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ウクライナ情勢は予断を許さないが、ロシアの圧倒的な軍事力の前にウクライナは西側先進諸国からの軍事支援を受けることもなく、首都キエフの陥落も時間の問題といわれている。 ロシアやウクライナを含む黒海地域は、ソ連やユーゴスラビアの解体とそれにともなう混乱を経験し、非承認国家の存在、複雑な民族構成、宗教、言語の混在など、紛争を招きやすい要因を多く抱えている。ソ連崩壊後のEU拡大や、黒海沿岸諸国とEUの関係の深化はロシアにとって「勢力圏」を脅かす大きな脅威と映り、「許容範囲」を超えて欧米に接近する国に対しロシアは「懲罰的」な政策を科してきたi 。2014年のクリミア併合に続き今回のウクライナへの進攻もこうした懲罰といえるだろう。 今後懸念されるのはロシアが黒海地域にさらに手を伸ばし、ソ連時代の「勢力圏」を取り戻して黒海を「ロシアの湖」とすることである。これは対岸のトルコはもちろん、ヨーロッパ諸国には大きな脅威となり、ロシアと西側諸国との対立が先鋭化するだろう。ロシアが力によって勢力圏を取り戻したとなると、同様の野望を抱える国が同様の行動を起こすことは十分に考えられる。 ウクライナは黒海におけるロシア軍のプレゼンスを脅威としており、トルコに対しロシア軍艦の黒海への侵入を阻止するようトルコに要請した(2022年2月24日)。トルコは1936年締結のモントルー条約により、地中海と黒海とを結ぶダーダネルス海峡とボスポラス海峡(トルコ海峡)を管理下に置いている。トルコがこの海峡を閉鎖した場合、地中海と黒海間のロシア艦船の移動は不可能になる。 2008年のジョージア紛争の際、トルコはアメリカおよびNATOの艦船(アメリカの病院船も含む)のトルコ海峡の通過を拒否した。これはトルコが可能な限り中立的な立場を維持したかったためと、ロシアとNATO軍の偶発的な衝突を避けるためだったと考えられる。しかし2016年になるとトルコのエルドアン大統領は、黒海はロシアの湖となりつつあり安定のためにはNATOのプレゼンスが必要である、行動を起こさなければ取り返しのつかないことになると述べるに至った ii。 トルコは現時点ではウクライナの要請には応じていない。しかしトルコが海峡を閉鎖してロシア軍の動きを制限したり、あるいはNATO軍の海峡通過を許可してNATO軍が黒海に展開するとなれば、ロシアへの大きなけん制となりうる。トルコが海峡をどのように「管理」するのか、現在続行中の戦闘には直接の影響は少ないかもしれないが、将来的には黒海地域の情勢を大きく左右することとなるだろう。
モントルー条約(一部)
松谷浩尚『現代トルコの政治と外交』(勁草書房,1987年)111頁を参考に作成
i 廣瀬陽子「長期化する紛争と非承認国家問題」『黒海地域の国際関係』六鹿茂夫編(名古屋大学出版会、2017年)10章。ウクライナはNATO加盟希望国となっており、ゼレンスキー大統領は正式加盟に積極的な姿勢を示してきた。
(以上)
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