中東諸国の中で、イスラエル・パレスチナ問題に対する公式的なカードを最も有しているのはUAEであるとも思う。イスラエルとアブラハム合意によって公式に結ばれた(注4)ことで、もともと国交を有していたエジプト、ヨルダン、また内内の関係をもっていたものの表面上は敵対していたシリア、トルコ等との政府との間を渉れる権利を手にした(注5)ので、何か大きな動きを狙っているかもしれない。 一方、直近のUAEにおけるフーシー派が犯行を主張する攻撃について、経済の多角化を目指し、魅力的な投資先であることを売りにしているUAEからすれば、今回のような攻撃はダメージが大きく、その意味でフーシー派は限られた資材と方法の中で、ある面においては効果的な攻撃をしたと思われる。しかし同時にUAEを被害者とすることに一役かったわけで、これがどう彼らにプラスになるのか、マイナスになるのかは不明であるが、UAEは如何なる方法(国際社会を味方につける、もしくはフーシー派を徹底的に攻撃する)を使っても、UAE本土への攻撃を封じ、戦争の火の手をイエメン国内にとどめることが最低限と考えているだろう。


(注1)  シャブア州をUAEが支援する「ジャイアント部隊」が制圧し、さらに、昨年秋以来フーシー派が攻勢を強めていたマアリブ県でもUAE支援部隊が押し返しているとされる。また、2022年1月初旬には、紅海でイスラエル船舶が、軍事物資を運んでいるとの理由で、フーシー派が拿捕するとの事件も起きており、フーシー派とUAE関係が緊張していた。
(注2) タフヌーン・ビン・ザーイド国家安全保障局顧問が12月6日、イランを訪問し、イブラーヒーム・ライシ大統領、アリー・シャムハーニー国家安全保障最高評議会事務局長と会談した。
(注3) 2021年1月5日、湾岸協力理事会(GCC)6カ国代表は、サウジの都市ウラーに集結し、湾岸関係の修復に合意。カタールは、2017年6月5日以来、サウジアラビア、UAE、バーレーンならびにエジプト4か国から「テロ支援」等を理由に断交され、陸海空の封鎖を受けていたが、この合意により、4か国はカタールと関係を修復することとなった。
(注4) UAEは、2020年8月13日、イスラエルとの国交正常化を発表し、同年9月15日、トランプ大統領(当時)の呼びかけに応じて、アブドッラー外相、バーレーンのザヤニ外相も出席して、イスラエルのネタニヤフ首相(当時)とトランプ大統領が、中東諸国の共存と和平を誓う「アブラハム合意」に署名した。UAEは、エジプト、ヨルダンに続いて、アラブ世界で3番目にイスラエルと国交を正常化した国となり、UAEの後、バーレーン、スーダン、モロッコが続いたことで、アラブ世界21カ国1地域で、6か国が国交を正常化したことになる。
(注5) UAEは2018年12月にダマスカスへの大使館再開に踏み切っており、2021年3月にはUAEの実質的指導者ムハンマド・ビン・ザーイド(MBZ)アブダビ皇太子がアサド大統領と内戦開始後初めての公式に伝えられた電話会談を行っており、アブドッラーUAE外相はUAEの高官としては10年ぶりにダマスカスを訪問し、アサド大統領とも会談した。また、MBZ皇太子は、リビア情勢等を巡って、トルコと緊張関係にあったが、2021年11月24日トルコを訪問し、エルドアン大統領と会談して、関係改善を模索しており、通貨安で苦しむトルコを支援する動きもみせている。



(以上)






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