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中東イスラム世界 社会統合研究会 湾岸情勢

宇宙開発でしのぎを削る中東主要国

令和4年(2022年)2月21日
新井春美



 中東情勢が混迷を続ける中、中東の主要国が宇宙開発でもしのぎを削って開発に乗り出している。その中で、今回は、UAE、イスラエル、トルコを紹介したい。


1.宇宙開発を進める中東諸国 ―UAEはトップランナーになるか―


 宇宙旅行が現実となりつつある昨今、新たなビジネスチャンスとして宇宙は魅力的である。しかし各国は単に商業的な利益や夢を追って開発にいそしんでいるのではない。国家の生存をかけ、戦略的に開発を行っている。中東ではUAEの積極的な姿勢が目を引く。
 UAEには宇宙開発に活路を求める切迫した事情がある。それは石油依存体制からの脱却が不可欠になってきていることだ。今日、世界的な環境への関心の高まりは石油をはじめとする化石エネルギー利用の減少を招きつつある。この先いつまで産油国として石油に依存できるか不透明である。このためUAEは産業の多角化、人材の育成、雇用の創出などを図っており、宇宙開発プログラムもこの流れに沿っている。2014年にはUAE Space Agencyが設立された。UAEは火星探査を国家プロジェクトとして掲げ、2020年7月には日本の企業とともに火星探査機HOPEの打ち上げに成功、2021年2月には世界で5番目、アラブ諸国では初めて火星周回軌道に到着するという成果を上げている。またアルテミス合意にも署名し、各国との協力体制づくりも着実に進めている。
 HOPEの成功によりUAEはアメリカ、欧州、インド、中国といった火星探査で先行していた国々と肩を並べることとなった。UAEが豊富な資金をバックに先進国と組んで宇宙開発に突き進んでいくならば、宇宙開発のトップランナーに躍り出ることもあり得るだろう。

UAE Space Agency
https://www.iafastro.org/
 
日本企業との協力については
https://www.mhi.com/jp/news/20200720.html
 
火星探査の状況については
https://www.sed.co.jp/tokusyu/mars.html
 
アルテミス合意は宇宙探査、利用等の諸原則に関しての政治的宣言。
アメリカ、日本、UAEなど8カ国が署名している。
https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2020/20201014.html
https://www.emiratesmarsmission.ae/


2.官民一体となったイスラエルの宇宙開発


 イスラエルは人口約934万人、面積は四国程度(併合した東エルサレムおよびゴラン高原を含む)で大きな国とはいえないが、世界トップレベルの技術大国である。武器輸出額ではイスラエルは常にランキングの上位に位置し、サイバーセキュリティの分野でも世界市場のシェアの5パーセントを占め米国に次ぐ2位となっている(イスラエル大使館経済部)。
 イスラエルでは起業が盛んであり、小規模でも野心的な企業が次から次へと出てくるが、こうした企業への投資も頻繁に行われている。新しい試みに挑戦できる土壌があることが、技術大国の基盤となっている。 宇宙開発に関しては官民の別を問わずまた企業の大小を問わず、一体となって進めている。1983年には宇宙庁が設立されて宇宙開発プログラムがスタートし、世界で8番目の衛星打ち上げ国となったほか、2017年にはフランス、イタリアともに探査衛星ヴィーナスの打ち上げに成功するなど実績を重ねてきた。2019年には民間団体「スペースIL」によって開発された月探査機べレシートが月面着陸に挑み、成功すれば民間で初、世界で4国目となるはずだった。スペースIL はイスラエル宇宙局やIAI(イスラエルエアロスペースインダストリーズ)の支援を得てベレシートの開発を進めてきた。IAIはイスラエル建国から5年後の1953年に設立され、同国の宇宙開発の主導的役割を果たしてきた代表的な企業である。
 またこうした大型のプロジェクトのみならず、ヘリオス社、エフェクティブ スペース ソリューションズ社 などのスタートアップ企業(新興企業)が日本企業との提携を進め、コスト削減型のプロジェクトを推進中である。 宇宙開発は膨大な金額がかかるため失敗すれば多額の負担を抱えることになり、慎重になりがちである。無論、慎重な姿勢は重要であるが失敗を恐れるあまり開発に遅れが生じることもある。イスラエルは勢いのある新興企業と実績のある大企業、そして明確な方針を維持する国家との協力体制が確立している。そして高度な技術、優秀な人材に加え、失敗を恐れずチャレンジできる土壌がある。こうした強みを生かし、宇宙開発においてもイスラエルは引き続き世界をリードしていくと見られる。

イスラエル大使館経済部
https://israel-keizai.org/news/how-israel-became-a-cybersecurity-superpower/
 
イスラエル宇宙局
https://www.space.gov.il/en/about/
 
スペースIL
https://www.spaceil.com/home-page/
 


3.宇宙を目指すトルコ 進むロシアとの協力


 トルコのエルドアン大統領が、2023年までに月面に着陸することを含む宇宙プログラムを推進していくと発言した(2021年2月 11日)ことが、ヨーロッパ諸国のメディアで取り上げられた。ひと昔前であれば、こうした発言は夢の話にすぎないとして大して注目されることはなかったかもしれない。しかし最近のトルコの技術、とくに兵器や装備開発といった軍事技術の発展は目覚しいものがあり、無視できなくなっている。2020年夏に勃発したアルメニアとアゼルバイジャンの紛争では、トルコ製ドローンの活躍がアゼルバイジャンに勝利をもたらしたと言ってよい。ドローン以外にも、国産戦車や攻撃型ヘリなどの開発、実用化が着々と進んでいる。こうした状況を鑑みれば、トルコの宇宙進出が近いうちに実現する可能性は低くない。
 NATO加盟諸国が懸念しているのは、トルコがロシアからミサイル防衛システムを購入したためにトルコと他の加盟国間の関係がぎくしゃくし、解決の緒が見えないことだ。そしてそのロシアがトルコの宇宙分野でのパートナーになりつつある。両国の話し合いが、積極的に進められていることが明らかにされている。
宇宙での戦争はもはやSF映画の世界の話ではなく、各国は宇宙進出にしのぎを削っている。このため宇宙利用に関しては、新たな国際的なルールや枠組み作りも急がれているところだが、実際には「早い者勝ち」の様相を帯びつつある。
 トルコはこのままロシアをパートナーとしていくのか、あるいはNATOの一員として他の加盟国とも協力を進めていくのか、それにはトルコとヨーロッパ諸国の関係改善が前提となる。「宇宙情勢」は大きな岐路に差し掛かっているといえよう。


4.(参考)イランの宇宙開発 (補足:八木正典)


 イランは、2005年10月のロシア製衛星の打ち上げにより、43番目の衛星保有国となったが、その後2009年2月にサフィール(大使)ロケットによって打ち上げられた最初の国産衛星オミード(希望)を地球の周回投入に成功し、2011年6月にはラサド(観察)衛星を周回軌道に乗せることに成功した。イランは2012年2月に、3番目の国産衛星であるナビッド(約束)を軌道に乗せることに成功したと発表。さらに何回もの打ち上げに失敗を経て、2020年4月22日、イランイスラム革命防衛隊(IRGC)は、国の最初の軍事衛星を軌道に乗せることに成功したと発表。この間、米国のトランプ政権は、弾道ミサイルプログラムを推進するために利用されていたとして、2019年にイランの民間宇宙機関と2つの研究機関に制裁を課している。イランは、2021年12月30日にも、人工衛星の地球周回軌道への投入を試みたが失敗したとみられている。米国、イスラエルは、イランの核兵器開発だけでなく、核兵器の運搬手段となる弾道ミサイル開発を警戒しており、ローハニ政権下で6回、2021年8月にスタートしたライシ政権下で2回開催されたイラン核合意と制裁解除を巡る米・イラン間の間接協議でも、米バイデン政権は、2015年7月の包括的共同行動計画(JCPOA)の合意内容に加えて、イラン側によるミサイル開発と、イランの地域に脅威を与える(悪意ある)行動を抑止する方策を求めており、一方、イランは、石油など主要産品取引への制裁解除のみならず、トランプ政権下で発動されたすべての対イラン制裁解除を求めており、双方の合意に向けての突破口がなかなか開けない状態が続いている。



(以上)






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