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  1. 直近
  2. 【ISIS掃討作戦に貢献したクルド勢力主体のシリア民主軍(SDF)を見捨てようとするトランプ大統領】
    ◆10月7日、シリア北部ユーフラテス川東方に拠点を構えていた米軍特殊部隊は、同地域からの撤退を開始した。撤退は、10月6日トランプ大統領とエルドアン・トルコ大統領との電話会談を踏まえて開始された。対ISIS掃討作戦で、米主導の多国籍軍にとって最も信頼できる地上軍として、多大の犠牲を払いながら、シリアの主要都市の奪還に貢献してきたクルド人民防衛隊(YPG)が主導するシリア民主軍(SDF)は、トランプ政権の行為を「裏切り」と糾弾し、トルコの侵攻に対して徹底抗戦を呼びかけた(参考1)。米国とトルコは、8月7日、ユーフラテス川東岸からイラク国境にかけてのトルコ・シリア国境沿いに帯状のいわゆる「安全地帯」(下記URL参照)を設けて、米軍が支援してきたSDFを安全地帯の外に退去させることに合意していた。米軍の撤退で、トルコ軍が実力でSDFを陸と空から駆逐しようとすれば、SDFとの交戦は避けられない。トランプ大統領は、トルコが一線を超えればトルコ経済を壊滅させると脅した(参考2)が、2018年1月のトルコ軍によるアフリーン越境攻撃でも、米軍が沈黙を貫いたように、SDFは見捨てられる可能性が強まっている。
    シリア北部の「安全地帯」を示す図 出所:トルコ国営アナドール通信
    (参考1)SDF声明
    紛争を回避するために我々が行ってきたすべての努力、安全保障メカニズム合意への我々のコミットメント、そして我々がそのために必要な措置を講じたにもかかわらず、米軍は責任を果たさず、トルコとの国境地域から撤退した。我々の地域に対するトルコのいわれのない攻撃は、ISISとの闘い、および近年この地域にもたらされた安定と平和にマイナスの影響を与える。シリア民主軍として、我々はあらゆる犠牲を払って私たちの土地を守る決意である。我々クルド人、アラブ人、アッシリア人、シリア人は団結を強化し、彼らの土地を守るためにSDFとともに立ち上がるよう呼びかける。
    SDF総司令部 2019年10月7日
    SDF声明文(SDF公式サイト)

    (参考2)トランプ大統領ツイート(2019年10月8日)
    先に強調したとおり、繰り返しになるが、トルコが、私の比類のない知恵で、私が踏み出してはならない一線を超える行為を行うならば、トルコの経済を完全に破壊し、抹殺する(以前にやったことがある!→トルコリラの急落を意味すると思われる) 。欧州とともに、(トルコの行為を)見守らなければならない。
    (コメント)
    ●トルコは、オバマ大統領時代の2015年から、トルコがテロリストとみなす2つの組織、すなわちPKKと同根のシリアのクルド人民防衛隊(YPG)ならびにイスラム国(ISIS)のトルコへの侵入を阻止するためとしていわゆる「安全地帯」の設置を米国に提案し、同意を求めていた。しかし、米国は、ISISの掃討作戦を進めるうえで、地上の信頼できる部隊としてクルド人武装組織のYPGと連携する必要があると判断し、トルコの要求を退けてきた。米国は、YPGをシリア民主軍(SDF)というアラブ人やアッシリア人も含む新たな組織の中に取り込んで、対ISIS作戦を継続した。そして、2017年10月にラッカが解放され、ISISは、ディリゾールほか一部の地域にプレゼンスを残すのみとなり、戦闘の帰趨はほぼ決定的となった。
    ●トルコは、対ISIS掃討作戦継続中は、YPG/SDFへの直接攻撃は、一部例外を除いて控えていたが、2018年1月突如シリアのクルド人が支配していたシリア北西部のcantonであるアフリーン地域に越境進軍(「オリーブの枝」作戦)し、3月までにクルド人部隊が撤収し、同地を事実上支配下に収めた。トルコは、2016年8月24日にユーフラテス川西岸の国境の町ジャラブルスに侵攻(「ユーフラテスの盾」作戦)し、同日ISISを駆逐し、その後アルバーブ、アザーズまでの地域を実効支配下に置いており、アフリーン地区を含めて、ユーフラテス川西方の国境沿いの地帯は、すべてトルコの支配下に置かれることになった。2つの別々の越境作戦で、トルコはシリアの4,000平方キロメートル(1,544平方マイル)の地域を実効支配することとなった。
    ●しかしトルコは、これに満足せず、対ISIS戦で、クルド人勢力の支配下に落ちたユーフラテス川東岸からイラク国境に到る帯状地帯に新たな「安全地帯」を設置し、シリア・トルコ国境沿いすべてに緩衝地帯を設ける必要があると判断し、2018年には米国に働きかけ、ユーフラテス川西岸でクルド勢力が依然支配していたマンビジからクルド人部隊撤収のロードマップで合意した。2018年12月トランプ大統領は、シリア北部に展開していた米軍特殊部隊(約2千人規模といわれる)を撤退させる方針を表明した。これについては、対ISIS作戦で連携していたクルド人勢力を置き去りにするものとして、当時のマティス国防長官やマクガーク対ISIS有志連合調整官が抗議して辞任した。
    ●さらにトルコは米国との間で、2019年8月7日には、ユーフラテス川東岸の帯状地帯に「安全地帯」を設置し、クルド人勢力を同地帯から撤退させるための合意を結んだ。帰国を望むシリア難民や避難民の移動を促進するための平和回廊を設置することにも同意。また、米・トルコ共同運用センターの設立にも同意した。9月9日以降、米国とトルコ軍は安全地帯で3回の共同地上パトロールを実施した。ところが、トルコ政府は、米国の合意履行が遅々として進んでおらず、逆に米軍はSDFに武器弾薬を供給していると非難し、エルドアン大統領は、クルド人部隊攻撃を躊躇わないと発表した。
    ●これを受けて、10月6日、トランプ・エルドアン電話会談で、トランプ大統領は、米軍特殊部隊をシリア北部から撤収させると回答し、事実、翌7日に、特殊部隊の一部(トランプ発言によれば、50名規模)が撤退を開始した。トルコは、クルド人勢力を排除した後、ユーフラテス川からイラク国境に至るまで、シリアに設置される30km幅の安全地帯に100万人のシリア人を再定住(参考1)させる予定としている。当然、アサド政権は、シリア政府との調整、同政府の了解に基づかないシリア領内の外国軍隊のアレンジを拒絶している。一方、米軍の撤退を「裏切り」とみなすクルド人勢力は、必然的にアサド政権へのアプローチを強化せざるをえない状況におかれることになる。アサド政権は、クルド人支配地区にある石油・ガス資源の確保を見返りとして、トルコの攻撃を、侵略とみなして、クルド人勢力と共闘する可能性が生じる。ここで、アサド政権の後ろ盾となっているものの、トルコとの関係を強化しているロシアがどのような動きに出るのかが焦点になる。トルコとロシアとシリアがクルド人の犠牲のもとに手を結ぶという可能性も浮上する。いずれにせよ、2013年時点では、3つのCANTONで連邦自治構想をスタートさせたクルド人勢力は、150名で構成されるシリアの憲法起草委員会からも外され、米国に見捨てられ、同胞の犠牲の上に対ISIS作戦で得た戦果を失おうとしている。これに対して、さすがにトランプ政権を支えるグラハム議員等共和党の有力者からも批判が相次いでおり、トランプ大統領が、決定を修正するとすれば、支持基盤の共和党内の声の強さしかない。

    (参考)再定住計画:シリア北部のユーフラテス川東方400キロメートル、幅30~40キロメートルの安全地帯内に、それぞれ5,000人と30,000人の住民を収容する140の村と10の地区センターを設置する計画。

    【米国によるイラン最大の石油化学企業グループへの制裁発動】
    ◆6月7日、米国財務省は、イスラム革命防衛隊(IRGC)参加の企業に資金提供しているとして、イラン最大の石油化学企業グループであるペルシャ湾石油化学会社(Persian Gulf Petrochemical Industries Company:PGPIC)と39の子会社に制裁を発動。これを、イラン側は、対話の呼びかけを無意味にする不誠実な態度であると反発。
    (参考)米財務省プレスリリース(2019年6月7日)
    ● 米国財務省外国資産管理局(OFAC)は6月7日、イスラム革命防衛隊(IRGC)のエンジニアリング・コングロマリットであるハタム・アルアンビィーヤ(Khatam al-Anbiya)建設の本部に資金提供しているイラン最大かつ最も収益性の高い石油化学企業グループであるペルシャ湾石油化学会社(Persian Gulf Petrochemical Industries Company:PGPIC)に対して措置をとった。 PGPICに加えて、OFACは39の子会社である石油化学会社と海外の販売代理店からなるPGPICの広大なネットワークを(制裁対象に)指定した。 PGPICとその子会社の石油化学企業グループは、イランにおける石油化学の総生産能力の40%を保有しており、イランの石油化学製品の総輸出の50%を担っている。
    ●ムニューシン財務長官は、このネットワークを標的にすることで、IRGCを支援するイランの石油化学部門の重要な要素への資金提供を拒否することを意図しており、 この措置は、石油化学部門や他の分野でIRGCに財政的な生命線を提供する保有グループや企業を引き続き標的にするという警告である、と発言。
    IRGCは、他の多くの悪意のある活動に関与しながら、彼らの財源を豊かにするためにイラン経済の重要な部門に、体系的に浸透しようとしている、とシーガル・マンデルカー・テロ金融インテリジェンス担当次官が発言。
    ●IRGCと、バシジ共同協会(Basij Cooperative Foundation)やハタム・アルアンビィーヤ(Khatam al-Anbiya)などの所有企業は、イランの商業および金融部門で優位に立っており、防衛、建設、航空、石油、銀行、金属、自動車、鉱業などにおける広範な経済的利益を維持し、数十億ドル規模の事業を管理している。これらの活動からもたらされる利益は、国内外での大量破壊兵器(WMD)の拡散とその配送手段、テロ支援、そしてさまざまな人権侵害を含む、IRGCのあらゆる種類の不法な活動を支えている。
    ●2018年、イラン石油省はIRGCの公的予算の4倍にあたる220億ドル相当の石油および石油化学産業におけるIRGCのKhatam al-Anbiyaにプロジェクト10件を受注させた。 2016年末、イランの石油大臣はIRGCのKhatam al-Anbiyaに、イランの石油および石油化学業界全体への投資とプレゼンスを高めるよう求めている。
    ●英国を拠点とするNPC International、フィリピンを拠点とするNPC Alliance CorporationもPGPICによって所有または管理されているためOFACによって指定された。 PGPICとその子会社の販売代理店を務めている2つのUAEを拠点とする事業体アトラスオーシャンアンドペトロケミカル、Naghmeh FZEも指定された。
    ●今日指定された多くの企業が製品を輸出しており、世界中の企業と取引関係があることが知られている。 PGPICおよびその指定子会社および販売代理店と提携し続ける国際企業は、それ自体が米国の制裁措置の対象となる。財務省は、イランの政権の悪意のある活動を支援する団体との間で、制裁対象となる活動に従事することを回避するために、国際企業が必要な適切で注意深い行動をとるよう強く要請する。
    ●2018年11月5日をもって、イランからの石油化学製品の購入、取得、販売、輸送、またはマーケティングは、E.O.13846の制裁対象になる措置がとられた。また、イランの石油および石油化学製品の輸送のために故意に保険または再保険を提供することも制裁対象となる。米国政府は、世界中の破壊的で不安定な活動を支援するためにイランが収入を生み出さないようにするために、これらの制裁を積極的に執行するつもりである。
    ●さらに、本日指定された事業体と一定の取引を行う者は、自ら指定の対象となる可能性がある。さらに、イランの大量破壊兵器の拡散に関連して指定された団体、あるいはOFACの特別指定国民および阻止対象者リストに掲載されたイラン人と故意に重要な金融取引を促進する、または重要な金融サービスを提供する米国のコルレス銀行口座やその他の送金口座は制裁の対象となる。
    6月7日付米国財務省プレスリリース(制裁対象企業名が掲載されている)

    (コメント)トランプ大統領は、2018年5月8日にイラン核合意(JCPOA)からの一方的離脱を表明し、トランプ政権は、同年8月7日に制裁再開第一弾を発動し、イランの原産のカーペットや食料品の米国への輸入、米国製商用旅客機の調達に関連する取引を禁止し、イラン政府による米ドル紙幣の購入または買収、イランの金と貴金属の取引、黒鉛やアルミニウム、鋼鉄といった金属、石炭、工業プロセスを統合するためのソフトウェアなどの販売、イラン・リアルに関連する特定の取引、イランのソブリン債の発行に関連する特定の取引、イランの自動車部門に制裁を課した。180日後の11月5日にエネルギー、金融、海運、造船を対象とする第二弾発動に踏み切った。第二弾制裁発動に際し、トランプ政権は、8か国の主要石油輸入国(中国、インド、トルコ、韓国、日本、イタリア、ギリシャ、台湾)に対して、180日の輸入全面停止の適用除外を行ったが、2019年5月2日をもってトランプ政権は、イラン産原油取引国への制裁適用除外を全面的に終了させ、適用除外の再延長はないと宣言した。この結果、イラン産原油の輸入国のほとんどは、イランとの原油取引を停止した。イラン産原油については、最後まで禁輸に異議を唱えていたとされるインド、トルコも取引停止に踏み切っており、本年5月下旬の時点でイラン産原油の最大の輸入国中国だけが、制裁再開にかかわらずタンカーをイランに送り、イラン産原油の積み込みを行ったとされる。さらに5月8日、トランプ大統領は、イランの輸出額の約10%にあたるイランの鉄、鋼、アルミニウム、銅の分野での取引に制裁を課す文書に署名した。これに先立ち、4月8日、ポンペイオ米国務長官は、米国の移民および国籍法第219条の規定を適用して、イラン政権の正式な組織の一部を構成するイラン革命防衛隊(IRGC)を「外国のテロ組織」に指定した。今回の石油化学分野を標的にした制裁措置は、テロ組織に指定したIRGCへの資金提供を遮るために、IRGC傘下の石油化学建設を支援しているイラン最大の石油化学企業グループを狙い撃ちしたもので、イラン産原油とイラン産石油化学製品双方の販売から生じる収入を枯渇させ、昨年11月のエネルギー分野の制裁の実効性を高める意味合いがある。
    米政府は、今回の措置を含む一連の制裁は、地域の安定と安全の脅威となるイランによる悪意ある行いを改めさせるためのもので、「レジーム・チェンジ」を目指すものではなく、イランが、JCPOAを超えるミサイル開発計画の断念を含む包括的な合意を目指す交渉のテーブルにつくことを期待していると説明しているが、イランの現体制にとってポンペイオ国務長官が昨年つきつけた12項目の要求を受け入れることは、40年間続いたイラン革命体制を放棄することに等しく、受け入れの可能性は「皆無」であると考えられる。トランプ政権も、それは織り込み済みで、徹底的な経済制裁によりイラン国民を締め上げ、イラン国民の不満の鬱積をイランの現体制を揺さぶり、あわよくば、イランの体制崩壊のきっかけにしたいとの思惑があるとみられる。欧米、イスラエル、サウジ等にも支持者が多いパリを拠点とするフリーイラン運動を主導するマルヤム・ラジャヴィ女史を暫定議長とするイラン抵抗国民会議(National Council of Resistance of Iran:NCRI)は勢いづいており、2月には10万人が参加する集会を催し、6月以降も欧州各都市で集会を予定し、「レジーム・チェンジ」への強い期待を発信し続けている。
    こうした中、イランは、米国との間で貿易戦争を戦う中国や世界の金融支配を通じて、他国の取引を管理しようとする米国に反発するロシアに期待をかけている。さらに、1月末に「貿易取引支援機関(Instrument for Supporting Trade Exchanges:INSTEX)」というイランとの貿易継続の特別目的事業体の立ち上げを宣言したものの、JCPOAの経済的側面でのイランの利益確保に実効的措置をとれないでいるJCPOAの当事者である欧州3国に対しては不満を募らせて、60日間の猶予期間経過後は核合意の履行の一部撤回、すなわち、イランはウランを3.67%まで濃縮するという約束にもはや縛られず、JCPOA以前の計画に基づいてアラク(Arak)重水炉の開発も再開する第二段階に入ると警告している。このような状況下、6月10日独のマース外相がローハニ大統領と会談し、続いて12-14日、トランプ大統領のお墨付きをえたG20の議長国日本の安倍総理大臣が相次いで、イランを訪問し、米・イラン間の緊張緩和あるいは、両国の対話開始に向けた第一歩を探ろうとしている。通貨安、インフレ高進に苦しむ一般のイラン国民が直面する苦難が少しでも緩和されるよう双方の妥協による一筋の光が差し込むことが強く望まれる。

    【イラク・クルディスタン大統領の選出】
    ◆5月28日、イラクのクルディスタン地域(KR)議会でKR大統領を選出する投票が実施され、クルド民主党(KDP)から大統領候補にノミネートされたネチルバン・バルザーニ(Nechirvan Barzani)首相(参考1参照)が、議員総数111のうち、出席した81人の議員から68票を獲得し当選した。KDPの主要なライバルで、議会内第二勢力であるPUK(クルド愛国者同盟)は、KDPが両党間の合意を守っていないとして投票をボイコットした(参考2参照)。ネチルバン・バルザーニは、KDPの長年のリーダーでKRの大統領を務めてきたマスウード・バルザーニ(Massoud Barzani)の甥で、KRの首相を歴任し、マスウード大統領の辞任後、ネチルバン氏は、対外的に実質的なKRの代表者となっていた。同氏は、6月にいとこでマスウード・バルザーニの息子であるマスルール・バルザーニ(Masrour Barzani)に組閣を依頼する予定。
    (参考1)ネチルバン・バルザーニ氏略歴と抱負5月28日付RUDAW報道

    ①略歴
    ・ テヘラン大学で政治学の学生
    ・ 1989年にクルド民主党(KDP)の政治局員に選出
    ・ 1996年にクルディスタン地域政府(KRG)の副首相に選出
    ・ 1999年にKRGの第4内閣の首相に選出
    ・ 2006年にKRGの首相に選出(統一内閣)
    ・ 2011年から2013年までのKRGの首相に選出
    ・ 2013年から2018年までのKRGの首相に選出
    ・ KDP第13回党大会でKDPの副党首に選出
    ・ 2018年12月3日、KDPから大統領選候補者にノミネート
    ②ネチルバン次期大統領の抱負
    ●KRの大統領府は、クルド地域の住民の平和的共存のために、地域のすべての政党ならびに様々な民族的・宗教的共同体を結集し、団結の傘となることを地域の人びとに誓う。
    ●紛争地域、石油、ペシュメルガ - イラク軍の協力など、中央政府との間で未解決の問題が残っており、憲法の枠組みの中での対話によって、KRと中央政府の間のすべての問題を解決し、社会の平和、社会と個人の権利を保証することが我々の主要な目的となる。

    (参考2)PUK政治局声明(2019年5月28日)
    ●我々(PUK)はKDPとの間で2つの合意に署名した。ひとつは、イラクとクルディスタン地域(KR)との関係に関連して山積した諸問題に対処するため共同行動の基盤を強化する合意、そして二つ目は、統治機構の様々なセクションの分配のメカニズムを通じて、様々な権力の間に適切なバランスを確保するための合意であり、これはすべてPUKと各政党がクルディスタン地域の管理に真に参加できるようにするもの。
    ●KDPとの合意を通じて、我々は、KRにおける調整を強化し、協力して、KRの新しい政府、強い政府、そして安定した改革プログラムを形成したいと考えた。クルディスタンの住民は、我々双方がバグダッドで一緒に行動し、KRとバグダッドの間の未解決の問題に取り組むための共同プログラムを持つことを求めている。これらの合意において、我々はキルクーク(Kirkuk)を紛争地域におけるいくつかの課題に対処するための中心に据えてきた。我々は、州評議会を通じてKDPと調整してPUKからクルド人知事を選出し、紛争地域で直面している攻撃やアラブ化運動に対抗し、一部のイラク政党が企んでいる政策の実施を阻止することを意図していた。
    ●我々は、(KR)政府は単に内閣の形成だけではなく、二つの権威で構成されると信じている。ます。それは、クルディスタン地域政府(KRG)の首相とKRの大統領である。KR議会でKRの大統領の選挙に投票することが今日予定されていたが、結局これまでのような遅延と住民やPUKの長きにわたる忍耐ならびに二つの合意締結にかかわらず、これまでのところ、応分の権利であるPUKからキルクークのクルド人知事を選出するという事案については毎回問題が発生し、KDPが合意を履行するための措置はみられなかった。
    ●クルディスタンの世論は、矮小化や独断的な政策の結果が良くないということを知っている。そして、PUKがKDPとの間で長らく行ってきた対話は、我々PUKにとってのポジションの分配と選挙の問題ではなく、住民に奉仕するための共同作業と真のパートナーシップの問題であった。そしてキルクーク住民に奉仕するキルクーク知事選出の事案は我々の対話の優先事項であった。我々はKRGのチームとして、中央政府に対して共同で対処したかった。しかし残念ながらKDPはPUKとの合意の履行に深刻な障害を設け、約束を果たさなかったことを明らかにしたい。それゆえ、PUKのブロックは、KRの議会セッションに参加しなかった。
    ●PUKブロックの投票なしにKRの大統領が選出されると、KRの決議と正当性の問題が問われることになり、KR内閣発足にも新たな不確実性が生じる。この非現実的な政策の成果と結果はPUKには当てはまらず、その責任は相手方(すなわちKDP)にある。
    5月28日付PUK政治局声明

    (コメント)2017年9月25日、イラク・クルディスタンの独立の是非を問う住民投票をマスウード・バルザーニ大統領(当時)が中央政府や周辺国の反対を押し切って強行し、投票結果自体は92%以上の賛成を獲得したものの、中央政府も周辺国もその結果を認めなかった。そして、KRは、中央政府の措置で空路を封鎖され、陸路の輸送も大幅に制限される苦境に陥った。同年10月中央政府は油田地帯キルクークに軍を進行させて、KRが実効支配していた同地を奪還。2005年6月KR大統領に就任したKDP党首のバルザーニは、2015年8月、KR大統領としての任期満了の期限を迎えたが、彼は辞任を拒否し、2017年11月1日まで2年以上にわたって非公式に在任していた。しかし、住民投票後の中央政府、周辺国によるKR締め付けの圧力をうけ、KR大統領ポストを退き、以来、同ポストは空席になっていた。5月6日、KR議会は、大統領選出のための法案を可決した。KRでは2018年9月、議会選挙が実施され、各党が合計111議席を争った。KDPは45議席を確保することによって第一党の座を維持し、PUKは21議席で第二勢力に復帰し、かつてPUKから分離して第二勢力であったゴラン(変革)は12議席に後退していた。今回PUK同様大統領選出投票をボイコットした新世代運動は、8議席を確保している。今回、PUKは、大統領選出投票をボイコットした理由として、KDP・PUK両党合意に基づき、中央政府との係争地帯を含み、大規模油田の存在するキルクークの知事選出にKDPが約束を果たさず、PUK所属の知事を送り込めないでいることを挙げている。KDPとしては、住民投票強行で関係を悪化させた中央政府との間で刺激的な行動は避けたいとの意向が働いており、一方、PUKは最後まで2017年の住民投票を思いとどまるようKDPに働きかけてきたにもかかわらず、聞く耳をもたず、KDPは投票を強行し、結局周辺国や中央政府からKRを孤立させ、さらに事実上PUKの支配下にあった油田地帯を中央政府に奪還されたのは、KDPの独断的政策の失敗によるものとみている。PUKとしては、改めて、キルクークにPUK出身の知事を配して、PUKの政治力を高めたうえでオールKRGとして中央政府との交渉で、中央政府が支配するにいたったグレイゾーンや石油権益の確保を目指していきたいと考えており、PUKの方向性を事実上妨害しているKDPへのフラストレーションが、大統領選出投票のボイコットに体現されているといえる。なお、昨年のイラク大統領選出にあたってもKDP、PUK間の確執が生じ、従来のクルド政党間のコンセンサスが成立せず、PUKが推薦するサーレハ候補とKDPが推薦するフゥアード・フセイン候補とゴラン系のサルワ・アブドルワヒード候補の3つ巴の闘いになったが、第一回目の投票結果をみたKDPが候補を取り下げる動きに出て、サーレハ候補が、大差で選出され、マアスーム大統領(PUK出身)を引き継ぐことになったという経緯がある。

    【エジプト大統領任期延長を許容する憲法改正法案可決】
    ◆4月16日、エジプト下院は、2014年憲法改正法案を、賛成531、反対22、棄権1で可決し、憲法改正案は、4月下旬に実施される国民投票にかけられることとなった。同改正案(骨子下記参考参照)が成立すれば、2014年に就任したエルシーシ大統領の権限を強化したうえで2030年まで大統領任期を延長する途を開くことになる。
    (参考)2014年憲法改正案の骨子
    ①共和国の大統領の任期は、6年2期まで(140条)。
    ②現職の大統領(Abdel-Fattah El-Sisi)の任期は、2018年の大統領選挙の日から6年後(2024年)に終了する。さらに6年の任期で再選可能(240条経過措置)。
    ③共和国大統領は、一人、または複数の副大統領を任命することができる(第150条)。
    ④選挙で選ばれた大統領が一時的に、任務を果たすことができない時、副大統領が代替する。副大統領がいない時は、首相が代替する(160条)。
    ⑤下院議員総数を596人から450人に減らし、議席の25%(112議席)を女性議員に割り当てる。(102条)
    ⑥共和国の大統領は、高等司法評議会によって推薦される5名の中から各司法当局の長を任命し、任期は4年となる。共和国大統領が、創設される高等司法評議会の長となる(185条)。
    ⑦国家のみが軍事部隊を創設することを独占的に許可され、他のいかなる個人、当局、またはグループも軍隊または半軍事組織および民兵を結成することを禁じられる(200条)
    ⑧民間人は、軍事施設、軍事キャンプ、軍事ゾーンおよび国境、軍事装備品、車両、武器、弾薬、書類、秘密、資金、または軍事工場への攻撃に限り、軍事裁判所で裁判を受ける(204条)。
    ⑨上院議員の次の事項で意見を表明する(249条)。
    - 憲法の1項ないし複数の条項修正のための提案。
    - 社会経済開発のための一般計画の起草。
    - 関係修復および同盟の条約、ならびに主権に関するすべての条約。
    -共和国大統領または下院によって上院に付託された憲法を補完する法律の起草。
    - 国家の一般的な政策、あるいはアラブあるいは外交におけるその政策について、大統領によって上院に付託された事項。
    ⑩上院議員は任期満了前60日以内に選任される。上院は少なくとも180名の委員で構成され、任期は5年。上院議員の3分の2が秘密投票で選出され、3分の1が大統領によって任命される(250条)。
    エジプト議会憲法改正案を可決(4月16日付アハラーム・オンライン)

    (コメント)エジプトでは2011年1月、1981年のサダト大統領の暗殺をうけて就任し、30年の長期政権を維持してきたムバラク大統領がアラブの春の民衆デモをきっかけに失脚した。翌年ムスリム同胞団の支持をうけ、大統領選挙で当選したムルスィー大統領は、2013年7月軍事クーデターで失脚し、2014年6月の大統領選挙で、現大統領のエルシーシ将軍が勝利した。エルシーシ大統領は、任期4年の2018年大統領選挙で再選され、2022年までの任期となっていた。4月16日、エジプト議会(下院)は、大統領任期の延長や大統領の権限強化をうたった憲法改正案を、賛成多数で可決した。4月19~21日在外124か国で、20~22日にエジプト国内で実施される国民投票で、過半数の賛成票を得ることができれば、憲法改正が実現する。今回の改正案には、大統領任期を6年とし、現在のエルシーシ大統領の任期を2024年まで延長したうえで、さらに再選を可能にするため、エルシーシ大統領は最長で2030年までの続投が可能になる。今回の改正案には、大統領が、最高憲法裁判所や検事総長などの司法機関の長を任命する権限が与えられること、大統領自身が、高等司法評議会の議長に就任すること、新たに創設される上院の1/3の議員(60名)が勅撰となっていることで、大統領権限が強化され、3権分立ではなく、3権をエルシーシ大統領が事実上掌握し、独裁体制強化を正当化する憲法改正と考えられる。エジプトの周辺諸国では、イスラエルで総選挙で勝利したネタニヤフ首相の通算5期目の内閣成立が確実になっており、トルコでも、2017年の憲法改正と2018年の大統領選挙・議会選挙でエルドアン大統領の権限が大幅に強化された。湾岸のエネルギー大国サウジでは、若干33歳のムハンマド・ビン・サルマン皇太子が、場合によっては今後50年間の長期支配者になる可能性がある。グローバル・パワーをみても、独裁的指導者が政権を担っているロシアや中国の域内での利害が入り乱れ、これに正義や国際約束を顧みないトランプ政権が加わり、中東地域は、人権や民意重視ではなく、富や武力に支えられた独裁的政権が鎬を削る危うい世界に入りつつある。

    【米国によるイラン革命防衛隊の外国テロ組織指定】
    ◆4月8日、ポンペイオ米国務長官は、記者発表を行い、その中で、米国の移民および国籍法第219条の規定を適用して、イラン政権の正式な組織の一部を構成するイラン革命防衛隊(IRGC)を「外国のテロ組織」に指定(参考1)すると発表した。外国の政府機関が、米国によってテロ組織に指定されるのは、歴史上初めてであり、IRGCが軍事部門だけでなく、産業部門に幅広く進出していることから、IRGCと直接・間接に取引を行うビジネス・パートナーは、米国の制裁の対象になるリスクを抱えることになる。イラン政府はこれに強く反発し、イラン国家安全保障最高評議会は声明(参考3参照)の中で、米政権を、「テロ・スポンサー国家」、中東地域に展開する米中央軍を「テロ集団」に指定すると発表。
    (参考1)米国務省による「外国のテロ組織(FTO)」指定の効果
    ●FTOに指定された組織に対し、またはその代理として、故意に「重要な支援ないし資源」を提供したり、その組織から、あるいはその組織のために軍事訓練を受けたりすることは、米国内の居住者または米国の管轄に従う者にとっては犯罪となる。
    ●FTOに指定された組織の代表者およびメンバーは、外国人である場合、合衆国に入国が許されず、特定の状況において在留中であっても国外退去させることができる。
    ●FTOまたはその代理人が利害を有する資金を所有、ないし管理していることに気付いた米国の金融機関は、財務長官の許可がない限り、その資金を(使用可能にすることなく)所有ないし管理し、財務省に報告する必要がある。
    米国務省テロ指定に関するFAQs(米国務省公式サイト)

    (参考2)米国務長官発表内容主要点(4月8日)
    ●イラン・イスラム共和国に関する重要な外交政策の発表をする。今日、米国はイラン政権に対して最大の圧力をかけ続けている。移民および国籍法第219条に従って、コッズ部隊を含めイスラム革命防衛隊(IRGC)を外国のテロ組織として指定する意図を発表する。この指定は、本日から1週間後(4月15日)に効力を発する。
    ●米国が他の政府の一部をFTOに指定するのは今回が初めてである。この措置は、イランの政権が国家の政策のツールとしてテロリズムを使用しているため、他の政府とは根本的に異なるとの認識に基づく。この歴史的なステップは、世界を代表する国家テロ・スポンサーから、世界中に不幸と死を広めるための経済的手段を奪う。
    ●世界中の企業や銀行は、金融取引を行っている企業がいかなる形であれIRGCとつながっていないことを確認する明確な義務を負っている。それはまた、イランが支援するテロに対抗するための追加の手段を米国政府に与えるものである。この指定は非合法体制への直接的な対応であり、誰をも驚かせることはない。トランプ政権がすでに970以上のイランの個人や団体制裁を課している事実に立脚している。
    ●40年間にわたり、イスラム革命防衛隊は積極的にテロリズムに取り組んでおり、他のテロ組織を創設し、支援し、指揮してきた。 IRGCは合法的な軍事組織になりすましてきたすが、だれにも騙されなかった。それは定期的に武力紛争のルールに違反し、世界中でテロ行為を計画し、組織し、そして実行してきた。それが設立された瞬間から、IRGCの任務は可能なあらゆる手段で政権の革命を防衛し輸出することであった。IRGCは誕生を手助けしたテロ集団であるレバノンのヒズボラと共に、1983年にベイルートの海兵隊営舎と1984年の米大使館別館に対するテロを指揮した。その作戦部隊はイラクからレバノン、シリアそしてイエメンに至るまで中東を不安定化させるために活動した。
    ●この指定は、トランプ政権が単に基本的な現実を認識したにすぎない。 IRGCはそれが支援するすでに外国のテロ組織として指定されているレバノンのヒズボラ、パレスチナのイスラミック・ジハード、ハマース、カターイブ・ヒズボラ、その他のすべてテログループと同じリストのふさわしい場所に位置づけられることになる。
    ●IRGCが支援してきたテロ事件の長大なリストは、今日の決定に十分な正当性を与えている。ほんの一握りの例を挙げたい。
    ①昨年9月、米国の連邦裁判所はイランとIRGCが19人のアメリカ人隊員を殺害した1996年のコバール・タワー(Khobar Towers)爆撃の責任があると認定した。 2011年、米国はワシントンDCのレストランを爆破しようとしたIRGCコッズ部隊のプロットを失敗させた。その企ては、駐米サウジアラビア大使を殺害することであった。
    ②米国以外でも、IRGCのテロ活動は活発である。 2012年、トルコでイスラエルの標的を攻撃しようと計画した後、4人のコッズ部隊工作員が逮捕された。同年、ケニアで他の2人のコッズ部隊工作員が爆弾攻撃を計画したために逮捕されたが、コッドフォースはイスラエル外交官を標的とした爆弾攻撃も指揮していた。そして最近2018年1月には、ドイツ当局は同国で活動的な10人の疑いのあるコッズ部隊工作員を発見した。 IRGCは、罪のない民間人を標的とするパレスチナのテログループを支援しており、レバノンとイランの両方で米国が指定するテログループ創設を手助けした。IRGCはまた、殺人的なアサド政権を支持しており、その政権は自国民を虐待し虐殺している。
    ●我々の指定は、イランの政権がテロ集団を支援するだけでなく、自らがテロに従事していることを世界中に明らかにしている。この指定はまた、政権のテロ活動を率いているカーシム・スレイマーニ(Qasem Soleimani)のような個人に前例のない圧力をもたらす。同人はコッズ部隊の司令官であり、テロやその他の形態の暴力によってイスラム革命を推進するために海外に展開されたイランの部隊を監督している。彼は、域内、および世界中のテロリストグループに政権の利益を分配している。
    ●イランの政権がイラクでは、603人のアメリカ兵がイラン政権、より具体的には、IRGCによって殺害されたとみられており、イランの政権はこれらの殺害について国際社会に説明責任を果たしていない。イランへの恣意的な攻撃ではないが、我々の圧力行使は正当かつ長期的に政権の悪意のある活動が重荷となる結果をもたらすことになる。
    ●また、IRGCの全国レベルの中心的役割により、政権の指導者たちによるペテンと汚職が政権自身の人々に対しても犯されていることを忘れてはならない。他の国々の政府や民間部門は、IRGCが合法・非合法の両方の手段によってイランの経済にどれほど深く関わってきたかをより明確に理解することになる。
    ●昨年7月、テヘラン市議会は、IRGCの投資を管理するIRGC協同財団がテヘラン市から10億ドル以上を使い込んだと発表した。翌月、元議員がテヘランの長期にわたる市長からIRGCへ契約を誘導したと非難した。市長がかつてIRGCの司令官とイランの国家警察長を務めたことも偶然ではない。 2017年にテヘランは、IRGCの財務担当者であるマスード・メヘルダディ(Masoud Mehrdadi)を含むIRGCの数人の指揮官を、共同基金の汚職に関与したとして逮捕した。それからアハマドネジャード元大統領の旧友であるサーデク・マフソウリー(Sadeq Mahsouli)がいる。彼は「億万長者の将軍」と呼ばれている。彼はIRGCに関連する会社からの建設契約と石油契約のおかげで、低いレベルのIRGCのオフィサーからイランで最も裕福な男性の1人になった。イランの指導者たちは革命家ではなく、ゆすり・たかり屋である。イランの人々は偽善的で腐敗した役人によって統治されるためには値するに値しない。彼らは日和見主義者である。
    ●最後に、IRGCは米国の人々を誤って拘禁した責任も負っており、そのうちの何人かはイランで監禁されている。米国人は我々が彼らの故郷への帰還実現のために熱心に取り組んでいることを承知すべきである。
    米国務長官によるIRGCの外国テロ組織指定声明(4月8日国務省公式サイト)

    (参考3)イラン国家安全保障最高評議会の声明(4月8日発出)
    ●イラン・イスラム共和国国家安全保障最高評議会(SNSC)は、「外国テロ組織」のリストにイスラム革命防衛隊(IRGC)を含めるという米政権による違法で危険な行動を強く非難し、それを域内および国際的な平和と安全への主要な脅威としていることは根拠のない措置であり、確固とした国際法と国連憲章の規準への明らかな違反であるとみなしている。
    ●西アジア地域の過激派グループやテロリストを常に支持してきた米国および域内同盟国とは異なり、IRGCは常にこの地域のテロや過激主義との闘いの最前線にいた。アルカーイダ、ISIS、ヌスラ戦線、その他の域内のテロ組織との闘いにおけるこの自己犠牲的で革命的な勢力の役割は、被害を受けてきた人々や政府によって常に称賛されてきた。
    ●本日米国が行った違法で賢明でない動きに対する対抗措置として、イラン・イスラム共和国は、米政権を「テロ・スポンサー国家」に指定し、「米中央軍司令部(CENTCOM)およびその系列部隊を「テロ集団」に指定すると発表する。
    ●米中央軍は、西アジア地域に対する米政権のテロ政策実行に責任があり、1988年のイランの旅客機への残忍で意図的な攻撃や、イエメン人や西アジアの他の民間人の虐殺に加担したことを含む米国の敵対的政策を課すことにより、イラン・イスラム共和国の国家安全保障と無辜のイラン人および非イラン人の生命を危険にさらしている。疑いもなく、米政権はその冒険的行動の危険な結果に対してすべての責任を負うことになる。
    イランSNSCによる米政権のテロ・スポンサー国家指定声明(4月9日付Mehr通信記事)

    (コメント)今回の指定は、ポンペイオ長官が指摘した通り、すでにイランの970以上の個人・団体が米国の制裁対象となっており、実質的な効果を狙ったものというより、まず、タイミング的にイラン脅威論をかざしてトランプ政権と協調するネタニヤフ・イスラエル首相の総選挙での勝利を後押しするためにトランプ政権が次々に放った数本の強力な矢のひとつであると考えられる。「テロ組織」への指定自体は、その構成員や支援者の米国への出入国制限や資産保有や管理の監視が中心となるが、アルカーイダのテロ組織指定の結果として、オサマ・ビンラーデンが米特殊部隊の急襲をうけて殺害された例に示されている通り、米国政府からみて、理論的にはIRGCはISILもアルカーイダ同様のテロ組織ということになり、その壊滅のために最終的には、武力行使も排除されないということになる。イラン側は当然反発し、米政権(米国ではなく米政権としているところに注目)をテロ・スポンサー国家とみなして、カタールのウデイド空軍基地を起点にISIL掃討作戦を実行し、イラク、シリアにも要員を派遣している米中央軍を「テロ集団」に指定した。すなわち、経済的締め付けを超えて、米トランプ政権が、IRGCの幹部等の暗殺に乗り出せば、米軍関係者も標的になるとの警告である。IRGCは、1979年に創設された総員12万5千人の軍事・産業共同体組織で、創設時はホメイニ師に、現在はハメネイ最高指導者直属となっている。この組織に所属しているすべての人々がテロリストとその協力者ということになり、さらに、イラクやシリアで、カーシム・ソレイマーニ司令官が指揮するIRGCコッズ部隊が、シーア派系のさまざまな武装組織をしているだけでなく、IRGCが通信、建設、海運や災害復旧に到るまでイラン国内のほぼすべての主要産業部門に関与しているとみられることから、米国が本格的に制裁を発動しようとすれば、何十万人ものイラン人とそれと結びつきのある米国内ならびに米国管轄権住民の振る舞いをモニターする必要が出てくる。すでに、イランの主要な銀行や金融機関は、米国の影響下にあるSWIFTシステムから排除されており、今回の措置がイランに及ぼす直接的打撃は当面大きくはないとみられるが、イラクやヨルダンその他でIRGCとの取引関係にある外国企業がIRGC関連のビジネスに二の足を打踏むケースが増えるのか注視する必要がある。諸外国の反応であるが、イスラエル、サウジは、米国によるIRGCのテロ組織指定に歓迎の意を表明した。

    【米国の制裁再開がイランに与える打撃】
    ◆4月2日、ブライアン・フック米国イラン担当特別代表は国務省でイランへの制裁の現状と打撃につき、ブリーフィング(注目点参考参照)し、昨年再開したイラン制裁が効果を発揮し、いまやIRGCコッズ軍やその支援を受けてきたヒズボラは財政困難に陥っているとの見方を明らかにした。イランは現在までに100億ドルの石油輸出収入を失い、石油輸入制限の一時的な免除を行った8つの国のうち、3か国が輸入をゼロにし、従来のイラン原油輸入国のうち23か国がゼロにしたこと、イラン原油の違法な海上輸送を阻止するために各国が米国に協力していること、100社以上の世界の主要企業がイランでのビジネスから撤退したことを明らかにした。
    (参考)ブリーフィング注目点
    ●米政府は970以上のイラン人や個人を制裁対象に指定している。圧力の一環として、我々は70以上のイラン関連金融機関とその国内外の子会社を制裁した。 SWIFTの金融取引メッセージングシステムは、これらの指定対象の多くと一致し、イランのすべての制裁下の銀行をシステムから切り離した。 11月には、SWIFTはイラン中央銀行をそのシステムから切り離した。我々は、残忍なアサド政権とヒズボラのようなテロリストのパートナーの懐を豊かにするイランの違法な石油輸送ネットワークを標的にしてきた。我々は、同盟国やパートナーとの協力を深め、イランが後押しするテロや侵略に立ち向かうために、これまでにない取り組みを進めている。国務省と財務省の合同チームが、現在、世界50カ国以上を訪問して、新しい方針について説明し、イランと取引をすることの危険性と評価のリスクについて警告を発してきた。米国がイランの核協定への参加を終了してからほぼ1年後、そして我々の制裁措置が全面的に再開されてから5ヵ月後、私たちの行動がイランのキャッシュフローを制限していることは明らかである。彼らはこの地域で自由に活動する能力を制限されている。
    ●我々の石油制裁は2018年5月以来約150万バレルのイランの石油輸出を市場から締め出した。これは政権が100億ドル以上の収入を得ることを阻止した。それは1日あたり少なくとも3000万ドルの損失である、そうでなければイランはその破壊的で不安定化を導く活動を支援するためにこのお金を使っていたであろう。我々の取り組みにより、政権は今や、テロ支援、ミサイルの拡散、そして多数のエージェントに費やす資金が乏しくなっている。 11月には、原油価格の急上昇を避けるために8つの国に対する石油輸入制限の免除を認めた。本日、これらの輸入国のうち3国の輸入がゼロになったことを確認できる。それはイラン原油の購入者であった合計23の国の輸入がゼロになったことを意味する。原油価格が制裁措置を発表した時の価格よりも実際に低く、世界の石油生産が安定しているため、急速にイラン原油の購入をゼロにする方向に向かっている。
    ●既に100社以上の大企業がイランでの事業から撤退した。 トタールやシーメンスのような企業は、何十億ドルもの投資をイラン市場から持ち去った。 IRGCがイラン経済の半分を支配しているため、この投資の欠如はIRGCコッズ軍やイランのエージェントのネットワークにより少ない資金しか入らなくなることを意味する。非常に長い期間の中で初めて、彼らにとってテロと武力活動を広めるための収入へのアクセスが制限されることになる。 3月に、レバノンのヒズボラのリーダーであるハッサン・ナスラッラー書記長は、これまでで初めて寄付を募った。彼は前例のない緊縮財政措置を講じることを余儀なくされている。一部のヒズボラ戦闘員は彼らの給料の半分しか受け取っていないという報告、および他の者は月に200ドルしか支払われていないという報告がある。他のヒズボラ職員は彼らの通常の毎月の給料の60パーセントしか受け取れないでいるとの報告がある。
    ●我々は、イランの違法な石油輸送業務を妨害するために同盟国やパートナーと協力している。我々は、IRGCコッズ軍がヒズボラとアサド政権を支援するために違法にイランの石油を密輸している船を特定したとき、ポンペイオ国務長官はそれを防ぐために、我々の同盟国とパートナーと協力するために外交チームを派遣した。私たちは、関心のある船舶を特定し、それらの業務を阻止するために、ほぼすべての大陸の国々と協力してきた。違法行為に関与した75隻以上の船舶が、航海に必要なフラッグ掲揚を否定されたパナマは、登録を撤回し、イランの船舶のフラッグ登録を解除する大統領令を発表した。シンガポール、スリランカ、シエラレオネなどの国々は、これらの違法な業務の仕組みを崩壊させ、犯罪者的なイラン企業のフラッグ登録、保険、および識別へのアクセスを拒否するために多大な取り組みをおこなった。我々はこれらの国々に感謝する。
    ●イラン通貨のリアルはその価値の3分の2を失い、IMFは2019年にイランの経済が3.6%も縮小すると予測しており、インフレは11月に40%を記録し、商品に至っては60%に達している。今日、それははるかに高い可能性があるが、イラン中央銀行が12月にインフレの公表を中止したため、知るのは困難である。
    ●イラクでは、機密解除された米国の軍事報告書に基づいて、イランが少なくとも608人の米国軍事要員の死亡に責任があることを本日発表する。これは、2003年から2011年までのイラクでの米国人すべての死亡者の17%を占めている。この死亡者数は、IRGCのエージェントによって殺害された何千人ものイラク人に追加してのものである。
    ブライアン・フック米国イラン担当特別代表ブリーフィング(4月2日国務省公式サイト)

    (コメント)2018年5月の米国のイラン核合意離脱宣言後、8月に第一次制裁再開、11月に原油取引や金融取引を含む第二次制裁再開が発動され、それらがイラン経済やIRGCの対外活動にどの程度の打撃を与えているのかについてのブライアン・フック米政府イラン担当特使によるブリーフィングが行われた。この中で、注目のイラン原油取引については、イランが、これまでの全体で100億ドル、一日あたり3千万ドルの損失を被っており、イラン船籍の船舶による原油の海上輸送も各国の協力で規制されていること、昨年11月に一時的にイラン原油の輸入継続を認めた大口輸入国8か国のうち、3か国はすでに輸入をゼロにしているとして、引き続き、輸入ゼロを目指していく姿勢を明らかにした。金融規制も効果を発揮し、70以上のイランの金融機関・関連機関のほとんどが、SWIFT(国際銀行間金融通信協会)が提供する国際送金システム上で相手方の銀行を特定するために用いられる金融機関識別ネットワークから排除されたことを確認した。さらに、独のシーメンスや仏のトタールを含む100以上の大手の国際企業がイランからのビジネスから撤退したことを誇示した。米国は、昨年11月原油取引免除を中国、インド、イタリア、ギリシャ、日本、韓国、台湾、トルコに適用しており、今回原油輸入をゼロにした3か国がどこかは言及がなかったが、取引を続けている国の中に、中国、インド、トルコが含まれていることは確実である。1月31日、仏、独、英外相は、共同で声明を発出し、核合意の当事者でもある欧州3か国は、イランが核合意を履行する限り、イランと貿易を行う欧州企業が米国の制裁を回避できるよう、イランとの貿易を可能にする特別目的事業体(SPV)である「貿易取引支援機関(INSTEX: Instrument for Supporting Trade Exchanges)」創設を発表した。しかし、このメカニズムが稼働したとしても当面は、薬品、医療関係器具、農産物等に取引対象が限られ、原油取引は含まれておらず、しかも、このメカニズムでは、外貨が直接イラン側にもたらされることはない。したがって、欧州は、イラン核合意の枠組み維持との立場はとりながら、民間企業のイランからのビジネス撤退には打つ手はなく、間接的に米国の制裁強化を黙認している状態にある。米国からの制裁をうけているロシアや米国との貿易戦争に突入している中国は、SWIFTを通じた米国による世界的な金融・貿易決済支配に警戒感を強めており、中国は「中国国際決済システム(CIPS)」、ロシアは「金融メッセージ交換システム(SPFS)」を運用し、米国の介入をうけない決済システム拡大を図っており、イランは好むと好まざるにかかわらず、ロシア、中国の運用する決済システムに接近せざるをえない状況におかれている。

    【ラブロフ・ロシア外相の湾岸諸国訪問】
    ◆3月6日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、3月2日に開始したカタール、サウジ、クウェート、UAEへの湾岸諸国訪問を締めくくった。ラブロフ外相は、各国外相等との会談において、二国間関係、シリア情勢、パレスチナ問題、湾岸情勢等を話し合った(注目点下記参考参照)。サウジでは、シリア反体制派の高等交渉委員会ナーセル代表とも会談した。3月末にチュニジアでアラブ首脳会議開催が予定されており、シリアの8年ぶりの連盟復帰について湾岸諸国の立場を確認し、復帰を後押しすることが最大の目的であったと考えられる。
    ロシア・UAE外相共同記者会見(3月6日付ロシア外務省公式サイト)
    ロシア・クウェート外相共同記者会見(3月6日付ロシア外務省公式サイト)
    (参考)ラブロフ外相の湾岸訪問の注目点
    1.二国間関係
    ①カタール:関心を集めているロシアの地対空ミサイル・システムS400の購入問題について、カタール外相は、「S-400の購入に関する了解は達成されていない。技術委員会がそれに取り組んでいる」とのべ、進展していないことを認めた。カタールが事務局を務めるガス輸出国機構を通じての、天然ガス分野の調整について今後とも協力を務めることが確認された。カタールが、2022年のFIFAワールドカップのホスト国になることを踏まえ、前のホスト国であったロシアと大会の成功に向けて密接に協力することが確認された。
    ②サウジ:グローバルな石油市場でのOPECを代表するサウジとロシアの調整を今後も協力して進めることを確認。
    ③クウェート:ロシアの直接投資基金(RDIF)とクウェート投資庁は共同プロジェクトを開発中で、すでに数十のプロジェクトが存在しており、合計で2億ドル近くになる。 Gazprom、Novatek、Zarubezhneft、Inter RAO-Engineeringなどのロシアの企業は具体的な計画を立てており、いくつかはすでにクウェートのパートナーと共同で実施されており、この動きを支援していく。
    ④UAE: RDIFとUAEのムバダラ投資会社の合計20億ドル相当の40のプロジェクトが実施されており、新しいプロジェクトへの投資を増やすことに同意。両国国民のビザ取得資格解除に関する政府間合意が2019年2月17日に施行されたことを明らかにした。また、宇宙での協力を進めていく予定で、UAEからの最初の宇宙飛行士が9月25日に国際宇宙ステーション(ISS)に行く予定であることが明らかになった。ロシアはUAE人宇宙飛行士を訓練する合意が2018年に両国関係機関間で署名されている。
    2.シリアのアラブ連盟復帰問題:シリア内戦ぼっ発後の2011年からシリアは、アラブ連盟加盟資格を停止されているが、今回のラブロフ外相の訪問先の反応は、カタール外相は、シリアの加盟資格停止をもたらした状況は変わっていないとして時期尚早であると示唆し、サウジの外務担当相の似通った回答であった。昨年12月末にダマスカスで大使館を再開したUAEの外相は、この問題は入り口に入ったばかりであるとし、クウェートの副首相兼外相のみ、「我々は、シリアの平和的機構への復帰、アラブの家族への復帰を支持する。」と述べ、シリアのアラブ連盟復帰への期待を表明した。
    3.シリア情勢
    (1)政治プロセス:ラブロフ外相は、クウェートへの出発直前にリヤドで、シリア反体制派の高等交渉委員会(HNC)のナーセル・アル・ハリーリNasr al-Hariri代表と会談した。シリア高等交渉委員会は、リヤド、モスクワ、カイロを拠点とするグループの代表と武装反対勢力を結集した組織である。ラブロフ外相は、ロシアは反対派がシリア憲法委員会の迅速な発展を支持することを期待しており、シリアの反対派がアサド政権との直接協議の開始からどれぐらい離れているかという問題に関しては、その形成が完了しようとしている憲法委員会は、シリア政府の50人の代表者とシリアの反対派の同数のメンバーで構成されている。HNCの代表者たちは、シリア反体制派の代表団員の形成協議に直接参加しており、彼らの関心はきちんと表現されると考えている、と発言。
    (2)シリア・ルクバン・キャンプ:ラブロフ外相は、シリア南部のルクバン(Rukban)キャンプは、米国がシリア国内で違法に、一方的に設置した55キロメートルのアル・タナフ(Al-Tanf)安全地帯の中に位置する。米軍特殊部隊がその地域で拠点を築き、過激派の温床も存在し、彼らは物資を補充している。米国は、クルバン・キャンプへのシリア政府経由の人道物資搬入を妨害している。キャンプに留まっている95%のシリア人がキャンプを退去して、故郷への帰還を望んでいるにもかかわらず、帰還を許していない。米国は、違法なプレゼンスを正当化するために人質としてキャンプに難民を押しとどめているのではないかとの疑念を惹起させる、と発言。
    4.パレスチナ問題:ラブロフ外相は、米国が提案する中東に関する「世紀の取引」については、米国人から話を聞いた友人たちから聞いたことが真実ならば、取引はパレスチナ人 - イスラエル人の共存の基礎を築くためになされたこれまでのすべての成果を消去するものであると懸念される。もう一つの懸念は、サウジアラビアが提唱し、アラブ連盟とイスラム諸国会議機構(OIC)によって支持されたアラブ平和イニシアチブへの攻撃です。パレスチナ問題への2国家アプローチによるパレスチナとイスラエルの和平が放棄されようとしていると噂されている。(外部の者は)米国がその提案を公表した後に初めて、この取引について判断することが可能になる。このイニシアチブを起草している米国の代表者たちが、中東地域諸国、安全保障理事会のメンバーや国連加盟国から送られてくるシグナルに耳を傾けることを願っている、と発言。
    5.カタールと近隣アラブ諸国関係:ラブロフ外相は、ロシアは湾岸協力理事会(GCC)で状況を議論した。ロシアはこの問題に関していかなるイニシアチブも持っていない。我々は、GCCの団結を支持するクウェートや他の国々の長期的な努力を支持している。これは、これらの国々、安保理自体、そしてロシア連邦の利益のためになる。我々はGCCとの閣僚間対話の場を有している。そのような閣僚会議を近い将来に開催することの意義を議論した、と発言。
    6.その他:ラブロフ外相は、リビアにおけるUAEの役割に関して、我々は、この長期にわたる危機を克服するためにリビアの人々にとって最適な条件を作り出すための我々の共通の努力におけるUAEの特別な前向きな役割に留意すると述べた。

    (コメント)今回のラブロフ外相の湾岸訪問は、タイミング的には、3月末のチュニジアでのアラブ首脳会議を控え、アサド政権支配のシリアのアラブ連盟復帰に関して湾岸諸国の立場を確認し、復帰を後押しすることが最大の目的であったのではないかとみられる。8年目に入ったシリア内戦は、軍事的にはアサド政権の勝利がほぼ確実になり、これから本格的な政治プロセス、復興の段階に入ろうとしている。昨年12月には、サウジと緊密な同盟関係にあるUAE、バーレーンが大使館をダマスカスに復帰させており、スーダンのバシール大統領のダマスカス訪問も、サウジアラビアの了解なしで実施されたとは考えにくい。今回、ラブロフ外相は、サウジで、シリアの反体制派の最高交渉委員会代表と会談し、今後のシリアの政治体制の骨格を打ち出す憲法委員会の、反体制側50名のメンバー選定に加わることで、自分たちの主張を反映できると訴え、今後のプロセス進展を働きかけ、積極的反応を得たとされる。プロセスが進むためには、サウジの了解が必須であるため、今回のラブロフ外相の記者会見では、シリアのアラブ連盟復帰については、湾岸諸国側からは必ずしも積極的な支持表明は明らかになっていないものの、シリアの復帰が認められる可能性は十分あると考えられる。UAE側は、最近の大使館ダマスカス復帰に関連して、シリアで、トルコやイランの影響力が強まるのをアラブ諸国として抑止する必要があり、いつまでもアサド政権のボイコットを続けることは得策ではないという意見が強まっており、今回、ラブロフ外相は、シリアの連盟復帰を後押しするために来訪したと考えることが合理的である。一方、アラブ4か国によるカタール断交・封鎖については、ロシアは積極的に仲介するのではなく、クウェート等の努力を見守る姿勢を維持した。ロシアは、米国が進める新中東政策「世紀の取引」についても、極めて懐疑的な見方をとっていることが明確になった。

    【アサド大統領のイラン訪問とザリーフ外相の辞任表明】
    ◆2月24日、アサド・シリア大統領は、2011年のシリア内戦ぼっ発後初めての外国公式訪問で、イランを訪問し、ハメネイ・イラン最高指導者、ローハニ大統領、ソレイマニ・イラン革命ガード・コッズ軍司令官らと会見した(参考1)。それらの会見の席には、ザリーフ・イラン外相の姿はなく、ザリーフ外相は、24日インスタグラムの公式サイトで、辞任を表明(参考2)し、イラン国営通信がそれを確認した。

    (参考1)アサド大統領、ハメネイ最高指導者、ローハニ大統領発言主要点
    ●ハメネイ師は、アサド大統領に対し、あなたの堅固さにより、あなたはアラブ世界の英雄となり、この地域の抵抗はあなたを通してより多くの力と信頼を獲得した。イラン・イスラム共和国はシリアの国を支持し続ける、それは抵抗戦線とその運動の助けになると考えているからであると伝えた。ハメネイ師は、アサド大統領とシリアの人々、国軍ならびに武装勢力にテロリズムに対する勝利を納めたことを祝福し、これらの勝利はこの地域における米・西欧の計画に打撃を与えたと述べつつ、我々は、彼らの失敗に対する反応として、彼らが次の段階で何を準備するのかを意識しなければならない、と述べた。
    ●アサド大統領は、米国に屈服したいくつかの国々の運命に言及し、多くの国々は米国に恐れを抱いており、世界の運命と未来を決定するのは米国であると信じていた。しかし、抵抗国のレジスタンスの結果として、この誤った概念は粉砕された、と述べた。アサド大統領は、この地域の人々の利益を実現するためには、自国政府がいくつかの西側諸国、就中米国の意思に屈服することをやめ、国家の主権尊重と内政不干渉原則に基づいてバランスのとれた政策を採択する必要があり、これまでの経験では、他者の命令に屈服し実行することで、主権国家の決定の状態よりも悪い結果がもたらされることが証明されていると述べた。
    ●ローハニ大統領は、シリアの勝利はイランとイスラム国家全体にとっての勝利であると述べ、イランはシリアの人々がテロリズムの根絶を成し遂げ、復興プロセスを開始するために可能なものを提供し続けると断言した。
    ハメネイ師イランのシリア支援を誇りに思う(2月25日付プレスTV報道)
    アサド大統領はハメネイ師、ローハニ大統領と会談(2月25日付シリア国営通信SANA報道)
    (参考2)ザリーフ外相の辞任表明:2月23日、「(イランの)独立は世界から孤立することではない」と強硬派を非難したザリーフ外相は、同24日、アサド・シリア大統領の訪問直前にインスタグラムの公式サイトで、「私は、外務大臣時代の過去数年間、すべての欠点をお詫びし、イランの国および関係者に感謝する。」として、外相辞任を発表した。辞任の理由は明らかになっていないが、イラン国営通信IRNAは、辞任を確認した。
    イランのザリーフ外相辞任を表明(2月26日付ハアレツ紙報道)

    (コメント)アサド大統領のイラン公式訪問は、2010年以来。2011年3月からのアラブの春の民衆デモをきっかけとして同年6月以降勃発したシリア内戦開始後、アサド大統領の外国訪問は、ロシアのみである。アサド大統領は、2015年10月20日、モスクワを事前の公表なしで電撃訪問しており、2017年11月20日には実務訪問でソチを訪問、さらに2018年5月17日には再びソチを電撃訪問している。シリア内戦では、アサド大統領にとって大きく分類して2つの転機があった。第一の転機は、反体制派の攻勢をうけて戦況が最も苦しかった2013年4月にイランのIRGCコッズ軍と連携するレバノンのヒズボラがシリア内戦に公に参戦し、アサド政権軍がクサイルの戦闘で勝利を納めたことである。第二の転機は、2015年9月30日からロシアがシリアに軍を派遣し、シリア軍を支えて、ヌスラ戦線をはじめとするジハーディスト勢力との戦いに参戦したことである。以後、2016年12月には、アサド政権軍は、反体制派の拠点であったアレッポの奪還に成功し、2018年3月には、ダマスカス近郊の東グータを制圧し、その後、シリア南部にも圧力をかけ、反体制派をシリア北西部のイドリブ県に封じ込めるに至った。ロシアとイランは、反体制派を支えるトルコとの間で、2017年以来、対立する勢力間の緊張緩和を実務的に進めるプロセスであるアスタナ協議を進め、戦闘の停止と地域の安定に大きな成果を上げている。こうした中、アサド大統領の今回のイラン訪問は、アサド政権がシリア内戦で軍事的に勝利を納めたことのアピールであるとともに、シリア国内におけるイランのプレゼンスを理由に最近頻繁にシリア国内の軍事拠点でイスラエル空軍の攻撃を受けていることに対して、シリアとイランは一体となってイスラエルの脅威に立ち向かうという姿勢を明らかにしたものといえる。
    一方、アサド大統領のイラン訪問直前に、辞任を表明したザリーフ外相は、ローハニ大統領の信頼も厚く、イランとのEU+3+3の核合意JCPOAをまとめた立役者である。ザリーフ外相の辞任表明の理由は明らかにされていないものの、2018年5月の米国の核合意離脱とそれに伴う制裁の再開に反発する保守強硬派勢力からのザリーフ外相への様々な批判にいやけがさしたものであり、アサド大統領訪問直前のタイミングでSNSに投稿したことは、保守強硬派へのあてつけでもある。ローハニ大統領がザリーフ外相の辞任を正式に受け入れたのか否かは現時点では定かでない。しかしながら、ザリーフ外相が正式にポストを離れれば、ザリーフ外相が核合意交渉やEUの米国の制裁回避のためのメカニズム構築の協議を通じて培ってきたEU、独、仏、英国外交当局責任者との人的パイプが失われることを意味し、ローハニ大統領にとっての大きな打撃になるだけでなく、高まる米国のイラン封じ込めの圧力の中で、EUのイラン離れを加速し、それがイラン経済のさらなる悪化を招き、イラン革命政権の安定維持にも悪影響が予想される。

    【シリア情勢(アサド大統領スピーチ注目点)】
    ◆シリア国営通信(SANA)報道によれば、2月17日、アサド大統領は、シリア全土(但し、政権支配外を除く)の地方議会代表を集めた集会で演説(下記参考参照)し、①地方分権の推進、②難民、避難民の帰還の推進、③家庭用ガスボンベをはじめとする基本物資の欠乏への取り組み、④憲法委員会の設置、⑤シリア北部における「安全地帯」の設置、⑥(暗黙の)政権側につくようにとのクルド人への呼びかけ、がとりわけ注目される。
    アサド大統領演説(2月17日付シリア国営通信報道)

    (参考)演説注目点
    ①地方分権の推進:2011年の法律第107号は5年以内に実施されることになっていた。しかし、同法律は、シリア内戦が始まった時に発出されたため、その実施は延期され、また、国家の管轄外の地域については、当然の結果として、選挙は延期されてきた。
    (法律第107号ポイント)地方自治に関する2011年法律第107号
    ※各県、各市、各地区ごとに行政機構や議会を設け、住民は議会の代表を選出することになっている。但し、知事は大統領令で任命、罷免され、地方住民の意思を代表する選挙の対象にはなっていない。また、治安については、所管外の事項は、知事が中央政府の内務大臣の支持を受けて必要な措置を講じることになる。なお、シリア国内では、イドリブ県やトルコが実効的に支配している地域ならびにクルド人支配地域を除いて、2011年以来初めてとなる2018年9月16日地方議会選挙が実施されている。
    ②難民・避難民の帰還推進:シリア人は戦争中に多くの被害を受けた。この苦しみの一部は何百万人ものシリア人がテロによって避難を余儀なくされたことであり、国家は国内避難民の苦しみを軽減し、海外からの難民の帰還を促すために懸命に取り組んでいるが、特定の国々が帰還を妨げている。
    ③家庭用ガスボンベをはじめとする基本物資の欠乏への取り組み:政府が取り組む必要がある主要な問題は、商品の供給、独占、および価格に対処することであり、中でも主要な課題は、商品の提供であり、それ自身3つの要素の影響を受けるが、最初に挙げられるのは、シリアに封鎖措置が課されていることである。次に適正な分配の問題があり、さらに行政の問題がある(施策を実行するメカニズムが必要。また、中央政府だけでは管理できず、地方の役割が重要)。
    ④憲法委員会の設置:一方に、シリア政府とその見解に同意するシリアの人々の見解を代表する立場があり、他方に反対の見解がある。それは、シリア人の見解を代表する者でなく、それはトルコの立場を代弁している。
    ⑤シリア北部における「安全地帯」の設置:シリアの敵たちがこれまでのすべての段階で失敗した後、彼らは(シリア)北部地域でトルコの代理人を巻き込む段階に移行した。それは、2018年に起きたことで、「安全地帯」のことである。実は、彼らは内戦の最初の年からそれを要求していたが米国は許さず、彼らを押しとどめていた。米国は、彼らの計画を実行するためのテロリストを保持していた。しかし、アレッポ、ディリゾール、ダマスカス近郊、ホムス近郊、ハマ近郊の一部、そして南部のダラア方面の地域が解放された後、イドリブとその他一部のみを支配していた米国にとって都合が悪くなった。そこでは、各グループが自分たちの利益のためだけに戦っていたためで、カードを切りなおすためにトルコの役割が必須になった。これらの陰謀に関わらず、シリアのあらゆる領土は1インチに到るまで解放される必要があり、妨害する者は敵であり、あらゆる占領軍は敵として扱われる。
    ⑥(暗黙の)政権側につくようにとのクルド人への呼びかけ:米国は、あなた方を保護しないであろう。あなた方は彼らが持っているドルと共に彼らのポケットの中で取引チップになるであろう。そして彼らはすでに取引を開始している。あなた方が自分の国を守る準備をしなければ、あなた方はオスマン帝国の単なる奴隷になるであろう。あなた方の国だけがあなた方を守ることができる。シリア国軍は、あなた方がそれに加わってその旗の下で戦うとき、あなた方を守るであろう。我々が同じ立場にいて同じ塹壕の中に立ち、単一の敵に対峙し、お互いを狙うのではなく同じ方向を狙うとき、脅威がどれほど大きくとも心配することはない。歴史がどのように判断するか決定を下す時が来ている。選択肢がある。すなわち、自らの土地の主人になるのか、占領者の手の中の奴隷となり、質草になるのかである。

    (コメント)最も注目されるのは、シリアのクルド人にあてたアサド大統領のメッセージである。2月9日、シリア最南東端のアブーカマルならびにイラク国境にに近いユーフラテス東岸の町 バグフーズ・ファウカニー( Baghuz Fawqani)においてクルド人を主体とするシリア民主軍(SDF) が、シリア国内におけるISIS戦闘員が立てこもる最後の拠点への総攻撃を開始した。SDF司令官によれば、ISIS支配地域は、2月16日現在7百平方メートルにまで縮小し、まもなくSDFと米国をはじめとする有志連合は、シリア国内における「カリフ国」消滅の勝利を宣言する見通し。2014年6月にISISがカリフ国を宣言し、同年8月に対ISIS戦に、シリアのクルド人民防衛隊(YPG)が参戦して以来、約4年半が経過したことになる。この間、YPGならびに女性部隊YPJは多大な人的犠牲を出しながらも、有志連合から訓練、情報、武器弾薬を供給され、有志連合にとって最も信頼できる地上部隊として、ラッカはじめシリア国内のISIS支配の主要都市の奪還に大きな役割を果たしてきた。しかしながら、トランプ大統領は、昨年12月、有志連合の同盟国やクルド人勢力と相談することなく突如、2千名規模を言われる米軍特殊部隊のシリア撤退を宣言した。この決定に異議を唱え、マティス国防長官、現場でSDFや有志連合関係部隊の調整にあたってきたマクガーク米大統領特使も辞任した。中東・中央アジアを管轄するヴォーテル米中央軍司令官でさえ、トランプ大統領から相談は一切なかったことを証言した。YPGをPKK同根のテロ組織と位置付けるトルコは、12月中旬にエルドアン大統領が、クルド人勢力を国境沿いから一掃させるための新たなシリアへの越境攻撃を宣言していたが、トランプ大統領のシリア撤退宣言の後、しばらくの間戦闘開始を思い止まる旨明らかにした。こうした中で、今回アサド大統領は演説の中で、クルド人勢力に対して、米国はクルドを守ってはくれない、守れるのはシリア政府軍だけであり、米軍の撤退後、侵攻してくるであろうトルコの奴隷になるのか、政権側につくのかの選択肢を突き付けてクルド人を懐柔しようとしている。既に、クルド側とシリア政府との接触は、昨年から数回さまざまなレベルで開始されているとみられるが、現在まで目立った成果は報告されていない。もうひとつ注目されるのは、大統領が家庭用ガスボンベの不足等基礎物資の欠乏にあえて時間を割いたことである。これは、軍事的には苦しい局面を何とか克服することができたアサド政権ではあるが、国内が平時の状態に近づいてくるにつれて、国民への基本物資をどのように行きわたらせて、国民の不満を吸収するのかという経済復興の段階に入りつつあることを物語っている。大統領は、未だに、米国やEUのシリアへの禁輸措置が、まず第一の原因であることを強調している。経済復興段階をアサド大統領がどう乗り切ろうとするのか、湾岸諸国と接近するのか、はたまた、クルドを犠牲にトルコとの接近を図り、局面打開に乗り出すのかが注目される。

    【米国のイラン核合意離脱(欧州3国によるイランとの貿易を可能にする特別目的事業体の創設発表)】
    ◆1月31日、仏、独、英外相は、共同で声明を発出(下記参考1参照)し、米国のイラン核合意(JCPOA)離脱に伴う対イラン制裁再開を受けて、核合意の当事者でもある欧州3か国は、イランが核合意を履行する限り、イランと貿易を行う欧州企業が米国の制裁を回避できるよう、イランとの貿易を可能にする特別目的事業体(SPV)である「貿易取引支援機関(INSTEX: Instrument for Supporting Trade Exchanges)」創設を発表した。共同声明は、欧州3国が新たなメカニズムが運用可能なものになるよう今後も取り組み、3国以外にもこの方式を開放していくとしている。

    (参考1)ジャンイブ・ルドリアン(Jean-Yves Le Drian)仏外相、ハイコ・マース(Heiko Maas)独外相、ジェレミー・ハント(Jeremy Hunt)英外相による共同声明(2019年1月31日発表)
    ①仏、独および英は、国連安全保障理事会決議2231によって承認された包括的共同行動計画(JCPOA)を維持するための3国の断固たるコミットメントおよび継続的な取り組みに従って、INSTEX SAS(貿易取引支援機関)の創設を発表した。それは欧州の経済母体運営者とイランの間の合法的な貿易促進を目指した特別目的事業体(SPV)である。
    ②E3は、JCPOAの経済的条項を守るための3国の取り組みが、IAEAとの完全かつタイムリーな協力を含む、イランによる核合意関連のコミットメントの完全な履行を条件としていることを再確認する。
    ③INSTEXは、欧州によるイランとの合法的な貿易を支援する。最初は、イランの国民にとって最も重要な - 医薬品、医療機器、農産物など ? の分野に焦点を当てる。 INSTEXは、長期的には、イランとの貿易を希望する第三国の経済母体運営者に開放されることを目指しており、E3はこの目的を達成する方法を探求し続ける。
    ④INSTEXの創設は、今日E3が取った最初の大きな第一歩である。 INSTEXの事業化は段階的なアプローチに従うことになる。E3はINSTEXと一緒に企業の運営方法に関し、具体的で運用可能な詳細を明確化するために取り組んでいく。 E3はまた、イランと協力して、INSTEXの運用を可能にするために必要とされる相手方の効果的で透明性のあるエンティティ創設に取り組む。
    ⑤INSTEXは、マネーロンダリング防止、テロ資金調達(AML / CFT)、EUおよび国連制裁の遵守に関する最高水準の国際基準の下で機能します。この点で、E3はイランがマネーロンダリングに関する金融活動作業部会(FATF)行動計画のすべての要素を迅速に実施することを期待している。
    ⑥E3は、本機関がイランとの貿易取引の支援のために利用可能になるよう、上記の手順に従い、関心のある欧州諸国と共にINSTEXのさらなる発展を追求するという3国のコミットメントを強調する。
    イランとの貿易を支援するための新たなメカニズムに関する共同声明(1月31日付英国外務省プレスリリース)

    【コメント】 今回INSTEXの立ち上げを発表した欧州3国は、2015年、米国、ロシア、中国とともに、イランとの核合意JCPOAに署名した当事国である。米国のトランプ大統領は、昨年5月にイラン核合意からの離脱を一方的に表明し、8月に第一弾、続いて、11月に第二弾の対イラン制裁を再発動した。これに対して、合意当事者であるイランも欧州3国も、JCPOA遵守を表明したが、イランの最高指導者ハメネイ師は、イランが核合意に留まる条件として欧州に対して6項目の条件を突き付けていた(下記参考2参照)。こうした中で、INSTEXと呼ばれるSPVが数か月の検討の末、ようやく発表されることになった。AFPによれば、INSTEXは英仏独によるプロジェクトで、EU加盟28か国から正式承認を受けることになっており、当初の資本金は3000ユーロ(約37万円)で、仏のパリで登記され、英国人がトップを、独人と仏人が監査役を務めるとのことである。3国外相共同声明では、INSTEXは、欧州によるイランとの合法的な貿易を支援するもので、当初は、イランの国民にとって最も重要な 医薬品、医療機器、農産物などの分野に焦点を当て、長期的には、イランとの貿易を希望する第三国の企業に開放されることを目指すとしている。
     今回発表されたメカニズムの詳細は明らかになっていないが、欧州3国外相は、イランの生命線である原油取引には言及しておらず、また、イランが輸入する物資も、医薬品や医療機器、農産物分野に焦点をあてるとしており、極力米国を刺激しないよう配慮していることが伺われる。さらに、このメカニズムの下では、米国の金融制裁の対象となっているイラン中銀やその他の銀行を介して送金が行われるのでなく、欧州側に設置される貿易取引支援機関が、欧州企業との間で資金のやりとりを管理し、外貨が直接イラン側に届けられることがない仕組みになっている。例えば、①イランがピスタチオを欧州に輸出する、②欧州の企業はINSPEX指定の欧州銀行に代金を支払う、③その代金の範囲内で、欧州の企業が医薬品をイランに輸出する、④当該欧州企業は、INSPEX指定の欧州銀行から代金を受け取る、のような流れになるものと予想される。すなわち、ドル取引でなくとも、ユーロをはじめとする外貨は一切、イラン側にはもたらされない。11月5日に開始されたエネルギー、金融等の分野での米国のイラン制裁発動について、米国はイランとの原油取引の一時免除を8か国に適用したが、代金の支払いは、エスクロー勘定(下記参考3)に基づくべきとしており、同勘定に基づけば、石油購入代金は外貨ではイランに支払われず、イランは米国政府が許可する食糧や医薬品等しか手に入れることができないことになっており、今回の欧州の措置は米国のエスクロー勘定と極めて似通っていることが認識できる。イランは、今回の欧州の措置で満足できるのか、今後の展開が注目される。

    (参考2)ハメネイ師がイランが核合意に留まる条件として欧州に突き付けていたた6項目(2018年5月23日)
    ①欧州は過去の米国の合意違反行為への沈黙の代償を支払う必要がある。
    ②米国は安保理決議2231を拒絶した。欧州は、米国の違反を糾す決議を提出する必要がある。
    ③欧州はミサイル問題やイスラム共和国の地域(介入)問題を提起しないことを約束しなければならない。
    ④欧州は、イスラム共和国に対する如何なる制裁に遭遇した場合にも、米国の制裁に対し明白に立ち向かわねばならない。
    ⑤欧州はイランの石油が完全に売却されることを保証しなければならない。米国が石油の販売を損なう場合、我々は望む量の石油を売ることができなければならない。欧州は、損失を補償し、イランの石油購入を保証しなければならない。
    ⑥欧州銀行はイスラム共和国との取引を保証しなければならない。我々は、欧州3カ国との間では紛争はない。以前の経験に基づけば、我々は彼らを信頼していない。

    (参考3)エスクロー勘定:復活制裁の下で免除を受ける国は、原油代金の支払いをエスクロー勘定へ自国通貨で行わなければならない。 すなわち、資金は直接、イラン側には渡されない。イランは、原油の輸入国から食糧、薬品、その他の制裁対象外の物品・サービスを購入するためにしか使用できない。 米国政府は、これらの口座をイランの収入を制限し、さらに経済活動を制限する重要な方法と見ている。

    【ヒズボラ書記長テレビ会見】
    ◆1月27日レバノンのマヤディーンTVが放映したインタビュー(下記参考参照)の中でナスラッラー・ヒズボラ書記長は、自らの健康悪化説を否定するとともに、2018年12月にイスラエル国防軍(IDF)が実施したイスラエル・レバノン国境付近のヒズボラが掘ったと報じられた地下トンネルの爆破作戦や地域情勢についての見解を述べた。「北の盾作戦」については、長年イスラエルがトンネルを発見できなかったことは驚きであると皮肉った。さらに書記長は、イスラエルが気にする誘導ロケットを既に所持しており、IDFの本部テルアビブを狙えるとした一方で、ヒズボラの側からイスラエルへの戦争を仕掛けることはないと強調した。

    (参考)ナスラッラー書記長インタビュー主要点(1月27日マヤディーンTV放映)
    ●イスラエルによるレバノン国境作戦:ナスラッラー書記長は、イスラエル国防軍(IDF)による「北の盾作戦」は(2006年の)国連安保理決議1701成立前に建設された幾つかのトンネルを狙って実施されたものであったと発言。彼は、これらのトンネルがヒズボラによって掘られたか否かの確認は避けたが、イスラエルがそれらを発見するのにあまりに長い時間を要したことに驚いたと語った。IDFのガジ・エイゼンコット元司令官がこの作戦でイスラエル人を恐怖に陥れたに違いないと述べ、「北の盾作戦」のために、北部の入植者らが(ヒズボラの)鉄槌を受けた瞬間、IDFに助けを求めることになるであろう、と発言。また書記長は、イスラエルとの戦争の可能性について、ガリラヤで起こる可能性があると述べつつ、ヒズボラが戦争を開始する意図はないと明言し、我々の計画は祖国防衛のためのもので、そのためにあらゆる防衛策を講じると、述べた。書記長は、ヒズボラのシリア紛争での経験がイスラエルとの潜在的な紛争に向けて彼の軍隊を整備することになったと強調した。ダマスカス郊外の最近のイスラエルの攻撃については、すべての選択肢がテーブルの上にある、と述べた。イスラエル国防軍によって建設されているイスラエル・レバノン国境の壁については、レバノン政府とそのアプローチを支持していると述べた。これに関し、書記長は、ネタニヤフ首相が、自国で進行中の汚職容疑を隠すためにこの壁を建設していると言及した。
    ●ガザ:ヒズボラの指導者は、イスラエルがシリア同様この地域で重大な誤算をする可能性が高いと述べ、ガザについて、ガザの人々は過去の行動を再現することができる、として、かつてのミサイル攻撃が近くの入植者を恐怖に陥れたと強調し、ガザは継続的な攻撃を容認しないだろうと付言した。
    ●ヒズボラのミサイル:ナスラッラー書記長は、ヒズボラはイスラエルの西海岸に沿ってテルアビブに到達できるミサイルを所有していると語った。同書記長によると、イスラエルは(ヒズボラの)ミサイル取得全体を阻止することをあきらめ、誘導ロケット獲得阻止により焦点を合わせていると述べた。しかし、同書記長は、イスラエルによる阻止の試みにもかかわらず、ヒズボラはすでにこれらの誘導ミサイルを所有していることを確認し、「イスラエルに対する戦略に必要な武器を所有しており、それらを我々に移送する必要はない」と強調。
    ●シリア:書記長は、シリアの状況は現在、多くの点で2011年以前と似ている。シリアに残された唯一の問題は、トルコ、クルド人、そして米国の間の懸案である、そして、イスラム国家(ISIS / ISIL / IS / Daesh)に関して、彼らはシリアでほぼ敗北しているが、米国が昨年シリア軍(SAA)を阻止しなかったら、より早く敗北したはずである、クルド軍は現在刑務所に収容している外国人のISIS戦闘員を引き取ることを各国に求めている、と述べた。それから話題は、イドリブ危機に切り替わった。ヒズボラの指導者は、状況は軍事介入に向かって動いていくだろうとして、ヌスラ戦線の存在と県内の優位性確保のために、イドリブ県では、交渉で解決策に到達するのは難しいだろう、と述べた。先月のトランプ米大統領のシリア撤退発表については、選挙公約のひとつであり、大統領は本気であると信じていると述べた。書記長は、米国の撤退と引き換えに、米・ロシア間でイランとヒズボラにシリアを去らせるために対話が行われているものの、ロシアはイランにもヒズボラにもそうするように圧力をかけてこなかったと述べた。そして、自らが望んだ目標を達成することができなかったとして、ネタニヤフ首相を最大の敗者であると呼び、シリアに関する話を終えた。
    ●パレスチナ:書記長は、トランプ大統領の「世紀の取引(Deal of the Century)」和平提案は、葬り去られてはいないが、ムハンマド・ビン・サルマン・サウジ皇太子がジャマール・カショーギの殺害による重大な国際的な圧力に直面したため、現在いくつかの障害に直面しているとし、同和平提案に関しては、パレスチナ人はエルサレムをイスラエルの首都であるとは決して受け入れず、取引提案を拒絶するだろうと発言。彼は、ヒズボラのハマスやパレスチナ自治政府との関係は、現時点で「きわめて良好」であり、シリアもパレスチナの指導者と良好な関係を維持していると付言。
    ●サウジ:ヒズボラの指導者は、サウジ皇太子について質問された後、サウジアラビアの現在の状態がサウジを弱体化しており、それがバーレーンとイエメンの両方にとって前向きな見通しを与えていると語る一方で、サウジが現時点で困難な状態にあることは間違いないが、バーレーンとイエメンにおいては、サウジが依然として主要なプレーヤーであることには変化がないと述べた。
    ●レバノン内政:書記長は、アウン・レバノン大統領との関係は素晴らしいと述べ、不和を生じさせる試みはあるものの、すべてのトピックで立場が一致していると付言。彼は、現時点での最優先事項は、3月8日陣営のスンニ派メンバーも含む政府をできるだけ早く形成することであると述べた。そして、書記長は、彼の党は繰り返しの攻撃にもかかわらず、未来潮流とその指導者サアド・ハリーリを攻撃していないと付言。
    ナスラッラー書記長インタビューの完全レビュー(1月27日付マスダル・ニュース記事)

    (コメント)ナスラッラー・ヒズボラ書記長は、1982年のイスラエルのレバノン侵攻前後に秘密裡にレバノンで誕生し、1985年2月16日の公開書簡発出をもってその創設が確認されたシーア派組織ヒズボラ(直訳すれば「神の党」)のトップとなる第三代目書記長である。初代書記長は、ソブヒ・トゥフェイリ、第二代目は、イスラエルの軍用ヘリの攻撃を受けて殺害されたアッバース・ムーサウィで、ナスラッラーは、1992年に書記長に就任して以来、26年間にわたって、ヒズボラのリーダーとして君臨してきた。1960年生まれのナスラッラーは、近年がんを患っているのではないかとの噂が流れ、この数週間表舞台から姿が見えなくなったため、がんに由来する心臓発作で、死亡あるいは重体に陥っているのではないかとの観測が流れていた。1月27日放映されたインタビューは、まず、ナスラッラー書記長の死亡あるいは重病説を払しょくするために行われたと考えられる。そのうえで、ナスラッラー書記長が取り上げたいくつかの話題の中で、2018年11月にイスラエルが発見し、同年12月に、レバノンからイスラエル領内に伸びていた地下トンネルの破壊のために実施した「北の盾作戦(North Shield Operation)」について、書記長が、それらのトンネルの一部は、2006年7-8月のイスラエルの第二次レバノン侵攻で、イスラエル軍とヒズボラとの敵対行為の停止、戦闘部隊の撤退等を規定した国連安保理決議1701(2006年8月16日)採択の以前から存在しており、13年を経て、ようやくイスラエルが発見したと述べたことは驚きであると述べたことが注目される。同インタビューの中で、ナスラッラー書記長は、イスラエルに対してヒズボラから戦争を仕掛ける考えはないが、祖国防衛のためにあらゆる防衛策を講じていること、シリアでの戦争経験で準備を整えていることに言及しつつ、ヒズボラはすでに誘導ミサイルを保有しており、テルアビブのイスラエル国防軍の本部を破壊することができると豪語し、もし、それが50m、100mずれれば、市民にも被害が出かねないと警告を発した。シリア内戦では、ヒズボラが2013年春のクサイルでの戦闘以来公けに参戦し、それがアサド政府軍の反体制派への反撃の転機となったが、ヒズボラ戦闘員はシリアで多くの犠牲者を出し、ヒズボラの故郷であるレバノンのシーア派コミュニティにおいても、不満が噴出し、ナスラッラー書記長は、遺族への支援を継続しつつ、新たな兵士のリクルート等難問に応える必要に迫られてきた。2016年3月には湾岸諸国がヒズボラをテロ組織に指定し、同4月に米国財務省もヒズボラ関連の団体・個人からの資金流入を断つために金融制裁を発動した。このような影響もあり、ナスラッラー書記長のインタビューでの強気の発言とは裏腹に、ヒズボラは財政的にも人的にもイスラエルと本格的に戦いに突入する余力はないというのが本心であると思われる。それにしても、イスラエルは、前書記長暗殺とは異なり、26年もの長きにわたって、宿敵ヒズボラの書記長支配を実力で排除しようとはしていない。これは、良きにつけ悪しきにつけ、イスラエル側がナスラッラー書記長を、戦争の流儀をわきまえ、引き際では引くことを知っているリーダーとして敵ながら一目置いているのではないかと考えられる。

    【シリア情勢(米軍のシリア撤退に関するマクガーク(前)対ISIS有志連合調整特使の意見】
    ◆昨年12月、トランプ大統領による米軍のシリア撤退決定に反対して辞任したマクガーク(前)対ISIS有志連合調整特使は、ワシントン・ポスト紙への寄稿(下記参考参照)の中で、大統領の決定は、①米軍の安全な撤退へのリスクを高め、②独裁者アサド大統領へのアラブ諸国の接近を促し、③(クルド人主導の)シリア民主軍(SDF)をアサド政権の傘下に追いやり、④トルコが支援する反体制派の過激派勢力がクルド人支配地区に参入することで混乱が拡大する可能性が高く、ISISや敵対勢力に新たな命を吹き込むことになりかねないとして、厳しい警告を発している。これに対して、トルコ政府は、マクガーク(前)特使の意見は、まったく的外れとして強く批判している。
    (参考)マクガーク前米国対ISIS有志連合調整特使のトランプ大統領による米軍のシリア撤退決定に対するワシントン・ポスト紙への寄稿仮訳(1月17日)
    ●12月17日に、マイク・ポンピオ国務長官は私と他の一部の国務省高官に対して重要な電話を求めた。私は、駐イラク米大使館から電話を受けた。そこへは、私は米国のISISへの戦いの管理を助けるため頻繁に赴いていた。私は、その戦いでの我々が勝ち取った成果が持続することを確実にするためにイラクの新政府と計画を実行するためにそこにした。ISISがバグダッドの目の前にいたわずか4年前から、私たちは長い道のりを歩んできた。
    ●これらの成果は、米国にとっての地上の戦闘パートナーであるイラク治安部隊、クルド人ペシュメルガ、シリアの反体制派戦闘員、そしてシリア民主軍(SDF)の献身的な貢献のおかげで達成された。
    ●これらの成果の鍵は、シリアにおける小規模ながら非常に効果的な米国の軍事的プレゼンスにあった。この任務は2015年に始まり、シリアからの攻撃を計画ないし開始したり、イラクに舞い戻ったりするISISの能力を否定するのに役立った。それは米国の資源の過剰なコミットメントや米国人が日々の戦いに直接従事してことなしに持続可能であった。アラブ人、クルド人、そしてキリスト教徒を含む約6万人の戦闘員からなる地元の部隊であるシリア民主軍が、ISISからシリアの都市や町を取り戻すことを可能にした。SDFは数千人の犠牲者を出した。今週まで、2人の米国人がシリアの戦闘で死亡した。 (1月16日、ISISが半国を主張した自爆テロで4人が死亡した - シリアにおけるわが軍に対するその種の最初の攻撃となり ? 米国の使命が不明確になったのと軌を一にする。)
    ●12月の電話で、ポンペイオ国務長官は、計画に突然の変化があったと我々に通告した:トランプ大統領は彼のトルコのカウンターパートとの電話会話の後、ISISに対する勝利を宣言し、シリアからの撤退を我々の部隊に指示する予定である、と告げた。
    ●私は、我々が特にホワイトハウスからの指示で、すぐにシリアを去るつもりはないことを保証していた有志連合国のパートナーの間に、この決定の余波を緩和することを助けるために直ちにワシントンに戻った。ボルトン大統領補佐官は、「中東全域でイランの脅威が続く限り、私たちはシリアに留まる」ことを宣言していた。ジム・マティス国務長官と私は、有志連合のパートナーに対して、2020年までの(米軍駐留の)コミットメントを確認していた。
    ●有志連合各国の私のカウンターパートは当惑していた。私がシリアの地上で定期的に訪問していたSDFの我々の戦場でのパートナーは、衝撃を表明し、(決定を)否定し、トランプ大統領が決定を覆すことを望んだ。彼らは同時に、ISISとの戦いを継続することを主張し、その時点で、シリア東部のテロリストの要衝まで進軍していた。
    私はすぐに私はこれらの新しい指示を効果的に実行することができないとの結論に達し、12月22日に、辞表を提出した。
    ●シリアを去るという大統領の決定は、熟慮、有志連合ならびに議会との協議、リスクの評価、ならびに事実の評価なしになされた。ポンペイオ長官の電話の2日後、トランプ大統領は「シリアでISISを敗北させた」とツイートした。しかしそれは事実ではなく、我々はISISに対して空爆を続けていた。数日後、彼はサウジアラビアが「シリア再建のために必要な資金を支払うことに同意した」と主張した。しかし、サウジが後に確認したように、それも事実ではなかった。トランプ氏はまた、米軍が30日以内にシリアを退去すると示唆したが、これはロジステックな観点から不可能であった。
    ●さらに悪いことに、トランプ大統領はエルドアン・トルコ大統領との電話の後にこの急な決定を下した。彼はトルコがシリアの奥深くにおいてISISとの戦いに取り組むというエルドアン大統領の提案に乗っかった。事実は、トルコは、米軍による実質的な支援なしには、その境界から何百マイルも離れた敵対的な地域で作戦することはできないということである。そしてトルコに支援されたシリアの反体制派の多くはISISではなく、クルド人と戦う意図を公然と宣言した過激派を含んでいる。
    ●トランプ大統領のつぶやきよる最新の提案で、エルドアン大統領によれば、トルコが設置することになる20マイルの安全地帯設置提案は、 同様にプロセスも分析もなしでなされたようである。この「地域」はシリア東部のすべてのクルド人支配地域を網羅する。米軍が立ち去る準備をしている一方で、引き継ぐ準備をする勢力も、それを用意する時間もない。そしてトルコに支援された反体制派の参入は、何千人ものクルド人を追放し、同様にこれらの地域に点在する脆弱なキリスト教徒共同体を脅かすだろう。
    ●トランプ大統領の決定による戦略的な影響はすでに出ている。トルコがシリアに手を伸ばせば伸ばすほど、同地域のアラブ諸国のパートナーはより速度を速めシリアに向かっていく。トランプ大統領が(シリアを)去ると言った直後にバーレーンとアラブ首長国連邦が大使館を再開したのは偶然ではない。これらの国々、そしてサウジアラビア、エジプト、ヨルダンは、シリアへの関与がロシア、イラン、トルコのシリアへの影響力を薄めるのに役立つと信じており、米国の反対意見を無視している。SDFは、間もなく独力で敵対勢力に囲まれる可能性があることを認識し、バッシャール・アサド政権との交渉を加速させた。 NATOの同盟国であるトルコは、トランプ大統領の決定から数日以内にロシアに振り向き、シリアでの次のステップを進めるために高官をモスクワに派遣した。この地域で最も近い同盟国であるイスラエルは、すぐにシリアから米国が立ち去るとの新しい現実に直面した。ロシアとイランだけがトランプの決定を称賛した。トランプが立ち去るといったとたんに、シリアでこれらの2つの敵対的諸国に有していたてこを減少させてしまった。
    ●大統領が方針を逆転させないならば、これらの趨勢は悪化するであろう:我々のパートナーは聞く耳を持たなくなり、米国の利益に反する決定を行うであろう。我々の敵対者たちは、米国が去っていくのを知って、しばらくの間好き放題にふるまうであろう。ISISや他の過激派グループは、米国の退去で開かれた空隙を埋め、2016年を通して欧州の我々の友人たちを脅かしたような能力を回復し、そして最終的には我々自身の故郷も脅かすであろう。
    ●理想的には、トランプ大統領は、リスクの正確な評価、ISISの状況、そしてトルコの能力あるいは、他の誰かが米国を代替することができるまで、撤退を中止するであろう。国防総省にそのような評価がない撤退計画を設計し、実行するように頼むことはばかげている。幹部職員に、決定を後退させたり、条件を付けさせることは不十分である。それは大統領が下さねばならない。
    ●この賢明ではないが代替策の可能性が低い中で、米国の当局者はその決定が重要ではないと示唆しようとしている。ここ数週間、彼らは、トランプ大統領が、シリアには「砂漠」と「死」のみがあるだけであり、イランの指導者たちが好き放題にできると語っているにもかかわらず、イランの追放とシリアの政権交代を含む目標を達成できると主張している。米国の高官が語ったこの野心的な目標とトランプ大統領自身の見解との間のかかる断絶は、米国の信頼性をさらに損なっている。
    ●より現実的なシリア政策のために、以下の真実を説明しなければならない。
    第一に、米国は撤退する。それは6ヶ月、4ヶ月より短いかもしれない。しかしトランプ大統領は撤退したいと繰り返し明言してきた。この事実が長く受け入れられず、戦略の変更ではなく戦術の変化として語られることが続けば続くほど、退去への当惑が増し、米軍に対する攻撃のリスクが高まり、SDFがその後の現実的な計画なしに見捨てられる余地が拡大する。今の焦点は、我々の軍隊を防衛し、安全に退出することにある。我々の小規模な部隊にそれ以上のことを求めることは、撤退のリスクを高めるであろう。
    第二に、アサド大統領は(その地位に)とどまっている。この事実は現在、サウジアラビアやイスラエルなど、米国の他の国々と同じようにイランに対して強硬派であるものの、米国なしでは、イランとロシアによって支えられているこの大量殺害の独裁者を破綻させることは、夢物語である。
    第三に、SDFだけがかつてシリア北東部のISISが支配していた地域に安定をもたらすことができる。その勢力を他で置き換えることはできない。そして米国が去ると、そこには新たな代替者が必要となる、さもなければ真空を利用してISISが復活する危険を冒すことになる。安定を維持するために、SDFはシリア政権に取り入り、シリア国家の傘下に入るしか選択肢がないかもしれない。この不幸な結果は、戦略的および人道的な大惨事を回避するために必要かもしれない。
    第四に、シリアに関しては、トルコは信頼できるパートナーではない。トルコが支援するシリアの反体制派は過激派が混じっており、アサド大統領に効果的に挑戦し、SDFに匹敵する代替勢力を構成するには数が少なすぎる。北西部のイドリブ県のようにトルコが表向き支配しているシリアの地域は、アルカーイダの支配が強まっている。米国はトルコが国境を守るのを手助けすることができるが、トルコ軍とトルコに支援された反体制派戦闘員がシリア北東部のSDF支配地域に参入することで、今懸念されているように、混乱と過激派がはびこる環境が促進される。
    ●したがって、シリアにおける米国の目標は、ISIS復活のリスクを軽減し、イランがイスラエルを脅かす軍事的プレゼンスを強化するのを防ぐことに限定されるべきである。前者は、SDFが無傷のままでいることを確保し、ロシアとの衝突回避によって空域への継続的なアクセスを得ることによって最もよく達成される。後者は、最近シリアでのイランの脅威に対する精緻な航空作戦を行っていることを認めたイスラエルを支援することによって達成される。
    ●これらの限定された目的は、シリアに対するより大きな希望を抱く人々にとっては満足できないことかもしれない。しかし、それらの希望はすでに死に絶えている。米国の出発を刻む時計で、我々は米国の最も重要な利益を守ることに集中して我々自身を救わなければならない - そしてそれさえ難しい注文かもしれない。
    皮肉なことに、イスラム国家を敗北させることは、大統領が当初からの目標として認識していたことである。 2016年に、彼は「ISISを叩きのめす」ことを誓った。残念ながら、彼の最近の選択はすでにISIS ? ならびに他の米国の敵対者 - に新しい命を吹き込んだ。
    マクガーク前対ISIS有志連合調整特使の寄稿(1月17日付ワシントン・ポスト紙)

    (コメント)1月16日、シリアのマンビジのレストラン付近で自爆攻撃があり、米兵2名を含む米国人4名ほか多数が死亡した。マンビジは、2016年8月12日、クルド人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍(SDF)が激戦のすえ、ISISを駆逐して制圧したユーフラテス川西方でトルコ国境にも近い拠点都市であった。クルド勢力がマンビジを制圧したことをうけて、同月下旬、トルコ軍は自由シリア軍とともに、シリアに越境進軍し、ISISを駆逐し、ジャラブルスを制圧した。その後、トルコ軍は、アザーズからジャラブルスに到る帯状地帯に事実上のトルコ支配の「安全地帯」を設定した。その後、ISISは、2017年10月にISの首都とみなされていたラッカを失い、イラク国境周辺に追いやられた。この状況をうけ、トルコ軍は、2018年1月シリア北西部でクルド人が支配していたアフリンに侵入し、3月には同地を制圧した。その後、トルコは、米国との間で、マンビジからのYPGの退去等を主眼とするマンビジ・ロードマップに合意し、合意の実行を米国に迫るとともに、ユーフラテス川東方のクルド支配地域からのYPGを駆逐するため、昨年12月にはエルドアン大統領が新たな軍事作戦実行を宣言していた。こうした中、トランプ大統領は、エルドアン大統領との電話会談で、独断で、他の有志連合パートナー国や地上の同盟軍としてISISと戦ったSDFと調整することなく、約2000名規模の米特殊部隊をシリアから撤退させる意向を伝えた。これに抗議してマティス国防長官、ならびにマクガーク特使が辞任することとなった。マクガーク特使は、地上の最も頼れる部隊であるSDFと連携して、シリアの各拠点をISISから奪還してきた立役者であり、現場の状況を最も掌握する米政府関係者であった。同人は、ISISの脅威が去っていないこと、米軍のシリア退去は、自らの血をもって有志連合に協力してきたSDFへの裏切りになること、米同様特殊部隊を派遣している仏、英、独等を困惑させること、米軍の退去は、ロシア、イランに支えられているアサド政権へのてこを、米国が失うことになること、トルコが支援する反体制派には過激なグループが含まれ、トルコ軍の参入は、新たな混乱と惨事を招く可能性が高いことを肌で感じている。トランプ政権が、現場の意見を拾い上げることができなくなり、熟慮された戦略なしで決定を下すことになれば、そのマイナスの影響は計り知れないと危惧される。トランプ大統領は、シリア・トルコ国境にそって20マイルの「安全地帯」を設置し、トルコに支配を委ねることを示唆したが、クルド人勢力は猛反対しており、トルコの支配を阻止するために、クルド側は、アサド政権への接近により、トルコをけん制しており、アサド政権を支えるロシアのプーチン大統領とロシアを訪問するエルドアン大統領の1月23日に予定されている首脳会談が注目されている。

    【シリア情勢(トランプ大統領の北部シリアでの安全地帯設置提案)】
    ◆1月14日、トランプ大統領は、エルドアン・トルコ大統領との電話会談で、シリア・トルコ国境沿いに幅20マイル(約32km)の「安全地帯」設置を提案。翌15日、エルドアン大統領は、与党関係者の集会で演説し、トランプ大統領が、トルコの経済を壊滅させるとつぶやいた(下記参考1参照)とき、悲痛を感じたが、その直後の電話会談は前向きで、安全地帯設置を話し合ったと述べた。エルドアン大統領は、2013年5月の(当時首相としての)訪米以降、北部シリアにおける安全地帯設置を米国に提案(下記参考2参照)していた経緯があり、基本的にトランプ大統領の提案を歓迎し、1月23日ロシアを訪問し、プーチン大統領との間で、この問題を含むシリア問題を協議する予定。

    (参考1)トランプ大統領の関連ツイッターの内容(1月14日)
    ●わずかに残っているISIS支配のカリフ国を激しく叩きつつ、多くの方面から長すぎたシリアからの撤退を始める。彼らが立て直そうとすれば、既存の近くの基地から再び攻撃を加える。(トルコが)クルド人を攻撃するのであれば、(米国は)経済的にトルコを壊滅させる。 20マイルの安全地帯を設置する。
    同様に、クルド人にトルコを挑発してほしくない。ロシア、イラン、シリアはシリアで天敵であるISISを破壊するという長期にわたる米国の政策の最大の受益者である。我々も恩恵を受けるが、今こそ我々の軍隊を故郷に連れ戻す時が来た。 際限なき戦争を止めよう!

    (参考2)安全地帯の範囲(アナドール通信の推測)
    ●安全地帯は460キロメートル(286マイル)のトルコ・シリア国境線をカバーする。 安全地帯には、ラッカ北部とハサカ北部の集落が含まれる。サッリン(Sarrin)の西から東、アイン・イッサ(Ayn Issa)北部、スルーク(Suluk)北部、ラス・アル・アイン(Ras al-Ayn)、タル・タマル(Tal Tamer)、ダルバシーヤ(Darbasiyah)、アムード(Amude)、カミシリ(Qamishli)、タル・ハミース(Tal Hamis)、カハタニーヤ(Qahtaniyah)、ヤルビーヤ(Yarubiyah)そしてアル・マリキーヤ(al-Malikiyah)までをカバーする。 シュユーク・タハタニ(Shuyukh Tahtani)、アイン・アルアラブ(Ayn al-Arab:クルド名コバニKobani)、タル・アブヤド(Tal Abyad)、ダルバシーヤ、アムード、カハタニーヤ、ジャワディーヤ(Jawadiyah)、アル・マリキーヤ地区の町や村を含むすべての地域が安全地帯に含まれる。それはマンビジ(Manbij)東部のサジュル(Sajur)川近くのシリア西部から始まる。 マンビジの町の中心部は安全地帯の外に残るであろう。
    32km幅の安全地帯を北部シリアに設置(1月15日付アナドール通信記事)

    (コメント)トルコは、2016年8月24日にシリア北部の町ジャラブルスに突如越境進軍し、ISISを駆逐したあと、西方のアザーズに到る帯状地帯に親トルコの自由シリア軍ほかのシリア反体制派とともに進出した。さらに、2018年1月には、アレッポ北西の当時クルド人が支配していたアフリーンに越境進軍し、トルコ政府がPKK同根のテロ組織とみなすクルド人民防衛隊(YPG)勢力を一掃し、ハタイ県東側からトルコ・シリア国境沿いにユーフラテス川西岸までの帯状地帯を実効支配するに至っている。2018年6月には、ユーフラテス川西岸でトルコ側がのど元に刺さったとげとみなしていたYPG主導のシリア民主軍(SDF)が実質支配するマンビジ市から、YPG戦闘員の退去を主眼とするマンビジ・ロードマップで米国と合意に達している。エルドアン大統領は、米国がYPGと協力して、YPGに武器弾薬を提供し、訓練を施し、ISIS掃討のための地上作戦を実施することに対して一貫して反対してきたが、2017年10月のラッカ陥落等で、米国がISIS掃討のためにYPGと協力する必要性はなくなったとして、トルコがテロ組織とみなすYPGをトルコ国境沿いから排除するために、昨年12月12日にはエルドアン大統領が、ユーフラテス川東部からYPGを排除するための新たな軍事作戦開始を宣言していた。これをうけて、トランプ大統領は、12月中旬エルドアン大統領との電話会談のあと、12月19日に、突然約2千人規模の米軍特殊部隊のシリア北部からの撤退を宣言し、トルコ政府は歓迎したものの、これに反対を唱えたマティス国防長官やマクガーグ対ISIS有志連合調整特使は辞任し、有志連合のパートナー国もまったく聞かされていなかったとして動揺が起き、また、米軍に協力して自らの血でISIS掃討作戦に参加してきたYPGおよびそれを支えるクルド人社会に、米国の裏切りではないかとの衝撃が走った。政権を支える共和党内からも、米軍のシリア撤退は慎重に行い、トルコのクルド人勢力攻撃を防止すべきだとの発言が相次ぎ、トランプ大統領は、1月14日にクルドが攻撃されるならトルコ経済を壊滅させるとつぶやいた次第である。安全地帯設置提案は、そもそも2013年5月にエルドアン首相(当時)が米国を訪問したときに初めて提案したもので、①飛行禁止区域、②民間人のための安全区域、③連合軍と合同の地上作戦の開始を含む3段階の計画が含まれており、以後、トルコ政府関係者は、シリア北部での安全地帯設置の必要性を繰り返し語ってきた。しかし、オバマ政権は、ISISとの戦いの中でYPGを味方に引き付けておく必要性を感じ、トルコの要請を承認しなかった。但し、上述のとおり、2016年8月には、バイデン副大統領がトルコを訪問し、ISIS駆逐のために、トルコのシリア越境進軍を認め、これがトルコによるジャラブルス・アザーズ地区の実効支配につながっていた。 今回、トルコと米国との間で、安全地帯設置案が了解されたとしても、同地帯はあくまでシリア領内にあり、トルコ国境の南側の安全は、シリアが担うべきであるとするアサド政権と、それを支えるロシアの意向を確認する必要がある。クルド人側は、ISISとの戦いで解放したコバネやタル・アブヤド等のクルド人支配地域が安全地帯設置により、それらの町から退去させられることは受け入れられず、例えアサド政権の支配下にはいるとしても、トルコが同地域を支配するよりましであるとみなして安全地帯設定に徹底的に抵抗することは疑いない。1月23日にアスタナ協議の機会に実施される首脳会談で、エルドアン大統領がプーチン大統領との間で安全地帯設置についてどのような了解に達するのか注目される。

    【カショーギ氏殺害事件(サウジ刑事裁判所による初公判)】
    ◆2019年1月3日サウジの検察官は、声明を発出(下記参考参照)し、サウジの刑事裁判所が、(サウジ)市民ジャマール・カショーギの殺害事件に関連して検察が起訴した11人の被告に対して初の審問を開始したと発表。この声明で、サウジの検察は、これまでトルコの検察に証拠の提供を要求したが、トルコ側が応じていないとして、さらに2通の書簡を発出したことを強調している。

    (参考)サウジ検察による公判開始の声明(2019年1月3日サウジ国営通信)
    ●検察官は、2018年10月19日、同10月25日、及び11月15日に発出した声明に関連して、(サウジ)市民であるジャマール・カショーギ殺害事件に関して検察が起訴した11人の個人に対する初の審問を2019年1月3日、リヤドの刑事裁判所で開始したと述べた。被告の弁護士は刑事訴訟法第4条に基づいて同席した。検察官は被告に対して適切な処罰を課すことを要求し、殺人に直接的に関与したとして5名の被告に死刑を求刑している。
    ●事件の初の審問中に、被告は起訴状の写しと追加の応答時間を要求した。被告の請求は、刑事訴訟法第136条に基づき承認された。一方、検察官は、この犯罪に関連して、残りの個人を拘留したまま事件の調査を続けている。
    ●2通の書簡(2018年12月17日付番号22031/Sおよび22032/S)が、2018年10月17日付番号7841、同10月25日付番号9995/S、同10月31日付番号11350/Sの書簡をフォローし、トルコの検察にこの事件に関連する証拠を提供するよう要求するためにトルコ共和国の検察官に送付された。今日まで、サウジアラビア検察官は何の返事も受け取っていない、そして検察はまだ彼らの返事を待っている。
    カショーギ殺害事件に関する公判開始(1月3日付サウジ国営通信)

    (コメント)昨年10月2日にイスタンブールのサウジ総領事館内でサウジ側暗殺団により実行されたサウジ人ジャーナリスト、ジャマール・カショーギ氏殺害について、昨年11月15日、サウジの検察が、11名を起訴し、うち5名に死刑を求刑すると発表していた。これをうけた公判が首都リヤドの刑事裁判所で開始されたわけである。この事件に関しては、トルコは真相解明の圧力をサウジ側にかけ続けており、年末には、暗殺団一行がサウジ総領事公邸に、事件当日不審なバッグを搬入する画像を公表するとともに、総領事公邸の井戸に遺体の一部が残っているのではないかとの見方を伝えた情報をメディアにリークしている。公邸の井戸は、トルコ側の要求に応じて、水をくみ上げて成分を調べる調査をサウジ側は許可し、その際は、異常は確認されなかったとのことであるが、密閉容器に遺体の一部を入れた可能性もあり、トルコ側は、井戸の水を抜き取った本格的調査を求めているものの、サウジ側は応じていない模様である。今回の公判開始に関するサウジ検察の発表によっても、依然、11名の容疑者の名前や、死刑を求刑したとされる5名の氏名は公表されていない。今回のオペレーションを本国から指揮したとされるアッシーリ元GIP副長官やカハタニ元王宮府顧問が今どのような状態におかれているのかもはっきりしない。トルコや国連は、サウジの裁判手続きが透明性を欠くと批判し、国際的な調査の必要性を訴えている。サウジの検察官の声明でとくに注目されるのは、サウジ側がトルコの検察に証拠の提示を求めているにも拘わらず、トルコ側が一切応じていないと強調していることである。現在まで、カショーギ氏の遺体の所在は明らかになっておらず、サウジ側は、公判を開始したものの、トルコ側の協力が得られず、証拠不十分として、容疑者の無罪を言い渡す可能性も排除されない。

    【シリア情勢(アサド政権のアラブ陣営復帰の兆し)】
    ◆12月27日、アラブ首長国連邦(UAE)の大使館が6年ぶりにダマスカスで再開し、アブドル・ハキーム・ナイミ(Abdul Hakim Naimi)臨時代理大使が着任した。同臨時代理大使は、大使館再開記念スピーチの中で、UAEに続いて、他のアラブ諸国がダマスカスに大使館を再開するであろうと述べた(以上参考1参照)。アサド大統領がアラブ陣営内において着実に復帰の途を歩んでいることが認識される。
    UAE大使館、6年ぶりにダマスカスで再開(12月27日付UAEナショナル紙報道)

    (参考1)UAE側の大使館復帰に向けての声明(上述ナショナル紙記事より)
    ●アンワル・ガルガーシュUAE外務担当相は、今回の決定は、シリアの主権と領土の保全を守るためにアラブの関与が必要であり、これは、シリアにおけるアラブの役割がトルコとイランの増大する影響に対抗するために必要になったためである、UAEはシリアでのプレゼンスを通じて、この役割を活性化しようとしている、UAEはシリア内戦の政治的解決への貢献を望んでいると述べた。
    ●UAE外務・国際協力省は、今回の大使館の再開は、2つの友好国の関係を通常の道筋に回復させるためのUAEの熱意を再確認するもので、それは、シリア・アラブ共和国の独立性、主権および領土の一体性を支援し、当地域への干渉の危険性を防止するためのアラブの役割を強化し、活性化するであろう、との声明を発出。

    (参考2)シリアとアラブ諸国との関係
    ●アラブ連盟のメンバー資格停止中。湾岸諸国はオマーンを除き、ダマスカスの大使館閉鎖。イラクは大使館維持。
    ●シリアはUAEに領事館を維持。 シリアのドバイへの直行便、およびラタキアの港町とシャルジャ首長国間の直行便運航。
    ●3月ワリード・ムアッリム・シリア外相は、オマーンを訪問。 12月16日バシール・スーダン大統領がシリア公式訪問。12月27日シリアの民営航空「シリアの翼(シャームウィングス)」が運航開始。

    (コメント)27日午後に催された在シリアUAE大使館の再開式典はアラブの春を契機としたアサド政権の市民への弾圧に反発し、政権交代を主張し続けてきたアラブ諸国とアサド政権との重要な和解を意味する。 ナイミ臨時代理大使は、UAE大使館の開設は、他のアラブ大使館の復帰の第一歩であると式典で演説し、間もなく、アサド政権ボイコットを続けてきた他のアラブ諸国が、大使館再開に踏み切ることを示唆した。アサド大統領は、10月にクウェート紙のインタビューの中で、アラブ諸国と関係修復に関する了解に達したと述べており、その後、12月16日には、アラブ諸国の首脳として内戦ぼっ発以来初めて、バシール・スーダン大統領がシリアを公式訪問(参考3)している。アサド政権ボイコットの先頭に立っていたサウジアラビアは、トランプ大統領のツイートによれば、シリア復興を支援するために必要な資金を拠出すると意向である(参考4)ほか、アサド大統領退陣を主張し続けてきたジュベイル外相を更迭した。アラブ連盟内でも、シリアのアラブ連盟復帰を認める動きが強まっていることが認識される。アラブ以外の地域大国トルコのチャブシュオール外相も、民主的で信頼できる選挙で選ばれるのであれば、アサド大統領を認めざるをえないことを、初めて明言(参考5)した。トランプ大統領は米軍のシリア撤退を宣言しており、トルコ軍のシリア北部のクルド人支配地域への越境攻撃の懸念が深まっているが、アサド政権が、クルド管理地域への再支配を確立し、トルコ国境の管理を強化するのであれば、トルコは軍事作戦を思いとどまる可能性が高い。総括すれば、2011年のアラブの春をきっかけとした欧米・湾岸アラブ諸国の支援を受けた反政府武装闘争により、政権崩壊の危機に晒されたアサド大統領は、ロシアとイランの支援をうけて反撃に転じ、2016年12月には重要都市アレッポを奪還し、2018年3月には、ダマスカスののど元の脅威であった東グータを制圧し、ロシア・トルコが主導する停戦監視と新憲法制定に向けての政治的動きを受け入れ、足場を着実に強化していった。アサド退陣を主張してきたアラブ諸国も、ロシアによるアサド政権とアラブ諸国との関係修復への仲介努力も踏まえ、「アサド支配が揺るがないとする」現実を受け入れざるをえない状況にいたったものと考えられる。90年代から2000代を通じて、アラブ世界における3人の代表的独裁者と認識されていたイラクのサッダーム・フセイン大統領、リビアのカダフィー大佐、シリアのハーフィズ(前)・バッシャール(現)大統領の中で、アサド大統領のみが政権トップとして生き延びる可能性が極めて高くなっている。

    (参考3)バシール・スーダン大統領のシリア公式訪問
    ●バシール・スーダン大統領は2008年にダマスカスを訪問しており、今回10年ぶりの訪問となった。また、2011年のアラブの春ぼっ発以来、ダマスカスを訪問した初のアラブ首脳となった。
    スーダンのバシール大統領は、8年ぶりにダマスカスを訪問する初のアラブの指導者(12月17日付プレスTV報道)

    (参考4)サウジのシリア復興への拠出表明
    ●サウジは、8月にシリア復興のために1億ドルの拠出を表明していた。12月24日、トランプ大統領は、シリアからの撤退表明に関連し、サウジがシリア復興に必要な資金を拠出することに同意したとしてサウジへの謝意を表明した。

    (参考5)チャブシュオール・トルコ外相発言(12月16日ドーハでのCNBC特別セッション)
    ●(選挙が)民主的で信頼できるものであるならば、誰もが(アサド大統領との関係修復を)考慮する必要がある。それは、非常に信頼でき、透明で、民主的で公正な選挙でなければならない。最後に、シリア人は選挙後に誰が国を統治するのかを決めるべきである。
    もし公正な選挙で選ばれるのであれば、アサド大統領との関係修復を考慮(12月17日付ヒュリエト・デイリーニュース報道)

    【シリア情勢(マクガーク米大統領対ISIS有志連合調整特使の辞表提出)】
    ◆シリア・イラクにおいてISISと戦う多国籍軍の調整役であったマクガーク米大統領特使は、12月21日ポンペイオ国務長官への書簡で、12月19日のトランプ大統領による米軍のシリアからの突然の撤退決定を遺憾(参考1)として、辞表を提出した。これに対して、トランプ大統領は、同特使は2月には退任が決定しており、「目立ちたがり屋」の仕業であると切り捨てた(参考2)。20日にマティス国防長官が、大統領の決定を不満とし、国防長官には大統領の考えに近い人物を選任すべき(参考3)として2月末に退任することを表明したばかりであった。
    (参考1)マクガーク米大統領特使の同僚にあてたメール主旨(AP報道)
    ●大統領の先般の決定は、衝撃で政策の完全な転換である。それは、なんの計画もなく、また、それがもたらす結果に対するなんらの考慮もないことから、多国籍軍の同盟国を混乱させ、戦闘のパートナーたちを当惑させるものである。
    トランプ大統領シリア・プランに関する対ISIS多国籍軍調整特使を失う(12月23日付AP報道)

    (参考2)トランプ大統領ツイート主要点(12月23日)
    ●私がよく知らないブレット・マクガークという人物は、2015年にオバマ大統領によって任命された。同人は2月に去ることになっていたが、彼は期限前に辞任した。目立ちたがり屋なのか。フェーク・ニュースは、この何でもない出来事について大げさに報じている。
    ●我々は、そもそも3ヶ月間だけの駐留のはずであった。それは7年前の出来事である。しかし、 我々は立ち去っていない。私が大統領になったとき、ISISは残虐さを増していた。今やISISは大方敗北しており、トルコを含む他の地元の国々は、残党に対して容易に対処できるはずである。我々は、帰国の途に就く。
    トランプ大統領対ISIS特使の辞任を矮小化(12月23日付ABCニュース
    (参考3)マティス国防長官退任表明(12月20日)
    乞う一読。マティス長官の595語の退任表明全文(12月20日付)

    (コメント)マクガーク大統領特使(45歳)は、2015年オバマ大統領に任命され、トランプ政権誕生後もその任務を続けていた。同特使は、ISISとの戦闘が最も激しかった2015年から18年までの3年間、74か国を束ねる多国籍軍の調整役を務めるとともに、地上の最も信頼できる部隊として、クルド人民防衛隊(YPG)を主力とするシリア民主軍(SDF)と連携し、SDF隊員への訓練、武器・ロジステック・情報提供を行い、シリアにおいては、激戦を重ねて、国内の拠点をISISから解放し、2017年10月には、ISISの「首都」とされたラッカ解放を実現した立役者のひとりであり、シリアのクルド人勢力からも、同じくSDFを支援してきた英、仏、独からも信頼を置かれてきた。その現場を最もよく知る特使が、トランプ大統領のシリア撤退表明の直前にも、「物理的なカリフ国の終焉が明らかになってきているにもかかわらず、ISISの打倒はもっと長期的なイニシアチブになるだろう、誰もミッション達成を宣言していない」と語っていた。同特使は、辞意表明にあたって、自分のこれまでの役割や対応との「一体性」を維持するためにも、自分の下で、同盟国の部隊やクルド人勢力を見捨てて米軍特殊部隊の撤退の任を担うことはできないとの気持ちを表明している。トランプ大統領による米軍のシリア撤退表明をうけて、エルドアン・トルコ大統領は、当面シリア北部への越境作戦実行は見合わせるとしつつ、将来の侵攻がありえることを示唆している。こうした中で、シリアのクルド勢力は、米軍の撤退を「背信」であるとみなして危機感を募らせており、米軍の撤退はISIS復活を招きかねないものとして、米国同様特殊部隊を派遣している仏等への働きかけを活発化させている。

    【シリア情勢(米軍のシリア撤退)】
    ◆トランプ大統領は、12月19日、米軍がシリアに留まっていた唯一の理由であるISISを打ち負かしたとツイッターし、同日ホワイトハウスならびに国防総省は、米軍部隊のシリアからの撤退のプロセスを開始したことを明らかにした(下記参考1参照)。また、国務省は24時間以内に国務省スタッフをシリアから退去させると述べた。大統領のISに勝利したとの発表については、米国務省自身、17日にISの脅威が完全になくなったものではないとの見方を示していたことに矛盾し、さらに12日エルドアン・トルコ大統領がYPG(クルド人民防衛隊)一掃のため、トルコは北シリアにおいて新たな軍事作戦を開始すると宣言した直後であり、シリアや地域情勢をさらに複雑化しかねないものとしてシリアのクルド人勢力をはじめとして懸念が広まっている(下記参考2参照)。米軍は特殊部隊約2千名をシリアに派遣し、情報収集や、YPGを中核とするシリア民主軍(SDF)兵士に訓練を施し、武器も提供してきたとみられている。
    米軍シリア撤退を宣言(12月19日付ミドル・イースト・アイ報道)

    (参考1)サンダース・ホワイトハウス報道官声明(12月19日)
    ●5年前、ISISは大変強力で、中東における危険な勢力であった。そして、今や米国は、領域国家を名乗るカリフ国を打ち負かした。シリアにおけるこれらのISISへの勝利は、グローバルな連合の終了、あるいはそのキャンペーンの終了を意味するものではない。我々は、米軍部隊の本国帰還を開始した。そして、このキャンペーンの次の段階に移行しようとしている。米国とその同盟者は、必要に応じ、あらゆるレベルで米国の利益を守るために再び立ち上がる準備を整えている。そして、我々は、過激なイスラム・テロリストの領域支配、資金提供、支援、ならびに国境に侵入しようとするいかなる手段も否定するために、ともに活動を続けるであろう。
    (参考2)SDF関係者のコメント(12月19日付アラビィ21報道)
    ●米軍の撤収が実施された暁には、それはシリアの民主化勢力とクルド人防衛部隊を後ろから刺す行為である。米国の決定は、圧制的組織との戦いで殺害された何千人もの戦闘員が流した血への裏切りである。米国の上部機関からユーフラテス東方とマンビジ(注:ユーフラテス川西方)の全域から米軍部隊を退去するとの通報を受けた。

    (コメント)今回のトランプ大統領流の突然の米軍のシリア撤退宣言はさまざまな方面に波紋を投げかけている。まず、トランプ大統領自身は、2018年春以降たびたび有志連合パートナー国、とりわけ湾岸諸国に対し、米軍にシリア北東部に留まってほしいのであれば、応分の資金負担に応じるべきであるとの立場を繰り返し表明してきた。これに対しサウジやUAEが資金拠出を表明し、費用負担という面では8月時点で3億ドル確保のめどがたっていたとみられ、大統領自身の発言に一貫性を欠いていること、第二に国務省が認めるように、イラク国境付近をはじめとしてISIS掃討は完了しておらず、この状況で米軍が撤退すれば、IS復活を助長しかねないこと、第三に、トルコは、多国籍軍に協力してIS掃討作戦に協力してきたシリア民主軍(SDF)の中核を占めるYPGをPKKと同根のテロリストとみなし、エルドアン大統領は北シリアで新たな軍事作戦を開始すると宣言したばかりのタイミングであり、シリアの領土の1/3を実効支配しているPYD/YPGを中心とするシリアのクルド勢力には、新たな戦線が開かれるのではないかとの不安が広がっている。今回の発表は、米軍特殊部隊と協力しているSDF関係者のみならず、駐在していた米軍部隊自身も寝耳に水であったとされる。米同様特殊部隊をクルド支配地区に派遣している英仏独等にとっても驚きであったとみられる。ロシアは、違法な米国のプレゼンスがなくなるものと歓迎しているが、米上院外交委員会共和党のコーカー委員長やグラハム議員も、大統領の決定は間違っていると批判している。60日から100日で完了するとみられる米軍の撤退が、アサド政権が、反体制派が押さえるイドリブとトルコが実質支配するシリア北部ユーフラテス川西方地区を除き、シリア全土への支配を確立するきっかけになるのか、あるいは、トルコ軍が「テロリスト」とみなすYPG掃討の軍事作戦に導くことになるのか、予断を許さない状況となる。

    【カタールのOPEC脱退宣言】
    ◆12月3日、カタールのサアド・アル・カアビ・エネルギー相は、カタールは来年1月1日に、産油国15か国で構成される石油輸出国機構(OPEC)(下記参考参照)から脱退すると発表した。アル・カアビ・エネルギー相は記者会見で、カタールは、天然ガスの生産量を年間7700万トンから今後1億1000万トンに増やす計画に取り組んでおり、約3割を占める世界最大の液化天然ガス(LNG)の供給者であるカタールが天然ガスの世界市場における主導権をとるための措置の一環であり、ビジネス重視の決定であると説明した。カタールの決定は、12月6日のOPEC総会開幕目前のタイミングで実施されたもので、脱退が確定すれば、59年目の離脱で、OPECを離れる最初の湾岸諸国となる。
    カタールは2019年1月にOPECを脱退(12月3日付アルジャジーラ記事)

    (参考) OPECについて
    (1)OPECメンバー国(15か国で構成)
    アルジェリア、アンゴラ、エクアドル、赤道ギニア、カタール、ガボン、イラン、イラク、クウェート、リビア、ナイジェリア、コンゴ共和国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ベネズエラ
    (2)創設メンバー国(5か国)
    イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラ
    (3)創設年:1960年
    (4)目的:加盟国の石油政策を調整・統一し、石油の効率的、経済的、定期的な供給を確保するための石油市場の安定化を図り、生産者への安定した収入、石油産業に投資している人たちへの適正な見返りを保証することを目指す。
    (5)現在のOPECの日産石油生産量:3200万b/d程度
    (6)過去に脱退した国:インドネシア、ガボン、エクアドルはかつて脱退。のちに3国は復帰したが、インドネシアは、2016年再離脱し、復帰していない。
    (7)オブザーバー国:エジプト、メキシコ、ノルウェー、ロシア、オマーン

    (コメント)2013年以降、カタールの原油生産量は2013年には1日当たり約728,000バレルから2017年には約607,000バレルに減少しており、OPECの総生産量のわずか2%以下となっている。カタールのOPEC脱退を来年から有効にするためには、年内の離脱通告が必要であり、12月6日のOPEC総会直前のタイミングで離脱を宣言することで、OPEC内の混乱を避けるという意図もあったと思われる。カタールは、天然ガスのOPEC版に相当するガス輸出国機構の創設メンバーであり、また、ドーハには同機構事務局も置かれている。さらにカタールは世界最大の天然ガス田、ノースフィールドをイランと共有している。カタールは、今回の決定は、あくまでビジネスを重視した結果であり、サウジを含むアラブ4か国によるカタール断交・封鎖とは無関係との立場を表向きとっている。カタールの原油産出量は、上述のとおり、OPECを主導するサウジの約1千万b/dと比較にならず、OPEC内の影響力は限定的であった。しかし、これまでは、少なくともGCCの枠内で、サウジやUAEとの協調を重視してきたため、サウジの意向に逆らってあえて脱退ということは考えにくかった。しかし、断交と封鎖を受けたことが、カタールにフリーハンドを与えたといえる。カタールのハマド・ビン・ジャーシム・アル・サーニ元首相は、脱退宣言を「賢明な決断」と評し、この組織(OPEC)は役に立たず、我々(カタール)に何も恩恵をもたらしていないとツイッター上で意見を表明した。今や、OPECはメンバー国の利益というより、サウジの対米、対ロシアのカードとして活用されつつある。OPECを主導するサウジは、OPECと合わせて世界石油の約40%を生産するロシアとの間で、石油価格が今後数カ月にあまり低下しないように、140万b/d程度の原油生産の削減に合意したとみられており、一方、トランプ大統領との関係では原油価格が高騰しないよう配慮する必要があり、特に米国のエネルギー・金融分野の対イラン制裁再開により、イラン原油生産が減少する場合の肩代わりを検討しているとみられている。11月下旬、トランプ大統領は、原油価格の下落に対し、ツイッターでサウジへの感謝の意を表明した(下記参考参照)。 カタールの否定にもかかわらず、カタールのOPEC脱退は、サウジの強硬な近隣諸国外交を反映したものといえ、米国の制裁を受けているイランにとっても、OPEC加盟を続ける意味がなくなりつつあるといえる。中東の秩序崩壊が、政治、経済の両面で歯止めがかからず、深く進行しつつある。

    (参考)トランプ米大統領の石油価格への見方
    (11月21日 トランプ大統領ツイッター)
    ●原油価格が下がっている。すばらしい!米国と世界にとって大きな税金カットのようだ。享受しよう!少し前までは82ドルで、今は54ドルだ。サウジアラビアに感謝。もっと下げよう!

    【カショーギ殺害(サウジ検察による捜査結果概要発表)】
    ◆11月15日、サウジのシャアラーン副検事総長は、カショーギ氏殺害事件で拘束された21名の供述等に基づく捜査結果を発表(下記参考)した。その中で、事件は、説得または強制によりカショーギ氏を本国に連れ戻すための計画が失敗し、現場レベルで殺害が決定され、実行されたものと結論付けた。現場で殺害を決定、実行した容疑者5名に死刑が求刑され、その他6名が起訴されることが発表された。

    (参考)サウジ検察当局による捜査結果概要発表(11月15日)
    ●サウジ検察は、記者会見で、サウジアラビアの市民ジャマール・カショーギ殺害の容疑者21名に対する捜査により、以下の捜査結果が得られたことを明らかにした。
    1.事件は、説得によって被害者(注:カショーギ氏)を本国に連れ戻すよう、そして説得が失敗した場合は、強制的に連れ戻すようにとの命令が発出されたイスラム暦1440年1月29日(西暦2018年9月29日)に開始された。総合情報庁(GIP)の前副長官がこの命令を一団のリーダーに発出した。
    2.一団のリーダーは、被害者を説得し本国に連れ戻すため3つのグループ(交渉/情報/ロジッスティック)から成る15人のメンバーチームを結成した。一団のリーダーは、(アッシーリ)前GIP副長官に対して、被害者とつながりがある元同僚をチーム内の交渉グループの長に任命するように提案した。この元同僚はその時(カハタニ)前顧問と作業するよう任命されていた。
    3.前GIP副長官は、前顧問に連絡して、被害者と以前から関係を持つ個人の任命を要請した。前顧問はこの要請に同意し、任務のリーダーと会うことを依頼した。
    4.前顧問は、一団のリーダーおよび交渉チームと会見した。メディアで特定された一団に関連する情報を共有した。前顧問は、被害者がサウジ王国に敵対的な組織や国家によって操られており、サウジ国外における被害者の存在が国家の安全保障への脅威であるとの考えを表明し、彼の帰還を説得するよう一行に促すとともに、彼の帰還が、一団が達成すべき任務であると述べた。
    5.一団のリーダーは、被害者の帰還を強制するようになった場合に備えて現場から証拠を取り除く目的で、法医学専門家にチームに加わるよう連絡をとった。法医学の専門家は上司が承知することなくチームに加わった。
    6.一団のリーダーは、被害者の帰還が強制された場合の安全な場所を確保するために、トルコ側の協力者に連絡をとった。
    7.領事館を調査した後、交渉チームの長は、被害者との交渉が失敗した場合には、被害者を安全な場所に移動させることができないと結論付けた。交渉チームの長は、交渉が失敗した場合、被害者を殺害することに決定した。この捜査は、この件が殺人の原因となったと結論付けた。
    8.捜査は、被害者との殴り合いの後に犯行が実行され、強制的に押さえつけられ、大量の薬物が注射され、過剰投与により死に至ったと結論づけた。
    9.捜査は、殺人を命じ、実行した人物を特定した。5名が殺害を告白した。
    10.殺害後、被害者の遺体は、殺人を犯した者たちの手で解体され、領事館の外に移された。
    11.捜査は、遺体が5名によって領事館から移動させられたと結論づけた。
    12.(トルコ側)協力者に遺体を引き渡した者が特定された。
    13.協力者に遺体を引き渡した個人によって提供された描写に基づいて、協力者の似顔絵が作成された。
    14.捜査は、殺害後、被害者の衣服を身につけ、領事館を出た後、腕時計や眼鏡を含むゴミ箱に犠牲者の遺物を処分した人物を特定した。さらに、捜査では、彼に連れだった個人を特定した。
    15.捜査は、領事館の監視カメラが無効にされていることを確認し、責任者を特定した。
    16.調査は、4名の容疑者が犯罪実行者にロジステックな支援を提供したことを明らかにした。
    17.捜査は、一団のリーダーが交渉グループおよび(被害者の殺害を決定し、犯罪を実行した)長との間で、被害者が同人の帰還の交渉と強制失敗後に領事館を立ち去ったとの虚偽の報告書をGIP前副長官宛てに作成することに合意したと結論付けた。
    カショーギ氏殺害捜査結果概要発表(11月15日サウジ国営通信報道)

    (コメント)事件から1か月半を経て、サウジ検事当局は、ようやく捜査結果概要を発表した。その主要点は、①カショーギ氏殺害の経緯について、説得または強制的に本国に帰還させる指示が、アッシーリGIP副長官から出されていたが、現場のチームは、説得を試みるも失敗し、おとなしくさせるために薬物を大量投与したことにより、「カ」氏は死に至った、②カハタニ皇太子顧問は、派遣チーム一行に会って、「カ」氏がサウジ王国に敵対的な組織や国家によって操られており、サウジ国外における被害者の存在が国家の安全保障への脅威であるとの考えを伝えていた、③殺人を命じ、実行した人物5名が特定され、自白があった、④遺体は、トルコ側の協力者に引き渡し、その似顔絵を作成した、⑤チームは、「カ」氏の帰還・拉致に失敗し、同人が領事館を立ち去ったとの虚偽の報告をGIP副長官に行った、である。①は、10月25日の、「カ」氏の殺害が事前に準備されたものであるとの発表に矛盾する、②は、皇太子側近が、「カ」氏がサウジ王国にとって危険人物であり、排除すべき対象であると認めていたことに他ならない、③は、この5名が誰であるかは名指しされていないものの、現場派遣部隊の責任者であると目されているムトレブ元皇太子警護担当者が含まれているとみられるものの、サウジ本国上層部からの指示ではなくあくまで現場の判断であったと主張している。この5名はいずれ、口封じのため、殺害の責任をとって「処刑」される可能性が高い、④は、そもそもサウジ側がトルコ側協力者の存在を示唆したものの、10月28日にトルコを訪問したサウード検事総長は、その存在を否定していたにもかかわらず、2週間して肯定に回り、サウジ側の主張が二転三転している。似顔絵も主張を補強するための偽装工作である可能性が高い、⑤については、「カ」氏が領事館に入ったのち、すぐに立ち去ったとのシナリオを殺害チームが勝手に用意し、アッシーリ副長官に報告していたとの主張は、殺害現場となった総領事館の長であり、何が起きたかを知っているはずのオタイビ総領事が約2週間その主張を支持していたことからすれば、信ぴょう性に乏しい。
     トルコ側は、チャブシュオール外相が、この検察の発表は不十分であるとして、国際的な裁判の実施を求めている。サウジ側は、未だ誰をどのような嫌疑で起訴するのか、死刑が求刑される5名は誰であるのかを明らかにしておらず、サウジ国内で公正な裁判が実施される保証もない。米国政府は、カハタニ顧問、オタイビ総領事、ムトレブ警護官を含む17名を財務省の制裁リストに加えると発表したものの、疑惑の目が向けられているムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、本件に一切無関係であるとするジュベイル外相をはじめとするサウジ政府の主張を受け入れ、本件の幕引きを助けるのかが注目される。トランプ大統領は、トルコ側が強く主張する2016年7月15日のクーデター未遂事件の首謀者であるとみなすフェトフッラー・ギュレン師の引き渡し要求に対し、その対応を司法省やFBIほか関係省庁に指示したとされ、トルコ側の「カ」氏殺害首謀者追及の動きを緩和させるためのカードに使おうとしているとの見方が浮上している。

    【米国のイラン核合意離脱(第二次制裁の発動)】
    ◆11月5日、米国財務省は、イラン核合意離脱に基づき解除されていたイランへの制裁再開の第二弾を発動した。今回の制裁再開の対象は、エネルギー、金融、造船、海運に及ぶ。財務省は、新たな対象300以上を含む700以上のイランの個人、団体、船舶、航空会社、航空機、原子力機関との取引を禁じるOFACの制裁対象リスト(SDN)リストに掲載したことを明らかにした(参考1)。ポンペイオ国務長官は、イランが悔い改めて無法な行動を180度転換するか、さもなければ経済崩壊の危機に直面するであろうと発言し、イランの制裁対象機関と秘密裏に取引する企業等に厳罰を下すと警告した(参考2)。
    (参考1)財務省プレスリリース
    ●今日、米国財務省の外国資産管理局(OFAC)は、イラン政権を対象とした一日の措置としては過去最大の、700以上の個人、団体、航空機、船舶に制裁を発動した。この措置は、イラン核問題に関する包括的共同作業計画(JCPOA)に関連して解除されたか免除されていた米国の核関連制裁の再発動の重要な部分を構成する。 OFACの措置は、イラン政権が広範な悪意のある活動に資金を提供する能力を阻止するよう設計されており、イランの核兵器保有を永久に阻止し、イランの弾道ミサイルの開発を中止させ、イランの広範な悪意のある行為を終わらせる包括的取引への交渉の席に着かせるようかつてない金融的圧力を行使するものである。これにより、2年足らずで、この政権下で制裁が課されたイラン関連の対象が900以上に上り、イランに対する米国の経済的圧力が過去最高を記録することになった。
    ●財務省のイランに対するかつてない財政的行使は、イラン政権にとって、(地域の)安定を脅かす行動を根本的に変えるまで、財政的孤立と経済停滞に直面することは明らかである。イランの指導者たちは、制裁措置の撤回を模索するのであれば、テロ支援をやめ、弾道ミサイルの拡散を止め、破壊的な地域活動を終わらせ、核兵器の野望を直ちに断念しなければならない、米国からの最大圧力は、ここからしか進まないだろう。我々は、イランの政権が外貨準備を腐敗した投資とテロリストの手に送り込むことを阻止することを意図している、とムニューシン財務長官は述べた。
    ●今日の措置には、イランの50の銀行とその国内外の子会社の指定が含まれている。200人以上の個人、イランの船舶およびエネルギー部門、イランの航空会社、65機以上のイランの航空機を含む400以上の標的が特定された。 それらは、EO(行政命令による取引規制対象者)13599リストに今日まで掲載された約250名近くの個人、凍結された資産が掲載されたSDNリスト(下記JETROサイト参照)に追加された。 OFACは米国のJCPOA参加中止によりEO 13599を削除した。今日認可された標的の完全なリストは下記参照。
    ●今日をもって、E.O. 13599 からSDN一覧へのリスト(E.O. 13599に従うと特定されたイランの金融機関を除く)に移行した多くの人々との主要な取引は、制裁の対象になりうる。そのような人々、SDNリストの記入項目に「二次制裁の対象となる追加の制裁情報」という表記されることになる。
    ●この措置は、イランの人々ではなく、イラン政権を標的としている。 OFACは、イランへの制裁措置に関し、人道的な承認と例外措置を引き続き維持し、イランに対する農産物、食品、医薬品、医療機器の販売を可能にしている。
    対イラン制裁再開(11月5日の米財務省プレスリリース)
    SDN改訂制裁対象個人・団体等フルリスト(11月5日財務省公式サイト)
    JETROのSDNリストに関する解説

    (参考2)ポンペイオ国務長官記者ブリーフィング(11月5日)
    ●イランは、その無法な行動から180度転換し、通常の国のように行動するか、さもなくば経済崩壊の危機に直面するであろう。我々はイランとの新たな合意が可能になることを願っているが、イランが5月に我々がリストアップした12の措置(下記参照)への態度を変えるまで、我々は執拗に政権に圧力をかけ続ける。この決議を反映して、今日我々はイラン核合意で以前に解除されたすべての制裁を再発動している。これには、エネルギー、銀行、船舶、造船業界に対する制裁が含まれる。
    ●トランプ政権が誕生して以来、168のイラン団体を対象とした制裁を19回発動した。今日の制裁は、5月に我々の戦略開始以来急速に低下してきたイランの国際経済活動の低下を加速するだろう。5月以来100社以上の企業がイランから撤退したり、ビジネスを行う計画を撤回している。企業が制裁措置を逃れ、秘密裏にイスラム共和国での商取引を継続する場合、米国は、可能な制裁を含めて、直ちに厳罰を課すことに留意する必要がある。制裁措置に反してイランとビジネスを行うことは、最終的にはイランから撤退するよりもはるかに痛みを伴うビジネス上の決定を強いられると確約する。
    ●20カ国以上の輸入国が既に原油の輸入をゼロにしており、1日当たり100万バレル以上の原油が市場から姿を消した。(核合意離脱を宣言した) 5月以来、今日まで(イランの)政権は、石油収入25億ドル以上を失った。我々は、特定の状況にあるいくつかの国々に一時的な割当を行い、原油供給許容を決めた。米国は、これらの免除を中国、インド、イタリア、ギリシャ、日本、韓国、台湾、トルコに適用する。これらの各国は、過去6カ月間にイラン原油の大幅な削減を実証しており、実際にはすでに8か国のうち2か国がイラン原油の輸入を完全に停止しており、制裁が維持されている限り再開しない。すべての国の輸入をゼロにする交渉を続けていく。
    ●さらに、今日、イランの石油売却収入の100%は(取引国側の)外国勘定で保有される。イランは、この資金を人道的貿易や制裁外の二国間の取引でのみ使用することができる。イランの核計画について言えば、我々は、現在進行中の3つの不拡散プロジェクトの継続を可能にする限定的かつ一時的な免除を認めることにした。当面これらの活動を続けることは、イランの民生用原子力計画の継続的監視を改善し、これらの施設を不法で違法な核開発への転用を受けにくくする。イランは決してトランプ大統領政権下で核兵器を手に入れることは決してないだろう。
    (米国の対イラン12項目の要求)
    ①イランの核兵器プログラムのこれまでの軍事的側面について完全に説明できるようにするとともに、そのような活動を永久に、かつ恒久的に検証可能な形で放棄することを国際原子力機関(IAEA)に宣言する。
    ②濃縮を停止し、重水炉の閉鎖を含めプルトニウム再処理を決して追求しない。
    ③IAEAに、イラン国内の全てのサイトへの無条件のアクセスを認める。
    ④弾道ミサイルの拡散を止め、核弾頭搭載ミサイルシステムのさらなる打ち上げや開発を停止する。
    ⑤すべての米国市民ならびに米国のパートナーおよび同盟国の市民を解放する。
    ⑥ヒスボラ、ハマース、イスラム聖戦(イスラミック・ジハード)を含む中東の「テロリスト」グループへの支援を止める。
    ⑦イラク政府の主権を尊重し、シーア派民兵の武装解除、解体、再統合を認める。
    ⑧反体制ホーシー派に対する軍事的支援を終了し、イエメンにおける平和的で政治的な解決に向けて努力する。
    ⑨イランの指揮下にあるすべての部隊をシリア全土から撤退させる。
    ⑩アフガニスタンならびに(中東)地域においてタリバーンやその他の他の「テロリスト」の支援を終了し、アルカーイダの幹部指導者に庇護を与えることをやめさせる。
    ⑪世界中の「テロリスト」と「武装」同盟者に対するイスラム革命防衛隊コッズ軍の支援を終了させる。
    ⑫イスラエルを破壊するとの脅しや、サウジアラビアやアラブ首長国連邦に向けてのミサイルの発射、国際的な輸送への脅威ならびに破壊的なサイバー攻撃を含む、多くが同盟国である近隣諸国に対する脅迫行為を終了させる。
    イラン制裁再開に関する国務長官・財務長官共同記者ブリーフィング(11月5日国務省公式サイト)

    (コメント)米国は、中間選挙の一日前にあたる11月5日に、イラン核合意離脱に際して、合意参加で解除していた対イラン制裁の再開を発表し、90日後の8月7日に制裁再開第一弾を発動し、180日後の11月5日にエネルギー、金融、海運、造船を対象とする第二弾発動に踏み切った。ポンペイオ国務長官は、離脱発表以来、すでに100社の外国企業がイランとの取引解消または撤退を決定し、イランの原油輸出も一日当たり100万バレル減少し、イランはこれまで25億ドルの収入を失ったとして、制裁の効果に自信を示した。注目されていたイラン原油輸入を一時的に許す国(地域)として、中国、インド、トルコ、韓国、日本、イタリア、ギリシャ、台湾の8か国(地域)を公表した。イランの原油輸出は、本年4月の287万b/dから9月の190万b/dに減少しており、ポンペイオ国務長官は、これらの輸入国の取り組みを評価して、暫定的に原油輸入を認めるとしつつ、引き続き、イラン原油ゼロを目指すとしており、輸入動向をフォローし180日間後の見直しを示唆している。日本は10月時点で石油元売り各社がイランとの原油取引を停止している。米政府は、今回の措置をイランによる海外での悪意ある行いを改めさせ、ミサイル開発計画の断念を含む包括的な合意を目指す交渉のテーブルにイランを着かせるためと説明しているが、イランの現体制が国務長官の12項目の要求受け入れを目指す米国の交渉の呼びかけに応じる可能性は「皆無」であり、米政府も、それは織り込み済みで、経済制裁によりイラン国民を締め上げ、イラン国民の不満の鬱積をイランの現体制を揺さぶるきっかけにしたいとの思惑があるとみられる。今回の制裁対象には、イランの50の銀行や海運会社、イラン航空、イランの航空機さらには、130の子会社を有するとされるガディール投資会社(Ghadir Investment Company)が所有または管理する92の企業が含まれるとされ、影響が甚大であることは間違いない。EUならびにロシアやインド、中国といった国々が米国の世界的金融支配の下で、イランとの取引を継続するためにどの程度の実質的な代替措置を講ずることができるかによって、イラン国民が当面直面するであろう苦難の程度が異なってくるといえる。

    【米国の対イラン第二次制裁再開(ポンペイオ、ムニューシン共同記者会見)】
    ◆11月2日、ポンペイオ国務長官(下記参考1参照)、ムニューシン財務長官(下記参考2参照)が共同記者会見に臨み、11月5日に再開される対イラン第二次制裁再開について説明した。この中で、イランに対しては、エネルギー、造船、運送、銀行部門で制裁が再開されること、イラン原油輸入国8か国には、削減したレベルで一時的な輸入を許すこと、原油販売代金は、エスクロー勘定と呼ばれる取引国の口座(下記参考3参照)で管理され、人道目的・制裁対象以外の取引に限って資金の使用が認められること、国際金融決済の媒体であるSWIFTに、イランの金融機関との結びつきを遮断するよう要求。一時的な原油取引を許される8か国の名前は5日公表される予定で、2日の記者会見では公表されなかったが、インド、日本、韓国、トルコ、イラク、中国が含まれ、EUは含まれない見通し。
    (参考1)ポンペイオ国務長官発言
    ●イランへの制裁再開は、世界中に死と破壊をまき散らすために使用されている収入をイラン側から奪うことを目的とするもの。これらの経済制裁は、ハメネイ師(最高指導者)、カーセム・ソレイマニ(イラン革命ガード・コッズ軍司令官)およびイランの体制の振る舞いを変えさせるための米国の取り組みの一環である。
    ●11月5日、米国は、イランのエネルギー、造船、運送、銀行部門に対する核合意の一環として解除された制裁を再開する。 これらの制裁は、イラン経済の中核分野に打撃を与えるもの。 それらは、我々が体制の中で求めている変化を促すために必要である。
    ●大統領の圧力キャンペーンの効果を最大限に引き出すために、我々は他の国々と緊密に協力してイランの石油輸出を可能な限り削減させてきた。 8つの国に一時的な輸入割当を行うことを予定しているが、それは彼らが原油の大幅な削減と他の多くの分野での協力を示し、原油輸入ゼロに向けて重要な動きを示したからである。 これらの交渉はまだ進行中である。 2つの国は、合意の一環として輸入を完全に終了する。 残りの6か国は、大幅に削減されたレベルで輸入を継続する。
    ●我々は、(オバマ時代と比較して)より免除対象を限定しただけでなく、イランの原油を一時的に輸入し続けることに同意する前に、これらの国々からさらなる真剣な譲歩を要求した。 これらの譲歩は、圧力キャンペーンを最大限強化し、(原油輸入)ゼロに向けて加速するために不可欠である。
    ●イランが原油の販売から得た収入の100%は外国勘定で保有され、イランは人道的貿易や制裁対象外の物品・サービスの二国間貿易にのみ使用することができる。
    (参考2)ムニューシン財務長官発言
    ●180日間の猶予期間は、11月4日(日)の東部標準時午後11時59分に終了する。 11月5日(月)までに、イランのエネルギー、運輸、造船、金融部門について、最終的な復活制裁が実行される。5日、この措置の一環として、財務省は制裁対象機関リストに700以上を追加する予定。これには、過去にJCPOAの下で制裁解除措置を受けた何百もの対象機関と、300以上の新たに指定された機関が含まれる。これはこれまで以上に厳しいものとなる。
    ●イラン核合意に基づいて解除されていた制裁が再開されると、個人、団体、船舶、航空機に再び制裁が課され、イランの経済の多くの分野に影響を与える。これには、イランのエネルギー部門と金融部門が含まれる。我々は、米国が最大限の圧力をかけて、制裁を積極的に実施しようとする非常に明確なメッセージを送っている。制裁を逃れた金融機関、企業、個人は、米国の金融システムへのアクセスや米国の企業と取引できなくなるリスクを負うことになる。我々は、世界の資金がイラン政権の手元に流れなくなることを確実にすることを意図している。
    ●我々は、イラン政権への経済的圧力を継続するために、財務省はその権限を積極的に行使し、SWIFT(注:国際銀行間通信協会の略。本部はベルギー。あらゆる国際金融決済・海外送金がスイフトを通じて実施されている)が、あるイランの金融機関に金融メッセージングサービスを提供すれば、米国の制裁を受ける可能性があると勧告した。制裁措置を避けるために技術的に可能な限り早期に、我々が指定したイランの金融機関をシステムから切り離さなければならないことをSWIFTに伝えた。
    ●従前どおり、制裁対象に指定されていない機関の人道的な取引はこれまでと同じようにSWIFTメッセージングシステムを使用することが認められているが、これらは偽装取引ではないことに留意し、さもなければ特定の制裁を受ける可能性がある。
    (参考3)エスクロー勘定:復活制裁の下で免除を受ける国は、原油代金の支払いをエスクロー勘定へ自国通貨で行わなければならない。 すなわち、資金は直接、イラン側には渡されない。イランは、原油の輸入国から食糧、薬品、その他の制裁対象外の物品・サービスを購入するためにしか使用できない。 米国政府は、これらの口座をイランの収入を制限し、さらに経済活動を制限する重要な方法と見ている。
    イラン制裁に関する国務長官・財務長官共同記者ブリーフィング(11月2日国務省公式サイト)

    (コメント)11月5日零時からイラン核合意によって解除されていた対イラン制裁の第二弾が再開される。これには、イランの最大の収入源であるイラン原油(コンデンセートを含む)の取引を行う国、企業への制裁が課されることになり、イラン原油の主要な引き取り先である中国、インド、トルコや日本、韓国等の対応が注目されていた。米国は、これら諸国のイラン原油輸入ゼロを目指して、関係国政府と協議を継続してきた。こうした中、制裁再開目前にした11月2日、米国政府は8か国については、原油取引を大幅に削減、あるいは終了させた取り組みを評価して、一時的に削減されたレベルで原油(あるいはコンデンセート)取引を許容する方針を明らかにした。日本は既に原油の元売りがイラン産原油取引を停止していたが、中国、インド、トルコは、イランのタンカーによるドル決済によらない米国の保険付与もない形で、イランとの原油取引を続ける意向を明らかにしていた。イラン産原油の輸出量は、イラン核合意からの離脱表明前の270万b/dから160万b/dに減少しており、米国は、今回の8か国に対する制裁免除措置はあくまでも一時的なもので、最終的にはゼロ輸出を目指し、免除対象国の動向をモニターしていくとしている。原油取引同様に注目されるのは、イランの金融機関のSWIFTからの締め出しが実効性を有するかである。米国が、ドル取引や国際金融決済システムを、外交の武器として使用し始めれば、イランだけでなく、米国の制裁の対象となっているロシアや経済摩擦を抱える中国等が、ドル決済以外の自国通貨等をプールして決済を行う仕組みやSWIFT代替を目指す動きを後押しする(下記URL参照)ことになる。もちろん、世界の200か国以上の11,000の金融機関を束ねるSWIFTの代替システムを構築することは容易ではない。しかし、ロシアは、自国の安全保障の一環として、2014年以降そのようなシステム開発に取り組み始めており、中国、トルコ、イランとの間で、送金ネットワーク統合に向け協議していると報じられている。
    ロシアのSWIFT代替システムは、現システムを衰退させる(11月2日付ロシア・トゥディ報道)

    【パレスチナ情勢(孤立感を深めるパレスチナ指導部)】
    ◆10月29日、パレスチナ中央評議会(PCC)は声明の中で、パレスチナ解放機構(PLO)によるイスラエル承認を取り消し、PLOとパレスチナ自治政府がイスラエルとの間で結んだ合意へのコミットメントの終了を決定したと発表した(参考1)。また、PCCは、トランプ政権の「世紀の取引」と称する和平プランへの反対を表明したアッバース大統領の立場への支持を表明し、米国はイスラエル占領に加担する「解決」の一部ではなく、「問題」の一部になり果てたと糾弾した。9月にPLO米国事務所の外交ステータスはく奪を決定した米政府は、事務所閉鎖や大使の退去のみならず、大使の家族の滞在査証の失効を通告した。
    この間、湾岸アラブ諸国のイスラエル接近が加速している。10月25-26日に、イスラエルの首相としては22年ぶりにネタニヤフ・イスラエル首相が夫人同伴でモサド長官らを同行しオマーンを訪問し、カブース国王と会談したが、27日アッラーウィ外務担当相は、バーレーンの会合でイスラエルを「この地域における現実の存在として受け入れるべき」であると述べた(参考2)。27日UAEのアブダビで開催された柔道選手権に11名のイスラエル選手が参加し、ミリ・レゲヴ文化・スポーツ相が出席する中、金メダルを獲得した柔道選手を讃え、史上初めてUAEでイスラエル国歌が演奏された。
    (参考1)PCC声明骨子
    ●パレスチナ中央評議会(PCC)は、イスラエルによる署名した合意への継続した否定にかんがみ、以前の決定を確認し、移行期はもはや存在しないと考え、PLOとパレスチナ自治政府が占領当局と結んだ合意に対するコミットメントを終了することを決定し、 1967年6月4日の境界による東エルサレムを首都とするパレスチナ国家が承認されるまでイスラエル国の承認を取り消し、すべての形態での安全保障面での協調を終結させ、パリ経済議定書を含め、移行期はもはや存在しないとの理由で、イスラエルから経済的に離脱する。
    PCCは、イスラエル承認の凍結を決定(10月30日付マアアン通信報道)

    (参考2)IISSマナーマ対話でのユースフ・アッラーウィ外務担当相発言(10月27日)
    ●イスラエルはこの地域に現に存在する国家であり、我々すべては、これを理解している。世界はこの事実も認識しており、イスラエルが他の国と同様に扱われ、同じ義務を負う時期に来ている。
    オマーンはイスラエルの受け入れを慫慂(10月27日付タイムズ・オブ・イスラエル電子版報道)

    (コメント)アラブ諸国のイスラエルに対する統一的立場は、実質的なサウジの指導者であったアブドッラー皇太子が、2002年に提唱して、アラブ諸国の支持を得た「領土と平和の交換」を原則とするアラブ和平イニシアティブである。これは、イスラエルが、67年の戦争で拡大した支配地から撤退し、そこにパレスチナ国家を建設することになってはじめて、アラブ諸国がイスラエルと関係を正常化し、外交関係を構築するというものであった。以来、先にイスラエルとの国交をもったエジプト、ヨルダンを除いて今日まで、正式に外交関係を樹立したアラブ諸国は存在しない。しかし、オスロ合意で開始されたイスラエル・パレスチナの和平交渉がとん挫し、イスラエルによるガザ封鎖と西岸支配の固定化が進み、イスラエルとパレスチナとの二国家共存の見通しも立たず、アラブ諸国内には、和平進展の機会を逃したパレスチナ側に責任を投げかけ、ITや軍事部門で優位を確保するイスラエルと接近し、その後ろ盾となっている米国との関係を強化し、強い立場にあるイスラエル主導の和平をパレスチナ人に受け入れさせようとの圧力が高まっている。ハナーン・アシュラーウィPLO執行委員は、5月の米国大使館のエルサレム移転、それ以後の東エルサレムの病院への米国の支援停止、UNRWAへの米国の拠出停止、米国のパレスチナ難民の帰還の権利否定、ワシントンD.C.のPLO事務所の閉鎖と大使、スタッフ、家族の滞在査証失効を厳しく非難し、第三者の介入の必要性を訴えている。 こうした中、近年イスラエルとの接近を強めていたサウジ、UAEだけでなく、独自の全方位外交を展開していたオマーンが、ネタニヤフ首相夫妻招待に踏み切り、実質的な外相のアッラーウィ外務担当相がイスラエルの存在の現実を受け入れる時期が来たと発言したことは、パレスチナ側に大きな衝撃を与えたことは疑いない。アラブの観測筋の中には、近々、サウジと関係が深いバーレーンが湾岸諸国の先頭を切って、イスラエル承認と外交関係設定に走るのではないかとの見方が浮上してきている。

    【シリア情勢(4か国首脳会談)】
    ◆10月27日、エルドアン・トルコ大統領の呼びかけで、トルコのイスタンブールにプーチン・ロシア大統領、マクロン仏大統領、メルケル独首相が来訪し、シリア問題に関する4か国首脳会議が開催され(デミストゥラ国連シリア特別代表も同席)、会議終了後、年末までに新憲法草案を作成するための憲法委員会の設置と早期の委員会開催の呼びかけを含む共同声明(主要点下記参考参照)が発出された。
    (参考)シリア問題に関する4か国首脳会議共同声明骨子(10月27日)
    ●シリアの主権と領土の一体性尊重:シリアの主権と領土の一体性を損なうことを目的とした分離主義者が掲げるアジェンダや近隣諸国の安全保障を損なう試みを拒絶する決意を表明した。
    ●トルコとロシアのイドリブに関する非武装地帯設置と過激派の退去に関する合意を歓迎:2018年9月17日にソチでトルコ共和国とロシア連邦が署名したイドリブ緊張緩和地帯における状況の安定化に関する覚書を歓迎した。覚書に基づいて設立された非武装地帯からの重火器および過激派の退去の進展を賞賛した。
    ●テロとの戦い継続と停戦維持の必要性:覚書で予見される効果的な措置の全面的な実施とすべての関係当事者による各項目の遵守を通じて、テロとの戦いを継続する必要性を強調しつつ、永続的な停戦の重要性を強調した。
    ●化学兵器の使用糾弾:シリアのいずれの当事者によるかにかかわらず、化学兵器の使用に対する最強の反対を再確認し、化学兵器の開発、生産、備蓄及び使用の禁止及び兵器の破壊に関する条約の全ての当事者による厳格な遵守を求めた。
    ●シリア人のための政治プロセス支持:国連がファシリテートし、シリア人に導かれたシリア人自身が進める包括的な政治プロセスへの支持を表明し、そのプロセスへのシリアの当事者の積極的な参加を呼び掛けた。
    ●新憲法草案のための憲法委員会の設置:憲法改正を達成するジュネーブの憲法委員会が、状況を考慮しつつ年末までに設置され、早期に開催されるよう呼びかける。それは、国連の監督の下、透明性を確保し説明責任を果たす最も高いレベルの国際標準に準拠した、ディアスポラのメンバーを含むすべてのシリア人が参加資格を有する自由で公平な選挙への道を切り拓くものである。
    ●信頼醸成措置:政治プロセスの存続可能性と永続的な停戦に貢献するための信頼醸成措置の実施の重要性を強調し、各作業部会が国連とICRCの専門家の参加を得て実施する拘留者/拉致被害者の釈放、遺体の引き渡し、及び行方不明者の特定のための支援を表明した。
    ●難民の帰還のための周辺国との連帯:トルコ、レバノン、ヨルダンなどのホスト国との連帯を再確認し、それらの国々が国際法に適合した条件で安全かつ自主的に難民が帰国できることに引き続きコミットしていることを想起させた。
    ●難民・国内避難民の帰還を支援するための安全対策やインフラ整備:難民と国内避難民がシリアの元の居住地に安全かつ自主的に帰還するための条件を国全体で作成する必要性を強調し、帰還者は武力紛争、政治的迫害または恣意的逮捕からの安全と水や電気や医療や社会サービスを含む人道的インフラを必要としていることを強調した。そして、それには国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)およびその他の専門機関を含むすべての関係当事者間の調整が必要であることを強調した。
    4か国共同声明(10月27日のロシア大統領府公式サイト声明)

    (コメント)シリアの和平に向けた取り組みは、国連主導のジュネーブ会議の枠内では、アサド政権の退陣を前提とする西側諸国やサウジと、アサド政権を支えるロシアやイランの思惑の違いから具体的進展は得られなかった。これに替わって、2016年12月のアサド政権側によるアレッポ奪還以後、翌2017年1月からロシア、トルコ、イランが保証国となり、アサド政権と反体制派の停戦、緊張緩和を進めるアスタナ・プロセスが動き出し、2017年5月には、シリア国内4か所に緊張緩和地帯が設けられることになった。アサド政権は、2018年3月までに首都ダマスカス近郊の東グータを奪還し、その後、ヨルダンと接する南部からも反体制派を駆逐し、一方、政権側支配に収まることを拒否する反体制派兵士と家族は、シリア北西部のイドリブに退去して体制を立て直そうとしていた。支配地を拡大し、今後の政治プロセスを有利に進めようとするアサド政権は、次の軍事目標をイドリブ解放と定め、ロシアの支援の下、大規模軍事作戦を計画していた。これに対して、反体制派に一定の影響力を有するトルコのエルドアン大統領は、軍事作戦が実施されれば、民間人を含め未曽有の大惨事になるとして、プーチン大統領を説得し、9月にソチでイドリブにおける非武装地帯の設置と旧ヌスラ戦線のシャーム解放機構等過激派の武装解除を主眼とするイドリブ合意を結び、この結果、アサド政権もイドリブへの侵攻を見合わせざるを得なくなった。今回、エルドアン大統領は、仏・独両首脳を招いて、プーチン大統領と4者首脳会議を開催することで、トルコとロシアが主導してシリアで進めてきた停戦実現と政治プロセスを進めるための取り組みを欧州主要国に認めさせることに成功した。共同声明では、新憲法草案を目指す憲法委員会の年内設置を呼びかけており、今後、新憲法の採択、新憲法の下での選挙の実施に向けて、政治プロセスが進むことになる。しかし、委員会の人選からして政権側と反体制側で対立が生じることは明白であり、また、現在領土の3割近くを実効支配しているクルド勢力(PYD/YPGグループ)は、トルコ側がPKKと同根のテロリストと位置付けていることから、トルコの反対にあって事実上委員に選出されることは困難ではないかとみられる。一方、将来的には、難民・避難民が帰還し、選挙が実施される場合、帰還民はアサド政権に対立する側を支持する可能性が高くなることが想定されるため、円滑に彼らの帰還が実現するか予断を許さない。米国が11月6日の中間選挙を目前に、トランプ政権の動きが鈍い中、4か国がシリア問題の収拾策を話し合った意義は小さくないが、エルドアン大統領は、シリア問題の政治的解決を目指すとしつつ、トルコ軍が実質管理しているシリア北部のユーフラテス川西域に止まることなく、10月28日には米軍の庇護下にある東域のクルド人民防衛隊(YPG)に対して攻撃を加えており、和平プロセスを進めるうえで、政権側と反体制側の綱引きのみならず、クルド人の処遇がどうなるのか注目する必要がある。

    【イスラエル・アラブ諸国関係(ネタニヤフ首相のオマーン訪問)】
    ◆イスラエルのネタニヤフ首相は夫人同伴でオマーンを事前に公表することなく訪問した。オマーン訪問には、湾岸諸国政府との接触を担当しているモサドのヨシ・コーエン・モサド長官とメイ・ベン・シャバット国家安全保障顧問が同行した。一行は、10月25日マスカットに到着し、翌26日にイスラエルに帰国した。訪問は、ネタニヤフ首相帰国後、公表された。イスラエル首相のオマーン訪問は22年ぶり(下記参考1参照)。イスラエル首相府は、今次訪問を「カブース国王からの招待に基づくもので、両国間の長期にわたる接触の末実現したものであり、イスラエルと当該地域諸国との関係深化に向けた政策の一環であると声明で述べた。イスラエルと湾岸諸国の交流は政治以外でも広がりつつある(下記参考2参照)
    10月27日付アルジャジーラ電子版報道

    (参考1)イスラエルとオマーンのハイレベルの接触
    1994年ラビン首相は、イスラエル首相としてオマーンを初訪問。
    1996年ラビンの後継者、シモン・ペレス首相がオマーンを訪問し、カブース国王と会談。
    1995年オマーン外務担当相がイスラエルを訪問。
    2008年リブニ・イスラエル外相がオマーン外務担当相と会談。
    2018年2月 オマーン外務担当相がエルサレム訪問(イスラエル要人との会談は不明)
    (参考2)イスラエルと湾岸諸国とのスポーツ交流
    ●26日、イスラエルの文化・スポーツ大臣は、アブダビでの柔道世界選手権出場のため、イスラエル・チームがUAEに到着したと発表。この他、近く、カタールのドーハで開催される世界体操選手権にもイスラエルが参加する見込みで、カタール政府は主催者にイスラエルの参加を認める旨通報済。

    (コメント)アラブ諸国の中で、イスラエルと正式に国交があるのは、エジプト、ヨルダンだけで、オマーンを含め、その他のアラブ諸国は依然として外交関係を有していない。こうした中、1996年のシモン・ペレス・イスラエル首相(当時)以来のイスラエルの首相が外交関係のないアラブ諸国の招待をうけて、国のトップと会談するのは極めて異例である。但し、オマーンは、湾岸協力理事会(GCC)諸国内にあっても特異な存在で、サウジアラビアと対立関係にあるイランとも良好な外交関係を維持し、一方、イスラエルとも、1996年にイスラエルの対外貿易代表部の開設を認め、2000年の第二次インティファーダで閉鎖されたものの、中東和平多国間会議の枠内でスタートした中東淡水化研究センターMEDRIC事務所をホストし、イスラエルもメンバー国にとどまっている。また、本年2月には、実質的な外務大臣であるアッラーウィ外務担当相のエルサレムを訪問し、イスラム教徒にとっての第3の聖地とさられているアルアクサ・モスクと岩のドームを訪問も報告されている。今回の訪問の目的は何であろうか。もちろん、リクード率いるイスラエルの首相が外交関係のないアラブ諸国を訪問するというだけでも象徴的意味は大きい。近年サウジアラビア、UAE、バーレーンのイスラエル接近がたびたび報じられることになり、ネタニヤフ首相からはアラブ諸国との関係はこれまでにないほど深化しており、情報・インテリジェンス分野での協力も進んでいることを示唆していた。今回のオマーン訪問は、上記3国だけではなく、イスラエルは、イランと一定の関係を維持しているオマーンやカタールとの関係も強化し、イランやシリア政府とも水面下で接触できるようなパイプも強化しようとしているように見受けられる。オマーンは2013年に米・イランの秘密協議の場を提供し、イラン核合意成立のお膳立てをしたこともある。シリアとの関係においても、イランからシリアを経由するヒズボラへの武器供給やシリア国内のイラン革命ガード(IRGC)のプレゼンスを抑制する必要を感じているイスラエルは、10月には、シリアとヨルダン国境、ゴラン高原におけるイスラエルとシリア国境が再開され、当面、シリアのアサド政権が崩壊する可能性が低くなり、イスラエル北西部の安全保障の観点からは、イランと話ができるオマーンのような国とのチャンネルは重要である。さらに、今回のネタニヤフ首相訪問の直前、アブー・マーゼン・パレスチナ暫定政府大統領が、10月21日~23日の3日間にわたってオマーンを訪問しており、和平プロセスの再開の観点からも、オマーンの独特の立場に期待していることが感じられる。

    【サウジ人ジャーナリスト失踪事件】
    ◆10月16日、トランプ大統領は前日のサルマン国王に続き、疑惑の中心にいるムハンマド・ビン・サルマン(MbS)皇太子と直接電話したが、皇太子は、彼も、父親のサルマン国王もカショーギ氏の消息について何も知らないと疑惑を強く否定して、本格的な調査を開始したとの発言があったことを明らかにした。しかし、何も知らないはずのMbS皇太子は、10月4日の時点で、総領事館には同人がいないことを明確に認識していた(参考1)。トランプ大統領は、APとのインタビューで、カバノー判事の例を引き合いに、サウジの「疑わしくは罰せず(推定無罪)」を主張した(参考2)。一方、トルコ側は失踪事件当日総領事館に入った15名を重要参考人(参考3)として捜査を続けるとともに、サウジ側の了解を得て、16日8時間にわたってトルコ総領事館内で法医学・鑑識調査を実施した。他方で、(殺害された場合、遺体が持ち込まれた可能性がある)総領事公邸への調査は実現していない。
    (参考1)ブルームバーグ・インタビュー(10月4日於:リヤド)関連部分
    ●私の理解では、彼が総領事館に入った後、数分または1時間後に立ち去った。はっきりはしないが。当時、何が起こったのかを正確に把握するため、外務省を通じてこれを調査している。彼は、総領事館内にはいない(he’s not inside)。我々はトルコ政府が総領事館内に入って、調査するのを認める用意がある。
    サウジ皇太子トランプ、アラムコ、拘束について語る(10月5日付ブルームバーグ報道)

    (参考2)トランプ大統領のAPとのインタビュー関連部分
    ●私(トランプ大統領)は皇太子と話した。彼(MbS皇太子)と彼の父(サルマン国王)はそれについて何も知らないと強く発言した。そのことは非常に重要である。私はポンペイオ長官と一緒の皇太子と話した。私は昨日王様と話し、本日皇太子と話した。何が起きたのか承知したいと考えていた。
    ●ご存知の通り、「疑わしきは罰せず(推定無罪)」である。私は(決めつけることを)好まない。我々は、カバノー判事の件でも同じ経験をした。結局彼は無罪であった。何が起きたのかを知る必要があり、サウジ側は本格的な調査を開始した。トルコもそうである。彼らは一緒に調査している。彼らは何が起こったかについての答えを得るものと期待している。しかし、彼ら自身が何かを知っているかについて彼らは極めて強く否定していた。
    トランプ大統領とのインタビュー録(10月16日付ワシントン・ポスト報道報道)

    (参考3)15名の重要参考人関連(16日付ワシントン・ポスト報道)
    ●15名のうち、サウジ治安機関またはサウジ王宮職員が 11名。トルコ当局は7名の旅券写しをメディアに公表。以下は報道で紹介された4名。
    ・ハーリド・オーデ・アルオタイビ(Khalid Aedh Alotaibi) 王宮警備隊 ・マーヘル・アブドル・アジーズ・ムトレブ(Maher Abdulaziz Mutreb) 外交官経験者
    ・サラーハ・ムハンマド・アルトゥバイギ(Salah Muhammed al-Tubaigy) 法医学専門家(サウジ治安機関とも関係が深い。サウジでは同分野の著名な人物で、メッカ巡礼者の死因を特定するモバイル・クリニック開発にかかわったこともあり、当日、骨を切断する鋸をもちこんだことが報じられている。)
    ・ムハンマド・サアド・アルザハラーニ(Muhammed Saad Alzahrani) 王宮警備隊
    失踪の容疑者はサウジ治安機関と関連あり(10月16日付ワシントン・ポスト紙報道)

    (コメント)トランプ大統領は、リヤドにポンペイオ国務長官を派遣し、16日サルマン国王、MbS皇太子に会談させたほか、大統領自身国王、皇太子に直接電話を入れた。これに対し、国王、皇太子とも、カショーギ氏の件で何が起きたのか何も知らないと全面否定した。その一方で、サウジ側が、尋問の途中で、誤ってカショーギ氏が死亡したとのストーリーを用意しているとの報道も現れ始めている。トルコ側が重要参考人とみなしている失踪当日総領事館を訪問していた15名の中に、MbS皇太子の警備担当者や法医学専門家が入っており、国家の上層部があずかり知らぬ偶発的な殺人事件であったと説明するには無理がある。10月16日の時点で何も知らないとトランプ大統領に伝えたMbS皇太子は、失踪の翌日の10月3日リヤドでブルームバーグのインタビューをうけ、「総領事館内にはカショーギ氏がいない」と断言していた。今月下旬の砂漠のダボスといわれるサウジで開催される投資会議への有力企業・メディア幹部の出席取りやめが続いている。トランプ政権は結論を急ぐべきではないとして、サウジ側に徹底した調査と透明性のある説明を求めているが、トルコ政府は、サウジ側の鈍い反応に業を煮やしているともいわれ、サウジ訪問後、トルコを訪問するポンペイオ長官が、トルコ側と調査内容や発表のタイミングについて調整できるか注目される。トランプ政権としては、サウジが中東域内におけるイラン包囲網構築のための要の国であり、また、1100億ドルの武器取引の相手でもあり、今回の事態のサウジ・米関係への影響を最小限に抑えたいとの思惑が見え隠れするが、トランプ政権が、米議会やメディア、国際社会が納得できる説明なくサウジ指導部を擁護すれば、政権側にバックファイアーする恐れもあり、慎重かつ機微なかじ取りを強いられているとみられる。

    【トルコ米関係(ブランソン牧師の解放】
    ◆10月12日、イズミールの裁判所は、2016年12月に拘束し、2018年7月からは自宅軟禁状態に置かれていたアンドリュー・ブランソン牧師に対し、3年間の禁固刑を言い渡したが、同時に2016年12月以降の未決拘留期間も考慮し、自宅軟禁を解き、国外出国禁止措置を解除した。同牧師は、米軍機で独の米軍基地経由、13日には米国のアンドリュー空軍基地に到着し、直ちに、ホワイト・ハウスを訪問し、トランプ大統領の歓迎を受ける見通し。米国政府は、ブランソン牧師の解放を求めて、8月1日にはトルコの閣僚2名に対して制裁を発動し、また、トルコ産鉄鋼・アルミニウムにも関税を引き上げ、トルコ側に圧力をかけていた。同牧師の解放の知らせをうけて、一時期1ドル7.2リラとの最安値を記録したトルコ・リラは急騰し、12日には一時期1ドル5.8リラ台を回復した。
    ブランソン牧師、裁判所の解放判決後、数時間で出国(10月12日付ミドル・イースト・アイ)

    (コメント)ブランソン牧師の解放は、司法の決定という建前であるが、対米関係改善のタイミングを見計らっていたエルドアン大統領の決断である。トルコと米国は、①2016年7月のクーデター未遂事件の首謀者とトルコ側が考えるギュレン師の米国からの追放・トルコ側への引き渡し問題、②北シリアにおけるトルコ側がテロ組織PKKの同根とみなすクルド人民防衛隊(YPG)に対する米国の支援・庇護、③トルコのロシア製対空防衛システムS-400購入方針等を巡って、関係がぎくしゃくしてきた。このような状況下、トルコ側のブランソン牧師拘束は、米国に対するひとつのカードと考えられてきた。それは、ブランソン牧師が、トランプ政権への支持層であるキリスト教福音派に属する宣教師であるからである。11月6日の米国中間選挙で、共和党は少なくとも下院では苦戦が伝えられており、福音派選挙民を取り込むために、トランプ大統領ならびに福音派のペンス副大統領は、ブランソン牧師の解放をトルコ側に働きかけてきたものの、エルドアン大統領は、ブランソン牧師の拘留は司法の判断によるとの立場をとり、米側の制裁発動にも反発していた。このタイミングで、なぜ、エルドアン大統領は、ブランソン牧師の解放を決定したのか。トルコ側も米側も両国間で如何なる取引があったのかは明らかにしていない。米側は、先に発動したトルコの2閣僚への制裁を解除することは間違いないとみられる。しかし、今回解放は、トルコ側の事情による。それは、中間選挙を目前に控えたトランプ大統領に「得点を与える」ことで譲歩し、米国との密接かつ極めて機微な共同歩調が求められる中東情勢・国際情勢に激震を及ぼしかねない特殊事案に共同で対処する必要に迫られたためである。それは、10月2日に発生したトルコが舞台になったサウジ人ジャーナリスト・カショーギ氏の失踪事件で、トルコ当局がメディアにリークした情報、映像に基づき、カショーギ氏が在イスタンブール・サウジ総領事館内で、サウジ本国からの15名で構成されたチームにより殺害されたことがほぼ確実になるにつれ、(イ)捜査結果をどのように公表するか、(ロ)殺害の責任をサウジのどのレベルにあるとするのか、(ハ)結果発表後のサウジとの関係をどのようにもっていくのか、制裁を課すのか、等々トルコ政府独自で突っ走るわけにはいかない爆弾を抱え、様々な状況に対処する必要に迫られているからであるとみられる。

    【カッショーギ氏失踪(米議会の動き)】
    ◆カショーギ氏失踪(最新状況下記ブログ参照)について、上院議員22名が大統領に10月10日付で書簡(下記参考)を発出し、グローバル・マグニッキー人権責任法に基づく制裁の有無を決定するための調査開始を要請。米国政府内でも、サンダース大統領府報道官によれば、過去2日のうちに、ボルトン大統領安全保障担当顧問、大統領娘婿のクシュナー上級顧問、ポンペイオ国務長官が相次いでムハンマド・ビン・サルマン(通称MbS)皇太子に電話し、事態のより詳細な情報提供と透明性のある調査を求めたとされる。
    イスラム世界との叡智の架け橋ブログ(10月10日付、11日更新)

    (参考)ボブ・コーカー(共、テネシー)上院外交委員会委員長と幹部のボブ・メネンデス(民、ニュージャージー)、リンゼー・グラハム(共、サウスカロライナ)上院外交活動歳出小委員会委員長と幹部のパトリック・レイヒ(民・バーモント)は、サウジ人ジャーナリストでワシントン・ポストのコラムニストであるジャマール・カショーギ氏の失踪に関しグローバル・マグニッキー人権責任法に基づく制裁の有無を決定するための調査開始を要請した。彼は10月2日(火)の午後、イスタンブールでサウジアラビア総領事館入館後消息を絶っている。この書簡には、マルコ・ルビオ上院議員をはじめ17名の上院議員も署名。
    ●グローバル・マグニッキー人権責任法の下で、上院外交委員会の委員長と幹部委員の要請を受けて、大統領は、外国人が司法制度によらない殺害、拷問、その他の国際的に認知された表現の自由を行使する個人に対する重大な人権侵害に責任を有するか否かを決定し、120日以内に当該外国人または人々に対する制裁の決定を委員会に報告することが求められている。
    ●最近のサウジ・ジャーナリストであり、ワシントン・ポストのコラムニストであるジャマール・カショーギ(Jamal Khashoggi)の失踪は、国際的に認知された人権への重大な侵害の犠牲者になった可能性があることを示唆している。この侵害には、拷問や残虐で非人道的な、または悪質な扱いや処罰、嫌疑なき長期の拘束、拉致や秘密の拘禁による人々の失踪、人の生活、自由、人の安全に対する忌まわしい拒絶が含まれている。
    ●それゆえ、我々は大統領に、グローバル・マグニッキー人権責任法に基づき、カショーギ氏に対する人権侵害に責任を負う外国人に対して制裁を課す決定を行うことを要請する。私たちの期待は、サウジアラビア政府の最上位の関係者を含め、関連する情報を検討し、大統領が決定を下すことを期待する。
    (グローバル・マグニッキー人権責任法とは)
    「グローバル・マグニッキー人権責任法(The Global Magnitsky Human Rights Accountability Act)」の下で、大統領は、上院外交委員会の委員長と幹部からの書簡を受け取った時点で、司法制度によらない殺害、拷問、表現の自由を含む人権と自由を獲得し、行使し、擁護し、または促進しようとする個人に対する国際的に認知されている人権侵害に関する他の重大な違反に対してある外国人が責任を有しているか否かを決定し、制裁を科す権限を与えられている。 大統領あて上院議員書簡(10月10日付レイヒ議員公式サイト)

    (コメント)カショーギ氏のイスタンブールのサウジ総領事館内での失踪と殺害の観測を受けて、欧米のみならず世界中のメディアがこの件を報道し、米国議会もトランプ大統領に対して、米国国内法であるグローバル・マグニッキー人権責任法に基づき、ある外国人が重大な人権侵害の責任者であるか否かを認定し、侵害が認められれば制裁を課すよう要請した。仮に、報道のとおりであれば、国家の組織的犯罪となり、米政府は強固な関係を構築してきたサウジ政府、就中MbS皇太子との関係見直しを迫られることになる。トルコ政府は、サウジとの関係を決定的に悪化させたくはないとの思いを抱きつつも、自国内で受け入れた外国公館内で「殺人が実施された」可能性が高い事案を見逃すわけにはいかず、捜査情報をメディアにリークしながらサウジ政府への圧力を継続しているとみられる。米国トランプ政権は、MbSへの制裁といった最悪の事態は回避したいとの思惑はあるものの、あまりにも状況証拠が思わしくなく、苦慮していると思われる。カショーギ氏がワシントン・ポストのコラムニストで、マスコミ界に友人も多く、説得力のない説明は受け入れられず、逆に火に油を注ぐことになりかねない。今回の米国の法律に基づく調査の要請は、大統領に120日の猶予を与えており、11月6日の中間選挙にこの件が大きな影響を与えないよう、大統領はサウジ側に働きかけを継続しているとの説明を行いつつ、落としどころを探ることになるとみられる。

    【カショーギ氏失踪と米・サウジ関係】
    ◆10月2日の著名なサウジ人ジャーナリストであるジャマール・カショーギ氏のイスタンブールのサウジ総領事館訪問後の失踪・殺害憶測(下記団体ブログURL参照)について、10月8日エルドアン・トルコ大統領は、サウジ側の単に「総領事館を立ち去った」という言葉だけでは不十分で、その証拠を示す必要があるとして、この件を個人的にもフォローし、真相究明に努め、その結果を公表すると発言(下記URL参照)。一方、サウジと強い関係を有する米国はカショーギ氏の失踪・殺害憶測について、サウジ側にどのようにアプローチしているのかその内容を明らかにしていない。10月5日の米国ブルームバーグとのインタビュー(参考)で、ムハンマド・ビン・サルマン(通称MbS)皇太子は、トランプ大統領の「サウジは、米国の支えがなければ2週間ももたない」とのやや侮辱ともとられかねない発言に関して、トランプ大統領と一緒に働くことは大好きで、そのため今後10年間の軍備の60%以上を米国から調達するように軍備戦略を変更したことや4千億ドルの軍備・投資・貿易機会を創出したことを強調していた。カショーギ氏の失踪の展開が米トランプ政権・サウジ関係にどのような影響を及ぼすのか注視する必要がある。
    10月7日付イスラム世界との叡智の架け橋ブログ

    トルコはカショーギ氏失踪に関し、サウジ総領事館内の捜査許可を要請(10月8日付ディリーサバーハ紙)

    (参考)ブルームバーグのMbS皇太子とのインタビュー対米関係骨子
    ●(トランプ大統領が、米国の支えがなくなればサウジは2週間も持ちこたえることができないと述べたことについて)私(MbS)は米国がオバマ大統領時代の8年間、サウジアラビアだけではなく中東の多くのアジェンダに反対の立場をとってきたと確信している。そして、米国が我々のアジェンダに反した行動をとっても、我々は利益を守ることができた。そして最終的な結果は我々が成功し、オバマ大統領のリーダーシップの下にある米国は、例えばエジプトでは失敗した。それゆえ、サウジは恐らく何らかの危険に直面するとしても、約2000年持ちこたえられる。私はトランプ発言が正確ではないと信じている。あなたは、どんな友人も良いことと悪いことを言うことを受け入れる必要がある。友人でも、家族の中でも、あなたについて100%良いことばかりを言ってもらえるわけではない。いくつかの誤解がある。99%は良いことで、悪いことは1パーセントにすぎない。私はトランプ大統領と一緒に働くことが大好きである。我々は中東で既に多くを達成した。
    ●実際に我々は我々の安全のために何も惜しまない。我々は米国から入手したすべての武器の代金が支払われると信じている。それは無料の武器ではない。サウジ・米関係が始まって以来、我々は、すべてのものをお金を支払って購入した。 2年前、私たちは軍備の大部分を他の国に移す戦略を持っていたが、トランプ大統領が就任したとき、我々は今後10年間、軍備戦略を再び変更し、米国から60%以上調達することとした。我々は4000億ドルの軍備や投資の機会、そしてその他の貿易機会を創出した。だから、これはトランプ大統領にとってもサウジにとっても良い成果である。これらの合意において、武器の一部がサウジ国内で製造されるため、米国とサウジで雇用を創出し、良好な貿易、両国にとっての良い利益と良好な経済成長をもたらす。さらに、それは我々の安全を助ける。
    ●(トランプ大統領の粗野な発言とカナダ側の発言について)それはまったく違う。カナダはサウジの内政問題でサウジ側に指示を出した。サウジについてのカナダ側の声明は、意見表明というより、別の国に命令を出したのと同等である。これはまったく別次元の問題である。トランプ大統領は米国内の人々に語っただけである。我々のとらえ方を受け取られたと思う。(問題の解決には)ただ単にカナダ側が、間違いを冒したと謝罪することである。
    ブルームバーグのMBS皇太子とのインタビュー(10月5日付ブルームバーグ報道)

    (コメント)カショーギ氏が過去約1年半、半亡命的な形で米国に在住し、ワシントン・ポスト紙のコラムニストとしても活躍していたこともあり、カショーギ氏がサウジ総領事館内で殺害されたのではないかとの憶測が高まるなかで、米国のメディアの報道が過熱する一方、米国政府は公的には不思議なほど沈黙を貫いている。トランプ大統領が、フロリダでの演説から帰った直後、「この件を懸念している。聞きたくはないことだ」と語ったことやポンペイオ国務長官が、失踪後直後の10月3日に外務大臣ではないMbS皇太子に電話を入れているものの、発表文にはカショーギ氏の失踪には何ら触れていない(下記URL参照)。このことは逆に米国が本件を極めて重要視しており、米国は水面下で真相を探り、今後の対応を真剣に検討していることを物語っている。米国の中東地域戦略は、イスラエル寄りの姿勢を鮮明にし、それに親米のGCC、エジプト、ヨルダンを巻き込み、新中東戦略同盟を立ち上げ、イラン包囲網を強化することにある。このためには、アラブ陣営の中でも、米国はサウジを最も重要なパートナーとみなして、武器売却や石油政策の調整、対イラン、対パレスチナ政策等で密接な協議を続けてきている。しかし、仮に、カショーギ氏がサウジ総領事館内で殺害されたとすれば、それは、「レッドライン(許容できる一線)を越えた」ということになり、米国は巨大な利益を共有するサウジとの関係の見直しを迫られることになる。トルコの捜査状況、サウジの対応、ならびに米国がこの件でどのような対応をとるのか注視する必要がある。
    トランプ大統領はカショーギ氏失踪に関心があると発言(8日付ワシントン・ポスト紙報道)

    【ロシア・インド首脳会議(注目点)】
    ◆10月5日、ニューデリーで開催されたプーチン・モディ首脳会談後、68項目が盛られた共同声明(下記参考1)が発出されるとともに、両首脳による合同記者会見(下記参考2)が実施された。最も注目されていたロシア製S-400対空防衛システムの売却については、声明の中で「双方は、S-400長距離地対空ミサイル・システムの供与契約の締結を歓迎した」とのみ短く言及され、合同記者会見では両首脳のいずれからも一切言及がなかった。経済関係については、2025年までに貿易額を300億ドル、投資額を150億ドルに増加させる目標を設定したとし、天然ガスや原発分野を含め、関係強化に取り組む意欲が示されたが、声明の中では、自国通貨での二国間貿易促進を後押しすることに短く言及された。
    (参考1)ロシア・インド両首脳共同記者会見
    記者会見トランスクリプト(2018年10月5日付ロシア大統領府公式サイト)
    (参考2)インド・ロシア共同声明(2018年10月5日付)
    共同声明全文((2018年10月5日付インド外務省公式サイト)

    (コメント)今回のプーチン大統領のインド訪問の最大の成果は、ロシア製対空防衛システムS-400のインドへの売却である。このミサイル防衛システムは、中国に供与済で、今回のインドのほか、トルコも購入を決定している。米国は中国に対して、制裁を発動済であり、防衛分野で戦略的協力を進めているインドに対して同様の制裁を課すのか否か注目されている中、インド、ロシア両首脳とも米国を過度に刺激することは望んでおらず、共同記者会見では同取引に一切言及せず、最終声明の中でも、45項目に契約締結を歓迎とのみ短く言及した。これは、ロシア側が対米関係で微妙な状況にあるインドの立場に理解を示したことを物語っている。一方、両国間の貿易の決済に自国通貨使用をうたったことは極めて重要である。具体的な数字は出ていないものの、ロシア側はルーブル建てを現在の2割から5割に引き上げることを示唆している。トルコも、米国のトルコから輸入する鉄鋼やアルミニウムの関税引き上げ決定などによりトルコ・リラの急落に反発し、本年8月エルドアン大統領は、中国、ロシア、イラン、ウクライナとの間で、自国通貨取引を進める準備をしており、欧州も米国の圧力に屈しないのであれば、同様の措置をとる用意があると発言。イランは、11月5日に予定される米国の対イラン第二次制裁再開で、原油取引をドル決済を行えば、取引先が米国の金融制裁の対象となるため、主要な輸出先である中国、インド、トルコについては、輸送手段や保険はイランが手配し、決済は自国通貨による準備を進めている。国際貿易・金融取引における米ドル支配体制が直ちに揺らぐわけではないが、世界の最大の人口を有する中国やインド、さらにロシアやイランがドル以外の決済システム運用を開始し、米国の対外経済・金融政策に反発する国々にその方式が広まっていけば、やがてドルを通じて世界の金融を牛耳って来た米国の支配体制の地盤沈下を招く恐れがある。

    【ロシアの対空防衛システムS-400のインドへの売却】
    ◆10月4日、プーチン大統領は、2日間の予定でインド訪問を開始。滞在中、インドとの間で、50億ドルにおよぶロシア製対空防衛システムS-400の売却契約に署名する予定。米国は、2017年8月、主にロシアとイランとの取引を行う者を念頭に置いた「敵対者に対する制裁措置法(Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act(CAATSA))」を成立させており、米国は、関連契約が同法セクション231の「重大な取引」にあたるとして、インドに制裁を課す可能性を示唆し、調達を思い止まるよう説得していた。
    プーチン大統領武器取引のためインドに到着(10月4日付アルジャジーラ記事)

    (コメント)インド・米関係については、9月上旬ポンペイオ国務長官、マティス国防長官がインドを訪問し、外務・国防の2+2対話会合が開催された。直前に米国商務省はインドに機微な品目取引の輸入許可免除(参考)を決定しており、対話会合では2019年の合同軍事演習の実施や機微な軍事情報交換等が決定され、両国間の意思疎通が強化されていた(下記2+2対話冒頭発言参照)。そのような中で、今回のプーチン大統領のインド訪問で、ロシア側は高性能のロシア製対空防衛システムS-400の売却契約やフリゲート艦、軍用ヘリの取引を進めるとみられている。ロシアの対空防空システムについては、性能が一段落ちるS-300は既にイランに供与されており、先週シリアにも輸送済である。高性能のS-400は既に中国に売却され、トルコも同システムの購入を決定している。米国は、本年9月中国のロシア製S-400及びスホイ35購入により中国に対して制裁措置法に基づき制裁を発動しているが、軍事協力を強化しているインドやNATOメンバーであるトルコがS-400を調達することに対して強い懸念を有しており、これら諸国が購入を思い止まるよう、制裁の可能性もちらつかせ、説得に努めてきた。これに対して、シリア問題や経済関係でロシアとの関係を発展させているトルコは翻意する姿勢を示しておらず、インドについては、ロシアが上海条約機構加盟を支持したこと等政治・経済両面で関係を強化しており、特に国防については、第三国の指示を受けないとの立場を明らかにしている。インドは、11月5日に再開されるエネルギー分野を標的にした米国の対イラン第二次制裁についても、米国からのイラン産原油輸入停止圧力にもかかわらず、現下のインド国内のエネルギー価格高騰にもかんがみ、イラン側タンカーの利用等により、輸入継続の姿勢を貫いている。インドがS-400調達に踏み切った場合、米国は中国とインドを同列に扱い、制裁を課せば、世界の人口の1,2位を占める国との関係を停滞させるのみならず、中国包囲網を弱体化させるため、悩ましい立場に置かれるとみられる。
    (参考) STA 分類-1 待遇:米国はインドを拡散リスクのない同盟国とみなして、 機微な品目輸出許可取得義務を免除するSTA(Strategic Trade Authorization)分類1待遇にすることを決定。
    米・インド2+2対話冒頭発言(9月6日付国務省公式サイト)

    【イラク情勢(新執行部発足に向けた動き)】
    ◆10月2日、クルド愛国者同盟(PMU)所属で、イラク中央政府副首相、クルド自治政府首相を務めた経験を有するバルハム・サーレハ(58歳)(下記参考1)がイラク新大統領に選出された。サーレハ大統領は、シーア派のベテラン政治家アーデル・アブドル・マハディ(76歳)(下記参考2)に組閣を依頼した。マハディ首相候補は30日以内に新閣僚名簿を用意し、国民議会の承認を得る必要がある。
    バルハム・サーレハ氏大統領としての任務開始(10月3日付ekurd報道)
    (参考1)バルハム・サーレハ(Barham Salih)新大統領
    ●1960年イラク・クルディスタン地域のスレイマーニヤで誕生。2006年5月~2009年8月マーリキー首相の下で、副首相に就任し、2009年10月~2012年4月エルビルのクルド自治政府の首相となった。1979年、バアス党政権によって2回逮捕され、キルクークの刑務所で43日間拘留された。解放された後、迫害を逃れるため、イラクを去り、英国に在住した。1976年~2017年までPUKに所属していたが、昨年タラバーニ議長が死去した際、PUKを離脱。クルドの少数政党である民主主義と正義連合(CDJ)を立ち上げたが、PUKに再加入を希望し、2018年9月19日にPUKはサーレハの党復帰を承認し、彼をイラク大統領候補者に指名した。

    (参考2)アーデル・アブドル・マハディ(Adel Abdul Mahdi)次期首相候補
    ●アーデル・アブドル・マハディは2005年から2011年まで副大統領を務め、2014年から2016年には石油大臣を務めた。同人は1958年に倒されたイラク君主制の時代に大臣だった著名なシーア派聖職者の息子である。同人は、1969年に仏に移住した経済学者であり、シンクタンクで勤務したほか、仏語やアラビア語の雑誌編集に携わった。イラク・イスラム革命最高評議会にも所属していた。

    (コメント)イラクでは、人口比で多数派のシーア派が政治の実権を握る首相職をとり、クルドがやや形式的なポジションである大統領ポストを、スンニー派が国民議会議長ポストをとるとの非公式の了解が存在している。クルドの間では、最大勢力であるクルド民主党(KDP)とそれに次ぐ勢力であるPUKの間の暗黙の合意のもと、PUKがイラクの連邦大統領職をKDPがクルド自治区の大統領職を占めることが慣行になってきた。しかし、2017年9月25日のイラク・クルド地区の独立の是非を問う住民投票をマスウード・バルザーニ大統領(KDP議長)が中央政府や周辺国の反対を押し切って強行し、投票結果自体は92%以上の賛成を獲得したものの、中央政府も周辺国もその結果を認めなかった。中央政府は油田地帯キルクークに軍を進行させて、クルドが実効支配していた同地を奪還。周辺国からも経済的締め付けにあい、バルザーニは、クルド自治地区大統領ポストを退き、以来、同ポストは空席になっていた。このような特殊事情もあり、イラク大統領ポストについては、クルド政党間のコンセンサスが成立せず、PUKが推薦するサーレハ候補とKDPが推薦するフゥアード・フセイン候補とゴラン系のサルワ・アブドルワヒード候補の3つ巴の闘いになったが、第一回目の投票結果をみたKDPが候補を取り下げる動きに出て、サーレハ候補が、大差で選出され、マアスーム大統領(PUK出身)を引き継ぐことになった。バルザーニ議長は、これまでの大統領選出の慣行に沿わないものとして、選出プロセスを非難した。2日前にクルド自治地区では、クルド議会選挙が実施されたが、選挙違反の指摘も多数寄せられており、クルド内部での混乱が、連邦大統領選出にもたらされる形となった。
    一方、次期首相候補として組閣作業にあたるマハディ氏は、5月12日に実施された国民議会選挙で最大の議席を獲得したムクタダ・サドル師とアバーディ(現)首相の連合ブロックと、イランが支援する人民動員勢力(PMU)の指導者ハディ・アル・アーミリ(バドル軍団代表)とマーリキー元首相が率いる2つのライバル・ブロックの両方から指名された。イラクで最も影響力を有する宗教指導者であるシスターニ師は、過去首相を務めた者は、同ポストに就くべきではないとのメッセージを伝え、コンセンサスによる指名を促した。マハディ氏は多数ブロックの支持を得ており、同人が組閣する新内閣は議会の承認を得る可能性は高いが、同人自体は、高齢で主要ライバル・ブロック間の妥協の産物とみられ、強力な指導力を発揮することは容易でなく、強力な個性を有するサドル師とイランの影響力の強いPMUグループ間の綱引きの中で、厳しい政権運営を強いられることは想像に難くない。

    【シリア情勢(ロシア製S-300対空防衛システムのシリアへの輸送完了)】
    ◆10月2日ショイグ・ロシア国防相は、プーチン大統領に対して、シリアへのロシア製対空防衛システムS-300を構成する49の部品、ならびにレーダー、司令車両、4基のミサイル・ランチャーのシリアへの輸送が完了したと報告(下記参考参照)。S-300システムは、10月1日ロシアが運用する世界最大の軍用機アントノフAn-124で、ラタキヤ近郊のフメイミム空軍基地に到着。
    ロシアは、対空防衛システムS-300のシリアへの輸送を完了(10月2日付タイムズ・オブ・イスラエル記事)
    (参考)ショイグ国防相報告の骨子
    ①ロケットランチャー4基やレーダーを含む対空防衛システムS-300のシリアへの輸送は10月1日に完了。
    ②ロシア側とシリア側の両システムの統合は10月20日までに完了させる。
    ③新システム運用に関するシリア軍要員の教育訓練は、3か月で終了させる。
    ④新システムの導入に合わせて、無線通信システムやレーダーの性能向上にも取り組み、シリア空域内での防衛能力を大幅に向上させる。近距離では50km以内の探知能力が向上し、さらに軍用機の侵入経路については、200kmの監視が可能になる。地中海側からシリア領内の標的を攻撃しようとする軍用機のレーダー運用を妨害する活動も開始する。

    (コメント)ロシアのシリア軍へのS-300対空防衛システム供与については、2013年以来、イスラエル側のロシアへの要望に基づき、棚上げ状態にあった。9月17日のロシア軍偵察機Il-20が友軍の防空システムにより撃墜されて以来、この件でのプーチン・ネタニヤフ電話会談は少なくとも2回実施されている。ネタニヤフ首相は、プーチン大統領に、15名のロシア軍関係者の死去に哀悼の意を表するとともに、イスラエル軍機はロシア軍機を盾にしたわけではないとして、当日のイスラエル軍側の対応の詳細を説明すること、両軍間の不意の事故・衝突を避けるための協力を続けることを伝えつつ、イスラエルの安全保障確保の観点から、今後も必要な行為を続ける(すなわち、ヒズボラへの武器等供与を続けるシリア国内のイラン・プレゼンスに対しては、攻撃を続ける)ことを表明。そして、無責任なシリア軍の手元にS-300を置くことは、イスラエルや地域情勢に悪影響を及ぼすとして、供与しないよう要請した。これに対するロシア側の回答が、シリア側へのS-300の迅速な提供と、ロシア軍とシリア軍の防空システムの統合強化、シリア領内の標的を地中海側から攻撃しようとする軍用機からのレーダー運用へのジャミング実施である。ショイグ国防相は、シリア軍要員の訓練には3か月を要すると答えているが、ロシアの電子戦闘システム製造会社(Radioelectronics Technologies等)が運用を出助けするものとみられ、実戦配備は迅速に進む可能性がある。イスラエル空軍機F-16が本年2月にシリア軍の防空システムにより撃墜されたが、シリア側の防空体制の強化により、イスラエル軍は、シリア領内のイランのプレゼンスやヒズボラ攻撃にあたっては、戦術の見直しを迫られることになる。

    【シリア情勢(ロシアのシリアへの対空防衛システムS-300の供与)】
    ◆9月17日のシリアの対空防衛システムS-200によるロシア空軍偵察機Il-20撃墜事故に関し、ロシア側はイスラエル空軍機F-16がロシア軍機を盾に使ったことにより、事故が発生したとの主張(下記URLからロシア国防省作成の3D画像参照)を、イスラエル空軍司令官のロシア訪問による説明後も変更しておらず、ロシア側は、シリアに対して従来供与を躊躇ってきたS-300システムの供与を決定。ラブロフ・ロシア外相は9月28日ニューヨークの国連総会での演説後記者会見し、S-300システム引き渡し作業は既に開始されたと表明。ムアッリム・シリア外相は、RTとのインタビューの中で同システムは戦争を意図したものではなく、防衛的なものであると説明(下記参考参照)。イスラエルのネタニヤフ首相は、9月24日電話会談でプーチン大統領に対し、無責任な者たち(すなわちシリア軍)の手元に高度の兵器システムを置くことは、当地域の危険を増大させるとして強い懸念を表明していた。
    ロシア国防省作成3D画像(9月23日FB投稿)

    (参考)ムアッリム外相のロシア・トゥディ(RT)とのインタビュー
    ●(S-300対空システムは)攻撃的ではなく本質的に防御的なシステムであり、シリア空域の防衛を目的としている。シリア空域保護の重要性にかんがみれば、それは「戦争」ではなく「安全と安定」を反映していることが認識される。同システムはイスラエルの脅威に十分対処できるものである。(供与は)非常に時宜を得たステップであり、我々はプーチン大統領の決定に感謝。
    ロシアのS-300システムはイスラエルの脅威に十分対処可能(9月30日付スプートニク記事)

    (コメント)ロシアは、S-300システムのみならず、さらに高度なS-400システムを2016年からシリアに配備しており、この防空システムが、ロシアが現在シリア国内で使用しているフメイミム空軍基地やタルトゥース海軍基地等の空からの攻撃ににらみをきかせていることはよく知られている。S-300は、迎撃用レーダー、長距離探知レーダー、低高度探知レーダー、指揮センター、車輪付き打ち上げ車両で構成されており、検知からミサイル発射までの応答時間は2-3分であり、現在シリア軍が運用する旧式のS-200システムよりもはるかに高性能である。同システムは中国、イランを含め10か国以上に供与済であり、シリア政府も長らく、ロシアに同システムの提供を要望してきたが、イスラエルとの関係を重視するプーチン政権は、シリアへの提供を躊躇ってきた。ロシアとイスラエル間には、シリア領空およびその近郊で不意の事故を防ぐために連絡システムが構築されており、このため、イスラエル戦闘機が、シリア領内のイラン革命ガードやヒズボラが使用しているとされる施設や車両に時々、攻撃を加える際も、少なくともロシア・イスラエル間の交戦は避けられてきた。今回のロシア軍機撃墜は、シリア軍発射のミサイルによるものとはいえ、ロシア製対空システムがロシアの偵察機を撃ち落としたものであり、プーチン大統領およびロシア軍としては、同じ失敗を繰り返すわけにはいかず、ロシア軍機と対空防衛システムのレーダー網との調和能力を向上させ、シリアで作戦を行うロシア軍機の安全性を高める必要性に迫られたといえる。今回のロシア軍機撃墜では、プーチン大統領は、ロシア軍機自体はイスラエル軍機によって撃墜されたものではなく、不幸の連鎖が招いたと発言し、ロシア国防省が強くイスラエルを非難したことと比較して、比較的抑制的に発言したが、これも、イスラエルの反対を押し切って、S-300をアサド政権に引き渡す口実が出来たとの計算が働いたことは間違いない。

    【アラブ版NATO構想】
    ◆9月28日、国連総会のマージンで、ポンペイオ国務長官は、GCC+エジプト、ヨルダンの外相と合同で会談。米国務省は、アラブ版NATO構想とも称される「中東戦略同盟」立ち上げに向けて、建設的な議論を行ったと発表(下記参考参照)。
    (参考)ヘザー・ナウアート報道官名で発せられた9月28日付国務省声明
    ●マイケル・R・ポンペイオ国務長官は、本日、ニューヨーク国連総会のマージンで、GCC + 2閣僚会合において、バーレーン、エジプト、ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の外相を迎えた。長官は、外相たちに米国とのパートナーシップに感謝し、ISISや他のテロ組織を敗北させること、シリアとイエメンに平和と安定をもたらすこと、繁栄し包括的なイラクを確保すること、(中東)地域におけるイランの悪意のある活動を止めさせることの重要性を強調した。すべての参加者は、地域および米国に向けられたイランからの脅威を抑止する必要性に同意した。長官と外相たちは、地域の繁栄、安全保障、安定を進めるために、統合されたGCCに基礎をおく「中東戦略同盟」の立ち上げに向けて建設的な議論を行った。長官は今後数週間、数ヶ月にわたってこれらの議論を続けることを楽しみにしている。
    米国とGCC+2会合に関する国務省声明(9月28日付国務省公式サイト)

    (コメント)9月28日ニューヨーク国連総会のマージンで、米国務長官とGCC6か国外相ならびにエジプト、ヨルダンの外相が出席して、中東情勢について話し合いが行われた。会談後、米国務省から発せられた声明の注目点は、最近メディア等でしばしば言及される「アラブ版NATO構想」と称される「中東戦略同盟」について、建設的な議論が行われたという部分である。アラブ諸国には、アラブ連盟という機関が存在し、また、湾岸諸国には湾岸協力理事会(GCC)が存在し、新たに相互防衛を担う機関は本来的には必要ないはずであるが、米国の狙いとしては、11月5日のエネルギーや金融を対象とした対イラン第二次制裁の再開を前にして、米国主導でアラブ陣営内の結束を固め、イラン包囲網を強化しようとするものと考えられる。今回の声明には触れられていないが、UAEのメディアは2か月前、米国が10月半ばに、2017年5月以来の米・GCC+2の首脳会議開催を計画していると報じており(下記URL参照)、米国は、①対イラン包囲網の構築、②アラブ諸国とイスラエルによるイラン対抗軸の構築、③1年以上におよぶアラブ4か国の対カタール断交からのGCC内部の修復の必要性から、「アラブ版NATO構想」実現の可能性を探っているものとみられる。この構想について、8月初旬イスラエルのネタニヤフ首相は、イランが紅海出口のバーブ・アルマンデブ海峡の航行を妨害しようとすれば、イスラエルを含む国際的な同盟で断固たる措置をとる必要があると述べ、暗に「アラブ版NATO」と協力する用意がある旨示唆した。他方で、イランを意識した同盟軍構想は、2015年アラブ連盟主導のアラブ合同軍構想がとん挫し、同年12月サウジが主導して立ち上げた対テロ・イスラム軍事同盟も実効的な組織には育っていない。トランプ政権にとっては、11月6日の中間選挙を前に、トランプ大統領の外交面での成果をアピールする必要があり、ひとつは北朝鮮の非核化に向けた外交の成果、二つ目は米大使館のエルサレム移転に象徴されるユダヤ人寄りの姿勢、第三にイラン封じ込めでの外交面での成果が上げられる。これに加えて、米国のトランプ支持層へのアピールとして、ガソリン価格を抑えるための産油国への働きかけがあげられ、9月29日、トランプ大統領は、サウジのサルマン国王に電話し、200万b/dの増産を促し、国王は了承したと報じられている(ブルームバーグ報道)。いわば、トランプ大統領は、中間選挙を見据えて、できることはなんでもやるという姿勢を示している。しかし、GCC+2に参加した国も、イランとは良好な関係を維持しているオマーンやカタールが含まれ、カタール断交国とカタールの関係修復も容易ではなく、この「アラブ版NATO」が直ちに現実の同盟として立ち上がる可能性は低い。トランプ政権が長期に安定するのであれば流れは変わる可能性があるものの、トランプ政権自身の安定性が揺らいでいる中、アラブ諸国もトランプ政権のイニシアティブに直接反対はしないまでも、実質的には中間選挙後のトランプ政権の行方を見守る姿勢であることは間違いない。
    米国は10月にGCCサミットを計画(7月28日付UAEナショナル紙報道)

    【シリア情勢(ロシア軍機撃墜に関するロシアのイスラエルへの反応)】
    ◆9月17日夜ロシアのイリューシン(IL)-20偵察機が、シリア軍が運用するロシア製S-200防空システムによって撃墜され、ロシア軍の搭乗員15名が死亡した。ロシア国防省は、シリア軍関連施設を攻撃したイスラエル空軍機のパイロットが、ロシア軍偵察機を盾に使ったことが、この悲劇を招いたとして、イスラエル側の行為を非難した(下記参考1及び2)。これに対してイスラエルは、シリア国内の軍事関連施設を攻撃したことを認めつつ、責任はシリアとイランならびにヒズボラにあると主張。18日プーチン大統領に電話したネタニヤフ首相は、ロシア軍隊員の死去に哀悼の意を表するとともに、当日のイスラエル空軍の活動の詳細に関する情報をロシア側に提供すると約束(参考3)。イスラエル関係者は、20日にモスクワを訪問する予定。一方、プーチン大統領は、18日遺族に哀悼の意を表するとともに、今回の事件は、2015年のトルコ軍機によるロシア軍機撃墜と異なり、イスラエル軍機がロシア軍機を撃ち落としたわけではなく、不幸の連鎖によるものであるとコメントした(参考4)。
    (参考1)ロシア国防省声明(9月18日)
    ●9月17日22時過ぎ、イスラエル空軍のF-16戦闘機4機が、ラタキア市付近のシリアの標的に誘導爆弾攻撃を実施。彼らは地中海から低高度で目標に向かい飛行。イスラエルのパイロットは、ロシア軍機を盾にして、シリアの防衛線に射程を定めた結果、F-16戦闘機に比べてはるかに広い有効反射面積を持つIl-20機は、 S-200防空システムから発射されたミサイルが落ち込まれた。
    ●我々はイスラエルによる挑発的な行動を敵対的とみなしている。イスラエル軍の無責任な行動のために、ロシアの軍人15人が死亡した。これは、ロシアとイスラエルのパートナーシップの精神に完全に反する。 我々は適切な対応をとるための権利を留保している。
    Il-20偵察機の撃墜をもたらしたイスラエルの行為に対し、ロシアは対応する権利を留保(9月18日付RT報道)
    ロシア国防省、ロシア軍機の地中海での墜落はイスラエルの責任であると非難(9月18日付タス報道)
    (参考2)ショイグ国防相の国防相会議における説明(9月18日)
    ●被弾地域には、より正確には、イスラエル戦闘機(F-16機4機)とシリアの領土との間に、15名の隊員が搭乗したロシアのIl-20偵察機が飛行していた。同機はイドリブの緊張緩和地帯で、テロリストがシリアの他の地域で空爆を実施するためにこの地域から打ち上げるドローンの発着地点と整備場を見つけ出すことを目的としていた。
    ●イスラエルのF-16戦闘機は、シリアの対空防衛システムの標的とならないようにIl-20偵察機を盾にしてシリアの施設を攻撃した。攻撃のオペレーションについて、事前の警告はなく、同戦闘機は発射のわずか1分前に通知を出しただけであった。
    ●イスラエルの航空攻撃に対する反撃の結果、シリアの対空防衛部隊により、同僚が搭乗していたロシアのIl-20偵察機が撃墜された。
    モスクワでのロシア国防省会議(9月18日付国防省公式サイト)
    (3)イスラエル側の反応
    ●(イスラエル国防省筋)イランのためにレバノンのヒズボラに引き渡される武器のシリア国内の貯蔵施設の輸送を標的にした。ロシア軍機の墜落は残念だが、その責任はシリア、イラン、および民兵組織にある。
    ●(ネタニヤフ首相)イスラエル空軍の当日の動きの詳細について、イスラエル空軍司令官からロシア側に説明させる。
    (4)プーチン大統領コメント
    ●イスラエルは、ロシア軍機を撃墜していない。Il-20の撃墜に関するロシアの対応措置は、まず第一にシリアに駐留するロシア軍関係者、シリアにおける軍事施設の安全向上の措置をとることに向けられるべきである。
    イスラエルはロシア軍機を撃墜していない。不幸の連鎖が事件を招いた(9月18日付スプートニク報道)

    (コメント)今回のロシア偵察機の撃墜は、直接的には、ロシアがシリアに提供したS-200対空防衛システムによるものであるが、ロシア国防省は、シリアのイドリブの武器貯蔵施設を攻撃したイスラエル軍のF16戦闘機が、ロシア軍機を盾に、シリア側に攻撃を加えたものとして怒りをあらわにし、ショイグ国防相からリーベルマン・イスラエル国防相に緊急の電話連絡をとり、抗議した。シリアに展開するロシア軍と、シリア国内でしばしば、軍事目標を攻撃するイスラエル軍とは、偶発的な衝突、戦闘を回避するために、特別の連絡手段を確保し、運用してきたとされる。2015年11月24日にトルコ軍機により、ロシア軍機が撃墜された際には、プーチン大統領は、トルコ側に背中から撃たれたと称し、以後7か月間にわたって両国関係は冷却した。しかし、プーチン大統領は、今回のロシア軍機の悲劇を、不幸の連鎖によるものと表現し、イスラエル側の説明を聞く姿勢を示すとともに、再発防止の必要性を強調し、明らかに事態の鎮静化に努める姿勢を示した。今回のイスラエルの攻撃は、地中海に展開する仏軍艦船からのミサイル攻撃と連携したものとの見方もあったが、プーチン大統領は、仏の行動が今回の事態を招いた誘因になった可能性にも一切言及しなかった。プーチン大統領の対応の背景として、直前にロシア・トルコ間で合意したイドリブ県での非武装地帯設置等の合意履行に悪影響を与えることは避けたいとの思惑があったほか、シリア政府軍への対空防衛システムは、ロシア製ながらS-200という旧式・性能の劣るものであり、不意の事故を回避するためとして、S-300等より精度の高いシステムを提供する口実に利用するのではないかとみられる。イスラエル軍としても、これまでほぼ自由に、シリア国内でイラン関連とイスラエル側が主張する軍事施設を攻撃してきたが、今回の事態で、ロシア側からフリーハンドを制限される可能性も出るものと思われる。

    【シリア情勢(イドリブに関するロシア・トルコ首脳会談)】
    ◆9月17日、ロシアのソチで開催されたプーチン・エルドアン首脳会談で、情勢が緊迫化していたシリアのイドリブ情勢への対応で、両首脳は、①政府軍・反体制派の境界線に沿って幅15~20kmの非武装地帯の設置と旧ヌスラ戦線を含む過激派の撤収、②重火器等の撤去、③トルコ・ロシア共同の非武装地帯の監視、④年末までのアレッポ・ラタキア間とアレッポ・ハマ間の幹線道路の通行の確保、に合意した(下記1.参照)。一方、エルドアン大統領は、「穏健な」反体制派は支配地区に留まると補足(下記2.参照)。プーチン大統領は合意に沿って、シリア政権側の了解を取り付けるとしており、当面、政府軍・ロシア軍によるイドリブの反体制派への大規模軍事作戦は見合わせることになった。
    1.プーチン大統領記者会見発言
    ●我々は、イドリブの状況に関する重大な問題を解決するための進捗を成し遂げ、調整された解決策に到達することができた。
    ●ロシアは緊張緩和地帯を設置した国のひとつである。我々の懸念は、イドリブの過激派からのアレッポ県、アレッポ市ならびにシリア領内に存在するロシアの軍事基地であるタルトゥース海軍基地とフメイミム空軍基地への脅威と関係している。
    ●プーチン大統領が言及した両首脳合意事項
    ①非武装地帯の設置:10月15日までに、武装勢力と政府軍の境界に沿って15~20kmの幅の非武装地帯設置を決定。旧ヌスラ戦線を含む過激派は非武装地帯から撤収する。
    ②重火器の撤収:10月10日までに、トルコ大統領の提案に基づき、すべての反体制派の軍事的重装備、戦車、複合式ロケット発射機、大砲とモルタルの撤収を確保する。
    ③合同監視:トルコの移動偵察隊とロシアの軍事警察は、非武装地帯の監視を行う。
    ④主要幹線路の開通:トルコ側提案により、2018年末までにアレッポ・ラタキア間とアレッポ・ハマ間の幹線道路の交通を可能にする。
    ●ロシアとトルコは、シリアであらゆる形のテロと戦うコミットメントを再確認した。計画された手順を履行する実践的な取り組みは、シリアにおける政治的解決プロセスをさらに強化し、ジュネーブ・プラットフォームの作業を強化し、シリアに平和をもたらすことに貢献するというのが我々の共通の見解である。
    ●ロシアとトルコの両国が、アスタナ協議枠組みの完全なる活用を継続し、国連後援の下で、ジュネーブで長期的な政治的解決策を見つける機会を得ることが重要である。我々は、シリア政府、反体制派および市民社会の代表者の中から憲法委員会を構成するために引き続き努力する。目標はできるだけ早く作業を開始することである。
    ロシア・トルコ首脳会議後のプレスリリース(9月17日ロシア大統領府公式サイト)

    2.エルドアン大統領補足
    ●穏健な反体制派は、彼らの支配下にある地域にとどまる。一方、テロリスト集団PKKのシリアでの同根組織クルド人民防衛隊(YPG)は、国家に脅威を与えている。
    ●トルコとロシアは、最近のイドリブ情勢に関する両国間の不一致と懸念の一部を克服するため、大いに努力してきた。
    トルコとロシアは人道的惨事を避けるため非武装地帯の設置に合意(9月17日付ダイリーサバーハ紙)

    (コメント)9月17日ロシアのソチで実施されたシリアのイドリブ情勢に焦点をあてたプーチン・エルドアン会談は、9月7日のテヘランでの3国首脳会談の機会に続いて、今月2回目である。両国間では、8月以来、国防、情報、外交当局間で頻繁に協議が実施されており、テヘラン首脳会議では、エルドアン大統領が人道被害を避ける観点から、政権軍・ロシア軍が大規模軍事作戦の実施を思いとどまり、「停戦」に合意すべきと強く主張し、一方、プーチン大統領は、アルカーイダ系の旧ヌスラ戦線の流れをくむシャーム解放機構(HTS)をはじめとするテロリストの一掃を主張し、双方の立場の違いが明らかになっていた。ソチでの首脳会談は、2時間実施されたとされ、比較的短時間で終了したことから、今回の合意内容については、事前にほぼ調整がついていたものと思われる。プーチン大統領は、停戦を強く主張してきたエルドアン大統領の顔を立て、非武装地帯の設置や重火器の撤収等で総攻撃実施を見送る立場をとったが、これについては、いずれも期限付きで、かつ一か月にも満たない短期間での履行が求められており、プーチン大統領としては、トルコが、本当にいわゆる「穏健な」武装勢力とHTS等のジハーディスト組織を分離させ、重火器を回収し、ジハーディストの脅威をなくすことができるのかお手並みを拝見という立場をとったということで、「総攻撃」という選択肢を完全に放棄したということではない。一方、エルドアン大統領は、過激派の非武装地帯からの退去、武装勢力からの重火器の回収等の難題に取り組み、期限までに一定の成果を達成することが求められるという重い宿題を負うことになった。とはいえ今回、両首脳が立場の違いを克服し、合意に到達したのは、総攻撃が始まれば民間人を含め、凄惨な人的被害が発生するという国際的な懸念もさることながら、経済情勢の悪化から年金問題に関するストの拡大(ロシア)や通貨安によるインフレの亢進(トルコ)といった内政の不安を抱える両国が、両国通貨利用による貿易振興、ロシア人のトルコ観光拡大(2017年は470万人訪問)、大型プロジェクトでの協力(アックユ原発、トルコ・ストリーム・ガスパイプライン)で、互いに協力せざるをえないという立場に置かれているという状況がある。9月17日、シリアでは2011年以来初めて政権側支配地域で地方議会選挙が実施された。しかし、イドリブやシリア南部、シリア北東部のクルド支配地域、シリア難民や国内避難民は選挙に参加できない状態が続いている。今回のロシア・トルコ合意は、自国の領土の解放という本来的な主権国家の行為も、現政権自身では決定できず、ロシアや隣国の決定に従うしかないアサド政権の現状を物語っている。

    【パレスチナ問題(米政府によるワシントンD.C.のPLO事務所閉鎖決定)】
    ◆米国務省は、PLOが米国の和平プランを非難し、協議の呼びかけに応じなかったこと、パレスチナ側がイスラエルの犯罪に対する裁きを求めて国際刑事裁判所に引き出そうとしていること等を理由に、9月10日ワシントンD.C.のPLO事務所閉鎖を決定したことを発表した(参考1)。パレスチナ側はトランプ政権の決定に遺憾の意を表明し、米国の決定は和平をもたらす努力への宣戦布告であり、ICCへの働きかけも中止しないと反発した(参考2)。米国は5月に大使館のエルサレム移転を実行したほか、8月末にはUNRWAへの拠出の全面停止を宣言し、パレスチナ側への圧力を強化している(参考3参照)。
    (参考1)米国務省記者発表(9月10日付ナウアート報道官記者発表)
    ●米行政府は、慎重に検討した上でワシントンのパレスチナ解放機構(PLO)代表部の事務所が閉鎖されるべきであることを決定した。我々は、PLO事務所に、2017年11月に免除が終了した後も、イスラエルとパレスチナ人の間に永続的かつ包括的な和平を達成することを目的とした活動を許可してきた。しかし、PLOはイスラエルとの間で直接的かつ有意義な交渉開始に向うための措置をとらなかった。それどころか、PLO指導部は、未だ見てもいない米国の和平プランを非難し、和平への取り組みに関する米政府との関与を拒否した。このような次第で行政府は、議会の懸念を反映して、ワシントンのPLO事務所を現時点で閉鎖することを決定した。この決定は、国際刑事裁判所(ICC)によるイスラエルに対する捜査を促すパレスチナ人の試みに対する行政府・議会の懸念とも軌を一にするものである。
    ●米国は、両当事者間の直接交渉が唯一の前進のための道筋であると考え続けている。この決定は、和平協定到達を回避するために妨害者として行動しようとする人々によって悪用されるべきではない。我々は、永続的かつ包括的な平和を達成するための努力から後退していない。
    ワシントンD.C.のPLO事務所閉鎖に関する米国務省記者発表(9月10日付国務省公式サイト)
    (参考2)パレスチナ側の反応(9月10日付WAFA声明)
    ●パレスチナ自治政府は、ワシントンD.C.のPLO事務所を閉鎖するとの米国の決定に遺憾の意を表明。
    ●ユースフ・アル・マフムード自治政府報道官は、自治政府は、この決定を下したトランプ政権の決定を遺憾に思う。この決定は、われわれの国と地域に和平をもたらす努力に対する宣戦布告であり、イスラエルの占領者たちにパレスチナ人民とその土地に対する政策を継続するための青信号を与えている。
    ●パレスチナ外交部は、米国の決定を非難し、イスラエルを国際刑事裁判所(ICC)に引き出すためのパレスチナの取り組みを停止させるものではない、との声明を発表。
    ●米国の決定には、ICCに、イスラエルの関係者を裁くよう求めるパレスチナの呼びかけに耳を傾ければ、重大な結果を招くとの警告が含まれている。 ●PLO事務所を閉鎖する決定は、パレスチナ人民、その大義、正当な権利に対して仕掛けられた米国政府とシオニストによるあからさまな戦争の一部である。それは、パレスチナ人民を降伏させるために命令し、脅迫するという米国の方針の一環である。
    自治政府は、米国のPLO事務所閉鎖決定に遺憾の意を表明(9月10日付WAFA声明)
    (参考3)最近の米国政府のパレスチナ関連でとった措置
    2017年
    12月6日 エルサレムをイスラエルの首都と宣言し、米大使館のエルサレム移転を宣言
    2018年
    1月17日 米国は、本年1月パレスチナ人への支援を行うUNRWAへの拠出を60百万ドルと当初予定の半分以下(65百万ドル凍結)にすることを決定。
    5月14日 エルサレムの米大使館開設記念行事
    8月25日 米国は、2018年予算で良いガバナンス、医療、教育、市民社会の資金調達のために 2.51億ドルの供与を計画していたものの、パレスチナ人に対する2億ドルの援助削減を決定。
    8月31日 米国UNRWAへの拠出全面停止を決定。
    9月9日  米国は、東エルサレムの6つの病院ネットワークへの2500万ドルの支援停止を決定。
    9月10日 米国はワシントンD.C.のPLO事務所閉鎖を決定。
    (コメント)9月13日は、1993年ワシントンD.C.でクリントン米大統領の呼びかけでアラファト議長とラビン首相が出席し、PLOとイスラエル政府との間のオスロ合意が結ばれた記念すべき日である。3日前、米国政府は、PLO事務所の閉鎖を決定した。オスロ合意を結ぶにあたって、アラファトPLO議長は、イスラエルの生存権を認め、イスラエルに対するテロ行為の放棄をコミットした。PLOは、イスラエルからガザと西岸の一部で暫定自治を進めることへの承認を得た。オスロ合意は、国際社会が見守る中、双方が信頼を醸成し、共存の利益を確認し、パレスチナ・イスラエル紛争解決に向けての最も困難な課題であるエルサレムの帰属、パレスチナ難民の帰還、イスラエルの入植地への対応、境界の設定等を直接協議により決着を図ろうとするプロセスの入り口であるとみなされていた。同プロセス推進において、米国は正直な仲介者として、直接協議を支える立場から、当事者のいずれかに一方的に肩入れする政策は控えてきた。そのため、パレスチナ・イスラエル直接協議がリクード政権誕生によりとん挫した後も、米国は入植地の拡大を抑制するようイスラエル政府にしばしば影響力を行使してきた。しかし、米国の抑制的対応は、トランプ政権誕生により一変した。トランプ政権は、もはや、二国家共存による公正かつ永続的で包括的和平を目ざすのではなく、現在のイスラエル・リクード政権の政策をエンドースし、イスラエルへの一方的な肩入れの姿勢を隠そうとしていない。8月にクシュナー大統領上級顧問(大統領娘婿)が詳細は明らかにされていないものの米国の新中東和平案をしたため、中東関係国を歴訪したが、その働きかけに乗ろうとしないパレスチナ側の対応に苛立ったトランプ政権側は、パレスチナ人を財政的に締め付け、圧倒的な立場の強弱にもかかわらず、直接協議の席に着くよう促し、イスラエルが第一次中東戦争後50年で築き上げた現実の中で、パレスチナ人が残されたパイの一部を受け取るのか、拒絶するのであれば、これまで得てきた援助や恩恵をすべて奪い取られるかの二者択一を迫っているのが現状であると考えられる。すなわち、①エルサレムについては、イスラエルが統一されたエルサレムを維持すること、②帰還の権利については、新たな世代に帰還の権利は認められないこと、③入植地は維持され、巨大な壁で防御されること等が、求められるとみられる。オスロ合意が「希望の入り口」ではなく、「絶望の終着点」であったとならないよう、国際社会の関与とそのためのイニシアティブ復活が強く期待される。パレスチナ側の米側和平イニシアティブへの拒絶に加えて、パレスチナ側がイスラエルをICCの裁きに引き出そうとしていることが議会の怒りを買っていることを国務省自身が認めている。ボルトン大統領補佐官自身、米国人兵士やイスラエルの犯罪行為をICCの場で裁こうとする動きを手厳しく批判しており、今次PLO事務所の閉鎖については、米国の利益に反する形でICCを利用することはさせないとの行政府の米議会を意識したジェスチャーの側面があったことは否めない。

    【イエメン情勢(ジュネーブ和平協議開催失敗)】
    ◆9月6日からジュネーブで、国連主導で予定されていたハーディ政権側と反体制ホーシー派間の和平協議は、8日にいたってもホーシー派使節がジュネーブに現れず、開催に失敗した。ジュネーブで待機していたイエメン政権側代表団長ハーリド・ヤマニ外相は、ホーシー派を完全に無責任で、協議を妨害しようとしていると非難した(参考1)。一方、ホーシー派の首領アブドル・マーレク・ホーシーは、テレビ・メッセージを通じて、サウジ主導の連合軍が、(ホーシー派使節団が使用しようとした)オマーンの航空機のサナア発着と飛行の運航許可を与えず、ジュネーブに赴くことができなかったと連合軍を非難した(参考2)。一方、グリフィス国連イエメン特使は記者会見で、和平協議そのものがとん挫したとは考えておらず、近くホーシー派との接触を開始する意向を表明した(参考3)。
    イエメンのジュネーブ和平協議は、ホーシー派代表団が現れず失敗(9月8日付ロイター報道)
    (参考1)ハーリド・ヤマニ・イエメン外相発言(8日)
    ●ホーシー派は完全に無責任であり、交渉を妨害しようとしている。もし彼らが平和をもたらすことに誠実であるならば、たとえ別々の部屋での会合であったとしても、ジュネーブに来るべきであった。我々は、国連が他の当事者代表団を協議の場に連れてくることを望んでいる。
    (参考2)アブドル・マーリク・ホーシー発言(8日)
    ●ジュネーブの協議開催が失敗した主な理由は、サウジ主導の連合が(ホーシー派)代表団のジュネーブ到着を妨害したことにある。代表団の旅行を妨害する理由はなく、我々はジュネーブに安全に赴き、協議終了後に安全に帰還したいだけである。
    ●輸送に(第三国の)独立した航空機使用を認めないとの規定はなく、特にサウジ主導の連合軍が以前の協議で何カ月間もオマーンで(ホーシー派側)代表団を身動きできないようにしたことからも、自然かつ正当な権利である。米側が、ホーシー派が拘束する米国人スパイを交換手続きで解放しない限り、代表団がイエメンに戻れないようにしていた。
    サウジ主導連合軍ジュネーブ会合出席のための(ホーシー派)使節到着を妨害(9月8日付イエメンエキストラ報道)
    (参考3)グリフィス国連特使発言(8日)
    ●ホーシー派代表団は、ジュネーブに来訪する意思はあったが、その条件を整えることができなかった。平和プロセスの再開は非常に微妙で壊れやすい時期に差し掛かっているものの、このプロセスが完全にとん挫したとは考えていない。政府側代表団とは、捕虜の解放、特にタイズ市への人道的アクセスの拡大、サナア空港の再開などの信頼醸成措置を議論した。治療が必要な人々のためにサナア空港からカイロに向けての移送を近く実施することで合意した。

    (コメント)2015年3月に開始されたサウジ主導連合軍によるイエメン反体制派に対する空爆をはじめとする軍事攻撃は、3年半を経過するも状況打開をもたらしておらず、むしろ、イエメンの状況は、連合軍によるホーシー派の拠点である港湾都市ホデイダの包囲と戦闘激化、国連機関や人道支援団体による支援物資の搬入困難化、ホーシー派によるサウジ領内への度重なるミサイルの発射、コレラの蔓延等で悪化の一途をたどっており、この間、子どもを含む民間人の被害も増大しており、国連も「子どもと紛争」報告書をはじめ紛争の当事者双方への批判を強めている。とくに、8月9日のサアダ州の市場近くでの学校バスへの空爆で生徒40名を含む51名が犠牲になった事件については、9月1日連合軍が初めて誤爆であったと謝罪し、このような状況下、国連主導で第3回目となるイエメン政権側と反体制ホーシー派側の協議が2年ぶりに開催されることで和平に向けての展望を開くきっかけになるのではないかとの期待が生じていた。しかし、ホーシー派代表団が9月8日までに協議の会場に姿を現さず、協議開始は失敗した。ハーディ政権側は、ホーシー派を無責任であると非難し、ホーシー派は、使用予定のオマーン航空機の運航許可が制空権を有するサウジ主導連合軍から得られず、安全な訪問と帰還の保証が得られないため訪問を断念したとしてサウジならびにそれを確保できなかった国連を批判した。ホーシー派側は、代表団が搭乗する同じ航空機で、傷病者をオマーン等第三国に輸送しようとしていたが、これも国連が連合軍への説得に失敗して保証を与えることができなかったとしている。連合軍は、運航許可にあたって全搭乗者リストを提出するよう求めており、代表団とそれ以外の搭乗者について合意が得られなかった可能性がある。仮に協議開始が、このようなロジスティックな問題で、不可能になったのであれば、国際社会は、ハーディ政権側とホーシー派が実質的な協議に入れるよう国連の取り組みを支援する方向で早急に介入すべきであろう。

    【シリア情勢(イドリブに関する3国首脳会議)】
    ◆9月7日、テヘランでプーチン・ロシア大統領、ローハニ・イラン大統領、エルドアン・トルコ大統領は、シリアのイドリブへの対応について会談し、共同声明を発出し、①シリア紛争には軍事的解決はありえず、交渉による政治プロセスを通じてのみ終結させることができる、②ソチのシリア国民対話会合と国連安全保障理事会決議2254の決定に沿って、政治プロセスを進めるために積極的な協力を継続する決意を再確認した、旨が盛り込まれた。しかし、間近に迫っているとされるシリア・ロシア軍のイドリブ総攻撃については、トルコは「停戦」を求め、一方、ロシア、イランは、シャーム解放機構(HTS)等のアルカーイダと関連するテロリスト組織支配の一掃を主張し、合意に至らなかった。
    テヘラン首脳会議は、シリア問題の政治的解決を呼びかけ(9月7日付TRT報道)
    1.プーチン大統領
    ●ロシア、イラン、トルコは、テロとの戦い、シリア国民間の対話の促進、人道的状況の改善のための努力を継続する。
    ●この段階での我々の主要な目標は、その存在がシリア市民と地域全体の住民の安全を直接脅かすイドリブ県の武装勢力を追放することである。我々は、イドリブの緊張緩和地帯における段階的な安定化に向けて具体的な措置について議論した。それは対話の用意がある人々との和解の機会を提供するものである。
    ●トルコのエルドアン大統領は、我々はすべての紛争当事者が停戦し、暴力を止めるよう求めている。一方、我々は、民間人の保護という名目で、テロリストを見逃したり、シリア政府軍への被害を及ぼす行為を容認できない。これは、シリア政府によるとされた化学兵器攻撃をでっちあげる試みでもある。我々は、そのような作戦や挑発を準備している武装勢力に関する反駁できない証拠を持っている。
    ●シリアの武装勢力部隊もテロ対策に取り組んでおり、私は非常に重要だと考えている。これは間違いなくシリアの(紛争当事者)双方間の信頼の水準を高め、概して政治的解決プロセスに貢献する。
    ●我々は、ソチにおけるシリア国民対話会合の決定を実施に移すうえでの進展について議論した。我々は、憲法委員会の立ち上げに特に注意を払い、シリア政府、反体制側、市民社会の代表者の中から国連の選挙委員会メンバー選定作業を共同で支援することに合意した。委員会は、シリアのすべての市民に領土の一体性と単一の主権国家における平和を確保するシリア国家の将来の構造に関するパラメーターを策定することである。
    ●我々は、将来シリア難民と国内避難民の大量帰還を確実にすることができるという前提で行動している。ロシアの積極的な参加により、具体的な作業がすでに進められており、シリアで最大100万人の難民を収容するための条件が作られた。シリア政府は、すべての市民の帰国に際し、彼らの安全と無差別な扱いへの強固な保証を提供している。これは不動産の問題にも適用される。
    ロシア、トルコ、イラン三国首脳会談後の記者会見(9月7日ロシア大統領府公式サイト)

    2.エルドアン・トルコ大統領
    ●移民の波が再び始まり、彼らが行く場所は常にトルコとの国境である。彼らは今、トルコとの国境に向かっている。我々は、ここで停戦を提供し、関係当局者間の共同作業とともにテロ組織に対する措置を講ずるべきである。今日ここで停戦を宣言すれば、これは我々が取ることができる最も重要なステップになるだろう。それは民間人に平和をもたらす。停戦宣言は今回の首脳会議の大きな勝利になる。
    ●イドリブは、シリアの将来だけでなく、トルコの国家安全と地域の未来にとっても重要である。イドリブへの攻撃は、大惨事になる。テロリストに対する戦いは、タイミングと忍耐に基づく手法が求められる。我々は、イドリブに関して、合理的な処理方法を見出すべきである。

    3.ローハニ・イラン大統領
    ●シリアには約2,000人の米国の兵士がいる。米国はシリアから立ち去らせねばならない。シリアでの戦争と流血は終わりに近づいており、シリア、特にイドリブでテロリストを根絶しなければならない。

    (コメント)3国首脳会議実施の事前準備の段階で、ロシアとトルコは外交、情報、国防当局のトップが複数回会合し、イドリブ問題への対応策を協議してきた。トルコはこの間、アルカーイダに関連するシャーム解放機構(HTS)をテロ組織に指定し、ロシアが求める「テロ組織」と政権側との対話に応じる用意がある武装勢力の分離に協力する姿勢を示した。他方で、トルコは既に世界最大のシリア難民350万人を受け入れており、これにイドリブから発生するとみられる難民250万人がトルコに押し寄せる事態は何としても避けたいと考えている。イドリブは、シリア内戦で、政権側がアレッポや東グータやダラア等の激戦で、最後まで抵抗し、アサド政権の支配下に収まることを望まない武装勢力と家族が避難した現在の人口約300万人の反体制派の拠点で、アサド政権側としては、国内の支配を確立するうえでどうしても奪還したい地域であり、一方、反体制側は、他に避難する地域はほとんど残されておらず、この地を死守するか、あるいは政権側支配下にはいる屈辱を味わうかの二者択一の状況にある。さらに、状況を複雑にしているのは、アスタナ・プロセスに加わらず、徹底抗戦を呼びかけるアルカーイダ系のジハーディスト組織の存在である。同組織も内部分裂しているとの見方があるが、国連側の推定で武装兵力1万人、ロシアの国連大使発言によれば5万人規模の兵力を有し、イドリブ県の約6割を支配しているとされる。今回の首脳会議で、イドリブでの大規模軍事作戦の実施は、大惨事を招くのが確実で、「停戦」に合意すべきであり、それを最終声明にも盛り込むべきと主張するエルドアン大統領に対して、プーチン大統領は、ここには「停戦」に加わることが求められる当事者は参加していない、すなわち、HTS等のジハーディスト組織はトルコの影響下にはないとして、「停戦」の実効性はないと反論したとされる。他方で、プーチン大統領は、イドリブの緊張緩和地帯の安定化に向けた段階的な措置について議論したとしており、トルコ影響下の武装勢力が、ジハーディスト勢力掃討作戦に加わり、成果を上げるのであれば、総攻撃を急がないと示唆したとも解釈でき、今後の現場での展開が注目される。

    【米国の第二次対イラン制裁再開(イラン産原油調達に関する各国の動き)】
    ◆11月5日の米国による対イラン第二次制裁再開をにらんで、イラン産原油の最大の輸入国である中国は、イランの国営イラン・タンカー会社(NITC)による輸送、イラン側付保によるイラン産原油購入継続を行う見通しとなった(参考1)。第二の輸入国インドも中国方式に倣って、インドの国営会社(インド石油会社 (IOC)、 バハラット石油会社 (BPCL) 及び MRPL)が、イラン産原油購入を継続することを承認した模様(参考2)。一方、日本の石油元売り各社は、イラン産原油購入継続に関する米国との協議が決着せず、10月分からイラン産原油購入を停止した模様。イランの主要な原油輸出港は、ペルシャ湾奥のカーグ島(ハルグ島)であるが、イランは、イラン産原油の輸出を認めないのであれば、最後の手段としてホルムズ海峡を封鎖する可能性を示唆しており、ホルムズ海峡を経由しないオマーン湾に面したバンダル・ジャースクに原油積出基地を新たに設置する計画を打ち上げた(参考3)趣き。
    (参考1)中国は、米国の制裁下石油の輸入を維持するため、イランのタンカー利用に移行(8月20日付ロイター報道)
    (参考2)インドは、国営の製油会社がイランのタンカー、付保により輸入した原油の使用を承認(9月3日付ロイター)
    (参考3)イランは、石油輸出基地をペルシャ湾の外に移動する計画(9月4日付RUDAW:元記事AFP報道)

    (コメント)8月7日の第一次制裁再開に続き、イランの原油購入を継続する企業や国に制裁を課す第二次制裁再開期限が11月5日に迫る中、イラン原油の輸入国がどのような対応にでるのか注目されていた。米国は、20か国以上に使節を派遣し、イラン産原油調達を思いとどまるよう働きかけてきたものとされる。これまで、イラン産原油を含め、原油輸送においては、船荷や環境汚染対策等で欧米の保険会社が付保することが通例となっており、欧米の保険会社がこれまでどおり、イラン産原油輸送に付保すれば、米国の制裁対象になるため、付保を引き受ける保険会社は皆無とみられてきた。この障害を回避するため、イランの国営石油会社NIOCと中国の珠海振戎公司とシノペックは、イラン原油の長期供給・調達の契約を結び、イラン所有のタンカーとイラン側の付保によりこれまでとほぼ同レベルの原油をイランから中国に輸送するための新たな方式を7月から開始したものとみられ、同月のイラン産原油輸送のタンカー17隻すべてがイランのNITCのタンカーに移行し、同月76.7万B/Dが輸送されたと報じられた。第二位の輸入国インドも、この方式で、イラン産原油輸入を継続する方向となったと報じられた。インドは7月76.8万B/D輸入したとされる。但し、この方向で確定したのか9月上旬ポンペイオ国務長官とマティス国防長官が2+2協議のためインドを訪問しており、当然インド側にイラン原油を購入しないよう強く働きかけたとみられることから、この結果についても注視する必要がある。ともあれ、イランは原油輸出先がなくなるという最悪の事態は回避できる見通しとなった。一方で、このような方式をとることが想定されない日本や韓国は、イラン産原油輸入を停止することになる見通し。この結果、イラン産原油の輸出量は、トータルでは半減するのではないかとの見方がある。イランは、イラン産原油の産出が減少する分を他のOPECメンバー、就中サウジ等が肩代わりし増産することは、生産量の国別割り当てを協議してきたOPECの精神とメカニズムを損なうものであるとの考え方である。

    【中東紛争(パラグアイの駐エルサレム大使館のテルアビブへの再移転)】
    ◆9月5日、パラグアイ外務省は、イスラエルとパレスチナとの二国家解決を支持し、5月21日にカルテス(前)大統領、ネタニヤフ首相が出席してエルサレムで開設した駐イスラエル大使館を再びテルアビブに戻すと発表した(発表文参考1)。これに対して、イスラエル政府は反発し、駐パラグアイ・イスラエル大使の本国召還ならびに駐パラグアイ大使館の閉鎖の意向を表明した。一方、パレスチナ暫定自治政府のリヤード・アル・マーリキー外交担当相は、パラグアイ政府の決定を歓迎して、速やかにパレスチナ大使館を開設すると発表した。
    パラグアイの大使館の再移転にイスラエルは憤慨し、アスンシオンの大使館閉鎖の構え(9月5日付タイムズ・オブ・イスラエル記事)

    (参考1)パラグアイ外務省大使館のテルアビブへの再移転声明(2018年9月5日)
    駐イスラエル・パラグアイ大使館の位置に関する声明(9月5日付パラグアイ外務省公式サイト)
    ●1947年に、国連総会が初めてこの問題に対処した時、パラグアイは、 ユダヤ人とアラブ人の2つの国の創設を想定し、神聖なエルサレムに他の地域と切り離された地位を与え国際的な特別体制の下に置く総会決議181で承認されたパレスチナ分割決議案に賛成票を投じた。
    ●この決議はイスラエル国の誕生を促し、その承認はパラグアイが支持し、1948年に両国間に外交関係が樹立された。その後、2005年には、パラグアイはパレスチナに同様の対応を行い、2011年同国を独立した国家として正式に認識した。
    ●上記のすべては、1947年以降のパラグアイの立場の一貫性を示しており、パラグアイは、この長期の紛争に対し2国家解決を支持している。紛争の最も複雑な要素の1つは、エルサレムの地位であり、この脈絡において、パラグアイ共和国は、関係国際機関の決定の枠組みの下での関係当事者間の交渉により対処されるべきと考えている。パラグアイは平和に固執し、地域や世界の外交努力が強化されることにより、中東における公正で永続的かつ包括的な和平達成に貢献したいと希望している。
    ●パラグアイ政府は、駐イスラエルの大使館本部を、2018年5月9日付の声明以前の場所(注:すなわちテルアビブ)に再設置することが適当であると考えている。この措置は、この件に関し、より広範なアプローチをとることができるよう採択された。パラグアイ共和国は、原則と価値感の共有に基づき、イスラエルとパレスチナ双方との友好と協力の良好な関係を維持したいと希望していることを再確認する。

    (コメント)イスラエル・パレスチナの二国家共存を支持し、双方の対話により、中東紛争の包括的、永続的かつ公正な解決を後押しする観点から、国際社会は、大使館をテルアビブにおいて、エルサレムの地位は今後の協議にゆだねられるべきであるとの立場をとってきた。ところが、トランプ米国大統領は、昨年12月、エルサレムはイスラエルの首都であると宣言し、米国大使館のエルサレム移転の決定を行った。それに基づき、イスラエル建国記念日にあたる2018年5月14日に、米国大使館エルサレム事務所が開設した。その2日後の5月16日には、中南米のグアテマラが米国に続いて、大使館をエルサレムで開設した。さらに、5月21日にホラシオ・カルテス(前)大統領が出席し、パラグアイ大使館がエルサレムで開設した。その後パラグアイでは、カルテス大統領が任期を終え、2018年8月退任し、マリオ・アブド・ベニテス新大統領が誕生し、外相には、カスティグリオーニ氏が就任した。トランプ政権誕生と、米国のイスラエルへの強い支持を背景に、外交的得点を重ねてきたネタニヤフ政権にとって、今回のパラグアイの決定は、最近では、2018年8月3日のコロンビアのパレスチナ国承認に続く、外交的失点であるとみなされる。コロンビアは、先月までパレスチナ国を承認しない中南米唯一の国で、イスラエルにとっての最大の友好国とみなされてきた。コロンビアの決定は政権交代の直前であったが、9月3日イバン・ドゥケ新大統領は、前政権の措置を覆すことは考えていないと発言。コロンビアのパレスチナ承認決定に続く、パラグアイの大使館をテルアビブに戻すとの決定は、ネタニヤフ首相のメンツを潰すものであり、イスラエル政府が即時駐パラグアイ大使館閉鎖を宣言したことからもわかるようにネタニヤフ政権に強い衝撃を与えたことは間違いない。イスラエルを支える米国が、今回のパラグアイの措置に対して、何らかの制裁を下すのか注目される。
    (参考)コロンビアはパレスチナ承認の決定を覆さない(9月3日付タイムズ・オブ・イスラエル記事)

    【カナダ・サウジ関係の悪化】
    ◆カナダ・サウジ関係が悪化している。8月2日、3日にカナダの外交当局トップがツイッター(下記参考1)で、サウジの女性人権活動家サマル・バダウィ氏の拘束に懸念を表明し、即時解放を求めたところ、サウジ政府は強く反発し、6日ツイッターで内政干渉であるとのメッセージを発した(下記参考2)だけでなく、前日の5日に駐サウジ・カナダ大使の国外退去、駐カナダ・サウジ大使の召還措置をとった。さらに、新たなすべての貿易・投資関係の凍結、サウジ・カナダ間の国際航空便の運航停止に踏み切り、8月31日までの期限を切って、約8千名のサウジ人留学生の帰国を求めた。これに関しては、約20名のサウジ人学生がサウジ政府の意向に従わず、カナダへの残留を希望して、カナダ政府に亡命を申請。カナダ政府は人権問題への介入は躊躇わないと明言(下記参考3)し、両国間の関係修復の糸口は現状では見いだせない状況にある。
    サウジ学生カナダに亡命を申請(9月1日付カナダCBC記事)
    サウジはカナダとの新たなすべての貿易・投資を凍結(8月5日付カナダCBC記事)

    (参考1)カナダ側ツイッター
    ①クリスティア・フリーランド外相ツイッター(8月2日)ライフ・バダウィ(Raif Badawi)の妹であるサマル・バダウィ(Samar Badawi)がサウジで投獄されたことを知り、非常に驚いている。カナダはこの困難な時期にバダウィ家と一緒に立ちあがり、バダウィ兄妹の解放を強く求め続ける。
    ②カナダ外務省ツイッター内容(8月3日):カナダはサマル・バダウィを含むサウジアラビアにおける市民社会と女性の人権運動家の追加逮捕に深刻な懸念を抱いている。我々は、サウジ当局が即座に彼らと他のすべての平和的な人権活動家を解放するよう促す。
    (参考2)サウジ外務省ツイッター内容(8月6日現地時間朝):サウジアラビア王国はその歴史を通じて、王国の内政を妨害するいかなる形態も受け入れておらず、受け入れないだろう。 サウジ王国は、カナダの立場を王国への攻撃と見なし、王国の主権を弱体化しようとする者を阻止するために確固たる立場をとる。
    (参考3)カナダ外務省報道官声明(8月5日現地時間夕):カナダは、常に女性の権利を含む人権の保護と世界の表現の自由のために立ちあがるだろう。政府はこれらの価値を促進することを決して躊躇せず、このための対話は国際外交にとって不可欠だと考えている。
    (コメント)サマル・バダウィの兄でブロガーであるライフ・バダウィは聖職者を批判したとして2012年にサウジアラビアで逮捕され、その後、1000回の鞭打ちと10年の懲役刑を宣告され、未だ投獄されている。同人の妻のエンサフ・ハイダールと3人の子供はカナダのケベック州に住み、7月カナダの市民権を獲得した。今回、カナダ外務省がサウジの反発を予想しながら、踏み込んでサマルの解放問題を取り上げたのは、バダウィ兄・妹の拘束が、カナダ人の家族を守るという観点からバダウィ兄・妹の拘留を看過できないというメッセージであったと考えられる。これに対して、サウジ側の反応は極めて激しく、両国大使の引き上げと召喚、新たなすべての貿易・投資関係の凍結、国際航空運航停止、研修・交流プログラム停止に及び、さらに、約8千名のカナダ在留のサウジ留学生の帰国命令であった。約20名がカナダへの亡命を求めたとされるが、カナダで学業を積んできた留学生にとっては、これまで獲得してきた単位や学位、資格を失う危険にさらされ、自分たちの責によらない理由で、将来の夢や展望が砕かれることにもなりかねず、この20名もやむにやまれず、亡命申請を行ったものと考えられる。最近のサウジの外交姿勢は、ひとことで表現すれば、「忍耐」とは正反対の即応的かつ妥協の余地を全く感じさせない最大限厳しい立場を打ち出すことが特徴である。2016年1月にシーア派宗教指導者処刑後のイラン国内のサウジ大使館・総領事館襲撃直後のイランとの外交関係の断絶、2017年6月のサウジほかアラブ諸国によるカタール断交と陸海空封鎖措置に如実に現れている。サウジの強硬な外交姿勢が可能になったのは、サウジ国内では、事実上ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が外交・軍事・経済の実権を握り、従来の王族間のコンセンサス形成ではなく、自らの判断で即断即行が可能になったこと、サウジ指導部を強く支える米国のトランプ政権は、カナダ・トルドー政権とは貿易問題を含め関係がぎくしゃくしており、サウジのカナダへの強硬な対応が米国の干渉を招くことはないと見透かしていることによるとみられる。

    【パレスチナ問題(米国のUNRWA拠出完全停止)】
    ◆8月31日米国務省は、拡大する一方の不釣り合いなパレスチナ難民にサービスを提供する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への米国の拠出を完全に停止し、今後は二国間援助等による別の支援方法を追求して、国連等と対話すると発表した(米国務省報道官声明骨子参考1)。これに対して、9月1日、UNRWAは緊急声明を発出し、米国の決定は遺憾であり、UNRWAの運営が「救いがたいほど欠陥がある」とのコメントを拒絶した。米国は、2017年のUNRWAへの拠出国別ランキングでも、32%を占める最大拠出国(2017年のUNRWAへのプレッジ国別ランキング別添3)であり、パレスチナ難民の教育や保健・医療分野への深刻な影響が危惧されている。

    (参考1)ナウアート米国務省報道官の声明(2018年8月31日)
    米国務省報道官の声明(2018年8月31日国務省公式サイト) ●米国政府はこの件を慎重に見直し、米国がUNRWAに追加拠出しないことを決定した。 本年1月に米国が6,000万ドルを拠出したとき、我々は長年にわたって担ってきたUNRWAの経費負担を不釣り合いなほど過度に負担したくはないという立場を明確にした。ヨルダン、エジプト、スウェーデン、カタール、アラブ首長国連邦などいくつかの国々がこの問題に対処したが、全体として国際的な対応は不十分である。
    ●予算ギャップの存在自体ならびに適切かつ適当な負担分担を行うための資金調達の失敗に加えて、UNRWAが長年にわたって行ってきた基本的なビジネスモデルと財政運営は、UNRWAの無限でかつ指数関数的に膨張する(パレスチナ難民)コミュニティの有資格者となる受益者数と結びついて、簡潔に言って持続不可能であり、長年危機にあった。米国は、「この救いがたいほど欠陥のある」運営に、追加資金をコミットすることはない。我々は、UNRWAと地域および国際的なドナーの主要メンバーがUNRWAの事業を改革し、再設定することが出来なかったことによる無辜のパレスチナ人、とりわけ学校に通う子どもたちに及ぼす影響をとても考慮し、深く懸念している。これらの子どもたちは中東の未来の一部である。パレスチナ人はどこに住んでいても、無限なき危機に誘発されたサービス提供モデル以上の扱いをうけるに値する。彼らは自ら将来を計画するに値する。
    ●米国は、米国と他のパートナーからの直接的な二国間援助を含む新たなモデルと新たなアプローチについて、国連、ホスト国政府、国際的な当事者との対話を強化し、現在のパレスチナの子どもたちに明るい未来に向けたより持続性のある信頼できる行程を提供できるよう取り組んでいく所存である。
    (参考2)UNRWA緊急声明骨子(2018年9月1日)
    UNRWA緊急声明骨子(2018年9月1日UNRWA公式サイト) ●UNRWAは、何十年にもわたって政治的、財政的支援を続けてきたことから、もはやUNRWAに拠出しないとする米国の発表に深い遺憾の意と失望を表明する。この決定は、米国が、UNRWAの献身的で、熟練し、成功した運営を認め、2017年12月に資金援助契約を更新していた事実からも、一層驚愕すべきことである。
    我々は、UNRWAの学校、保健センター、緊急支援プログラムが「救いがたいほど欠陥がある」という批判を最大限の表現で強く拒否する。これらのプログラムは、中東で最も成功した人間開発プロセスと成果の1つを生み出した実績がある。国際社会の構成国やドナー、ホスト国はUNRWAの成果と水準を常に称賛してきた。世界銀行は、我々の活動を「グローバルな公益財」と表現し、地域で最も効果的な学校制度を実行していることを認めていた。
    ●2018年1月、米国はUNRWAへの拠出を、2017年の3.64億ドルと比較して3億ドル削減すると伝達し、6千万ドルを拠出した。UNRWAは大いなる決意をもって、既存のパートナーからの資金確保に取り組む所存であり、すでに、湾岸諸国、アジア、欧州を含む20の国々が2017年よりも多くの資金を拠出した。
    我々はこの前例のない事態を踏まえた広範な連帯と、まさに今週、526,000名の少女・少年のために新学期開始を可能にした多くのドナーの寛大さに非常に感謝している。これがUNRWAの国連総会の機関としてのスタンスであり、東エルサレム、ガザ、ヨルダン、レバノン、シリアを含むヨルダン川西岸の540万人のパレスチナ難民に対して、引き続き質の高いサービスと援助を提供する所存である。
    (参考3)2017年のUNRWAへのプレッジ国別ランキング
    2017年のUNRWAへのプレッジ国別ランキング(UNRWA公式サイト)
    第1位 米国 3.64億ドル(32%)
    第2位 EU  1.43億ドル(12.8%)
    第3位 独   0.76億ドル(6.8%)
    第4位 英   0.67億ドル(6.0%)
    第5位 スウェーデン 0.62億ドル(5.5%)
    第6位 サウジ 0.53億ドル(4.7%)
    第7位 日本  0.43億ドル(3.8%)
    世界全体    11.21億ドル

    (コメント)UNRWAは、1948年にイスラエルが建国され、居住地を追われた当初70万人のパレスチナ人への生活支援のため設立された国連機関で、3万人以上のスタッフを雇用し、ヨルダン川西岸やガザ、ヨルダン、レバノン、シリアで、教育や医療サービス、困窮者への食糧支援を行っている。事実上封鎖状態にあるガザでは、失業率が44%に達し、UNRWAは100万人に食糧援助を実施し、1万3千人を雇用している。今回の米国務省報道官の発表をみると、そもそもイスラエル建国当時70万人であったパレスチナ難民が今や540万人に達し、支援対象者が膨らむ一方であり、その中で、米国が各国の中でも突出して大きい約3割以上の支援を強いられてきたと主張している。UNRWA拠出停止の狙いを言い換えれば、当初難民となったパレスチナ人を除いて、世代を重ねたパレスチナ人は、支援の対象から外すべきであり、「帰還の権利」も認めるべきではないということである。米国は、パレスチナ難民として認定すべき適正な人数は50万人とみているようで、事実、ニッキー・ヘイリー米国連大使は、難民数が適切な規模になれば、支援再開の用意がある旨表明している。米、イスラエルは、拡大する新世代のパレスチナ難民に帰還の権利を認めれば、イスラエルの安全と優位が脅かされると考えているとみられる。UNRWAは、今年度の当初予算を10億ドルとしていたが、これまでに確保されたのは、2.38億ドルで、さらに、緊急に2.17億ドルの資金ギャップを埋めることができなければ、2万2千人の教師の給与支払いを停止せざるをえない状況に追い込まれるとしている。9月の国連総会の機会等を通じて、UNRWAの資金ギャップをどう埋めるのか、どのようなイニシアティブが発揮されるのか注目される。
    (コメント参考)9月2日付 アルジャジーラ報道

    【シリア情勢(イドリブを巡る情勢緊迫化)】
    ◆シリア軍が反体制派の拠点イドリブへの本格的軍事作戦の準備を進める中、ロシアとトルコ間の外交・治安当局者が最近2度にわたり、モスクワで協議し、さらに、モスクワには、サウジの外相、続いて、シリアの外相も訪問し、シリアの反体制派の拠点イドリブへの対応について、関係国間で緊迫した協議が継続している(下記参考1)。米・ロシア間でもインテル協議が実施されたとされる。さらに、米国務省は否定しているものの、シリアの情報部トップのアリ・マムルーク国家治安室長が、米側関係者と協議したとの観測もある。ラブロフ・ロシア外相の一連の記者会見等での発言(サウジ外相との会談後の記者会見骨子参考2)からは、①旧ヌスラ戦線のアルカーイダ系「シャーム解放機構」が、イドリブでの緊張緩和地帯を利用し、市民を盾に同地を支配し続けている、②いわゆる穏健な反体制派とテロリストと分離させ、テロリストの一掃を図る必要がある、として、イドリブの「シャーム解放機構」等ジハーディストへの攻撃の必要性を正当化した。国連は、デミィストラ国連シリア特使が、イドリブへの軍事作戦は大惨事をもたらす可能性が大として、住民の避難のための「人道回廊」設置を呼び掛けている。一方、米、英、仏からは、シリア軍のイドリブ軍事作戦には、化学兵器が使用される可能性があるとして警鐘を発し、それに対して、ロシアは、アサド政権側に見せかけた「化学兵器使用」が仕組まれた情報があるとして、反論している。
    (参考1)最近のイドリブを巡る主な要人の往来・会談
    8月17日、アカール・トルコ国防相、フィダン国家情報機関(MIT)長官ロシアを訪問し、ショイグ国防相と会談。
    8月24日、チャブシュオール・トルコ外相、アカール同国防相、フィダンMIT長官ロシア訪問。それぞれのロシア側カウンターパートと会談するとともに、プーチン大統領とも会談(ラブロフ外相、ショイグ国防相同席)。
    8月27日ごろ アントノフ駐米ロシア大使が米国のシリア特別代表のジェームス・ジェフリー氏、デービッド・サターフィールド国務省近東次官補代理と会談し、旧ヌスラ戦線が化学兵器攻撃を仕組んでおり、イドリブ県ジスル・シュグールに8つの塩素をつめた缶が運び込まれたことや英国の治安会社オリーブが用意した特殊訓練をうけた武装グループが現地に到着したこと等の情報を米側に伝えたと29日RTが報じた。
    8月29日ジュベイル・サウジ外相がロシア訪問し、ラブロフ外相と会談。 8月30日ムアッリム・シリア外相がロシアを訪問し、ラブロフ外相と会談。ムアッリム外相は、シリア軍は断固として、イドリブに進軍するが、できるかぎり民間人の被害を防ぐと発言。
    (その他)
    8月29日イラン・ザリーフ外相、急遽トルコを訪問し、エルドアン大統領、チャブシュオール外相と会談。
    6月  シリアの情報機関トップのアリ・マムルーク国家治安室長と米国情報部の接触(8月29日米国務省報道官は「事実を反映していない」とコメント)。レバノン紙アクバールによれば、ISのシリアからの追放、化学兵器備蓄・使用問題、シリア政府が拘束しているとの観測がある米国人ジャーナリストオースティン・ティスについて、ダマスカス空港で4時間にわたり協議したと報じられている。
    7月下旬以降 シリアとクルド代表(シリア民主評議会SDC代表団)との対話開始
    9月7日(予定) ロシア、トルコ、イラン首脳会談 於:テヘラン (参考)3首脳会談は、2017年11月ソチで、次に2018年4月イスタンブールで開催されており、今回は3回目。
    (参考2)サウジ外相との会談後のラブロフ外相記者会見発言骨子
    ●我々は、イドリブの緊張緩和地帯における状況の展開について、政治プロセスの一部になることを望んでいる武装勢力とヌスラ戦線(Jabhat al-Nusra)等のテロリストを区別する必要性を理解し意見交換した。ロシアとサウジアラビアは、市民全体の参加による政権側と反体制側の政治協議の始まりである憲法委員会の形成へのアプローチを共有している。我々は、シリアの反体制派をまとめて、(反体制派が集った)「モスクワ」と「カイロ」グループ代表者の参加を確実にしたことに対して、サウジの友人たちに特に感謝している。
    ●米、英、仏等の諸国は、シリア政府がイドリブで化学兵器攻撃を準備しており、化学兵器が使用されれば、シリア軍に対して激しい攻撃を行うとしている。これに対して、ロシアは様々な機会にその立場を述べてきた。我々は、これまでも同様の状況を目撃してきた。2017年にハーン・シェイクーンで、2018年に東グータで発生した事件を指す(両事件とも4月に発生)。当時、シリア政府が攻撃の責任を負わされていたが、これらの告発が本当に価値があるものか自明。例えば、2018年4月に、OPCWの査察官が事件現場を訪れるべきであると主張したとき、主に西側の同僚3国が、ダマスカスを新たに空爆すると脅かし、査察官がサンプルを採取するため現場に派遣されるのを防いだ。どんなインテル関係者からみても、この事件は仕組まれた挑発であったことは明白である。おそらく、西側の同僚は、この明白な事実がさらに鮮明になることを望まなかったのであろう。
    ●地上の状況をコントロールしているロシアとトルコの軍隊は、この政治的合意を現実の行動にどのように反映させるかを説明できる。シリア政府によって計画されているとされる化学攻撃の憶測に戻れば、積極的にこの話題を過熱させている西側の同僚たちは、明らかに仕組まれた挑発と偽旗攻撃の陰謀を企てることはなく、また、国連と米国の両方がテロ組織に指定したヌスラ戦線に対する、緊張緩和地帯での反テロ作戦を妨げることはないと期待している。私の大きな望みは、西側のパートナーがテロとの戦いへのコミットメントを果たしていくことである。
    ●我々は、シリアの内部と外部にかかわらず、このプロセスのすべての参加者と非常に緊密な接触を行っている。当然我々はアスタナ会議の枠組みで活動している。イドリブ地帯について具体的に言えば、我々は、トルコならびにシリア政府と目標をもって協力している。ロシアとトルコは、この課題について、過去数ヶ月の間に10回、数日前には、情報部代表者の参加を得て、それぞれの外相と国防相の間で二国間会談を開催した(注:両国大統領も2017年から18年に9回フルスケールの会談を行っているとのこと)。会談はテロリストの最後の主要な拠点であるイドリブに焦点をあてている。テロリスト・グループは、緊張緩和地帯の地位を利用し、民間人を人質の盾とし、政権側と話し合う準備ができている武装集団をつまずかせようとしている。あらゆる観点から、この膿瘍は排除されなければならない。ロシアとトルコの間にはこの件について政治的了解が存在する。通常の反体制派武装勢力は、ヌスラ戦線から速やかに分離されなければならず、同時にこれらのテロリストに対する作戦を準備し、民間人のリスクを最小限に抑えるために最善を尽くさなければならない。
    サウジ外相との会談後のラブロフ外相記者会見(8月29日付ロシア外務省公式サイト)
    トルコ外相との会談後のラブロフ外相記者会見(8月24日付ロシア外務省公式サイト)

    (コメント)シリア全土の約6割を支配するにいたったアサド政権にとって、シリア内戦の最終段階の最も重要な軍事作戦の対象は、反体制派の拠点イドリブの奪還である。イドリブは、アサド政権が軍事的に解放してきたアレッポや東グータ、ダラアその他の都市から政権側支配地に留まりたくない反体制派グループと家族が退避した地域である。イドリブは、ロシア、トルコ、イランがアスタナ・プロセスの中で2017年5月に設置に合意した4か所の緊張緩和地帯のひとつであるが、同地域の人口約3百万人の半数が反体制派武装勢力に関係ある人々で、実態として、約1万人の勢力を有するアルカーイダ系の旧ヌスラ戦線「シャーム解放機構(HTS)」の支配が続いているとされる(因みに、最近HTSからホッラス・アル・ディーンというグループが分離)。イドリブには、緊張緩和を見守るために、トルコ軍12か所、ロシア軍10か所、イラン軍7か所がそれぞれ駐屯ポストに要員を派遣している。
    シリア軍にとって、ラタキヤ、タルトゥースやアレッポに近接するイドリブの解放が国の統一と安定を実現するための最優先課題のひとつであるが、トルコとも良好な関係を維持しているいわゆる穏健な「反体制派」グループ(アハラール・シャームとヌール・ディーン・ザンキ大隊が合併したシリア解放戦線やトルコが音頭をとって5月28日結成した新国民解放戦線所属組織)と、アルカーイダ系のジハーディスト組織の引き離し、線引きが容易でなく、シリア軍、ロシア軍が本格的攻撃を加えれば、穏健派グループの被害が甚大になるとして、トルコがロシアに対して軍事作戦の実施をけん制してきたものとみられている。しかし、イドリブのジハーディスト支配地域からは、シリア軍陣地のみならずロシア空軍のフメイミム空軍基地に対しても、約50回のドローン攻撃が行われたとのことで、アルカーイダ系組織をそのままにしておくことはできないという決意をロシア側がトルコ側に伝え、最近の両国の国防、情報、外交当局間の協議を通じ、トルコ側がシリア・ロシア両軍によるイドリブ攻撃に一定条件の下でゴーサインを出したのではないかとみられる。これを裏付けるように、8月31日トルコ政府は、HTSをテロ組織に指定したことを公表した。ラブロフ外相とサウジ、シリア両外相の会談については、ロシアとトルコの具体的合意内容について、ロシアが両国に事前通報したものと考えられる。欧米は、本格軍事作戦開始を控え、シリア政府が化学兵器使用に走る可能性があり、その場合は再び武力行使を辞さないとの警告を発しており、一方、ロシアは、米国との二国間の接触や国連安保理の会合で、ジハーディスト・グループがシリア政権側に見せかけた化学兵器使用を仕組んでいるとの情報を伝え、欧米が加担しないようけん制している。国連のデミィストラ特別代表は、本格作戦を遅らせることと、民間人が脱出できるための人道回廊の設置を促したことからも、作戦開始が迫っていることが認識できる。仮に本格作戦が実施されれば、イドリブ県からさらに最大250万人規模の大量の難民が発生し、トルコや周辺国あるいは欧州を目指すことにもなりかねず、難民・国内避難民対策も重要になる。さらに今回、トルコが、イドリブ作戦実施を了解したとすれば、その代償はなにかも注目されている。とりわけ、7月下旬以降、シリアのクルド民主統一党PYDを含むシリア民主評議会代表団とシリア政府が今後の統治に関して予備的接触を開始したと伝えられており、トルコ側としては、ロシアがシリア政府に圧力を行使して、PYD主導のクルド人グループにアサド政権が特別のステータスを与えないよう釘をさしておく狙いもあったのではないかとみられる。

    【シリア復興(米国のシリア安定化予算の支出先変更)】
    ◆8月17日、ナウアート米国務省報道官は声明(下記URL参照)の中で、シリア北東部の安定化のための有志連合パートナー国等からの拠出ないしプレッジが、サウジからの1億ドル贈与とUAEからの0.5億ドルのプレッジを含む約3億ドルに達したこと等を踏まえ、米国がシリア安定化基金に予算化した約2.3億ドルを別の外交優先事項に支出先変更を行う決定を下したことを明らかにした。この決定は、シリアにおける米国の人道的援助に影響を及ぼすものではなく、米国は、ホワイトヘルメットや化学兵器対策等を含め、人道支援を継続すると言明した。
    ●ISISの永続的な敗北は、現政権と国務省の最優先事項である。我々外交官は、シリア民主軍(SDF)によるシリア東部の今後の活動を支援するために国防総省と緊密に協力している。また、シリア人がラッカやその他のISISから解放された元拠点にある故郷に自発的、かつ安全に帰還できるよう有志連合パートナー国とともに安定化イニシアチブを支援している。
    ●本年4月以来、国務省はシリア北東部でISISから解放された地域で重要な安定化と早期復興イニシアチブを支援するために、約3億ドルに及ぶ拠出ないし約束を有志連合パートナー国から取り付けた。この中には、ポンペイオ国務長官が7月12日にブリュッセルの会合で関係国に働きかけたサウジアラビアによる1億ドルの贈与と5,000万ドルのUAEのプレッジが含まれている。
    ●有志連合の主要パートナーの貢献の結果、ポンペイオ長官は、国務省が、審査中のシリアの安定化資金約2億3000万ドルの支出先変更を承認した。この決定は、国務長官がホワイトハウスと協議して行ったものであり、これまでの米国による大きな軍事的および財政的貢献、盟友国やパートナー国の負担分担の必要性に関する大統領の指針、有志連合のパートナーによる重要な新たな約束に基づき下された。国務省は議会と作業して、他の重要な外交政策の優先事項を支援するためにこれらの資金の支出先変更を行う。
    ●この決定は、シリアの戦略目標に対する米国のコミットメントを縮小するものではない。大統領は、ISISの永続的な敗北までシリアに留まる準備ができていることを明確にしており、引き続きイランの軍とそのエージェントの撤退を確保することに重点を置いている。我々は、国連安保理決議 2254に従って、紛争の政治的解決に向けての不可逆的な進展なしにこれらの事項が達成されることはないと考えている。
    ●この決定は、米国の人道支援には影響しない。米国は、危機の開始以来シリア国内の避難民と地域の人々に対し、約81億ドルの人道援助を提供してきたシリア対応における国別では最大の人道的援助国である。我々は、救済措置を必要とするシリア人に対する人道的援助の提供、ホワイトヘルメットへの支援、そしてアサド政権に重大な犯罪の責任を負わせるための国連による国際的に公平かつ独立したメカニズム、シリア北西部における化学兵器の影響に対抗する機器とその他の手段への支援を続ける。
    シリア安定化の取り組みは、有志連合パートナーの貢献で継続(8月17日付国務省報道官発表)

    (コメント)今回のシリアの安定化に関する米国務省の発表とそれに続く背景説明(下記URL参照)は、いくつかの興味深い展開を含んでいる。まず第一に、トランプ大統領は、本年春以降たびたび有志連合パートナー国、とりわけ湾岸諸国に対し、米軍にシリア北東部に留まってほしいのであれば、応分の資金負担に応じるべきであるとの立場を繰り返し表明してきた。6月のモロッコでの会合や7月のNATO会議の機会にポンペイオ国務長官が主導したブリュッセルでの会合を通じて、サウジが1億ドル、UAEが0.5億ドル意図表明し、8月16日にはサウジの贈与が確実になり、全体で3億ドル確保のめどがたったこと、これにより、トランプ大統領は、自らの働きかけの成果として米国民から集めた税金約2.3億ドル分を別の外交目的に使用する口実が出来き、また、現在約2千名といわれる米軍特殊部隊のシリア北東部からの撤退を急ぐ必要もなくなったこと、第二に、シリアにおける本格的復興プロセス開始とジュネーブ和平協議の進展を明確に結び付けたこと、この関連で、ジム・ジェフリー元駐イラク米国大使を、シリア問題に対する国務長官個人代表として任命し、シリア和平プロセスへの関与を深める意図を明らかにしたこと、第三に、米軍のシリア駐在理由に残存勢力が残るISISとの戦いのみならず、シリアにおけるイランやエージェントの部隊の退去を挙げていること、第四に、アサド政権への立場を未だ変えず、国民への重大な罪の責任ととらせるために国際的な司法メカニズムの中で処罰を追求する意図を明らかにしたこと、第五に、未だ人道支援との理由で、国際的に評価が分かれるホワイトヘルメットへの支援継続を明言したことである。因みに、サウジの贈与については、国務省は個別に声明を発出(下記URL参照)し、サウジの貢献を高く評価するとともに、サウジは、暴力を逃れた200万人のシリア人を受け入れ(注:サウジは難民条約に加入しておらず、通常、UNHCRの統計等には具体的な受け入れ数は公表されていない)や10億ドルの人道支援を提供したとしている。また、シリア安定化のために貢献/貢献の意図を表明した国の例として、豪州、デンマーク、EU、仏、独、伊、クウェート、ノールウェー、台湾、UAEおよびサウジを挙げている。因みに、シリア安定化のための資金は、難民や避難民がISISから解放された故郷に戻ることを促進するための、安全な水へのアクセス確保や地雷撤去といった緊急かつ不可欠な事項への対処に重点が置かれるとのこと。
    米国はサウジの貢献歓迎(8月16日付国務省報道官発表)
    シリアの安定化に関する背景特別説明(8月17日付国務省サイト)

    【トルコ米関係(ブランソン牧師の拘束・解放をめぐる動き)】
    ◆既に様々な懸案を抱えるトルコと米国の両国関係が、イズミール在住の米国人ブランソン牧師の拘束・解放をめぐって悪化している(参考参照)。米国は、8月1日、牧師の解放を求めてトルコの閣僚2名を対象とした制裁を発動。さらに、8月10日、米国がトルコ産鉄鋼、アルミニウムに関税を倍増したことに対抗して、8月15日、トルコは米国産車両、アルコール、たばこ等に報復関税を課すことを決定。これに対して、米側は、さらなる制裁強化を示唆し、両国関係はさらに混迷の度合いを深めている。すでに長期低落傾向にあったトルコ・リラは、8月1日、対ドル最安値を更新。その後下落一方であったトルコ・リラが一旦下げ止まり、16日、トルコのカリン大統領府スポークスマンは、独、仏、カタール、クウェート、ロシアがトルコとの連帯を表明したと述べ、トルコのリラに対する投機的な環境を完全に排除したと強調した。
    (参考)ブランソン牧師を巡る米・トルコ間のやりとり
    ●2016年10月7日、ブランソン牧師拘束:イズミールのディリリス(復活)教会のブランソン牧師は、1993年以来トルコに居住する米国市民であるが、同地の警察署に召喚された後、イズミールで拘束された。
    ●2016年12月9日、ブランソン牧師逮捕:ブランソン牧師は、「FETOとPKKテログループと協力して、民主的政権を崩壊させ、国を分裂させようとしている」との嫌疑で、イズミールで正式に逮捕された。
    ●2017年5月16日、エルドアン大統領訪米:トルコのエルドアン大統領は、イランの制裁措置をめぐるトルコの国営融資者手ハルクバンク(Halkbank)に対する米国の調査問題等を話し合うため、ワシントンD.C.を訪問。トランプ米大統領は、エルドアンとの会談で、ブランソン事件取り上げた。その後、ホワイトハウスは、トルコ側にブランソン牧師を解放し、彼を米国に戻すよう要請したとの声明を発出した。
    ●2017年9月29日、エルドアン大統領によるギュレン師・ブランソン牧師交換提案:エルドアン大統領は、米国がギュレン師を引き渡すという要求を満たした場合、トルコがブランソン牧師を解放する可能性があることを示唆。大統領は「米国は牧師を戻すよう語った。しかし、米側にも牧師(ギュレン師)が一人いる。彼を私たちに戻してほしい、我々は、彼(ブランソン牧師)は、裁判終了後米国に戻されるであろう。我々の側の牧師は司法プロセスの下にある。一方、米国側の牧師は、裁判にかけられておらず、ペンシルバニアに住んでいる。あなたは簡単に彼をあきらめさせ、引き渡すことができる」と発言。米国国務省のヘザー・ナウアート報道官は、我々がその道を辿ることは想像もできないと回答。
    ●2017年12月28日、米国とトルコ査証サービス再開:両国は協議を経て、査証サービスを再開。駐アンカラ米国大使館の声明によると、トルコは、大使館や領事館の現地スタッフが公式の職務を遂行中、拘束されたり逮捕されたりせず、現地スタッフの拘留や逮捕の予定があれば、米側に通報することを約束した。一方駐米トルコ大使館は、「トルコは法治国家であり、政府は進行中の司法プロセスに関する何らの保証も提供しないと強調する」との声明を発表した。
    ●2018年4月16日、ブランソン牧師の裁判開始:裁判が始まった。彼はスパイ活動の告発やテロ組織支援を完全否認している。牧師は、テロ組織に代わって非メンバーとして犯罪を犯した場合は15年、政治的または軍事的スパイ活動では最大20年間、合計最高35年の懲役が下される可能性がある。ブランソン牧師は、宣教活動を行うという口実でこれらの活動を実行してきたとの嫌疑が掛けられている。
    ●2018年4月17日、トランプ大統領ツイート:ドナルド・トランプ米大統領は、ブランソン事件に関してツイートし、紳士でキリスト教徒のリーダーであるブルンソン牧師は、トルコで何の理由もなく裁判で迫害されている。彼らは牧師をスパイと呼ぶが、それはありえない。願わくば、牧師は彼の美しい家と家族の元に帰ることが許されるであろう。
    ●2018年4月18日、ペンス副大統領はブランソン夫人に連絡:米国のマイク・ペンス副大統領は、トランプ大統領のツイートをリツイートして、先日ブランソン牧師の妻と話した。彼女にトルコでの彼の裁判を監視していることを保証した。ブランソン牧師は、彼の家族、友人、知人と再会しなければならない善良な人物。トルコ政府が牧師を解放する時である、と述べた。
    ●2018年7月18日、裁判所は引きつづき、ブランソン牧師の収監継続を決定:ブランソン事件の第3回の尋問は、5月7日の第2回に続いて、イズミールで開催された。裁判所は牧師を収監しておくことにした。尋問は10月12日に続く。この裁判所の決定はすぐに米・トルコ両国間の緊張を高めた。
    ●2018年7月19日、トランプ大統領はツイッターで、牧師解放を要請:トランプ大統領は、トルコ大統領に対し、トルコが尊敬すべきブランソン牧師を釈放しないということは大きな恥辱である。彼はあまりにも長く捕らわれており、この素晴らしいキリスト教徒を家族の元に帰すために何かをすべきである。彼は間違ったことは何もせず、彼の家族は彼を必要としている。
    同日、トルコ外務省の報道担当者は記者会見で、ブランソン事件は進行中の法的手続きであり、この司法プロセスは、法の支配の原則に基づいて行われる、トルコは法治国家であり、(裁判所の)決定は、この枠組みの中で考慮されるべきであると補足。
    ●2018年7月23日、米議会F-35戦闘機のトルコ移転阻止に合意:米上院と下院の交渉者は、同国が共同制作グループの一員であるにもかかわらず、F-35ジェット機のトルコへの移転を阻止する内容の国防政策法案について、ブランソンの拘束継続も理由の一部として、合意に達した。
    アンカラは、F-35ジェットの移転に関し、責任を果たしてきたとして問題の存在を否定している。
    ●2018年7月25日、裁判所は、ブランソン牧師を自宅軟禁とする決定を下す:ブランソンの弁護士が異議を唱えた後、イズミールの裁判所は健康上の配慮により、ブランソン牧師を監獄から家での軟禁を決定。牧師は常に電子ブレスレットを着用し、トルコ以外の国を旅行することが禁止されている。これに対し、ポンペイオ米国務長官は、この動きを歓迎するも不十分であり、「ブランソン氏に対する信用できる証拠は見当たらず、トルコ当局に対し、透明かつ公平な方法で即時に決着させるよう求めている」と述べた。
    ●2018年7月26日、米副大統領、トルコに警告:ペンス副大統領は宗教的自由会議で演説し、ブランソンの事件について「エルドガン大統領とトルコ政府に対して、私は米大統領に替わって、ブランソン牧師を今すぐ解放するか、さもなければ、重大な結果に直面するであろうとのメッセージを発出する」とトルコに警告。同日午後、トランプ大統領はツイッターで、米国がトルコに対して制裁を科すと宣言した。
    トルコのチャブシュオール外相は、トルコには「誰も命令を出すことができない」と述べた。トルコの大統領府は後程声明を発出し、2人の同盟国の共通のNATOの利益を強調した。
    ●2018年7月31日、トルコ裁判所は、ブランソン牧師の釈放要請を却下:「容疑者に対する強い刑事容疑の本質は変わっていない」として、ブランソン氏の釈放を拒否。
    ●2018年8月1日、米国の制裁発動:トランプ政権は、トルコの司法長官と内相に対し牧師の勾留に関する制裁を課した。米国財務省が発表した措置は、米国のアブドゥルハミット・ギュル司法長官とスレイマン・ソユル内務大臣が深刻な人権侵害を行った組織の長であることを理由に、両名の米国内の資産を阻止し、米国市民が彼らとの取引に従事することを禁じている。
    トルコの外交部は、米国の決定を「敵対的な立場」と称し、報復を検討すると述べた。そしてトランプ大統領に制裁措置を再考するよう促した。 トルコ・リラは、2018年の前半ドルに対して下落してきたが、8月1日には、対ドル5リラ前後の最安値を更新した。
    ●8月10日、トランプ大統領は、ツイッターで、トルコ・リラは、我々の強いドルに対して急速に下落しており、トルコに関して鉄鋼とアルミニウムの関税の倍増を承認した。関税率は、アルミニウムが20%、鉄鋼は50%となる。トルコとの関係は現時点では良くない、と発言。
    ●8月15日、トルコは同日付官報で公表された大統領令で、米製のたばこ製品、自動車、アルコール、石炭、化粧品などの輸入に関税を課すと述べた。トルコの関税は乗用車については120%、アルコール飲料は140%、葉たばこは60%に倍増した。トルコの副大統領ファット・オクタイ(Fuat Oktay)は、特定製品の関税が「、国の意識的な経済攻撃に対する報復の相互主義の原則の枠組みの中で増加したとツイッターで述べた。
    ●8月15日、米国、トルコの報復関税措置に遺憾の意を表明:サラ・サンダース米ホワイトハウス報道官は、トルコの関税措置は残念で、間違った方向のものであるとの見方を表明するとともに、米国の関税賦課は、米国の安全保障上の国益に基づくもので、牧師が解放されても関税措置は撤回されない。一方、(トルコ2閣僚に対する)制裁措置は解除されると述べた。
    ●8月16日、カリン大統領府報道官は、トルコ・リラ急落を受けた投機的環境を排除した、独、仏、カタール、クウェート、ロシアはトルコとの連帯を表明したと述べた。
    ●8月16日、米国追加制裁を警告:ムニューシン米財務長官は、米国の牧師ブランソンが釈放されなければ、米国はトルコに対してさらに経済制裁を加えることになると述べた。トランプ大統領の高官との会合で、本件が迅速に解放しなければ、もっと多くのことを計画していると語った。そしてトルコは良い友人であることを示していないとも発言。
    8月2日付ミドル・イースト・アイ記事
    8月16日付ミドル・イースト・アイ記事

    (コメント)米・トルコ関係が緊張している。現在ブランソン牧師の拘束・解放問題とそれに伴う制裁、関税賦課に焦点があたっているが、両国関係は、様々な問題で懸案を抱えており、簡単に浮かんでくるだけでも次のとおりである。
    ①米国によるトルコ製鉄鋼、アルミニウムへの関税賦課
    ②トルコによる米製製品への関税賦課
    ③トルコによる米国人牧師ブランソンのスパイ容疑等での拘束、裁判
    ④ブランソン釈放を求める米国による制裁(2閣僚への資産、取引否定)
    ⑤トルコ側が2016年7月のクーデター未遂事件首謀者とみなす米国在住中のF・ギュレン師のトルコへの送還問題
    ⑥トルコがPKKと同根とみなすシリアのクルド人民防衛隊(YPG)への米国の支援
    ⑦ロシア製対空防御システムS-400の購入問題
    ⑧米議会によるF-35戦闘機のトルコ引き渡し凍結
    ⑨トルコのパレスチナ問題への対応(ハマース支援、米大使館のエルサレム移転反対ほか)
    ⑩米国の対イラン制裁再開へのトルコの対応(特に、トルコがイランとの石油取引等を制限する姿勢を示していないこと)
    いずれも、個別の問題ではあるものの、トルコ・米両国関係全体の信頼に関わるものであり、分野が違っても、相互に影響を及ぼしているといわざるを得ない。このような中で、ブランソン牧師問題は、双方のメンツにかかわる問題に発展してきている。トルコにとっては、2016年7月15日のクーデター未遂事件の首謀者とみなしているF・ギュレン師が法的に訴えられることも、トルコの要請に基づいてトルコ側に引き渡されることもなく、ペンシルベニアで通常の生活を継続している。一方、トルコがクーデター未遂事件やスパイ活動との関連が疑われるブランソン牧師を拘束し、司法手続きを進めており、両国間の取引に基づき、ギュレン師がトルコに、ブランソン牧師が米国に引き渡されるのであればともかく、ブランソン牧師のみを一方的に米国に引き渡すことはありえないというのが、トルコの立場である。ブランソン牧師の解放に向けて、米国は、直接関係ないとしつつ、トルコへの関税倍増に踏み切り、また、トルコ側の治安・司法関係当局のトップへの制裁を発動した。トルコは、反発し、車等への制裁関税賦課に踏み切った。米側は、さらなる制裁強化を示唆しているものの、トルコ経済の打撃の指針となるトルコ・リラの対米ドル為替レートは一時的にしろ、下げ止まった。6月に大統領選挙・国民議会選挙で、政治の実権を握ったばかりのエルドアン大統領は、米国に膝まずくよりは、確たる見通しがなくとも、圧力をはじき返す強い大統領を演出する方が、国民の支持を得て、難局を乗り切れるという計算が働いたものとみられる。エルドアン大統領は、8月に入ってからも、欧州首脳やプーチン大統領、カタールのタミーム首長、アバーディ・イラク首相らと精力的に接触しており、ロシアとは、ビジネスマン等の査証免除で合意し、カタールは150億ドルの投資を約束した。欧州も米国との関税戦争に突入し、近隣のイランは、トルコよりさらに厳しい制裁の対象になっている。このような中、エルドアン大統領は、米ドルという世界の取引の基軸通貨を、米国自身の戦略目標達成の手段として恣意的に活用することに反対であると思われ、米国がイラン封じ込めの強権を発動し、周辺国との連帯を強化すべき時に、逆に連帯を弱める方向に同盟国を追いやっていることは皮肉である。

    【米国の対イラン制裁第一弾再開】
    ◆8月7日米国時間午前零時をもって、米政府は、5月8日のトランプ大統領によるイラン核合意からの離脱発表を受けて、制裁第一弾再開に踏み切った。8月6日、政権上級スタッフ5名によるブリーフィングが行われたところ、説明内容および質疑の主要点次のとおり。
    1.ブリーフィング内容
    ●本日の事態(注:制裁再開)は、トランプ政権発足の初日から大統領が実行したテヘランに圧力をかける大きな協調的キャンペーンの一環であることと指摘したい。我々は、イエメンからシリア、ガザに至る地域情勢をみると、イランの政権は、自国の人々に対して核合意によって得られた資源を投資するのではなく、人々の苦痛を地域全体に広げるために、利用してきたことがわかる。我々はイラン側の意図についてそれ以上の幻想を持つことはできない。
    ●国務長官のレーガン・ライブラリーでのスピーチの中で紹介された際だった事実は、テヘランの消防士になるよりも、シリアまたはレバノンでヒズボラ戦闘員になれば2倍の給与が支払われるということである。
    ●今後90日間に(イランへの)経済圧力がますます高まり、11月の石油部門での制裁再開で圧力は最高潮に達し、これはすでに脆弱なイランの経済に計り知れない影響を及ぼす。
    ●大統領はこれらが起きる必要がないことについては非常に明確である。大統領はいつでもイランの指導者と会い、地域の野心封じ込めを含む真の包括的な合意について議論し、悪意のある行為を終結させ、核兵器への道を否定する用意がある。イランの人々は、政権による地域の覇権主義的野心のために苦しむべきではない。
    ●イランの抗議行動が数日続いてきたのを見て、イラン政権が自らの行動がもたらす影響について真剣に考慮することを願っている。我々は、経済的機会、透明性、公平性、そしてより大きな自由のある国を望んでいるイランの人々の側に立つ。イランが外国での冒険主義に膨大な資源を費やしているので、イランの人々はますます苛立っており、私たちはこの全国レベルの抗議の中でこの苛立ちが表明されていると考えている。
    ●イランの政権による経済の体系的に誤った運営と人々の福祉を置き去りに革命的議題に優先順位を与える決定が、イランを長期的な経済的不振に陥れている。イランにおける政府の腐敗と革命警備隊(IRGC)の経済への広範な介入は、イランにおける事業の採算見通しを失わせている。イランへの外国人直接投資家は、自分たちが商取引を促進しているのか、テロを促進しているのかを知ることはない。
    ●イランは明らかにイラン核合意から棚ぼたの恩恵を受けたことを指摘したい。その石油収入の増大は、核合意の結果であった。これらの収入は、イランの人々の生活改善につながることが期待されていた。そうではなく、テロリスト、独裁者、エージェントである民兵組織、そして政権の取り巻きが最も利益を得た。
    ●具体的には、JCPOAの下で解除されたイランに対する制裁を再び課すこととした。これらの制裁のより戻しは、イランの政権に重大な財政的圧力をかける大統領の決断を支持し、イランの露骨で進行中の悪質な活動に引き続き対処し、最終的にイランの脅威の全体に対応する新たな合意を模索することである。
    ●JCPOAの期間中、イランの政権は、テロ、外国のエージェント、および他の悪意のある行為に対する国家支援を中止する意思はなかったことを繰り返し示した。既述のとおり、イランは冷酷な政権を促進し、地域を不安定化させ、自国の人権を濫用し続けている。我々の制裁が不法行為のための資金提供を暴いてきたため、イランは制裁を逃れるために、世界の金融システムを体系的に利用し、世界中の国々、企業、金融機関を故意に欺いてきた。
    ●2018年8月7日午前12時01分をもって、イラン政府による米ドル紙幣の購入または買収、イランの金と貴金属の取引、黒鉛やアルミニウム、鋼鉄といった金属、石炭、工業プロセスを統合するためのソフトウェアなどの販売またはイランからの出入り、イラン・リアルに関連する特定の取引、イランのソブリン債の発行に関連する特定の取引、イランの自動車部門などに全面的に制裁が課せられる。
    ●イランの原産のカーペットや食料品の米国への輸入に関しては、8月6日以降は制裁免除は撤回され、商用旅客機の調達に関連する取引は禁止される。 2018年11月4日の猶予期間180日の終了後、米国政府はJCPOAの下で解除されていた残りの制裁を再開する。
    ●今日の執行命令とイランに対する制裁のより戻しは、イラン政権に前例のない財政的圧力をかける大統領の広範な戦略の一部である。我々は、テロ資金調達、兵器拡散のための資金提供、地域の平和と安定を脅かすために体系的に使用されてきた資源に対する政権側のアクセスを遮断することを意図している。我々の行動は、ご存知の通り、幅広い悪意のある行為に資金を供給し続けるテロの最大のスポンサーであるイランの能力をひどく制限し続けることになるであろう。
    ●トランプ政権下で、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は145人のイラン関係者を指定した17ラウンドの制裁を発出した。これには、コッズ軍とヒズボラの資金、弾道ミサイル計画、イランの航空部門、イラン中央銀行との共謀を含め、コッズ軍のための(外国)通貨へのアクセスを得るための政府のダミー、ペーパー企業の利用、その他の欺瞞的手段を含む5月の大統領の決定以来の6回のラウンドが含まれる。我々は、制裁を厳格に実施し、イランに核兵器(所有)への道を遮断することに全力で取り組んでいる。この経済的圧力キャンペーンは、イランの軌道変更を確実にするための我々の中心的取り組みである。
    ●大統領はいつでもイランの指導者と会い、地域の野心封じ込めを含む真の包括的な合意について議論し、悪意のある行為を終結させ、核兵器への道を否定する用意がある。イランの人々は、政権による地域の覇権主義的野心のために苦しむべきではない。
    2.質疑
    ●(制裁再開の効果)我々の制裁圧力、この経済的圧力キャンペーンのポイントは、テロリズムや核ミサイル計画などの中東周辺の危険な活動に資金を提供するために必要な財源を政権に与えることを拒否することである。100社近くの世界企業がイランの市場、特にエネルギー分野と金融分野から離脱する意思を表明したことを非常に嬉しく思っている。
    国務省と財務省は、諸外国と協調するために、世界中の様々な地域を訪問しており、それには中国も含まれる。これまでに20カ国以上の国を訪れ、その作業は年内継続される。
    我々は積極的にこの執行命令と、我々が法令に基づいて持っている他の権限を積極的に行使するつもりである。制裁が有効でなかったとすれば、過去90日間のイラン経済の軌跡を目撃していなかったということになる。すなわち、中国が彼ら(イラン)を救済しようとすれば、それは逆効果になり、ともあれそれは大成功に導びかれるであろう。
    ●(日本などに限定的石油輸入継続を許容する可能性)我々は、他の政府との私的な討議内容を開示しない。我々が述べた通り、われわれの目標はイラン石油の輸入をゼロにすることである。私たちは例外を与えたり、免除を施したりするつもりはないが、要求を議論し、ケースバイケースで要望を検討することを厭わない。しかしそれを超えて、我々はコメントしない。
    ●(イラン国営メディアへの制裁)イラン・イスラム共和国放送(IRIB)は既に制裁下にある。それ以上はコメントしない。
    ●(イラン国民の要求)既に我々は気づいているが、(イランの)抗議者が要求していることの多くは、米国や世界の他の国々が要求していることと非常に似かよっている。我々は、イランが正常な国のように行動し始めるならば、そこから得られる多くの利益があるということを一貫して述べてきた。しかし、イランが中東一帯に革命の輸出を継続し、その地域を不安定にし、資金を国民から奪い取って外国人-すなわち、シーア派民兵やアサド大統領やその他の地域の独裁者に資金を提供する限り、イランの人々は挫折感に苛まれ続けるのであり、我々は彼らの主張を支持する。彼らは正当な苦情を有し、その多くは我々の苦情でもある。我々は政権の行動の変化を見たいと考えている。イランの人々は同じことを探求していると考えている。
    イランの人々はしばらく前から抗議活動を行っている。彼らは、(5月8日の)大統領の決定の前から抗議していた。彼らは政府の汚職、イランの人々に届けられていない資金の悪用について非常に具体的に抗議していた。資金は地域のエージェントに提供され、テロ活動に使用されたり、テロリスト・グループに資金提供されている。彼らはかなり長い間抗議してきたが異常なのは、イランの人々は、イランで抗議する時、不幸にも自らの命が危険にさらされることを理解しているということである。彼らは刑務所に投獄され、投獄された暁にはあらゆる種類の恐ろしいことが降りかかる。彼らはイラン政府にうんざりし、その経済政策やその他の政策に抗議しなければならないという決定を下したことである。特に重要なのは、彼らがシリアやガザでの支出に抗議しているということである。
    ●(トランプ大統領のローハニ大統領との面談提案)これは、大統領が、北朝鮮からロシアに至るまで非友好的な政権に対して行った対応と完全に一致している。私たちの目標が達成されるまで米国がこれらの政権に最大限の圧力をかけ続けるために会合に先立ち、制裁緩和を行わないことである。イランの人々の立場にたつということは、我々が基本的人権、人間の尊厳、彼らに値する経済的機会に立つということである。大統領が言っていたのは、(イランとの)会議の前に何かをあきらめるつもりはないとしたうえで、前提条件がないということである。
    ●(制裁再開は政権転覆を意図しているのか)イラン経済に何が起きるかについて予測はしていない。我々は財政を(圧力行使の手段として)非常に意欲的に使っている。大統領が決断を下す前に、イランの経済はすでに下降していた。これは、イランが長い間遂行してきた政策の結果である。しかし、これらの金融制裁が、世界最大のテロ支援国家に対して引き続き大きな財政的圧力をもたらすことは疑いの余地がない。
    ●(商業航空部門への制裁について)問題は、イランが商業目的で商業航空を利用していないことである。商業航空を利用して人や武器をグレイゾーンに運び、周辺地域で活動しているシーア派の民兵組織やエージェントの目標遂行を助ける。そして、責任を負っているのは、商業航空の目的以外で商業航空を利用するイラン自身である。我々が知っていることは、イランがマーハーン航空(注:イラン・テヘランを本拠地とする民営航空会社。国内線及び中近東、欧州、南アジア、東南アジア、東アジアへの国際線を運航している。拠点空港はテヘランのイマーム・ホメイニー国際空港。)や悪意のある行為を続けるように指定した他の多くの航空会社を含む航空業界を体系的に使用していることである。つまり、マーハーンのような航空会社が、アサド政権を支援するためにシリアのような場所やそれが引き受けた残酷な活動に何度も往来していることが分かる。だから実際には、この体系的な悪意ある行為が、地域を不安定にしている。すなわち、自国の人々を犠牲にしていることや同盟国や近隣のパートナーに脅威を与えることを止めさせるために、イランの政権に圧力がかかっているということである。
    イラン制裁再開に関する米政府高官による背景ブリーフィング(8月6日国務省サイト)

    (コメント)米国のイラン核合意離脱に伴う対イラン制裁の第一弾が、8月7日に再開された。米政府高官のブリーフィングによれば、対イラン制裁再開の狙いは、イランの核兵器所有の動きを止めるというよりも、まず、2015年の核合意により、対イラン制裁が大幅に解除され、商業・金融取引でイランが手に入れた資金が、イラン国民のために使用されるのではなく、シリアのアサド政権やヒズボラやガザのハマースやイエメンのホーシー派などの「テロ」活動を支える資金に使用されており、これらは、イスラエルやサウジ等湾岸友好国の安全に脅威を与えるものとして、この資金の流れを断つということが主眼であることが認識される。制裁の実効性については、政府高官は、すでに100社近くの国際企業がイランの取引から離脱しており、すでに制裁の効果が上がっているとして、自信を示している。そして対イラン国際封鎖網を強化するため、中国を含めイランとの主要貿易国を訪問するとしており、既に20か国を訪問済としている。11月4日に予定される第二弾の制裁対象は、エネルギー取引であるが、イラン原油の最大の輸入国である中国についても、制裁強化に逆らうことができないとの強気の見方をしている。他方で、日本などとは個別に協議しており、詳細は明らかにしないとしている。トランプ大統領の前提なき交渉呼びかけに対して、イランのローハニ大統領は、イラン・テレビとのインタビューの中で、交渉を完全否定はしていないまでも、「もし、あなた方(米国)が敵であり、ナイフで他の人(イラン)を刺しておきながら、交渉したいというのならまず、ナイフを取り除くべきだ」として、善意の交渉者であることを米側がまず示すべきだという見解を示した。一方、ボルトン米大統領安全保障担当補佐官は、フォックス・ニュースに対して、もしイランが本当に真剣であるならば、交渉のテーブルに着くことになる。それが実現するか見てみようとコメントした。トランプ大統領の提案は、一見北朝鮮に対する交渉提案と似通っている観もあるが、実態としては大きな違いがある。北朝鮮については、「完全非核化」と「体制保障」の交換で、後ろ盾に中国が控えている。一方、イランについては、米国の狙いはイランの「将来の核兵器所有の可能性ZERO」に加えて、イランのヒズボラ支援停止、IRGCコッズ軍のシリアやイラクからの撤退、IRGC関連の海外ビジネスの停止その他で、イスラエルへの牙を完全に抜き去ること、すなわちイスラエルに軍事的に立ち向かう能力をゼロにすること、サウジ等が懸念する湾岸のシーア派支援完全停止等が含まれるとみられ、これが仮に実現すれば、すなわち現在のイラン革命体制の本質的な否定につながる。米政府高官は、イランの体制変革、政権転覆が目的ではないとしつつ、経済金融制裁の再開によりイラン国民の政権への憤り、不満が高まり、イランの体制変革へのうねりが起きることを期待していることは否定できない。
    ローハニ発言(8月6日付プレスTV記事)
    ボルトン発言(8月7日付ロイター記事)

    【米イラン関係】
    ◆7月27日、マティス国防長官は、ワシントンD.C.を来訪したアラウィ・オマーン外務担当相(注:オマーンはカブース国王が外相を兼任しているため、アラウィ外務担当相が実質的な外相とみなされている)と会談した。会談では、ホルムズ海峡の航行の自由をはじめとする地域情勢を中心に意見交換されたものとみられる。最近米・イラン間で激しい非難合戦が続いてきた(参考)ことに関し、同日、マティス長官は、記者会見やテレビ・イベントで次のとおり事態の鎮静化を意図したともみられる発言している。
    ●(トランプ政権がイランの体制変革や政権転覆を策定しているかを問われ)策定されたものは何もない。但し、彼ら(イラン)がイランの軍隊、シークレット・サービス、代行者、代理人とともに、彼ら(イラン)が突き付けているいくつかの脅威について行動を変えさせる必要がある。
    ●(豪州のメディアが、豪州政府筋は「米国が来月早々にもイランの核関連施設を爆撃する用意を整えている」とみているとし、軍事行動が差し迫っているとの見通しを報じたことについて)この報告は、「作り話」であり、(イランの核関連施設爆撃計画は)現時点で考慮されていないと確信している。
    マティス国防長官は、米国はイランの体制変革や政権転覆を意図していないと発言(7月28日付ロイター報道)
    マティス国防長官、オマーンの外務担当相と防衛関係を協議(7月27日国防省記事)
    (参考)米・イラン高官の発言・発信
    1.ローハニ大統領(7月22日):「私たちは常にこの海峡(注:ホルムズ海峡のこと)の安全を保証してきた。ライオンの尻尾をもてあそんではいけない。あなた方は、永遠に後悔するだろう」と警告し、「イランとの平和はすべての平和の母となり、イランとの戦争はすべての戦争の母親になるだろう」と付言。
    2.トランプ大統領(7月22日):イランのローハニ大統領へ「決してアメリカ合衆国を脅迫してはいけない。さもなければ、あなた方は歴史のなかでかつてほとんど例をみないほどの苦難に苦しむことになろう。我々は、暴力と死を表現するあなたの狂気の言葉をもはや我慢する国ではない。気をつけなさい。」(ツイッター投稿)
    3.ソレイマニIRGCコッズ軍司令官(7月26日):兵士として、あなた(トランプ)の脅威に対応するのは私の義務である。あなたが脅迫するのであれば、ローハニ大統領にではなく、私に話すべきである。我々の大統領の尊厳はあなたに答える立場にはない。我々は、あなたが想像することができないほど、あなたの近くにいる。来るなら来なさい。私たちは準備ができている。あなたが戦争を始めるなら、戦争を終わらせる。あなたはこの戦争があなたがたが所有する全てを破壊することを知っている。あなたは、ほとんどの国がこれまで支払ったことのない料金を支払わせると我々を脅す。トランプよ、これはナイトクラブとギャンブルホールの言葉である。

    (コメント)米国がイランとの石油取引を行う国や企業に制裁を課そうとしていることに対して、イランと米国の間で激しい非難合戦が続いている。先般、豪州のメディアが豪州政府筋を引用して、米国が来月、イランの核関連施設を爆撃すると報じて、一挙に緊張感が高まっていた。こうした中、マティス国防長官が、イランともパイプを有するオマーンのアラウィ外務担当相をワシントンD.C.に迎え、ホルムズ海峡の航行の自由をはじめとするイラン問題を中心とする地域情勢を話し合い、さらに、記者会見で、米国は現時点でイランの政権転覆計画を有していないとして、事態の鎮静化を図る冷静な発言を行ったことは時宜を得た適切な対応であったと考えられる。オマーンは、2013年にイラン核合意につながる米・イラン秘密交渉の場所を提供したことがあり、また、本年3月にはマティス国防長官がマスカットを訪問し、カブース国王と会談。直後にアラウィ外務担当相は、テヘランを訪問して、ローハニ大統領とも会談していた。今回の一連の動きは、ホルムズ海峡封鎖や紅海のタンカー通航妨害等の脅しが現実の軍事作戦を誘発しかねない恐れがあることから、マティス国防長官やホルムズ海峡を抱えるオマーンが事態の鎮静化を図ったものとみて間違いない。ただし、米政権内部では、バランスのとれた政策を支持してきたティラーソン(前)国務長官やマクマスター(前)国家安全保障大統領補佐官が次々に政権を去っていく中で、マティス国防長官とトランプ大統領の立場がどこまで調整されているのか気になるところである。

    【シリア情勢(イスラエルによるシリア軍機撃墜)】
    ◆7月24日、イスラエルは、イスラエル側境界内2kmの上空にシリア軍機が侵入したとして、対空防衛システムからの2発のミサイルを発射し、シリア軍戦闘機スホイ22が被弾し、ヤルムーク渓谷に墜落。シリア人パイロットは死亡した。
    ●ネタニヤフ首相コメント(24日):「我が防空システムは、T-4シリア空軍基地から発信しイスラエル空域に侵入したシリア空軍の戦闘機を認識。これは1974年のシリアとの兵力引き離し協定違反である。我々は、かかる違反を容認しないことを繰り返し、確認する。地上であれ、空からであれ、このような侵入や流入を受け入れない。シリア側は協定を遵守すべきと主張する。
    7月24日付ネタニヤフ・イスラエル首相コメント
    ●国営シリア通信(SANA)(24日):敵イスラエルは、ダラア県西方に近接するクネイトラ郊外にあるヤルムーク渓谷のテロリストの隠れ家を空襲していたシリア軍戦闘機を標的にした。このイスラエルの攻撃は、イスラエルが、テロリストを活用していることを再確認させたと軍事筋はSANAに伝えた。
    7月24日シリア国営通信報道

    (最近のシリア、イスラエル軍機の撃墜事例)
    1)2014年9月23日、シリア空軍スホイ24がイスラエル境界側800mの空域に侵入したとして、パトリオット・ミサイルで撃墜(墜落はシリア領内)。
    2)2018年2月10日、イスラエル空軍F16戦闘機がシリア中央部への攻撃後、シリア軍の対空防衛システムの攻撃を受け、墜落(イスラエル領内)。イスラエル側は、イラン製ドローンがイスラエル空域に侵入したとして、その報復で、シリア領内に攻撃をかけたと主張。

    (コメント)今回のイスラエルによるシリア軍機撃墜は、7月23日、ラブロフ外相、ゲラシモフ・ロシア軍参謀総長が、ネタニヤフ首相、リーベルマン国防相とシリア情勢等について会談した翌日に発生した。第4次中東戦争によってイスラエルに占領されたゴラン高原は1974年の兵力引き離し協定によって分離され、UNDOFが監視の任務についてきた。シリア内戦激化により、反体制派や旧ヌスラ戦線系統のジハーディストが同地を拠点とし、政府側部隊と対峙していたが、最近のシリア政府側部隊の大攻勢で、反体制派・ジハーディスト勢力は追い詰められ、それにシリア軍が激しい攻撃を加えていた。こうした中で、イスラエル空域を侵犯したシリア空軍機が撃墜された。イスラエル国防軍が手助けして、ホワイトヘルメット隊員・家族422名が22日までにイスラエル領内を通じてヨルダンに退去しており、シリア政府側は、今回の撃墜行為と合わせて、イスラエルがジハーディストを支援してきた証拠であるとの見方をとっている。23日のロシア外相・イスラエル首相会談では、シリアにおけるイランのプレゼンスについて話し合われ、ロシア側は、イラン軍部隊をイスラエル境界から約100km(62マイル)遠ざける提案を行い、イスラエル側は拒否したとも報じられたが、24日スプートニク通信が報じたクレムリン側近の話では、協議は建設的で、イスラエル側が拒絶したわけではなかったとも報じている(下記URL参照)。
    ラブロフ外相はエルサレムでイスラエル境界からのイランの撤退を協議-クレムリン筋(7月24日付スプートニク通信記事)

    【ミンダナオ島におけるイスラム自治政府発足に向けての動き】
    ◆ドゥテルテ大統領は、7月23日の第三回目の施政方針演説で、「私の政権は、イスラム教徒が憲法の枠組みの中で、彼らの運命を描くことを否定しない。任期中に約束を果たしたい。」と述べ、フィリピン南部ミンダナオ島におけるイスラム教徒による自治政府樹立に向けた「バンサモロ基本法」(Bangsamoro Organic Law:BOL)に近く署名し、成立させることへの意欲を示した。これが実現すれば、40年にわたりフィリピン政府とイスラム勢力の間で対立と暫定和平が繰り返えされてきたミンダナオ島(参考1)において、両者の関係が正常化し、同島内で今後実施される住民選挙を経て領域が決定したのち高度の自治統治機構(首相、議会、警察権力を有し、徴税権・予算編成・執行権ほかを有する)が誕生する(参考2)ことになる。
    7月20日付マニラ新聞記事
    (参考1)フィリピンのイスラム組織と政府との関係
    ●フィリピンには、約1億人の総人口の5%を占める500万人のイスラム教徒が存在するとされ、その多くは、ミンダナオ島に居住している。フィリピンにおけるイスラム教徒の歴史は、現在の80%以上を占めるキリスト教徒よりも長く、16世紀にスペインの植民者が来訪した際、イスラム教徒をスペイン語のMoor人を由来に、モロ人(Moros)と呼んだとされる。以来モロ人たちは、マニラの支配に反発し、「モロ人の国」を意味するバンサモロ(Bangsamoro)の独立、あるいは自治確保のために、中央政府に抵抗してきた。過去半世紀を振り返れば、人々が貧困、失業、政治的・経済的周縁化に直面したミンダナオ島では、政府軍と反体制側イスラム武装勢力あるいは共産主義者グループとが流血の衝突を断続的に発生してきた。
    ●70年代以降、分離独立の動きを警戒する政府とイスラム武装組織との間で、武力衝突(70年代以降10万人が犠牲になったといわれる)、停戦、自治、和平協議が繰り返されてきた。1989年には、イスラム教徒の自治を認める基本法(Organic Act、Republic Act No. 6734)が成立したが、住民投票の結果、賛成は4州(ラナオ・デル・ソル州、マギンダナオ州、スールー州、タウィタウィ州)にとどまり、4州でイスラム教徒自治地域(ARMM)が1990年11月6日発足した。しかし、当時の南部のイスラム教徒の中心的な組織モロ民族解放戦線(MNLF)は、基本法を拒否し、ラモス政権下でMNLFは4年間の交渉の末1996年政府との間で1976年OICが仲介したリビア合意実現のための合意を結んだ。しかし、イスラム陣営内の反発も強く、MNLFからは多くのグループが離脱し弱体化した。その結果、MNLFから分離したモロ・イスラム解放戦線(MILF)がその後の主導権を握ることとなった。MILFはミンダナオ中部を支配し、現在12,000名の兵士を抱えるとされる。政府とMILFはアキノ政権下で2012年10月に自治拡大で大枠合意を達成し、さらに同政権下で、2014年3月27日、政府はMILFと自治付与のための包括合意に署名したものの議会が否決し、和平協議は2015年、ママサパノの虐殺事件(注:2015年1月25日 BIFFは、MILFとともにママサパノ事件に関与。フィリピン治安部隊44名。MILF18名、BIFF関係者5名が犠牲になったとされる。 )等で一般国民の支持を失ったとされ、暗礁に乗り上げていた。
    (参考2)バンサモロ自治政府の収入見通し
    ●自治政府の年間収入は少なくとも1000億ペソ(注:現在の為替で約2080億円)以上とみられている。自治政府は、自治区域内で徴収された税金の75%を受け取る(25%は中央政府へ)。また、当会計年度の直前の第3会計年度から、内国歳入庁及び関税局が徴収した収入全体の5%に相当する包括的補助金(注:使い途を限定されない補助金)の交付を受け取る予定。包括的補助金の収益シェアは、約600億ペソと推定されているが、法制定後5年およびその後5年ごとに見直される。それに加えて、基本法は、紛争被災地域社会のために政府が500億ドルの特別開発基金を10年間にわたって配分することを義務づけ、バンサモロ自治区内の地方自治体が同分配を引き続き受けられるようにする。この地域はまた、鉱山や鉱物を含む天然資源の探査、開発、利用からのすべての収入を得るが、石油やその他の化石燃料、ウランの収入は中央政府とバンサモロ自治政府によって均等に分けられる。
    7月21日付フィルスター記事
    (コメント)2017年5月のISISに忠誠を誓ったアブ・サヤフ・グループやマウテ・グループのミンダナオ島南部マラウィ市占拠は、ドゥテルテ政権ならびに国際社会にISISの脅威がアジアにまで迫ってきたことを示す事態として、警鐘を鳴らした。これを放置しておくわけにはいかないフィリピン政府軍、警察部隊は、2017年5月23日ミンダナオ島マラウィ市においてフィリピン政府軍と警察部隊によるイスラム過激派掃討作戦を開始し、同日、ドゥテルテ大統領は、ミンダナオ島全土に戒厳令を発出した(2018年末まで有効)。当初政府側治安部隊は、過激派掃討に手間取り、ドゥテルテ大統領も、ミンダナオのイスラム教徒が過激派の側に走らないよう、中断していたバンサモロ基本法成立によるイスラム教徒の自治実現に向けての姿勢を示す必要に迫られていた。そこで、2017年7月17日、大統領は、政府職員とMILFのメンバーが共同で作成したフィリピンのイスラム教徒に対して自治を認める「バンサモロ基本法」草案の受領式に臨み、政治プロセスを前進させる姿勢をアピールした。その後政府軍は米軍の協力も得て、アブ・サヤフ・グループの首領イスニロン・ハピロンやマウテ兄弟を殺害し、10月17日に、マラウィ市解放が宣言された。今回の施政演説で示された「バンサモロ基本法」に関するドゥテルテ大統領発言は、引き続き、大統領がミンダナオのイスラム教徒の自治推進をサポートすることにコミットすることで、依然フィリピン国民の中に多い反対意見を封じ込めようとする狙いがある。7月23日の時点では基本法案の下院承認が未了であるものの、成立後、各自治体が、自治統治機構に加わるか否かの住民投票によって、バンサモロ自治区の領域が決定し、2022年には「モロ人」の自治政府が正式に発足することになる見通し。

    【シリア情勢(ホワイト・ヘルメットのシリア南部退去)】
    ◆7月21?22日にかけて、シリア軍が迫ってくる中、シリア南部反体制派支配地域で活動していたNGOであるシリア市民防衛隊(通称:ホワイト・ヘルメット)(下記参考参照)の隊員と家族は、イスラエル経由でヨルダンに脱出した。21日夜9時半ごろ、ゴラン高原のクネイトラに用意されたバスに一行が乗り込み、イスラエル国防軍(IDF)がオペレーションを支援した。当初、脱出した人数は800名とされたが、のちにヨルダン政府からは、422名と発表された。ヨルダン政府は、英国、独、カナダ(注:カナダは250名受け入れと報道された)が彼らを引き取るとの言質をとったうえで、3か月以内に彼らがヨルダンを出発するという条件で、ホワイト・ヘルメット関係者を受け入れたことを明らかにした。経由地となったイスラエルは、外務省声明で一行が米国や欧州諸国の要請に基づき、例外的な人道的配慮により、イスラエル領を通過して隣国に向かうことを認めたが、シリア内戦への不干渉政策は変わらないことを明らかにした。
    7月22日付ミドルイースト・アイ記事
    7月21日イスラエル外務省プレスリリース

    (参考)ホワイト・ヘルメットとは:2013年3月イスタンブールで開催された会合で、退役英軍将校であるJames Le Mesurier(ジェームス・ル・メスリエ)が、シリア国民評議会(SNC)やカタール赤新月連盟の代表者と会合し、それが契機となり設置されたとされる。同月初旬、カタールで開催されたアラブ連盟会合で、SNCは政権に替わってシリアを代表する座席を占めた(以上、former US marine and UN weapons inspector, Scott Ritterの説明)。同人が運営するオランダ登録のNGOであるMayday Rescueは、ホワイト・ヘルメットを支援しており、同組織は、オランダ、英、デンマーク、独、米国USAIDの支援を受けているとされる。ホワイト・ヘルメットへのAIDを通じた米国の支援はオバマ大統領時代から続いていたが、2018年5月トランプ大統領は支援を一時凍結。但し、翌6月には6.6百万ドルの援助を再開した。ホワイト・ヘルメットは創設後、200名の隊員が死亡し、500名が負傷したとされる。
    ジェームス・ル・メスリエとは如何なる人物か(2018年2月6日付AHTribune記事)

    (コメント)西側メディアからは、シリア政府軍やロシア空軍の爆撃を受けたビルの瓦礫の中から勇猛果敢に自らの命の危険を顧みず、負傷した子どもたちを救出するヒーローと宣伝されてきたのがシリア市民防衛隊、通称ホワイト・ヘルメットで、一時期ノーベル平和賞の候補に挙げられたこともあった。ホワイト・ヘルメットが撮影した映像は、世界中にアサド政権が如何に非人道的な攻撃を市民に加えているかという強い印象を植え付けてきた。一方で、ホワイト・ヘルメットについては、米国や欧州からテロ組織に指定されているアルカーイダとのつながりが指摘されるヌスラ戦線やそれをベースに組織されたシャーム解放機構が支配する地域で救援活動と撮影を行っており、アサド政権やそれを支えるロシアは、ホワイト・ヘルメットがジハーディストと連携して、西側の資金を受けて政権打倒に向けての国際世論を喚起するプロパガンダ機関とみなしてきた。これらの見方のどちらに与するかは、現シリア政権に対する立場の違いで変わってくるものの、今回のホワイト・ヘルメット脱出劇で明らかになったことがある。それは、ホワイト・ヘルメットの活動を、一般市民の募金というよりはむしろ、欧米の政府が一体となって英国の退役将校が設立した団体を通じて、資金提供、訓練、その他で支えていたという事実である。これまでも、政権側によるアレッポやホムス、東グータ等拠点都市の奪還において、国際社会からは一般市民の犠牲が増えることに対する強い懸念が発信された。しかし、欧米諸国が、シリアの一般市民(今回は南部のシリア人35万人が避難したとされる)とは別に、これほど迅速に一定数の特定集団に限って脱出者の引き受けを表明したこと、それが、米国、カナダ、欧州、ヨルダン、イスラエル間といった国際連携プレーの下で実施されたことはなかった。ロシアがシリアの後ろ盾になっている状況で、ホワイト・ヘルメットが純粋に人道援助のみを行っていたのであれば、彼らに一般市民以上に重大な危険が差し迫るということは考えにくい。欧米が恐れたのは、ホワイト・ヘルメット隊員から、欧米のホワイト・ヘルメット支援の内容や活動の実態(シリアやロシアは、本年4月7日の東グータ地区デューマで政権側により化学兵器が使用されたとするホワイト・ヘルメットによる映像についても、のちに被害者とされた少年や治療にあたった医師からでっち上げとの証言の映像とともに反論している)が明らかになることではなかったと考えられる。今回の一連のオペレーションは、7月11日、12日のブラッセルにおけるNATOサミットで緊急に取り上げられ、脱出を円滑に実施するためにアサド政権を支えるロシアの保証をえるため、7月11日のネタニヤフ・プーチン会談、同16日のヘルシンキにおけるトランプ・プーチン会談でも話し合われたとみるのが妥当である。ロシアが一連のオペレーションに保証を与えていたことは、7月22日、サファーディ・ヨルダン外相がラブロフ・ロシア外相にホワイト・ヘルメット隊員・家族の到着を直ちに電話で伝えたことからも、伺われる。

    【イスラエル(ユダヤ人国民国家法の成立)】
    7月19日、イスラエル国会(クネセト:議席数120)で、賛成62、反対55(棄権2)で、ユダヤ人のみに自決の権利を認めたユダヤ人国民国家法が成立した。同法は、国の基本法と位置付けられ、最高法規に準ずる地位を有することになることから、150万人のアラブ系市民を代表するアラブ系議員からユダヤ人市民の優位を規定するものとして激しい反発があったが、法案推進派は、イスラエル国が「ユダヤ人の国民国家である」と法的に位置づけることの象徴的意義を重視。
    (ユダヤ人国民国家法の構成)
    1.イスラエル国
    ①イスラエルは、ユダヤの人にとっての歴史的な郷土であり、そこにイスラエル国が建国された。
    ②イスラエル国は、ユダヤ人の国民国家であり、そこではユダヤ人が、自決のための国家的、宗教的、歴史的権利を行使する。
    ③イスラエル国における自決権の行使は、ユダヤ人に限られる。
    2.イスラエル国のシンボル
    国名(イスラエル)。以下、国旗、国のシンボル(燭台)、イスラエル国歌(Hatikvah ;ハティクヴァ;希望)を規定。
    3.統合されて、完全なエルサレムがイスラエルの首都である。
    4.イスラエル国における言語
    ①ヘブライ語は国家の言語。
    ②アラビア語は、国内で特別な地位を有する。国家機関におけるアラビア語の規則とそれへの対処は、法律によって規定される。
    ③この条項は、基本法が制定される前にアラビア語に与えられたステータスを変更するものではない。
    5. 国家はユダヤ人の移民と在外居住民の集団に開放されている。
    6.離散民(ディアスポラ)
    ① 国家は、ユダヤ人であることやユダヤ市民であることをもって問題に巻き込まれ、とらわれているユダヤ人とその子息たちの安全確保に取り組む。
    ②国家は、ユダヤ人の文化的、歴史的、宗教的遺産をユダヤ人離散民の間で維持するよう行動する。
    7.国家はユダヤ人の入植地を国家的価値とみなし、その設置と発展を奨励し、促進するために取り組む。
    8.ヘブライ暦は国家の公式カレンダーであり、それに沿って世俗カレンダー(注:西暦)も公式カレンダーとして機能する。ヘブライ暦と世俗暦の使用法は法律で定められる。
    9.国家の休日
    ①独立記念日は国家の公式休日。
    ②イスラエルの戦争に関与した人々のためのメモリアルデー、ホロコーストと勇気のためのメモリアルデーは、国家の公式の記念日である。
    10.土曜日とユダヤ人の祝日は、国にとっての安息のための公式の日である。ユダヤ人以外の人々は彼らの休息日や休暇を尊重する権利がある。これらの事項に関する詳細は、法律によって決定される。
    11.この基本法は、大多数のクネセトメンバーの承認を得た基本法を除き、変更することはできない。
    ユダヤ人国民国家法全文(7月19日付エルサレム・ポスト報道)
    (コメント)イスラエル国には成文の憲法は存在せず、最高位にあるのが1948年4月14日のイスラエル独立宣言であると考えられている。同宣言には、「イスラエル国はユダヤ人移民および離散民の集合のために開放され、そのすべての住民の利益のために国家の発展を促進し、イスラエルの諸預言者によって予言された自由、正義、および平和に基づき、宗教、人種、あるいは性にかかわらず、すべての住民の社会的、 政治的諸権利の完全な平等を保証し、すべての宗教の聖地を保護し、国際連合憲章の原則に忠実でありつづける。」とうたわれている。この中では、今回の基本法第5条に共通する「イスラエル国はユダヤ人移民および離散民の集合のために開放される」とあるものの、同時にすべての住民の社会的、政治的諸権利の平等性を強調している。今回成立した基本法は、ユダヤ人以外に自決権が否定されたこと、ならびに国家の言語をヘブライ語のみと位置付けたこと等により、イスラエル人口の約2割を占める民族的マイノリティであるアラブ市民に対するユダヤ人市民の優位性を法的に位置付けたものといえる。具体的な政策面でも、統一され、完全なエルサレムがイスラエルの首都であることを基本法で位置付けていること、国際社会から批判が強い入植地の拡大・強化を促している点でも問題がある。

    【米ロ首脳会談(中東関連注目点)】
    7月16日ヘルシンキで実施された米ロ首脳会談後に実施された共同記者会見のうち、中東関連の発言の主要点次のとおり。
    1.シリア情勢
    (プーチン大統領)
    (1)我々はシリアを含む地域の危機について話した。 シリアに関しては、その国の平和と調和を回復することは、共同作業の成功の一例になりうる。両国は、この問題の主導権を握り、人道危機を乗り越え、難民が自分たちの故郷に戻るのを手助けするための協力を整えることができる。シリアに対する効果的な協力のために必要なすべての要素が存在する。 特に、ロシア・米両軍は、空と地上でのやりとりと調整の有用な経験を培っている。
    (2)テロリストがシリア南西部、いわゆる「南部地帯」から一掃された後、ゴラン高原の状況は1974年のイスラエルとシリア軍の兵力引き離し協定と完全に合致しなければならない 。これにより、ゴラン高原に平穏をもたらし、シリア・アラブ共和国とイスラエル国との間の停戦を回復させることが可能になる。 トランプ大統領は今日この問題に特に注意を払った。 私は、ロシアがこの出来事に関わっていることを強調したい。 これは、国連安全保障理事会決議338に基づいた公正で永続的な平和を確立するための一歩となる。
    (3)我々が人道的協力について話し合ったことをお知らせした。 私はこの問題について、マクロン仏大統領(注:FIFAサッカーワールドカップ決勝戦観戦のためロシアを訪問)と昨日話し合った。私たちは、仏をはじめとする欧州諸国と協力してこの取り組みを進めることに同意した。 我々は、人道的貨物輸送のために軍用輸送機を手配する用意がある。 トランプ大統領とも話したが、私はここに進展の余地があると信じている。
    (4)現在、トルコ、レバノン、ヨルダンなど、シリアと国境を接する国には多数の難民が集中している。 これらの人々が帰国するのを手助けすれば、EU加盟国や他の国への移住圧力は何倍も減らすことができる。 私は人道的観点と難民問題解決の観点から、これが極めて重要であると考える。
    (トランプ大統領)
    (1)長らく議論したが、シリアの危機は複雑である。 両国間の協力は数十万人の命を救う可能性を秘めている。 私は米国が、イランがISISに対する軍事作戦の成功から恩恵を受けることを認めないことを明らかにした。 我々はその地域でISISを撲滅した。
    (2)我々は何十年もの間、イスラエルと協力してきた。 我々以上に近しい国はない。 プーチン大統領もイスラエルを支援しており、我々はともにネタニヤフ首相と話をしている。 シリアに関して、イスラエルの安全と関係する特定のことを実行したいと思う。我々はイスラエルを支援するために取り組みたいと考えており、イスラエルは我々と協力しており、両国は共同して作業するであろう。 私は、ISISの根絶という特定分野の進展を眺めると、約98、99%は達成されており、その他の分野でも、率直に言って、 ロシアはある意味で私たちを助けている。私はイスラエルと働くことはすばらしいことだと確信している。イスラエルの安全を構築することは、プーチン大統領と私がともに望んでいることである。
    (3)我々の軍隊はうまくやっている。 実際に、我々の軍隊は現実に長年にわたって政治指導者よりもおそらくよくやってきており、我々の軍隊はこれからもうまくやり、シリアや他の地域で調整を行っていく。

    2.米国のイラン核合意からの離脱
    (プーチン大統領)会談では、米国のイラン核合意(JCPOA)離脱に対するロシアの懸念について公然と議論した。 米国は我々の立場を承知している。 それに変化はない。 核合意により、イランはIAEAにより最も厳しい査察を課される国となった。 これにより、イランの核計画が完全に平和的な性格に留まることが保証され、核不拡散体制の強化が促進される。

    3.エネルギー問題
    (プーチン大統領)この話題(注:Nord Stream 2パイプライン建設により、ウクライナを迂回して欧州にガスを供給する可能性)を含め、トランプ大統領と話した。 我々はトランプ大統領の立場を承知している。ロシアは、主要な石油・ガス産出国であり、米国もそのような国であり、下限を下回る価格の急落を歓迎しない。我々は、国際市場に秩序をもたらすべく建設的に協働できると確信している。 シェール石油・ガスを生産する米国を含む我々生産者は、これによって影響を受けるからである。(エネルギー)生産の利益率は、一定水準を下回っているからだ。 一方、我々は、過度に高い(エネルギー)価格も歓迎しない。精錬、エンジニアリング、およびその他の経済部門を破壊するので、議論すべき点があり、協力の余地がある。 次に、Nord Stream 2に関して、大統領はウクライナ通過終了の可能性について懸念を表明した。 私は、ロシアがこの輸送を維持したいと考えていることを大統領に保証した。
    米ロ首脳会談後の共同記者会見(7月17日付ロシア大統領府サイト)

    (コメント)プーチン大統領とトランプ大統領は2時間にわたって通訳を交えただけで両首脳のみの会談に臨んだ。会談の中身については、当事者以外が知る由もないが、それでも記者会見から、ある程度推測することができる。中東情勢については、シリア問題が中心であった。トランプ大統領のメッセージは、①ISIS駆逐の恩恵をイランが得ることは許さない、②イスラエルの安全を守る、という2点で、これは、シリアの軍事情勢が落ち着いた段階で、イランのシリアにおけるプレゼンスを米国は認めないという意味であり、これに対して、プーチン大統領は、イランについては直接言及することなく、イスラエルが懸念するゴラン高原の安全保障について、1974年の兵力引き離し協定に基づく、シリア内戦ぼっ発前のシリア・イスラエル間の状態に戻すべきであるとの見解を明らかにした。これは、シリア領内のイランのプレゼンスを解消すれば、米、イスラエルともにアサド政権の支配にこだわらないことを示唆したものとも受け止められる。シリア情勢に関しては、プーチン大統領が、米国が参加していないトルコ、ロシア、イランがスポンサーになっているアスタナ・プロセスに米国が協力し、より広範なスキームでシリアの和平を実現し、シリアの安定を確保することにより難民の早期帰還を促すことに期待を表明したことも注目される。本首脳会談の直接的効果としては、プーチン大統領が、エネルギー価格の一定水準以下の下落同様、急激な上昇も望まないと発言したことに市場が反応して、原油価格が低下したことがあげられる。

    【シリア情勢他(イスラエル首相、イラン最高指導者外交顧問のプーチン大統領との会談)】
    ◆プーチン・ロシア大統領は、7月11日ネタニヤフ・イスラエル首相と、翌12日ベラヤティ・イラン最高指導者外交顧問とそれぞれ会談したところ、記者会見等における会談要旨次のとおり。
    1.ネタニヤフ・プーチン会談
    ●ネタニヤフ首相よりプーチン大統領に対し、アサド政権に対して行動する意思はない。イランをシリアから追い出してほしい、と要請。ロシアは既にイラン人部隊をゴラン高原から80km遠ざける提案を行っていたが、シリア領全体からの退去を求めるイスラエル側と折り合いがついていない。
    ネタニヤフ首相はプーチン大統領に、アサド政権を攻撃する気はないとして、イランのシリアからの退去を働きかけ(7月11日付ミドル・イースト・アイ報道)

    2.ベラヤティ・プーチン会談
    ●ベラヤティ顧問より、プーチン大統領にハメネイ最高指導者ならびにローハニ大統領からのメッセージを伝達。会談は約2時間続いた。ベラヤティ顧問は、ロシアの大手企業との40億ドルの石油取引が近い将来に開始されると発言し、ロシアの他の大手石油会社2社も、イランと100億ドル相当の初期契約を結んだと付言。そして、プーチン大統領によると、イランとロシアの石油協力は、500億ドルに達する可能性があり、ロシアは米国の制裁によりイランを去った西側企業を肩代わりすることができると付け加えた。さらに、ベラヤティ顧問は、両国の原子力協力に触れ、ロシアの支援を受けてイランに1000MWの原子炉が建設されており、他の2基の原子炉が建設中であると述べた。
    ロシアは500億ドル規模をイランの石油部門に投資する用意あり(7月12日付mehrニュース報道)
    (コメント)7月16日に予定されているヘルシンキでの米・ロシア首脳会談を前にして、相対立するイスラエル、イランからプーチン・ロシア大統領への働きかけが活発化している。ネタニヤフ首相のプーチン大統領へのメッセージは明快で、シリアのアサド支配自体に介入するつもりはないが、アサド政権を支えるイランがシリアから退去するようイランに圧力を行使してほしいということであった。プーチン大統領は、5月にネタニヤフ首相と会談した後、アサド大統領をロシアのソチに招いて会談しており、イラン人部隊のイスラエルとの境界方面からの退去について話し合ったものとみられている。ロシアとイランはシリア内戦においてはともにアサド政権を支え、シリア停戦を支えるアスタナ・プロセスでも重要なパートナーではあるが、エネルギー問題等ではロシアとイランの立場は一致していない。6月下旬のOPEC総会では、サウジがロシアと調整して、イランの反対にもかかわらず原油増産を決定したとみられており、また、米、イスラエル、サウジがシリア領からのイラン人部隊の退去についてロシアに働きかけを行い、ロシアがその意向を実現する方向で落としどころを探っているのではないかとの見方からイラン側高官からロシアへの不信感が表明されることもあった。今回のベラヤティ顧問のロシア訪問は、米・ロシア首脳会談を直前に控え、シリアからのイラン人部隊撤退の流れが既定路線化しないよう楔を打ち込むこと、そして、トランプ政権が経済制裁を示唆してイラン原油の取引国に圧力を行使している中で、イラン核合意の当事国であるロシアがイランに対して石油部門での協力を継続することを確認する狙いがあったとみられる。ベラヤティ顧問のメディアへの発言をみる限り、石油部門での二国間の協力継続については、ロシア側からの一定のコミットメントは得られたものとみられる。イラン人部隊のシリア退去については、シリア政府軍のヨルダン国境付近までの奪還が実現すれば、段階的にイラン人部隊のシリア領内でのプレゼンスを解消する方向で、プーチン大統領は影響力を行使するのではないかとみられる。

    【トルコ新政権発足】
    7月9日、去る6月24日投開票された大統領選挙、国民議会選挙で、政治の実権を掌握することになったエルドアン大統領は新閣僚を任命し、公表した。閣僚数は、これまでの25から16に減少した。新たに副大統領ポストが設けられ、オクタイ前首相府事務次官(災害緊急事態管理局総裁も兼務)が就任した。外務、法務、内務の3名の閣僚が留任した。注目人事として、財務相にエルドアン大統領の娘婿のベラト・アルバイラック氏が任命された。また、国防相にアカル前参謀総長が昇格した。女性閣僚は2名であった。留任した3名の閣僚と横滑りのバイラック氏は、国民議会選挙で公正発展党(AKP)から立候補し当選したが、閣僚ポストと兼務できないため、議員を辞任し、AKP議員数は、295から291に減少した。
    (新政権閣僚名簿)(副大統領、各閣僚の人物像は、ディリーサバーハ記事参照)
    ◆フアト・オクタイ副大統領(前職:首相府事務次官、トルコ災害緊急事態管理局総裁)
    ①メブリュト・チャブシュオール外相(留任)
    ②ズィヤー・セルチュク国民教育相(前教育委員長)
    ③ムラト・クルム環境・都市計画相(不動産開発会社代表)
    ④スレイマン・ソイル内相(留任)
    ⑤メフメト・エルソイ文化観光相(観光専門家で実業家)
    ⑥ファフレッティン・コジャ保健相(医科大学卒業。Medipal病院オーナー)
    ⑦ベラト・アルバイラク国庫・財務相(エネルギー天然資源相から横滑り。大統領娘婿)
    ⑧アブドル・ハミート・ギュル法相(留任)
    ⑨ファーティヒ・ドンメズ・エネルギー天然資源相(前職:エネルギー省次官)
    ⑩フルスィー・アカル国防相(国軍参謀総長から昇格)
    ⑪ゼフラ・ズムリュット・セルチュク労働・社会政策ス・家族相(前職:統計・情報局長。閣僚の中で最年少39歳)
    ⑫ベキル・パクデルミリ農業・森林相(セルラーサービス・プロバイダー、BIMディスカウントショップ、アルバラカ・パーティシィペーション銀行等の経営者)
    ⑬ルフサル・ペクジャン貿易相(前職:トルコ商業会議所連合(TOBB)・女性起業家協議会副議長、エンジニアリング会社CEO)
    ⑭メフメット・カサプオール青年・スポーツ相(前職:スポーツ振興くじ機構代表)
    ⑮ムスタファ・ヴァランク産業技術相(前職:首相府、大統領府アドバイザー、大使を歴任)
    ⑯メフメト・ジャーヒト・トゥラーン運輸・インフラ相(北部マルマラ高速道路を管轄するコンソーシアムのCEO)
    トルコ新政権発足でガバナンス革新に着手(7月11日デイリーサバーハ紙)

    (コメント)最低5年間の絶対的権力を手にしたエルドアン大統領率いるトルコでは、議院内閣制が廃止され、首相、副首相ポストもなくなり、大統領直轄の政府が誕生した。9日発表された閣僚名簿には、議会選挙で連立を組んだ民族主義者行動党(MHP)からの入閣者はなかった。パレスチナ問題やロヒンギャ問題等で世界のイスラム教徒の擁護者として存在感を高めるエルドアン大統領の弱点は、悪化するトルコ経済の立て直しである。投資家の信頼が厚いとされていたシムシェッキ経済担当副首相が政権外に出て、替わりに娘婿のアルバイラク前エネルギー天然資源相が国庫・財務相に任命された。これを受けてトルコ・リラの対ドルレートは急落した。さらに、中央銀行総裁や副総裁、金融政策委員会の委員を大統領が任命する大統領令も発出され、これにより、金融政策への大統領の介入が強まるとの見方からトルコ・リラのレートはさらに下落した。アルバイラク氏は、エルドアン大統領の長女エスラと2004年7月に結婚し、2016年7月15日のクーデター未遂事件勃発の際も、マルマリスの別荘で、エルドアン大統領と一緒で、直後のイスタンブール乗り入れへの飛行でも大統領に同行したほどの、信頼厚い親族かつ側近中の側近である。内閣では2015年11月からエネルギー相を務めてきた。エルドアン大統領は否定しているものの、ロシア等から一時期ISISの石油密輸を手助けしていると非難されたこともあった。英語は堪能で、政府に近いディリーサバーハ紙を所有し、最近までコラムも担当していた(以上、下記URL参照)。エネルギー分野では一定の実績のあるアルバイラク氏であるが、エルドアン大統領の、金利を下げる意向表明も災いし、トルコ・リラの価値をどのように回復し、また、インフレを抑え、外国からの投資をどのように促進していくのか、新政権発足直後の市場の反応を見る限り、エルドアン政権の経済運営の新たな船出は、期待よりはむしろ不安をもって受け止められているといえる。
    なお、今回の新政権発足にあたっては、閣僚機構の改編のみならず、大統領府の部局や委員会の再編も行われており、大統領令で、65あった各種委員会は、9に絞り込まれた(①科学技術革新政策、②教育政策、③経済政策、④安全・外交政策、⑤司法政策、⑥文化芸術政策、⑦保健食糧政策、⑧社会政策、⑨地方自治政策)。これらの委員会は、大統領の下で、政策提言を行う等シンクタンク的な役割を担うとされている。また、大統領府の部局として、①デジタル化促進、②財政、③人的資源、④投資の4部局が新たに設けられた。また、参謀本部、国家安全保障委員会、宗教事項局、国家統轄評議会、トルコ福祉基金、防衛産業局、MIT(インテリジェンス機関)も大統領直轄となる(以上、下記URL参照)。権力が大統領に集中したこれらの新機構が円滑に機能するのか、各省との調整にひずみが生じないのか等今後の状況の展開を見守る必要がある。
    エルドアン大統領娘婿新政権のスタートして登場(7月10日付Yafoo記事)
    最初の大統領令によりトルコの統治システム再編(7月10日付ヒュリエト・ディリーニュース記事)

    【米国の対イラン制裁再開(イラン政府、インド政府の対応)】
    ◆イランは、トランプ政権がイランのビジネスパートナーに対し11月4日までにイランの石油輸入を「ゼロ」にしないと制裁措置を発動すると警告したことをうけ、石油輸出を続ける方法を検討している。エスハグ・ジャハンギリ第一副大統領は、国営テレビで放送された経済イベントの演説で、イランの原油は商品取引所に提供され、民間部門は透明な方法でそれを輸出することができると述べた。

    中国に次いでイランの原油輸入の2番目の買い手であるインドは、モディ首相がインドは国連制裁以外の一方的な制裁には組しないと述べていたにもかかわらず、米国の金融システムにおけるインドのエクスポージャーを守るために、イランからの石油輸入の「劇的な削減またはゼロ化」に備えるよう精製業者に6月28日にすでに申し渡している。
    イランは石油輸出を阻止しようとの米国の試み打破を誓う(7月1日付アルジャジーラ記事)
    インドはイラン産原油削減に備えようとしている(6月29日付アルジャジーラ報道)

    (コメント)イラン産原油輸入国に対する米国とイランの駆け引きが熱を帯びてきている。6月27日、ニッキー・ヘイリー米国国連大使は、シーク教徒である両親の母国インドを訪問し、モディ首相と会談し、米側は原油輸入の削減を求めた。ヘイリー国連大使は、インドの資金で建設が進むイランのチャーバハール港についても話し合ったとされる。同港は2019年開港の予定で、パキスタンが中国の支援を受けて整備しているグワダル港から100キロほどの距離にあり、オマーン湾に面している。港湾建設は、インド、イラン、アフガニスタンの協力プロジェクトでもあり、この港湾とアフガニスタンを陸上で結ぶことにより、アフガニスタンは、パキスタンを経由せず中央アジア、ロシア、そして欧州との間で物流を促すため、港湾開港への期待が高い。米国にとっては、米軍が駐留するアフガニスタンの復興と安定は重要な政策課題であるものの、イランの港湾を通じて物流が活発化することは看過できない立場にある。インドは、イランとの間で制裁下でも限定されたレベルでの石油取引を継続してきたが、ヘイリー大使のモディ首相との会談の翌日、インド石油省が、国内の精製業者を集めて、イラン産原油の大幅削減ないしゼロ化に備えるよう指示したことは、インドとしては、全面的に米国の要求を突っぱねることはしないと示唆したものといえる。こうした中、イランのジャハンギリ第一副大統領は、米国の制裁回避のための方策のひとつとして、国営石油会社(NIOC)が直接取引するのではなく、イランの民間企業に石油輸出業務を開放して、イランとしての全体的な取引量の減少が生じないよう取り組む意向を表明した。そして、サウジがトランプ大統領のサウジ国王への石油増産要請を受け、イランの原油生産目安の減少分を肩代わりしようとするのであれば、OPECのシステムを破壊し、イランへの背信行為であるとして激しく反発している。
    ヘイリー米国連大使モディ首相にイラン産原油輸入の削減の重要性を表明(6月28日付ロイター記事)
    インドは2019年までのチャーバハール港開港を期待(6月22日付ヒンズスタン・タイムズ報道)

    【米国の対イラン制裁再開(トルコの対応)】
    ◆6月27日、ニハット・ゼイベキジ・トルコ経済相は、米国の(諸外国に対するイラン産原油の輸入量を11月4日までにゼロにするようにとの)決定は、我々にとって拘束力のあるものではない。 もちろん、我々は国連の決定に従う。 それ以外には、自分たちの国益に従うだけである。 さらに、我々は友人イランが不公正な行為に直面しないように留意する、と発言。一方、6月30日トランプ米大統領は、サウジのサルマン国王と電話会談した際、200万b/dの増産をサウジ国王が約束したとツィートした(下記URL参照)。ザンギャネ・イラン石油相は、キルクーク油田で産出された原油をイランに輸送し、替わりにイラン石油をイラク南部に輸送するスワップ構想(参考1)実現に期待を表明した。
    米国によるイランとの石油取引停止要求は、トルコへの拘束力なしとトルコ閣僚発言(6月27日付ヒュリエト・ディリーニュース記事)
    リヤドはトランプ大統領の石油増産要請にサウジ国王が同意したとの報に触れず(6月30日付アルジャジーラ記事)

    (参考1)ザンギャネ・イラン石油相は、イランは現在3万b/dのイラク・キルクーク油田の原油をトラック輸送により受け入れているが、パイプライン建設によりこの規模を10倍にして、イラク産原油をイランが引き取り、一方、イラン産原油をイラク南部に輸送するスワップ構想実現をイラク中央政府やKRG関係者に持ち掛けている。
    イラン閣僚:キルクーク・パイプラインは現在の(イランへの)原油輸送量を10倍にすることができるとOPEC総会の機会に発言(6月22日付Rudaw報道)

    (コメント)2017年イラン産原油輸入量第4位のトルコは、11月4日までにイラン産原油輸入量をゼロにすべきとの米国の要求に従わない意向を表明した。米国は6月26日国務省高官が中国やインドや日本、韓国を含めあらゆる国に対してイラン産原油輸入取引を停止するよう求め、イランとの取引を続ける国や企業に対して制裁を課す意向を表明していた。すでに仏のトタールは、イランにおける天然ガス開発事業からの撤退を発表しており、米国は日本など友好国が米国の要求の背景を理解し、協力することを期待している。米国は、秋の中間選挙をにらんでガソリン等石油製品の価格高騰を防ぐため、先のOPEC総会でも産油国が増産に踏み切るよう働きかけていたが、トランプ大統領のツィートどおりであれば、サウジは、米国に200万b/dの増産に応じる意向を伝えたことになり、これはOPEC総会の機会にサウジのファーリフ・エネルギー相が言及した100万b/d増産の2倍の量をサウジが1国でコミットしたとも解釈できる。米国は、イラン産原油の輸入国に対して、減少する輸入量をサウジ等が補填するので安心して協力してほしいとの説得材料を手元に置いておく必要があるものとみられる。しかし、2017年のイラン産原油最大の輸入国中国は、人民元建ての原油取引を行う可能性があり、また、国連の制裁以外は受け入れないとするインドも米国の要求に容易に従うとは考えにくく、米国の思惑通り、イランにとっての生命線である原油取引をゼロに持ち込むことは困難であるとみられる。他方で、米国の措置は既にイラン経済の先行きに対する不安を煽り、イランの通貨価値が下落しており、バザール商人のストライキも発生した。仏に拠点をおくイラン抵抗国民会議(参考2)は6月30日自由イラン集会を開催し、ラジャヴィ代表や来賓は今ほどイランの体制の転換に近づいたことはなかったとして革命政権打倒に向けての運動を鼓舞した。イランの政権は、イラン国民に対して、米国の制裁にもかかわらず、イランの経済・財政は持ちこたえることができるという具体的な保証を示す必要に迫られるものとみられる。こうした中で、イランにとって、トルコや中国、インド等石油取引のある国々あるいはイラン核合意の当事者である欧州が、米国の圧力の中でどのような貿易措置を打ち出すのか正念場に差し掛かっているといえよう。

    (参考2)イラン抵抗国民会議(National Council of Resistance of Iran:NCRI)1981年マスウード・ラジャヴィらが主導して創設。イラン革命体制の打倒をスローガンに掲げる500名の議員からなる亡命革命評議会。評議会は男女半数ずつで構成。イラン人民ムジャーヒディーン機構/ムジャーヒディーン・ハルク(PMOI/MEK)が代表的勢力。マスウードの妻のマルヤム・ラジャヴィが暫定議長(President-elect of the NCRI)。年1回NCRIが主宰してパリで開催される「自由イラン集会」には10万人規模が参加し、例年欧米、イスラエル、サウジからも著名人が出席。10万人が参加した本年6月30日の集会には、トランプ大統領側近のジュリアーニ元NY市長やギングリッチ元米国下院議長らが出席して、政権転換の見通しが高まっていると発言。
    トランプ大統領に近いジュリアーニ氏やギングリッチ氏はイラン反体制派集会で、イランの体制は終わりに近づいていると発言(6月30日付ミドル・イースト・アイ報道)

    【米国の対イラン制裁再開(イラン産原油取引完全停止要請)】
    ◆米国は、5月8日に宣言したイラン核合意離脱に伴い、対イラン制裁を再開しており、イラン産原油取引を行っている国々に対して、180日を経過する11月4日までに輸入量をゼロにするよう求めているところ、26日国務省担当者が行ったテレコンファレンスの主要点次のとおり。
    1)輸入量をゼロにするとのことか:そのとおり。
    2)期限は11月5日か:11月4日までということ。
    3)11月4日までにゼロにすべきなのか、あるいは減らすプロセスを開始すればよいのか:ゼロにすべき。既にプロセスは始まっている。
    4)適用除外を認めるのか:5月21日に国務長官が指摘した通り、本件は国家の安全保障上の優先事項のひとつであり、適用除外を認める考えはない。
    5)イラン産原油輸入国との関係(下記国別輸入シェア参照)
    ①トルコ:トルコにも取引停止を求める。まだ、トルコを訪問していない。
    ②中国・インド:中国やインドの企業も取引を続ければ制裁の対象になる。中国、インドをまだ訪問していない。
    ③欧州:プジョーの例でも明らかなようにイランはビジネスを行う上でリスクの高い国であるとみなされている。5月8日の決定以後、イランの投資環境は極めて悪化しており、企業はお金を稼ぐことができない国であるとみなしており、経験上、(欧州の)各企業は二次制裁(回避)を尊重する(すなわち、イランと取引しない)と考えている。
    ④日本:日本の回答が他の石油輸入国とさほど異なるとはみていない。日本にとっての試練(challenge)である。日本のイラン原油輸入量は、自主的に低水準にとどまっている。それは、我々が日本に政策変更を働きかけてきているからであり、日本は米国との関係にかんがみ、また、イランに対して最大級の経済的圧力を行使すべきとの国務省やホワイトハウスの決意が真剣であることを理解しているからである。
    6)イラン原油輸入減少に伴う代替措置:グローバルなレベルでの石油供給が影響を受けないよう、中東のパートナーと(減少分の追加供給につき)協議している。
    6月26日米国務省担当者によるテレコンファレンス
    (参考)2017年のイラン産原油・コンデンセートの輸入国別シェア
    第1位 中国 24%
    第2位 インド 18%
    第3位 韓国 14%
    第4位 トルコ 9%
    第5位 イタリア 7%
    以下日・仏・UAE 各約5%、その他 13%
    (出所)eia clipper data
    (コメント)米国務省担当者のコメントをフォローする限り、米国はイラン産原油輸入国に対して、11月4日までに、輸入量を減少させるのではなく、ゼロにするよう極めて厳しい要求を突き付けている。米国務省担当者は、6月18日から20日にかけて日本、韓国を訪問し、このメッセージを伝えたようである。他方で、輸入量が日本より多い中国、インド、トルコはこれから訪問し、同様のメッセージを伝えるようである。日本は、2017年イラン産原油を17.2万b/d規模で輸入しており、また、2015年の制裁解除以前も、限定されたレベルではあるが、原油の輸入を継続してきており、現在、米国と中国、インド、トルコ、欧州、韓国の協議の動向を探りつつ、一定条件での適用除外を受けることができないか模索しているものとみられる。中国、欧州は、イラン核合意を支持し、また、現在米国との貿易戦争に突入しており、インドは、先般モディ首相が、国連で決めた制裁以外を受け入れる用意はないと発言し、また、トルコも、イランとの経済関係を強めており、これらの国々が米国の思い通りに、原油取引完全停止に応じるとは考えにくい。他方で、個々の企業レベルでは、米国との直接間接の取引への影響、ドル決済等を考慮し、イランとの取引から撤退するケースが相次ぐものとみられる。米国がイラン産原油の輸入国に取引の完全停止を求めたとのニュースは、6月22日OPEC総会で石油価格上昇を抑えるために、100万b/dの増産が合意されたにもかかわらず、それを上回る減産を招くとの見通しから、原油価格はWTI先物価格がバレル70ドルを突破し、過去3年半ぶりの高値を更新した。米国務省担当者は、減産分の補填について中東のパートナーと話をしていることを明らかにしたが、これは生産余力の大きいサウジアラビアがイラン産原油輸入を停止した国に対して、供給を行う用意があることを示唆したものと考えられる。

    【トルコ大統領選挙・議会選挙(速報)】
    ◆6月24日投開票が実施されたトルコ大統領選挙・議会選挙で、エルドアン大統領と与党公正発展党(AKP)が勝利した。投票率は、86.68%。大統領選挙は、投票箱開票率99.92%の段階で、エルドアン大統領が52.59%を獲得し、2位のムハレム・インジェ氏ほか5人の候補を大きく引き離した。AKPは、民主主義行動党(MHP)と人民連合を組んで、全体で53.66%、過半数300を上回る344議席を確保した。世俗派の共和人民党(CHP)は、146議席で、優良党(IYI)ほかとの国民連合全体としては、得票率33.94%、議席数189議席にとどまった。クルド系の人民民主主義党(HDP)は、得票率11.7%で67議席を確保した。昨年の憲法改正で大統領権限が大幅に強化される中で、エルドアン大統領は、少なくとも今後5年間実権型大統領として、政権運営にあたることになる。
    (参考1)大統領選挙投票結果(開票率99.92%)(出所:アナドール通信ウェブサイト26日版)
    第1位 レジェップ・エルドアン候補(現大統領) 52.59%
    第2位 ムハレム・インジェ候補(CHP議員) 30.64%
    第3位 セラハッティン・デミルタシュ候補(元HDP共同代表)8.4%
    第4位 メラル・アクシュネル候補(IYI党首、元内相) 7.29%
    以下略
    (参考2)議会選挙における主要政党獲得議席(出所:アナドール通信ウェブサイト26日版、改選前はアルジャジーラ記事)
    AKP 42.56% 295議席(改選前316)
    MHP 11.1%  49議席 (改選前35)
    HDP 11.7%  67議席 (改選前47)
    CHP 22.64% 146議席 (改選前131)
    IYI 9.951% 43議席 (改選前6)
    (参考)改選前は、550議席中、独立議席2、空席13であった。
    (参考3)大統領権限の強化(出所:アルジャジーラ記事)
    ①議院内閣制の廃止:首相職、議院内閣制が廃止される。
    ②任命権:大統領は新たに設けられる副大統領を指名し、解任できる。閣僚や政府高官も任命する(従来は、首相の勧告に基づき、首相や閣僚を形式的に任命していたが、これからは直接閣僚を任命することになる)
    ③予算:現在は内閣が予算案を作成していたが、今後は大統領の責任で作成する。
    ④非常事態宣言:これまでは、内閣が非常事態宣言ないし戒厳令布告の権限を有していたが、これからは大統領が非常事態宣言を行う。戒厳令は廃止される。非常事態宣言中は、大統領が大統領令を発出することができる。
    ⑤司法への影響力:司法幹部の任命はじめ司法への影響力拡大
    ⑥大統領の中立性:大統領は政党を離脱する必要はなく、党籍を有したまま大統領となることができる。
    (参考4)トルコの議会選挙(出所:アルジャジーラ記事)
    ①議員定数は、これまでの550から600に増加(2017年の憲法改正による)
    ②選挙権は、18歳以上の男女。
    ③被選挙権は18歳以上の男女(これまでの25歳から引き下げ)
    ④議会選挙は、5年ごとに実施(これまでの4年ごとから1年延長)
    (注)大統領選挙と一緒に実施。
    ⑤選挙は、81か所の各県投票所のほか、在外では6月7日から19日の間に在外公館(123か所)で実施。さらにトルコへの入国地点(34か所)で、6月7日から24日の間に実施。
    ⑥有権者数は、トルコ国内5634万人、国外305万人の合計5939万人とみられている。
    トルコ議会選挙:6月24日選挙で知るべきことすべて(6月10日付アルジャジーラ記事)
    (コメント)今回の大統領選挙、議会選挙は、もともと2019年11月に予定されていたが、本年4月トルコ議会は選挙の前倒しを決定し、6月24日に選挙が実施された。2017年の憲法改正により、議院内閣制が廃止され、大統領権限が大幅に強化される状況で、エルドアン大統領が大統領選挙で勝利するのか、与党AKPが連立を組むMHPと合わせて、過半数を確保できるのかが注目点であった。速報をみる限り、大統領選挙はエルドアン大統領が決選投票に入ることなく過半数の票を集め、憲法改正後初の実権を有する大統領として政局の運営にあたることになった。
    議会選挙は、定数が50増えたにもかかわらず、AKPは議席を21減らしたが、MHPとの人民連合で344議席を確保し、エルドアン大統領は安定した政権基盤を手に入れることができた。大統領の権限集中に警告を発してきたムハレム・インジェ候補は決選投票に持ち込むことができず、CHPとしても、得票率は2015年6月、11月選挙の約25%を下回った。比較的健闘したのは、クルド系のHDPである。トルコがテロ組織とみなすPKKと関連があるとして、厳しい政治的圧力をうけ、前共同代表のデミルタシュ大統領候補自身も獄中からの立候補という異常事態にもかかわらず、HDPは、足切りラインの10%を超える11.7%の得票率を得て、67議席を確保した。この得票率は、2015年6月の13.1%には満たないものの、11月再選挙の10.8%をうわまわった。
    トルコリラの暴落等トルコ経済が悪化する中、エルドアン大統領は、パレスチナ問題やロヒンギャ問題では、イスラム世界の代表としての強いイニシアティブをとり、クルド問題では、国境の安全を確保するためとして、2018年1月にはシリア北西部アフリンに越境進軍し、同地からトルコがPKKと同根とみなすYPG戦闘員を撤退させ、また、マンビジでも、米国との協議で、YPGを同市から退去させる約束を取り付け、さらに、イラク北部のカンディール山周辺までトルコ軍を越境南下させ、PKK拠点に激しい空爆を加え、治安面での成果をアピールした。こうした中、経済面ではトルコ・ストリームや原発建設、観光客誘致で、ロシアとの関係を深め、また、シリア問題では各戦線での緊張緩和のため、ロシア、イランとの対話を積極的に進める等欧米とは異なる独特のバランス外交を展開してきた。
    政権に批判的なメディアや人権活動家への弾圧の批判にさらされつつも、エルドアン大統領を「強いトルコ」のイメージとだぶらせる国民の支持を得て、エルドアン大統領は、過去15年の政局運営に引き続き、最低でも今後5年間実権型大統領として政局の運営を任されることになった。エルドアン大統領は、先般再選されたロシアのプーチン大統領ならびに長期政権を担う見通しの習近平中国国家主席と並んで、国際政治の台風の目として今後その動向を注視していく必要がある。

    【石油価格(OPEC総会増産合意)】
    ◆22日のウィーンにおける第147回OPEC総会は、2016年11月の第141回OPEC総会で合意した加盟国全体で1日当たり120万バレル減産目標の2018年5月現在の遵守率152%から100%に緩和する(すなわち、増産する)ことで合意(下記参考1)した。これにより、現在の生産水準から100万b/dの増産を目指すことになる。但し、現実には、経済危機に苦しむベネズエラの生産能力の向上が見込めないことや、米国のイラン核合意からの離脱による石油取引を含む制裁再開で、イランの原油生産の低下が予想されることから、60万b/d程度の増産に留まるとの見方がある。市場は、この動きを織り込み済で、大幅な石油価格の低下には結びつかず、22日の米国WTI原油先物価格は、1バレル68ドルに上昇した。
    (参考1)第174回OPEC総会後発出されたプレスリリース主要点
    ●2016年11月30日の第171回OPEC会議の決議で、120万b / dの生産調整が合意されたことを想起する。
    ●OPEC加盟国は、2018年5月に、目標遵守率が152%に達したことに留意し、決議の残りの期間(年内)について、2018年7月1日から、各国はOPEC-12全体の遵守率を100%まで低下させるよう取り組み、合同閣僚モニタリング委員会(the Joint Ministerial Monitoring Committee JMMC)は、 進展をモニターし、総会議長に報告する。
    6月22日付 OPECプレスリリース
    (コメント)今回のOPEC増産合意の背景には、米国のトランプ大統領が秋の米国中間選挙もにらんで、石油価格の高騰を嫌い、OPECに対し原油増産により価格低下を実現すべきであるとのメッセージを繰り返し発信しており、トランプ大統領の意向を踏まえて、サウジが、ロシアと調整を行い、両国主導(参考2)で、増産が実現することになったといえる。OPEC増産に合意したものの、国別割り当てや増産の具体的な数字は発表されておらず、不透明さが伴っている。サウジのファーレフ・エネルギー産業鉱物資源相(兼サウジアラムコ会長)は、ロシアのアレクサンドル・ノバク・エネルギー相との共同記者会見で、OPEC・非OPEC国の協調により、市場での100万b/d近い供給増の見通しに言及するとともに、サウジは、石油価格をコントロールできるようにするためあらゆる断固とした措置をとると発言し、需給ギャップを満たすため、生産余力(参考3)を活用する用意があることを明らかにした。イランやベネズエラは当初増産に反対していたが、大勢に従うことになった。両国は、両国の生産が減少した分をサウジ等が肩代わりして増産することは、事実上の割り当て制の崩壊につながるとして反対している。今回のOPEC増産に非OPECの立場から協力しているロシアは、20万b/dの増産の意向を明らかにしている。双方の協力枠組みに入っていない米国のシェール石油は、石油パイプラインの輸送量が限られていることから急激に生産を拡大するとはみられていない。
    (参考2)サウジ・ロシアの原油生産量調整イニシアティブ:原油の輸出を国家の主要財源とするサウジとロシアは、2015年以降の石油価格の低迷に歯止めをかけるため、サウジがOPEC内を、ロシアが非OPECを代表する形で2016年11月、双方の協力宣言をとりまとめ、OPEC120万b/d、非OPEC60万b/dの合計180万b/dの減産を目指すことに合意した。双方は、合同閣僚レベルモニタリング委員会を立ち上げ、その後の状況をモニターしており、今回の増産合意も、両国が主導したものとみられている。因みに、ロシアのプーチン大統領は、FIFAワールドカップの開幕戦観戦の機会をとらえてロシアを訪問したムハンマド・ビン・サルマン皇太子と6月14日モスクワで会談しており、石油分野での両国の協力と密接な調整を確認したことは間違いない。
    ロシア大統領府発出記事(6月14日)
    (参考3)主な原油産出国の生産余力(出所:IEA)
    サウジアラビア 202万b/d、イラク33万b/d、UAE 33万b/d、ロシア 25万b/d、クウェート 25万b/d

    【エルドアン大統領への見方(アンワル元マレーシア副首相発言)】
    ◆イスタンブール滞在中のアンワル・イブラヒーム元副首相は、トルコのアナドール通信とのインタビューに答え、エルドアン大統領をイスラム世界における数少ない正義のために声を上げることができる傑出した人物であると絶賛。また、収監中もエルドアン大統領は、自分や家族のために常に配慮してくれたことを明らかにした。
    ●エルドアン大統領は、パレスチナ問題や中東で起きている事態への対応によってマレーシアのイスラム教徒あるいはマレーシア以外のイスラム教徒に最も人気のある指導者である。世界の指導者といえども正義のために立ち向かい戦う者はほとんどいない。エルドガン大統領と政治的に一致するか、不一致かはさておき、同大統領こそが残虐行為、パレスチナ人、さらにはロヒンギャ(ムスリム)に関して声を上げることができる勇気を持っている人物である。
    ●自分の収監中も、エルドアン大統領は自分の妻(注:ワン・アジザ現副首相)や娘(議員)をトルコに招いてくれた。大統領は、ナジブ(前)首相やハミディ(前)副首相に会うたびに、自分の釈放を彼らにリマインドしてくれた。そして、大統領は自分が釈放されるや否やトルコに招いてくれた。
    ●監獄は地上の地獄である。我々の多くは投獄を経験しており、エルドアン大統領もそうである。我々は、その経験により、より忍耐強く、より賢く、願わくば、より良い指導者になれると考えている。
    ●私は自分の国や自分自身が、西側や東側の行動計画や、中国人、米国人、あるいは英国人に指示されることは望まない。同様に、トルコの人々自身がトルコの将来を決めるべきであり、西洋やリベラル派の行動計画によるべきではない。
    ●トランプ大統領の移民対応になぜあなたがたは静かなのか、 他の国の残虐行為になぜ静かなのかと疑問を呈した。
    マレーシアの政治家エルドアン大統領への支持を表明(6月20日付アナドール通信記事)
    (コメント)6月24日のトルコ大統領選挙・議会選挙を直前にして、外国の要人が如何にエルドアン大統領のイスラム世界における指導力を称賛しているかをアピールするには絶好のタイミングである。しかし、アンワル元副首相指摘の通り、ガザにおけるパレスチナ人の苦難や米大使館のエルサレム移転に対する立場の表明、関連のイスラム諸国会議機構(OIC)会合のホスト、ロヒンギャ問題に対する立場の表明等で、従来のエジプトやサウジに替わって、存在感を増しているのがトルコのエルドアン大統領であるのは間違いない。マレーシアで5月に発足したマハティール政権とそれを支えるアンワル・イブラヒーム元副首相のチームは、ナジブ(前)首相の外交路線を大きく転換しようとしている。ナジブ政権は、サウジアラビアとの関係強化を進め、マレーシア軍のサウジ派遣を行っていたが、マレーシアのムハンマド・サブ国防大臣は、20日マレーシア国営通信に対して、同国軍は、イエメンにおける軍事作戦には参加していないものの、地域紛争に巻き込まれるリスクを回避すべきで軍のサウジからの退去を検討すべきであると発言(下記アナドール通信記事参照)。今後、マレーシアは、トルコとの関係強化に取り組んでいくのではないかとみられる。
    マレーシアはサウジから軍を撤退する意向(6月20日付アナドール通信)

    【トルコ・マイノリティ(アレヴィー派の権利強化)】
    ◆6月14日、イスタンブールでのトルコのイスラム教マイノリティであるアレヴィー派(参考1)代表との会合において、ビナリ・ユルドルゥム首相は、アレヴィー派の礼拝所cemevisと文化センターに法的位置づけを与えると表明。来る6月24日の大統領選・議会選挙をにらんで、5月24日に、エルドアン大統領もAKPのマニフェストに言及して、同趣旨の発言を行っていた。アレヴィー派は、以前から権利の拡大を政府に求めており、一部で進展もみられる(参考2)が、今回のトルコ指導部のアレヴィー派コミュニティに対するメッセージが具体的な権利拡大に結び付くのか、空手形に終わるのか、選挙結果とその後の政権側の対応が注目される。
    トルコ首相は、アレヴィー派の礼拝所への法的位置づけ付与を支持(6月16日付アナドール通信)
    (参考1)米国の国際宗教自由報告書は、トルコ国民人口約8千万人のうち、トルコ政府によれば、国民の99%はイスラム教徒で、うち77.5%がハナフィー学派のスンニー派であり、さらにアレヴィー協会によれば、トルコ人口の25-31%がアレヴィー派イスラム教徒であるとしている。アレヴィー派は、①ラマダン月には断食しないが、ヒジュラ暦1月(ムハッラム)の最初の10日間(イマーム・フセインの殉教を記念するシーア派のアシューラまで)に行う、 ②祈りの際に床にひれ伏さない、③モスクを持たない(礼拝所は持つ)、 ④互助の精神は強いが、義務的な喜捨はない、という点で、スンニー派イスラム教徒とその行いに差がある。
    (参考2)政権側のアレヴィー派への対応
    2006年 トルコの裁判所は、アレヴィー協会からのcemevisに法的ステータスを与え、宗務庁の拠出を認めるべきであるとの訴えを却下。裁判所は、cemevisを集会所とみなした。
    2009年以降 エルドアン首相就任後、7回にわたるアレヴィー派コミュニティのリーダーと社会の他のグループ関係者が参加するワークショップが開催された。
    2011年11月23日 エルドアン首相(当時)は、1937-38年の政権側によるデルシム大量住民虐殺事件を、近代における最大の悲劇のひとつであると謝罪。
    (補足)トルコ憲兵隊報告によれば、1934年の再定住法の施行後、立ち退きを強いられたアレヴィー派を中心とする住民が蜂起し、それを治安部隊が軍事作戦を展開し、13,806名が殺害され、数千人が強制移動させられた(2015年12月10日付デイリーサバーハ記事)。
    2015年5月 政府は、アレヴィー派宗教指導者が公的に刑務所内のコミュニティメンバーと会うことを初めて許可。
    2015年12月 政府は、長年にわたる差別の象徴であったcemevisに法的認知を含むアレヴィー派の権利の拡大を発表。 これを受けて、トルコのいくつかの県の行政府は、cemevisを礼拝所であると宣言。
    2016年 トルコ政府は欧州に居住するするアレヴィー派信仰の指導者126名を「現場の専門家」に指定。
    (参考3)アレヴィー派差別の例
    トルコの小中学校における強制宗教教育の授業もまた、アレヴィー派に不利益を与えている。この授業は他の宗教に関する基本的な情報も扱うが、主にハナフィー学派のスンニー派の理論と実践を扱う。授業は、スンニー派以外のイスラム教少数派に対して特に差別的である。キリスト教徒とユダヤ教徒の学生は授業を免除されるが、アレヴィー派は免除されない。2007年に欧州人権裁判所に対し、アレヴィー派のある親が、強制宗教指導が欧州人権条約第9条に違反しているとして訴えがあり、訴えを支持する判決が下された。それにもかかわらず、これまで進展はなく、アレヴィー派のコミュニティメンバーはカリキュラム改革努力を続けている。 2018年1月、アレヴィー派のリーダーは、教育省が提示した最新のカリキュラムでは、cemevisを礼拝の場として記述せず、むしろ文化活動が行われる建物と表現し、 政府が虚偽の表現を続けていると非難した。 トルコ-アレヴィー (国際マイノリティ人権グループ公式サイト)
    (コメント)エルドアン大統領と与党公正発展党(AKP)にとって、来る選挙で勝利するため、全人口の2-3割を占めるとみられるアレヴィー派の票を如何に取り込むことができるかは極めて重要である。このため、AKPは選挙マニフェストにアレヴィー派の礼拝所に法的ステータスを与えることを盛り込み、アレヴィー派住民への働きかけを強化している。6月16日のユルドゥルム首相のスピーチもそれを意識したもので、とくに首相は、自分の名前のビナリ(binali)は、bin-Ali すなわち、4代目カリフで初代シーア派イマームである「アリーの息子」という意味で、自分の家族の隣人であるアレヴィー派の人が授けてくれたものであるとの逸話を紹介し、アレヴィー派とスンニー派は、互いに尊重し、共存すべき同胞であることをアピールした。2015年12月に当時のダウトオール首相がアレヴィー派cemevisへの法的地位の付与を宣言したはずであるが、今回の選挙マニフェストをみるとそれが進んでおらず、cemevisへの嫌がらせも根強く続いているとみられる。今回AKPが公表したマニフェストに盛られたアレヴィー派コミュニティに対するメッセージが具体的な権利拡大に結び付き、cemevisがイスラム教のモスクとキリスト教の教会同等の法的位置づけと宗務庁の支援を得ることができるのか、あるいは言葉だけの空手形に終わるのか、選挙結果とその後のアレヴィー派コミュニティの政権側との権利強化に向けての議論の展開が注目される。

    【シリア情勢(アサド大統領のイランAl-Alamテレビとのインタビュー)】
    ◆6月13日にイランのAl-Alamテレビが報じたバッシャール・アサド大統領とのインタビューにおける注目点。
    1)シリア南部戦線の扱い:和解を選ぶか、武力解放するかのいずれかであるが、ロシアは、和解に機会を与える可能性を示唆している。具体的結果は出ていないが、それはイスラエルや米国がテロリストに妥協しないよう圧力を行使しているからである。
    2)タナフからの米軍の撤退と引き換えに、イラン人撤兵問題が話されているのか:イランとの関係は戦略的なものであり、市場で売り買いするような話ではない。我々の領内に関する決定は、シリア人独自の決定であり、必要があれば、イランと直接話をする。
    3)シリア南部で(米国等が支援するヨルダンにおかれた反体制派の)軍事司令部(Military Operation Command:MOC)の活動が活発になっている。南部戦線に関しては、軍事的選択肢をとる可能性が強くなっているのか。その際の決定権はシリア指導部が握っているのか:MOCはテロリストと結びついている。MOCに関わらず、我々は南部に向かっているが、政治プロセスにも機会を与えている。それが成功しなければ、軍事的選択肢しかない。
    4)南部戦線は、シリアだけでなく、米、ロシア、イラン、イスラエル、ヒズボラも関わっている。如何に対応するのか:二つの勢力が存在する。ひとつは、テロを支援し、覇権を求める枢軸である。二つ目は、独立を希求する勢力である。後者については、シリアからテロを一掃し、領土の保全をあきらめないことで一致している。前者の考えは変わらないが、地上の現実が変化をもたらす可能性はある。
    5)米国はタナフを去るのか:米国は去る用意があるといっている。一方で米国は政治においてプロの嘘つきである。見守るしかない。
    6)ヨルダン情勢:ヨルダンの混乱ではなく安定を望む。混乱は、シリアにも悪い影響を与えるからである。
    7)シリア軍のゴラン高原復帰へのイスラエルの対応:イスラエルは、シリアの部隊に砲撃を浴びせ、ヌスラ戦線を含むテロリストを直接支援してきた。イスラエルのかかるアプローチに変化はない。イスラエルが(シリア軍のゴラン高原復帰)を認めるか否かは無関係で、シリアは国家の義務を果たすまでだ。抵抗者(注:ヒズボラ)であろうが、シリア軍であろうが、両者の関係は、ナスラッラー・ヒズボラ事務局長も認めているところであり、二つともイスラエルにとっては悪い選択である。
    8)イスラエルが支援したシリア人の帰国について:ある犯罪に対しては、社会全体が責任を背負う必要がある。やるべきことは、これらの人々を社会に受け入れ、愛国心を弱めた原因に対処することである。
    9)イスラエルの攻撃に対するシリアの反撃能力について:シリアはテロリストへの戦いを止めないし、イスラエルの攻撃に対しても、持てる能力の範囲で反撃することを止めない。能力が向上すれば、反撃はより改善し、高度になる。最も強い反撃は、実際上テロリストで構成されるシリア国内のイスラエルの軍隊をたたくことである。彼らがシリア国内で実行した最初の攻撃は、シリアの防空システムに対するものであった。これこそがイスラエルの利益に沿った行動であり、まず、やるべきは、シリア国内のイスラエルのテロリストを叩くことである。
    10)イスラエルの攻撃がエスカレートした場合反撃の用意はあるのか。ロシア製防空システムS300を供給するとも、しないとも相反するロシア側のコメントがあるが、どうなのか:攻撃はエスカレートしており、我々は持っている能力の範囲内で最善を尽くす。(S300の供与等に関する)軍事的な声明であっても、同時に政治的なメッセージを含んでいる。我々は武器が供与されるとか、しないとかにはコメントしない。何を保持しているかは、最近の西側3か国による攻撃やその後のイスラエルの攻撃に反撃して使用された武器が物語っている。武器は使用されて初めてその存在が明らかになる。
    11)シリア・イラン・ロシアの3国同盟に対する評価、亀裂が生じているのか:シリア・イラン関係は40年前に遡り、同盟は強固である。一時的なものではない。ロシアとの関係は70年に及び浮き沈みはあったが、シリア関係を覆すものではなかった。ロシアはシリアを友好国として扱い、シリアは、様々な制裁を課される中で、ロシアから武器を含めあらゆる製品を輸入している。ロシアとの関係は間違いなく戦略的なものである。さまざまなメッセージが違う方向で発せられることはあるが、ロシアのイランとの関係は、戦略的なものであり、また、ロシアはシリアの決定に介入することもない。様々な問題で違いが生じることはあるが、それは自然なことである。他の勢力が、テロを支援している限り、3国の同盟は、強固にならざるをえない。
    12)イランがシリア領を去ることによってシリアが得る代償:内戦の開始時から、シリアがイランとの関係を断てば、シリアの状況が正常化するとの提案を受けたことがあるが、我々は拒絶した。サウジからは、戦争中、幾度もこの提案がなされた。サウジはこの立場を公にしている。
    13)シリアにおけるイランのプレゼンスの性格について:両国の軍事的関係は緊密であり、広義のイラン人顧問は戦争開始前からもシリアに存在していた。軍事的構成員が、戦場に赴けば、顧問も戦闘員となる。確かにシリアにはイランの顧問団がおり、イランの将校の指揮をうけるイラン人のボランティア・グループがいる。我々はイラン人のプレゼンスを恥じていない。正規の軍隊ではないという意味で、「顧問団」と表現している。我々は、ロシア人を合法的に招き、それを恥じていない。イランの構成団についても、両国の合意に基づき、議会の承認を得たものであり、隠す必要はない。イラン人もロシア人も我々の呼びかけに応じてくれたわけであり、我々はこれらの国の支援を必要としている。
    14)イラン人の基地はシリア領内に存在しないと発言されたが如何:そのとおり存在しない。ロシアがそうであるように、イラン人の基地を妨げる理由はない。実際イランは基地の保有を要請したことはない。しかし、内戦の展開により、プレゼンスの性格を発展させる必要は生じた。ロシアの支援も当初は今日のようではなかった。ある段階でシリア軍を空から支援する必要が生じ、ロシアが空軍基地を持つことになった。イランとの間でも必要があれば、躊躇うものではないが、現在の形態でのイランの支援は良好で、効果的である。
    15)ロシアは何度も訪問しているのに、なぜイランを訪問しないのか:2-3か月前にイラン訪問計画があったが、戦闘の状況で延期になった。可能なかぎり早期に訪問したいと願っている。
    16)パレスチナ問題への対応:シリアは政治的に「パレスチナの大義」を支持している。シリア国内のイスラエルのたくらみを失敗させることも間接的にパレスチナ人支援になる。我々は、パレスチナ人には、イスラエルに抵抗するグループと抵抗に反対し、降伏しようとするグループ、さらに宗教的スローガンの下で、抵抗を掲げながら、政治的目標を達成しようとするムスリム同胞団のグループ(注:ガザを仕切るハマースのこと)がいることを忘れてはならない。
    17)シリア政権側にたって戦ったヒズボラはじめ抵抗者グループとその家族へのメッセージ:レバノンの抵抗者集団(注:ヒズボラのこと)だけでなく、イラクやイランから駆けつけ、シリアで犠牲になった戦士、その家族に心からの敬意を表する。これらの国々の抵抗者戦闘員こそが歴史を書いたといえる。
    18)ヒズボラのシリア退去の時期:戦いは長く継続している。テロが一掃されたと確信する時がくれば、彼らは故郷に戻るというであろう。しかし、これを語るのは時期尚早である。
    19)サウジがシリアに部隊を派遣する見通し、有名な部族が占領に抵抗するための部隊を結成したことへの見解:当初、ISISに抵抗するために部族社会が立ち上がったもので、シリア中部、東部から始まり他の地域にも広がりを見せている。シリア政府としては、テロリストであれ、米国であるか仏であるか、トルコであるかイスラエルであるかを問わず、占領者への抵抗を支持するとの立場である。サウジの件は、サウジ独自の決定ではなく、米国がいかなる決定を行うかである。
    20)シリアの復興について:シリアの復興について心配していない。人的要素と財政的要素の2つがあるが、我々は依然有能な人材を有している。資金も国内にはほとんどないが、国外でシリア人は資金を保有している。シリア復興プロセスの開始とともに、投資が始まるであろう。能力と意思を有する友好国も存在し、彼らの参加を歓迎する。(シリアを破壊しようとして国々には)復興への参加は許さない。
    21)内戦での転機:2013年のクサイル奪還から反撃が開始され、2016年のアレッポ解放、そして、ディリゾール、ダマスカスとその郊外解放へと勝利が続いた。
    22)退任の考え:個人として、疲れたと感じることはあるかもしれない。しかし、国民として、多くの人々が国家再建を助け、同じ目標に向かっているときに疲れを忘れるものである。何百万人ものシリア人が、電気技師であれ、石油作業員であれ、教員であれ、会社員であれ、戦士とともに前進し始めているときに疲れを感じることができるであろうか。
    Al-Alamテレビのアサド大統領インタビュー(6月13日付シリアタイムズ記事)
    (コメント)米国やイスラエルが関心を有するシリア南部戦線におけるシリア軍の今後の選択として、まず、政治的解決をロシアに米国やイスラエルとの調整を委ねていることが認識される。その際、イスラエルが攻撃を辞さないとしているイランのプレゼンスに対しては、基地は有していないが、戦闘員にもなりうるイラン人顧問団の存在は認めており、シリアの決定として、必要があれば、イランとも(退去について)直接話をする用意があることを示唆している。シリアに対してアサド政権退任の要求を一貫して掲げているサウジも、イランがシリアから退去すれば、政権の安定を保証するとの提案があったことも披露している。今後の復興プロセスにおいて、シリアの破壊に加担した国は、排除されるとの意向も明らかにした。アサド大統領自身の去就については、復興をにらんで、国民が一体となり前進すべき時に、疲れを感じるわけにはいかないとして、早期の退陣を否定したことが注目される。

    【イエメン情勢(アラブ連合軍によるホデイダ港解放作戦)】
    ◆6月14日、国連の虐殺防止特別顧問アダマ・ディエン氏は、イエメン・ホデイダの状況に関する緊急声明(下記参考)を発し、アラブ連合軍によるホデイダ港への軍事作戦は、破滅的な人道危機を招く可能性があると警告を発した。
    (緊急声明主要点)
    ●6月13日にサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の支援を受けている政権側部隊が開始したホーシー派が占拠するホデイダ港への軍事攻撃は、民間人に破滅的打撃を与える可能性について、重大なる懸念を有する。
    ●イエメンでは現在、1040万人が飢饉の危険にさらされており、ホデイダ港が人道援助の70%の入り口になっているため、イエメンは世界で最悪の人道危機にあると考えられている。 攻撃が引き起こす破壊や、長期間にわたって港を閉鎖することは港内およびその周辺に住む推定60万人の一般市民へのリスクを高め、絶対的に援助を必要としている人々に人道機関が援助を届ける能力に破滅的な打撃を与える可能性がある。
    ●戦争の手段としての民間人の飢餓は戦争犯罪であり、2018年5月24日の安保理決議2417で非難される。この決議の最初のテストはイエメンとなる。ホデイダ港は、 援助供給の生命線であり、アラブ連合軍の空爆は、民間インフラを破壊することによって、飢饉や飢餓を通じて、さらに多くの人々を殺すことになる、としてマーチン・グリフィス(Martin Griffiths)イエメン担当国連特使によるすべての紛争当事者に抑制と紛争に政治的解決を見出すようにとの呼びかけへの全面的な支持を表明する。
    6月14日付アダマ・ディエン特別顧問声明
    (コメント)今回のアラブ連合軍によるフーシー派からのホデイダ港奪還作戦は、ホデイダ港が、同地域に居住する60万人の生命を危険に晒すほか、フーシー派支配地域に居住する約1千万人の人々への食料品、医薬品等の人道支援供給に深刻な打撃を与えるのではないかと危惧されており、国連機関等は、サウジやUAEに対して作戦を見直すよう働きかけてきた。これに対し、ガルガーシュUAE外務担当相は、国連特使にフーシー派にホデイダ市と港から退去を促すために48時間の猶予を与えたが、フーシー派は拒否したとして、陸上のイエメン軍やスーダン軍ならびにサウジ空軍、UAE空軍が6月13日、ホデイダ空港や周辺に本格攻勢を開始した。UAEは、この作戦は、フーシー派を和平協議の場に引き出すためにも必要な行動であるとしている。この攻撃開始の直前に、国連機関と赤十字は、イエメン・スタッフを現地から退去させた。また、国境なき医師団もアラブ連合軍にサウジ国境に近いアブスのコレラ治療センターが空爆されたとして、スタッフの退去を決定(下記URL参照)した。イエメンの内戦は、2015年3月のアラブ連合軍の軍事作戦開始後、フーシー派とサーレハ元イエメン大統領というかつての仇敵同士が同盟を組んで、ハーディ政権とそれを支えるサウジ、UAEを主体とするアラブ連合軍が戦闘するとの構図であったが、2017年12月フーシー派が同盟から離脱しようとしたサーレハ元大統領を殺害したことにより、サーレハ元大統領側の共和国防衛隊らの軍隊が、連合軍側について、フーシー派と戦う構図に変化している。
    6月11日付国境なき医師団記事

    【シリア・クルド情勢(SDCの政権側との対話姿勢)】
    ◆クルド人民防衛隊(YPG)が主力のシリア民主軍(SDF)の政治部門であるシリア民主評議会(SDC)(参考)は、6月10日シリアのアサド政権との間で無条件で対話に応じる用意があると表明。SDCの幹部であるヒクマット・ハビーブはAFPに対して、SDFは現在シリアの領土の30%を支配しており、残りの広範な地帯を支配している政権側と交渉のテーブルにつき、解決策を見出したい、そして、シリア人以外の部隊は将来米軍を含め、シリアから退去すべきであると発言し、先般のアサド大統領がロシアテレビとのインタビューで表明したSDFに対するシリア人同士としての直接対話の呼びかけをSDFとSDCは受け入れる用意があることを明らかにした。
    SDC、シリア政権側との無条件協議の用意あり(6月12日付シャルキル・アウサト報道)
    (参考)2015年10月に米軍等が後押しして結成されたシリアのクルド人、アラブ人、アッシリア人等で構成される軍事組織シリア民主軍(SDF)の政治部門で、シリア和平協議参加等を念頭に、2015年12月10日に創設された。男性と女性の共同代表システムをとっており、女性代表にはシリア北東部での統治を担うクルド人の民主化社会運動(TevDem)幹部のイルハム・アハメドが就いている。
    (コメント)シリア・クルド情勢は大きな分岐点に差しかかっている。2014年後半からのISIS掃討作戦において米軍主体の有志連合に協力して、信頼できる地上部隊として貢献してきたSDFは、分岐点でどちらの方向に向かうべきか決断を迫られている。YPGをPKKと同根のテロ組織とみなすトルコは、SDFを「YPG支配」という本質を覆い隠すためのアンブレラとみており、ISISが駆逐されたマンビジやコバネやラッカ等を支配するSDFの主力であるYPGを排除し、トルコが支援する自由シリア軍系の部隊に代替させようとしている。これまでは、米軍がISIS掃討作戦に支障を来すとしてトルコの要求を突っぱねていたが、6月4日の米・トルコ間のマンビジ・ロードマップ合意で、シリアのクルドは、米国が自分たちの政治的要求に応えることなく、現場の支配をトルコに委ねてしまうのではないかと疑心暗鬼になっている。このような動きを察知して、アサド大統領は、先般SDFに対して、シリア人同士としての直接対話を呼びかけた。6月10日にSDC幹部が直接対話に応じる姿勢を明らかにしたのは、米国がシリアのクルド人の期待を裏切る形でトルコとの合意を強引に進めれば、クルドは協力関係にあるアラブ人やアッシリア人等とともにアサド政権側と手を結び、トルコ支配に対抗していくとのメッセージを米国に発したものと考えられる。クルドを含むシリア北東部の各部族は、ヴェラヤティ・イラン最高指導者外交顧問の呼びかけに応えて、5月2日テヘランを訪問して、シリアにおける今後の対応を協議(下記URL参照)しており、クルド及びその連携するグループは、米国の対応如何では別の選択肢があることをアピールし始めている。
    ヴエラヤティ顧問、シリアの部族代表と懇談(5月2日付mehrニュース報道)

    【イラク・クルディスタン情勢(カンディール山PKK拠点壊滅を目指すトルコ軍の作戦開始】
    ◆6月11日エルドアン大統領は、PKK一掃のための軍事作戦開始を宣言。トルコ軍機20機が空爆を実施し、カンディール山の標的14か所を破壊したと発言(下記URL参照)。カンディールに向けた作戦は3月上旬に開始されており、トルコ軍は、すでに25kmイラク領内に越境進出。そこでトルコ軍は、11か所に基地を建設し、戦車、ヘリコプター、無人航空機・ドローンを動員させており、さらに3月中旬までにシリア・アフリーンでの軍事作戦に参加していた特殊部隊も、北イラク作戦に合流している模様。北イラク作戦で、既にPKK戦闘員155名が殺害されているとのこと。11日、ベキル・ボズダー副首相は、イラク政府と協議しないで作戦を実行することは不可能であると述べ、イラク中央政府とのコンタクトが続いていることを示唆した。一方、PKK系のANF通信(下記URL参照)は、クルド愛国者同盟PUKのダウード議員のコメントを掲載し、主権国家の領域が侵されているにもかかわらず、①主要メディアが沈黙している、②国連も何ら反応を示していない、③トルコの侵略軍が一部の勢力(報道では、KDP)に歓迎されている、としてトルコ軍は、KRG、イラク中央政府から何らの抗議も受けないまま侵略作戦を進めていると指摘。
    トルコ軍シンジャール・カンディール山への軍事作戦開始(6月11日付ヒュリエット・ディリーニュース報道)
    南クルディスタン(イラク・クルディスタン):KDPは侵略者にあいさつ(6月12日付ANF通信)
    (コメント)90年代からのPKKの本拠とされるイラク・カンディール山へのトルコ軍によるイラク越境攻撃については、すでに2017年11月27日に閣議決定されているとの報道がある。トルコがテロ組織とみなすPKKとシリアのPYD/YPG一掃作戦は、6月24日に大幅前倒しで実施されるトルコ大統領選挙・議会選挙をにらんで、エルドアン大統領がPKK勢力封じ込めに如何に成功し、国民の生命と安全を守っているかをアピールするためにシリア、イラク双方の国境で開始された。シリア国境では年明け後の1月20日トルコ軍は、シリア北西部アフリーンに越境侵攻し、シリア政府軍の反撃に遭うことなくYPGを一掃し、3月18日にはアフリーン制圧を宣言。さらに6月4日には、チャブシュオール・トルコ外相が訪米し、ポンペイオ米国務長官と会談し、懸案のマンビジからのクルド勢力の一掃を実現させるためのロードマップに合意し、YPG軍事顧問団は同市を退去することになった。6月9日には、トルコ当局は764kmに及ぶシリア国境沿いにコンクリート・ブロック壁建設が完了したことを発表。一方、イラク国境では、3月上旬から地上部隊、航空部隊の双方を動員し、現時点までにトルコ国境から25km南下し、カンディール山手前の地点までに軍を展開した。カンディール山の標的に対しては、ドローンを活用し、PKK戦闘員の位置を特定し、空爆の精度を高めているとされる。北イラクのPKK越境攻撃については、支配地域からPKKの影響力を排除したいKDPが主導するクルド自治政府とトルコの利害が一致し、イラク中央政府も、主権侵害に懸念を示すことはあってもPKK排除を目的とする越境侵攻は事実上黙認している状況にある。さらに、隣国イランも、カンディール山でイランのクルド武装勢力PJAKがPKKの庇護を受けているとみられることから、トルコの軍事作戦を静観している。今次トルコの軍事作戦が、地上部隊投入によりカンディール山からのPKK戦闘員完全駆逐に至るのかは、状況の展開を見守る必要があるが、6月24日をにらんで、トルコ軍の攻勢は一層激しさを増すことは間違いない。さらに、トルコ軍はヤジーディ教徒が多数を占めるシンジャール解放も示唆しており、地上作戦が実施されるのか否かも注目される。

    【イラク・クルディスタン情勢(ロシアとのエネルギー分野での協力促進)】
    ◆6月7日の国民対話実施後の記者会見で、プーチン大統領は、5月25日のロシア最大の国営石油会社ロスネフチ(Rosneft)とクルディスタン自治政府(KRG)との合意(参考1)について問われた際、イラク当局とコンタクトを維持している、クルディスタンを含むイラクに関する計画は、合法で有望なものであり、イラク内部の紛争に介入したり、紛争をたきつけるものではなく、これらのプロジェクトはすべて、イラク・クルディスタン地域(KR)を含むイラクとの協力促進を目的としていると発言し、イラク中央政府との摩擦の存在を否定した。
    国民対話後の記者への応答(6月7日付クレムリン公式サイト)
    (参考1)2018年5月25日のロスネフチ・KRG合意
    ●この合意に基づき、両当事者は、イラクKRにおけるガス事業を進めるための総合的な欠な計画を練り上げる。 この計画の一つのステップは、イラクKRのガス・パイプラインの建設と操業のための予備的基本設計業務の実施である。 これは、2017年10月19日にイタリア・ヴェローナで開催された第10回ユーラシア経済フォーラムで、ロスネフチがKRGとのガス協力合意を署名して以来、評価してきた探査と生産の機会において収益化を実現するための重要プロジェクトと位置付けられる。
    イラク・クルディスタン地域におけるガス開発事業開発に関するロスネフチ・KRG合意(5月25日付ロスネフチ記者発表)
    (補足)ロスネフチとKRGとのパートナーシップ
    ●ロスネフチとKRGが相互利益を享受するパートナーシップは2017年2月に開始された。ロンドンでの国際石油週間会合で、両当事者は炭化水素の探鉱、生産、インフラ開発、物流、取引に関する協力合意に署名。 同合意によれば、両当事者は、2017年から2019年におけるロスネフチへの石油の購入・販売契約を締結。
    ●第21回サンクトペテルブルク国際経済フォーラムにおいて、両当事者は、ガス部門を含む探鉱と生産の協力継続にコミットする投資合意に署名。 2017年10月18日は、KRの5つの石油生産拠点における生産分与契約(PSA)の発効日であった。
    (コメント)2017年9月25日のKRの独立の是非を問う住民投票で、92.73%という独立賛成票を得ながら、クルド自治政府(KRG)は、投票実施に反対していたイラク中央政府とも、周辺のトルコ、イランとも関係が悪化し、一時期国際航空路も全面封鎖され、四面楚歌の状況に追い込まれた。その後KRGは、ネチルバン首相の下で、徐々に中央政府や国際社会との関係修復に乗り出している。この動きに呼応して中でも素早い動きを示しているのがロシアである。ロシアは、KRの石油・ガス資源に以前から関心を有しており、2017年10月以降いったん動きが止まったロシア国営石油企業ロスネフチとKRGの資源開発・関連インフラ整備事業を再開させようとしている。ロスネフチは、2020年を目途にKRGと協力して、トルコ、欧州向けにそれぞれ年間100億立方メートル、合計で200億立方メートルの天然ガス輸出、最大容量300億立方メートルのガス輸送パイプラインを建設しようとしているとの報道(下記URL参照)もある。一方でロシアは、トルコと欧州市場をにらんで、それぞれ年間輸送能力157.5億立方メートルの天然ガス供給のための大規模プロジェクト・トルコストリーム・パイプライン2本の建設を進めており、5月26日には、国営ガス会社のガスプロム(Gasprom)がトルコとの間で欧州向けの陸上パイプライン建設文書署名を発表(下記URL参照)している。ロスネフチとガスプロムの役割分担は明らかではないが、ロシアは、トルコとの関係を軸に、中東におけるエネルギー開発とウクライナを経由しない欧州へのガス輸出で主導権をとろうとしている。この戦略の一部を構成するものとして、ロシアはKRGとのエネルギー分野での協力再開を重視し、2018年5月9日にはプーチン大統領がクレムリンでネチルバンKRG首相と会談している。イラク中央政府は、当然、自らが決定権を握らない中で、ロシア・KRG関係がエネルギー分野で進むことを警戒しているが、ロシアとしては、イラク中央政府が国民議会選挙後の混乱で、新内閣誕生が遅れ、強力な政策を打ち出せないタイミングを狙って、既成事実を固め、新内閣発足後も、中央政府が異議を唱えにくい状況を作ろうとしているのではないかとみられる。
    KRG-ロスネフチは欧州・トルコに200億立方メートルの天然ガスを供給するパイプラインを建設(6月4日付 クルディスタン24記事)
    トルコストリームの欧州向け陸上ガス・パイプライン建設文書に署名(5月26日付Gazprom記者発表)

    【シリア・クルド情勢(YPGのマンビジ撤収)】
    ◆6月4日、ワシントンD.C.におけるチャブシュオール・トルコ外相とポンペイオ米国務長官との会談(参考1)で、シリア北部のユーフラテス川西岸の都市マンビジからのクルド人民防衛隊(YPG)撤収と新たな統治機構立ち上げに向けてのロードマップが合意された(参考2)。YPG総司令部は、6月5日発出した声明(参考3)の中で、米トルコ合意の内容に言及することなく、マンビジに残っていた最後の軍事顧問団が撤収すると発表した。
    (参考1)米トルコ共同声明マンビジ関連部分(2018年6月4日)
    ●両者は、マンビジの安全と安定を確保するための措置を講じることを含むシリアにおける両国の関心事項にかかる協力の将来に関連して、トルコ・米作業部会の勧告を検討した。そして、両者はこの目的のためのロードマップを是認し、その実現を目指し、現場の状況の展開を注視し、反映させることへの相互コミットメントを強調した。
    米・トルコ共同声明(6月4日発出 米国務省プレスノート)
    (参考2)マンビジに関する米・トルコ合意の内容
    ●チャブシュオール・トルコ外相はロードマップの3つの段階を解説した。
    ①第一段階では、クルド人武装勢力がマンビジから撤収する。 トルコは、YPGを禁じられたPKKの支部とみなしている。
    ②第2段階では、マンビジの政治機構からYPGに関係するクルド人を排除する。
    ③最終段階では、米国とトルコの合同治安パトロール隊と、地元の人々による新たな統治機構を立ち上げる。
    ●トルコ外相は、正確なタイムラインは現場の具体的措置に依存するものの、ロードマップは6カ月以内に履行される必要があると述べた。さらに外相は、マンビジ合意でYPGが武装解除されたことを確認する必要があり、米国がYPGに供与した武器は回収されると発言。
    マンビジに関する米トルコ合意骨子(6月5日付 Rudaw報道)
    (参考3)YPG総司令部声明骨子
    ●我々は、マンビジ軍事評議会からの呼びかけに応えて、テロとの戦いを進めるYPGの一般戦略の枠組みの下で、マンビジ市をテロ組織ISISから救うために、軍事作戦に参加した。 この呼びかけは2016年の第1四半期に行われた。この呼びかけとトルコを含む地域勢力との合意に基づき、我々の部隊は有志連合と共にマンビジの人々の呼びかけに応え、 2016年6月1日にマンビジ解放作戦を開始した。2カ月以上にわたる作戦遂行の後勝利し、テロリストが市内と大部分の村々から駆逐された。 わが戦闘員の抵抗と犠牲により、マンビジが2016年8月15日に解放された。
    ●マンビジ市解放後、その地域で治安と安定が回復し、わが部隊は2016年11月16日にマンビジ軍事評議会に地域安全保障の任を引き渡し、同市から撤収した。
    ●マンビジ軍事評議会からの要請をうけ、我が指揮官グループがマンビジ軍部隊の留まることになった。 同グループは、有志連合と連携し、また、その知見をもってマンビジ軍事評議会の訓練にあたった。 2年以上にわたる取り組みの結果、マンビジ軍事評議会は自ら訓練を組織できる水準に達したので、YPG総司令部はマンビジからの軍事顧問団の撤収を決定した。
    ●我々の義務を継続するため、テロリストとの戦いを続け、敗北させ、すべての解放された地域で安全を確保するというメッセージを全世界に発する。 わが部隊は、必要が生じれば、マンビジの人々の呼びかけに応えるであろう。
    YPGの最後の軍事顧問団、マンビジを撤収(6月5日付ANF通信報道)
    (コメント)今回、マンビジからのYPGの撤収を巡り、米・トルコ間でロードマップに合意し、YPGもそれに抵抗することなく、受け入れを表明したことにより、トルコがアフリンに続いて軍事的にマンビジ制圧のための軍事作戦をとらず、戦闘が回避できたという観点からは、シリア北部の安定と安全にとって暫定的には歓迎される展開であると考えられる。ロードマップの中のYPG撤収については、YPGは、(アラブ人等地元住民が主体の)マンビジ軍事評議会を訓練する軍事顧問団がとどまっているだけであるとの立場で、チャブシュオール外相が指摘したロードマップの第一段階はさほど困難ではない。しかし、第二段階の統治機構からのクルド人の排除は、YPGの政治部門クルド民主統一党(PYD)関係者の排除を意味し、PYDとそれと協力関係にあるアラブ人が簡単にその要求に応じるのか予断を許さない。さらに、第三段階の米トルコ共同パトロール隊の設置とは、米軍、トルコ軍が現地に駐屯し、YPGが主体となっていたシリア民主軍(SDF)に代わってトルコが支援する自由シリア軍にマンビジの治安維持機能を任せようとするものとも考えられ、SDF側の反発が予想され、ロードマップは、具体的な実施段階で、関係当事者の思惑がぶつかり、混乱が生じ、思惑通りロードマップが実現しない可能性が高い。今回なぜ、YPGがマンビジ撤収に抵抗しなかったのかについては、YPGは本年1月のシリア北西部アフリンへのトルコ軍の越境侵攻においては、トルコとの関係を進めるロシアが異を唱えず、ロシアに裏切られたとの思いがあり、今回の米国とトルコとの合意を歓迎しているわけではないものの、仮に米軍の盾が外れれば、アフリンに続いて、軍事的にマンビジから退去を強制されるのは火をみるより明らかであり、マンビジ撤収は消極的な選択ではあるが、過去4年間の有志連合への協力の成果を無にすることはできないとの思いがあったものとみられる。トルコはマンビジ方式が成功すれば、コバネやラッカにもその方式の適用を米国に迫っていくとみられ、シリアのクルド勢力が得られる果実はますます小さくなりつつある。

    【ヨルダン情勢(首相交替)】
    ◆6月4日、アブドッラー2世国王は、ハニー・ムルキー首相の辞任を承認し、前内閣教育相で以前世銀エコノミストを務めたオマル・ラッザーズ氏を後任の首相に任命した。辞任したムルキー氏は2016年5月に首相に任命されたが、物価高や増税で国民の批判が高まっていた。本年初頭には6度目の内閣改造に踏み切ったが、効果がなかった。所得税増税法案等に反対してアンマン他数都市でデモが発生していた。デモは、6月2日、ムルキー首相が所得税、法人税法案撤回を拒絶し、議会が決定すべき事項であると述べたことから激しさを増していた。労働組合幹部は、内閣交代にもかかわらず、所得税の増税法案が撤回されないかぎり抗議行動を続けるとの姿勢を崩していない。ヨルダンは、2011年以来内戦が続くシリアと国境を接し、シリアからの難民約70万人の難民を受け入れており、これも国内経済にとっての重荷になっている。
    ヨルダン首相経済改革政策への大規模抗議をうけ辞任(6月5日付ミドルイーストアイ報道)
    (背景)ヨルダン経済は毎年2%の伸びを続けているが、失業率は18%に達し、国民の貧困比率も20%に達している。2016年ヨルダンは国際通貨基金(IMF)との関係で、3年間723百万ドルの新たなクルジットライン(EFF)供与合意に達し、ヨルダンが民間部門のビジネス環境の改善、財政支出の削減、税制改革などを約束。 その結果、ヨルダン政府は新しい歳入を確保するために付加価値税(VAT)を導入し、小麦のような重要な基礎的商品に対する補助金削減に踏み出した。また、燃料の外部依存を減らすため、国内の再生可能エネルギー能力拡大に乗り出し、 いくつかの太陽光発電所が既に建設中であり、完了した暁には、国内の総エネルギー需要の最大10%を供給すると期待されている。加えて、ヨルダン政府は、IMFが要求するマクロ経済改革を遵守するために、歳入を増やし、債務を削減するため、所得税増額に踏み切ろうとしていた。
    (コメント)ヨルダンでは、憲法上国王が首相の任命、解任、辞任受け入れの権限を有する。国王は皇太子、軍幹部、閣僚、憲法裁判所の判事を任命し、さらに75名の上院議員全員を任命することができる。加えて、両院の解散、下院議会選挙の2年間の延長ができるという絶対権力を握っている。しかし、資源に乏しいヨルダンは常に厳しい経済運営を強いられており、IMFや外国からの支援が命綱になっている。そこで、歴代内閣は、IMF等の要求に応えて、国民から不人気な増税や基礎商品への補助金の打ち切り等の措置を取らざるをえない状況に置かれている。内閣は、国王が直接国民の非難の対象にならないようにする緩衝材の役割を担っており、厳しい国民からの声をうけてヨルダンの歴代内閣は短命に終わるのが常であった。

    【シリア情勢(アサド大統領のロシア・テレビとのインタビュー】
    ◆5月30日、ロシアテレビRTは、ダマスカスにおいてアサド・シリア大統領との単独インタビューを実施したところ、31日RTが報じたアサド発言の注目点次のとおり。
    1.シリア内戦の行方
    ●紛争の終結に近づいているのは、明らかである。外部からの介入がなければ、シリアの状況が安定するのに1年以上はかからないであろう。
    ●シリア政府は、可能な限り、武力行使よりは交渉、和解を優先してきた。戦争は最悪の選択肢である。しかし、アルカーイダやISISやヌスラ戦線や類似の集団は、交渉の用意がない。したがって、採り得る唯一の選択肢は、武力行使である。
    ●シリア政府は、停戦協定を結んで、テロリストがイドリブに退去するのを許したが、それは戦略的にシリア政府軍に有利になるからであり、戦線が多くに分散しているよりは、少ない方がよい。
    2.米国が支援するSDFへの対応
    ●米国は、シリアでそのカードを失いつつある。主要なカードは、「ヌスラ戦線」である。米国は彼らを「穏健派」と呼んでいたが、彼らは穏健などではなく、米国自身が戦うべき「アルカーイダ」であることが暴露された。そこで、米国は、別のカードを探し始めた。そのカードは、米国が支援しているシリア民主軍(SDF)である。我々は、SDFに対処する2つの手段がある。ひとつは、交渉にドアを開けること。SDFのメンバーの大半はシリア人であり、国を愛し、外国の操り人形になりたいと考えていない人びとであり、政権側との和解が可能である。しかし、交渉が失敗に終われば、(第二の手段として)彼らが米軍と一緒であろうがなかろうが、シリア軍は支配されているすべての土地の解放に進まざるをえない。それは、我々の土地であり、我々の権利であり、我々の義務であるからだ。米国はそこから立ち去らねばならない。
    3.ロシアへの見方
    ●ロシア軍と米軍の直接の衝突の危険が高まっていたが、米国の指導部の知恵ではなく、ロシアの指導部の知恵で、衝突が回避された。ロシアは弱さからではなく抑制し、その警告によりトランプ政権がシリアに全面的な攻撃を仕掛けるのを防いだ。
    4.イスラエルへの見方
    ●我々の世代は、イスラエル侵略の脅威の下で生きてきた。それは偽らざる感情である。イスラエルが脅しをかけるのは、彼らがパニック状態にあるからだ。イスラエルは、ヌスラ戦線やISISという仲間を失った。それがイスラエルがパニックに陥っている理由であり、我々は彼らのそうした感情を理解している。イスラエルの航空攻撃をシリアは止めることはできないという表現は正しくない。ロシアの支援によりシリアの防空システムは以前より強力で、最近のイスラエルや米英仏の攻撃に際してもそれが示された。
    5.化学兵器使用疑惑
    ●化学兵器を使用したと主張される攻撃のタイミングは、シリア政府軍の東グータ制圧の後であり、現場の市民も医療関係者も、そのような攻撃の兆候はなかったとの数多くの報告がある。そもそも、シリアは化学兵器を保有していない。この件は、国際社会の意見を扇動する土壇場の試みであるが、それは失敗に終わった。しかし、米国が将来同じような挑発を仕掛けてくることを止めるすべはない。これが二度と起こらないとの保証はない。しかし、4月のミサイル攻撃の法的根拠は何であったのか。何もない。
    6.トランプ大統領の発言
    ●トランプ大統領は、自分のことを「アニマル・アサド」と呼んだ。それは私が使う言葉ではない。ある人の発言は、その人自身を体現しているとのことわざがある。
    7.シリア紛争の性格
    ●シリアの紛争は、「内戦」ではない。事実、シリア政府の支配下にあるダマスカス、アレッポ、ホムスにしろ、宗派や民族に基づく紛争は起きていない。「内戦」は正しくない。実際に起きたことは、西側が資金供与した傭兵、シリア人、外国人が政権を転覆させようとしたのであり、それ以外は真の意図を覆い隠すためのマスクにすぎない。
    アサド大統領インタビューハイライト(5月31日付RT報道)
    (コメント)今回のインタビューでの最大の注目点は、クルドが主体のSDFに対して、シリア政府と交渉し、和解を模索するか、そうでなければ、米軍が一緒にいようといまいとSDFが支配している土地を奪い返すとのメッセージを発出したことである。SDFは、2015年10月に米国の後押しで結成されたクルド人、アラブ人、アッシリア人等の軍事組織で構成される軍事部隊である。シリアではクルド人の軍事組織YPG、YPJ(注:クルドの女性部隊)が、米国が主導する有志連合とともに地上の信頼できる部隊として、ISIS駆逐作戦に参加し成果を上げていたが、NATOのメンバーであるトルコが米軍によるYPG活用と支援に強く反対していたため、米国は、クルド色を薄め、様々なシリアのグループが参加するSDFが有志連合と協力しているという建前を打ち出す必要があった。アサド政権側も、ヌスラ戦線や自由シリア軍、ISISとの多方面との戦闘において、クルド勢力は味方とまでは言えなくとも、直接的対立を回避し、SDFは基本的にISISとの戦闘に専念し、アサド政府軍は、政権の打倒を目指すヌスラ戦線や自由シリア軍との戦いに重点を置くという事実上の役割分担が成立していた。ところが、2017年10月にはSDFの進撃を受けてISISの首都ラッカが陥落し、ISISの拠点が崩壊したことにより、アサド政権とSDFの関係に変化が生じ始めた。2018年1月、トルコ軍が、クルドが支配するシリア北西部のアフリンに越境侵攻した際も、アサド政府軍は、クルド勢力とともにトルコ軍に抵抗する選択肢をとらなかった。一方、米軍も、アフリンでの戦いは、対ISIS戦とは無関係として、介入を避けたため、クルドは、2013年以来支配してきたアフリンを退去せざるをえなかった。そして、5月下旬、トルコと米国が作業部会を起ち上げ、YPGが主体のSDF支配下のマンビジからYPGのユーフラテス川東岸への退去と新たな統治機構の立ち上げのためのロードマップ作成を話し合い、6月4日には、米トルコ外相会談で決定の観測が出てきている。すなわち、アサド大統領のクルドへのメッセージは、ISIS掃討作戦に貢献してきたクルド人の血の代償を得るため、最後まで米国を信頼するのか、あるいは同じシリア人として、少なくとも過去数年直接的対立を避けてきた者同士として、融和の途を歩むのかという2者択一を迫ったものと考えられる。トルコは、マンビジ方式が成功すれば、類似の方式をラッカやコバネにも適用すべきとの考えであり、米国がクルドに具体的な見返りを示すことができなければ、クルド人の失望と反発が強まることは避けられない。アサド政権側にとっては、現在、シリア北東部のクルド支配地域に存在する石油・ガス田の奪還が悲願であり、クルドの米国からの離反を期待しているものと考えられる。トルコもクルドがシリア政権の支配下に収まり、PKKとの連携を遮断できれば、クルドが国境沿いに支配地を確保するよりは望ましく、将来的にシリアとトルコ両国政府間の関係打開の重要な要素になりうる。

    【シリア・クルド情勢(マンビジを巡る米・トルコ協議)】
    ◆米国とトルコは、マンビジの安全と安定確保に向けて両国の協力を進めるためのロードマップを議論するため、5月25日、アンカラで作業部会会合を開催し、ロードマップに含まれるとみられる主要な項目は次のとおり。
    ①YPGのマンビジからの退去
    ②誰がマンビジを支配し、治安に責任を持つのかを決定
    ③マンビジを退去したYPGへの対応(行く先、武装解除等)
    ●トルコ外相の補足説明:トルコは、マンビジからのYPGの退去をモニターする。それは、他のテロリストが空白を埋めないようにするためである。マンビジの人口は9割がアラブ人である。人口2%に過ぎないクルドが統治するのは不自然。クルドは、多数を占める町で統治すればよい。マンビジでの成功に続き、ラッカやコバネといった他の地域でも同様に対処する。マンビジでとられる措置は、トルコ。米両国間の緊張緩和、信頼醸成に役立つ。米国は、YPGがPKKとの関係を断つよう努めていると信じているが、それが本当に可能か、また、YPGが武装闘争を放棄するのか疑問が残る。
    ●米国務省報道官は、合意の成立を否定したものの、トルコ国営アナドール通信は、両国は技術的な合意に達し、今後1か月の間に、YPGはユーフラテス川西岸から退去すると報じた。
    ●チャブシュオール・トルコ外相とポンペイオ米国務長官は、作業部会の提言を検討するために6月4日ワシントンDCで会合する。
    5月30日付スプートニク報道
    (コメント)マンビジ問題は、米・トルコ両国にとってのどに刺さった魚の骨のような存在である。トルコは、シリアのクルド人民防衛隊(YPG)をトルコのクルド労働党(PKK)と同根のテロリストとみなして、やはりPKKをテロ組織と位置付ける米国に対してYPG支援をやめるよう言い続けてきた。これに対して、米国は、2014年6月にイスラム国を宣言したISIS掃討作戦を進めるにあたって、シリア領内で信頼できる地上部隊として、YPGを支援してきた。YPGは、米国が主導する有志連合の期待に応え、2015年1月にはトルコ国境付近のコバネ(アラブ名:アインアラブ)からISISを駆逐し、その後、ISISの拠点を次々に制圧し、2016年8月12日には、ユーフラテス川西岸のマンビジを制圧した。YPGが主導するシリア民主軍(SDF)の支配地拡大に危機感を募らせたトルコは、同年8月24日、シリアに越境侵攻し、ジャラブルスを制圧、ISISを駆逐した。その後、トルコはISIS掃討を継続し、ラービグ、アルバーブまで進出したところで、米軍、ロシア軍がトルコ軍が南下やマンビジ方面への侵攻を阻止した。結局、米軍は、トルコ軍ではなく、YPGが主導するSDFを選択して、2017年10月17日、ISISの首都とされたラッカを陥落させた。トルコは、2016年8月トルコを来訪したバイデン米副大統領がYPGのユーフラテス川東岸への退去にコミットしていたにもかかわらず、米国がトランプ政権になってからも一向に約束を実行しないことに業を煮やして、2018年1月20日、シリア北西部のアフリンに越境侵攻し、同地からYPGを駆逐し、マンビジへの侵攻継続の意図を隠していなかった。それを受けて、今回、両国は作業部会でマンビジからのYPG退去と新たな統治機構立ち上げのロードマップ設定の話し合いをもったということである。YPGの政治組織PYDはいまだにトルコの反対で、シリアの政治協議、アスタナ協議に参加できず、ロシアもトルコとの関係を重視しており、シリアのクルド勢力はISISとの戦いで流した血の政治的代償を受けることなく、米国から梯子を外される可能性が高くなってきている。

    【イラク国民議会選挙(1021投票所の投票結果無効)】
    ◆イラク選挙管理委員会は、数多くの選挙に関する苦情を受けて、国内9県10区域投票所954か所、在外選挙投票所67か所の投票結果、合計1021か所の投票結果を無効にした。
    (無効になった投票所数)(注)数字左は選挙管理委員会技術委員会により独自の調査で無効となり、右は政党などから投票操作があったとの苦情申し立てにより無効となった数) エルビル73+7、スレイマニア96+0、ドゥホーク224+0、ディアラ2+0、サラハッディーン36+11、ニナワ179+16、キルクーク186+0、バグダッド・ルサファ3、バグダッド・カルク3+17、アンバール50+51、海外67(独10、ヨルダン22、米31、スウェーデン2、英1、トルコ1) 計1021
    イラク選管、1021投票所の投票結果無効化(5月30日New Arab 報道)
    (コメント)イラクでは、今回の総選挙から投票結果の集計の迅速化と不正防止のため電子カウント方式が導入された。それにもかかわらず、選挙結果の不正操作の苦情が相次ぎ、選管は、1021か所の投票所の選挙結果を一旦白紙に戻した。イラク国民議会では5月28日、①在外、国内避難民の投票結果の無効化、②先に発表された10%の電子投票結果と手作業での投票結果を見比べ、その乖離が25%以上あれば、1100万人すべての投票結果を手作業で再確認するとの法律が可決されている。数字でわかるとおり、無効となった投票所の多くはクルド自治区およびその周辺にあり、クルドの各ブロックの投票結果が大きく変化する可能性がある。また、サドル派、PMU、アバーディ首相グループの当選者数が変化するとみられ、連立工作にも影響が避けなれない。いずれにしても、新内閣の発足が大幅に遅れ、かつ、新たな開票結果がさらなる国内各派の対立と混乱を招く可能性も排除されない。

    【シリア軍事情勢(ロシア軍参謀本部説明)】
    ◆23日のロシア連邦軍参謀本部作戦総局長セルゲイ・ロツコイ上級大将によるシリア情勢ブリーフィング。
    ①ロシア航空宇宙軍によって支援されたシリア政府軍は、シリア・アラブ共和国の主要地域を残存のテロリスト集団から解放する重要な成果を収めた。これらの地域には、イドリブ県の東部、ダマスカスの郊外、東グータ、ホムス県北部、現在シリア政府軍の支配下にある東部のカラムーン、ヤルムークが含まれる。
    ②イドリブ県東部:今年1月から2月にかけて、旧ヌスラ戦線の武装勢力1,500人が強力なISIS武装勢力とともに、イドリブの東部で身柄確保され、あるいは一掃された。その結果、政府軍は、北から南ではカフル・アッカールからサッブーラまで、西から東ではシンジャールからアルハンマームまで、4300平方キロメートル以上の領土を支配下に収めた。ハマ・アレッポの高速道路はすでに再開されている。人々は解放された地域で平和な生活に戻り、難民は帰還することができる。合計で9,573人の民間人が、アレッポ県のアブ・ドゥールとタル・スルタン付近の人道廊下を経由して、すでにイドリブ県の西方を離れた。イドリブでは、緊張緩和地域の状況が安定化している。緊張緩和地帯の境界線に沿って監視ポストが配置されている。アスタナ・プロセス保証国(ロシア、イラン、トルコ)要員がそこに駐屯している。ロシアは10か所、トルコが12ヵ所とイランが7ヵ所のポストを組織した。彼らは、政府軍と武装勢力による停戦体制の遵守を監視している。各ポストは安定したコミュニケーションによって結び付けられている。監視員、状況や停戦違反に関する情報を絶えず交換している。必要に応じて、それらを防止し、紛争に対処するための措置がとられる。
    ③ダマスカス郊外:シリア政府軍は、ダマスカス郊外でのすべての解放作戦をやり遂げた。ロシアの対立する当事者間の和解センターは、東グータ、東カラムーン、ヤルムークでの前例のない人道活動を監督した。民間人の死傷者を避けるために、ダマスカスの郊外から特別な人道回廊を経由して、28,725人の武装勢力を含む188,234人が脱出した。 彼らは自国の北部に自主的に移送された。 民間人のほとんどは既に故郷に戻ってきた。旧パレスチナ難民キャンプであるヤルムークは、シリアの首都でテロリストの最後の拠点だった。 シリアの様々な地域でシリア政府軍に敗れたイスラム国武装勢力の避難場所となった。西ヤルムークで活動するISIS武装部隊は一掃された。 当該地区は現在、政府軍の支配下にある。さらに、ロシア側の紛争当事者和解センターの取り組みにより、ヤルムーク東部の武装勢力の一部のメンバーは、自発的に赦免を受けるか、平和な生活に復帰するか、あるいはイドリブ県に向け家族と一緒にその地域を離れるか選択の機会が与えられた。合計で、3,283人の武装勢力がヤルムークから退去した。この作戦の結果、ダマスカスの住民は過去6年間で初めて安全を感じことができた。 毎日の居住区域への砲撃、テロ攻撃、誘拐に対する攻撃はもはやなくなった。 武装勢力によって捕らわれていた人質は解放された。かつて武装集団が支配していた地域では、食料品や医薬品の価格が大幅に下がった。 人々は今や、医療を受けることができるようになった。解放された地域の状況は今や正常に戻り、人々は平和に暮らすことができるようになった。
    ④ホムス県北部:ホムスの緊張緩和地帯での人道作戦でも同様のシナリオが実施された。 武装組織の指導者、部族の長と宗教団体の代表との交渉で緊張緩和地帯の整備により平和な生活を確立すること、ならびにホムス・ハマ高速道路の再開に合意した。武装組織のメンバーは、赦免を利用して居住地にとどまる機会を与えられた。 シリア政府の支配を拒否する者は、イドリブ県か、アレッポ州北部のジャラブラス市に向け出発することができた。5月7日以来、合計13,407人の非合法武装組織が、アル・ラスタン、アル・カンタラ・シマーリ、タルビセほかの居住地から退去した。武装組織は、シリア政府軍に7隻の戦車、5隻の歩兵車両、大型カリバーマシンガンを備えた7隻のピックアップ、122の銃とモルタル、20の多重打上げロケットシステム、9個のATGMシステム、45個の手榴弾ランチャー 14基の対空システム、12基のヘルファイヤー即興ランチャー、56基の大口径機関銃を渡して投降した。ホムス緊張緩和地帯が平和裡に解放されたことを強調する。 敵対行為はなく、民間人と反政府側には死傷者はない。
    ⑤アスタナ・プロセス:イラン、ロシア、トルコは、5月15日に完了した第9回会合で、これらの問題とシリアの現状について話し合った。保証国の代表は、2017年5月4日にシリアでの緊張緩和地帯創設に関する覚書が発効して以来、シリアにおける状況の展開を過去1年間にわたってレビューした。出席者は、停戦を維持し、シリアでの暴力や安定状況を改善するために緊張緩和地帯が果たした重要な役割を強調した。出席者は、3つの保証国が、拘留者と人質の解放、遺体の返還、そして行方不明者の捜索についてワーキンググループの第2回会合を開催することを歓迎した。そこには国連と赤十字国際委員会の専門家が出席する。 シリア・アラブ共和国の対立する双方の信頼構築のために協力を続ける必要性が確認された。両当事者は、シリアの人々に支援を提供し、人道的な地雷除去を促進し、歴史的遺産を保存し、社会的および経済的基盤を回復させるためにあらゆる努力を払うことに同意した。
    ⑥ロシア活動:ロシアの紛争当事者間の和解センターは、シリアの人々に対する人道援助活動を継続する。和解センター長ユーリ・エブチェンコは、非合法武装組織から解放された地域の復興作業と難民帰還に関してビデオ会議で詳細に説明する予定。
    ロシア連邦軍参謀本部説明(5月23日ロシア国防省HP)
    イドリブ県緊張緩和地帯監視ポスト(5月24日付マスダル・ニュース記事)
    (コメント)シリア国内の政権側と反体制側の戦闘については、2016年12月の政権側のアレッポ制圧、2018年3月末の東グータ制圧、5月下旬のヤルムーク解放と順調に支配地域を拡大してきており、トルコの影響下にある北シリア(ジャラブルス・アザーズ、アフリーン地区)と米軍が駐屯するシリア北東部のクルド支配地域、ならびにヨルダン国境地域を除けば、最大の係争地として残ったのが、政権側支配復帰を拒絶した反体制派武装勢力が各地から移動して居住するイドリブ地区である。東グータに続く凄惨な戦闘も予想されたが、アスタナ・プロセスを通じて設定されたイドリブ緊張緩和地帯に、トルコ側が12か所、ロシアが10か所、イランが7か所の監視ポストを設定し、最終的なイドリブの取り扱いは政治プロセスにゆだねられる可能性も出てきた。ロシア連邦軍の説明では、政府軍側に解放された地域では、人々の帰還や人道支援、インフラ復興も始まっているようで、各地域の安定化が政治プロセスの推進につながることが期待される。

    【米国のイラン核合意離脱(ハメネイ最高指導者の欧州へのメッセージ)】
    ●ラマダン月開始7日目にあたる5月23日夕、ハメネイ・イラン革命最高指導者は、政府関係機関幹部を集めた会合において演説し、イランの経済は、JCPOA及び欧州に頼り切ることはできないと強調し、「多くの証拠がある。一部の欧州企業は既に立ち去った。さらに立ち去ろうとしている企業、残れるかどうか確信はないという企業もある。欧州の首脳はさまざまなことを言う。これらの3カ国(英・独・仏)は、13年ないし14年前に約束に反した行動をとった。核交渉では、彼らは約束を守っておらず、今度は同じような不誠実さと言い逃れを繰り返さないことを証明しなければならない。過去2年間、米国は何度かJCPOAに違反し、欧州は沈黙していた。欧州は沈黙の代償を支払う必要がある。欧州が6つの具体的な保証を提供する場合に限り、JCPOAの継続が可能である」と表明。そして、 ハメネイ師は、欧州諸国がイランの要求の実行を躊躇っていれば、イランは核活動を再開する権利を有する、敵(注:米国のこと)は国防省ではなく財務省内に戦争作戦室を設置したが、敵の悪質な攻撃に対抗する組織を政府の経済センター内に設置する必要がある。外務省は協力しなければならないと発言。
    (ハメネイ師がイランが核合意に留まる条件として欧州に突き付けた6項目)
    ①欧州は過去の米国の合意違反行為への沈黙の代償を支払う必要がある。
    ②米国は安保理決議2231を拒絶した。欧州は、米国の違反を糾す決議を提出する必要がある。
    ③欧州はミサイル問題やイスラム共和国の地域(介入)問題を提起しないことを約束しなければならない。
    ④欧州は、イスラム共和国に対する如何なる制裁に遭遇した場合にも、米国の制裁に対し明白に立ち向かわねばならない。
    ⑤欧州はイランの石油が完全に売却されることを保証しなければならない。米国が石油の販売を損なう場合、我々は望む量の石油を売ることができなければならない。欧州は、損失を補償し、イランの石油購入を保証しなければならない。
    ⑥欧州銀行はイスラム共和国との取引を保証しなければならない。我々は、欧州3カ国との間では紛争はない。以前の経験に基づけば、我々は彼らを信頼していない。
    ハメネイ最高指導者発言(5月24日ハメネイ・イランニュース)
    (コメント)5月23日のハメネイ最高指導者の発言は、21日のポンペイオ米国務長官がイランに突き付けた12項目に対する反応であるが、いずれの発言も欧州へのメッセージである点が共通している。すなわち、ポンペイオ国務長官は、米国のイランへの制裁再開に欧州が協力しなければ、欧州企業も強力な米国の制裁の対象になると警告を発しており、これに対して、ハメネイ師は、欧州に口先だけでなく、イランとの取引を守るための具体的な行動をとるよう要求している。とりわけ、経済金融に関して、イラン財政と経済の生命線である石油の販売を保証すること、欧州の金融機関との取引を維持する方策を用意することを求めていること、政治的には、国際約束を一方的に破った米政権を安保理決議をもって非難すること、ならびにイランが自衛の権利であるとみなすミサイル開発に口を出さないこと、さらには、シリアやイラクなど当該国との了解の下、派遣している部隊の撤退を第三国から求められる筋合いはないとの立場を打ち出していることが注目される。

    【イラク国民議会選挙(最終結果)】
    ◆5月12日実施された国民議会選挙の最終結果が19日発表された。これによれば、イラク・シーア派指導者で、かつて米軍のイラク侵攻時には、米軍に抵抗し、現在はイランとも距離を置くムクタダー・サドル師のグループが最大議席を獲得した。次に、イランと関係が深い公的動員勢力PMUが支持する征服者連合、そしてアバーディ現首相の勝利者連合と続いた(参考1)。サドル師は、さっそく、アバーディ首相、アーメリ征服者連合代表らと連立内閣発足に向けた協議を開始した(参考2)。サドル師の勝利は、共産党や世俗主義者と組んで、汚職や腐敗撲滅を訴えて支持を集め、特に最大選挙区バグダッドでトップを確保したことが功を奏した。クルド地域では、KDPが25席でトップを確保したが、過去2回の選挙でゴランの後塵を拝していたPUKが、創設者タラバーニ元連邦大統領の死去や2017年10月にキルクークを失ったにもかかわらず健闘し、18議席を確保した。
    イラク国民議会選挙各グループ獲得議席数(5月19日付Rudaw報道)

    (参考1)Rudawが報じた主要グループの獲得議席数
    行進者Sayirun : 54 議席 ムクタダー・サドル師率いるサドル派+共産党+世俗連合
    征服者Fatih : 47 議席 ハーディ・アーメリーバドル軍団代表率いる公的動員勢力(親イラン)
    勝利同盟Victory (Nasr) alliance : 42 議席 アバーディ首相のグループ
    法治国家State of Law : 26 議席 マーリキー元首相のグループ
    クルド民主党KDP : 25 議席 バルザーニ党首率いるクルド・グループ
    国民Al-Wataniya : 22 議席 イヤード・アッラーウィ元副大統領のグループ
    叡智戦線Hikma Front: 19 議席 アンマール・ハキーム師のグループ
    クルド愛国者同盟PUK: 18 議席 故ジャラール・タラバーニ創設の政党(ジュワン・イフサン党首)
    イラクの決定-14議席 ヌジャイフィ前ムッタヒドゥーン党首のグループ
    その他中小リスト-62議席
    (参考2)新内閣発足までのプロセス(出所:外務省HP)
    イラク憲法の規定では,選挙結果確定から15日以内に国会が召集され,その初回会合で国民議会議長・副議長が選出(注:議員の過半数の賛成が必要)。次に,国会召集から30日以内に新大統領が選出(注:議員の3分の2の賛成が必要)。そして,大統領は自身が指名されてから15日以内に議会の最大ブロックの候補に組閣を託す。同候補(首相候補)は30日以内に閣僚名簿を作成し,新政権は国会の承認を得て発足(注:議員の過半数の賛成が必要)。他方,国会が閣僚名簿を不承認とした場合や組閣が失敗した場合は,大統領による首相候補指名から始まるプロセスが再度行われる。
    (参考3)クルドの獲得議席
    クルド民主党KDP: 25 議席 マスウード・バルザーニが党首
    クルド愛国者同盟PUK: 18 議席 ジュワン・イフサンが党首
    ゴランGorran : 5 議席 オマル・サイード・アリーが党首(ゴランは、2013年の24議席から激減)
    新世代New Generation: 4 議席 シャスワル・アブドル・ワヒードが党首
    イスラム政党・コマルKomal: 2 議席  アリー・バービルが党首
    民主正義同盟CDJ: 2 議席 バフラム・サーレハが党首
    クルドイスラム連合KIU: 2 議席
      (コメント)アバーディ首相が有利との前評判を覆し、サドル派が最大議席を獲得した。アバーディ首相の勝利連合は、イランと関係が深いPMU支持の征服者連合にも及ばず、第3位に沈んだ。サドル派の勝因としては、宗派色を薄めて、共産党や世俗派と組んで、腐敗や汚職追及を前面に打ち出し、一般国民の支持を集めたことがまず挙げられる。また、ナジャフの宗教指導者は、イランの影響が強くなりすぎることを警戒しており、これも、サドル派の議席確保を支えたとみられる。征服者連合は、一位の座は譲ったものの、イラン系抜きで新政権は発足させないとの存在感は示した。アバーディ首相は、ISIS掃討の指揮をとり、昨年9月のクルドの住民投票でも中央政府の強い対応で領土の一体性維持に貢献したにもかかわらず、カリスマ性を欠き、依然として強力な政治家とはみられていないことが明らかになった。今後の見通しとしては、サドル師自身は議席を有しておらず、そもそも新内閣発足には、国会で過半数(165議席)が必要になるため、他の政党と連立を組まざるをえず、サドル師自身、インクルーシブな内閣発足を目指すとしており、そのためにアバーディ首相と組んでアバーディ首相を首班とする新内閣の発足を目指すのではないかとみられる。アバーディ首相は、ISIS掃討作戦で、米国と協調し、さらに今後の復興支援をにらんで、サウジとの関係も改善しており、昨年7月にサウジを訪問したサドル師にとってもイランとのバランスをとるために受け入れ可能な首相候補とみられる。これに対してイランは指をくわえて黙っているわけではなく、さっそくソレイマニ革命防衛隊コッズ軍司令官がイラク入りし、イラン排除型の新内閣とならないよう関係者との協議を精力的に行っているとされる。サドル師もPMU勢力を内閣から完全に排除することは困難であるとみており、一定の妥協を図るのではないかと考えられる。

    【米国のイラン核合意離脱(新たな合意のための12項目の要求)】
    ◆5月21日、ポンペイオ米国務長官がワシントンD.C.のヘリテージ財団での演説で、イランに対して、イランと新たに合意する場合に含まれるべき12項目の要求を突き付けた。その要求に応えない場合は、イランはかつてないほどの厳しい制裁に直面するだろうと警告。これに対して、イランのローハニ大統領は、ポンペイオ発言に対して、「イランや世界に代わって決定を下すというあなた方(米国)はいったい何様であるのか」と国営通信を通じてコメントし、米国の一方的な要求を拒絶した。 (米国の対イラン12項目の要求)
    ①イランの核兵器プログラムのこれまでの軍事的側面について完全に説明できるようにするとともに、そのような活動を永久に、かつ恒久的に検証可能な形で放棄することを国際原子力機関(IAEA)に宣言する。
    ②濃縮を停止し、重水炉の閉鎖を含めプルトニウム再処理を決して追求しない。
    ③IAEAに、イラン国内の全てのサイトへの無条件のアクセスを認める。
    ④弾道ミサイルの拡散を止め、核弾頭搭載ミサイルシステムのさらなる打ち上げや開発を停止する。
    ⑤すべての米国市民ならびに米国のパートナーおよび同盟国の市民を解放する。
    ⑥ヒスボラ、ハマース、イスラム聖戦(イスラミック・ジハード)を含む中東の「テロリスト」グループへの支援を止める。
    ⑦イラク政府の主権を尊重し、シーア派民兵の武装解除、解体、再統合を認める。
    ⑧反体制ホーシー派に対する軍事的支援を終了し、イエメンにおける平和的で政治的な解決に向けて努力する。
    ⑨イランの指揮下にあるすべての部隊をシリア全土から撤退させる。
    ⑩アフガニスタンならびに(中東)地域においてタリバーンやその他の他の「テロリスト」の支援を終了し、アルカーイダの幹部指導者に庇護を与えることをやめさせる。
    ⑪世界中の「テロリスト」と「武装」同盟者に対するイスラム革命防衛隊コッズ軍の支援を終了させる。
    ⑫イスラエルを破壊するとの脅しや、サウジアラビアやアラブ首長国連邦に向けてのミサイルの発射、国際的な輸送への脅威ならびに破壊的なサイバー攻撃を含む、多くが同盟国である近隣諸国に対する脅迫行為を終了させる。
    ポンペイオ米国務長官のイランに対する12項目要求(5月21日付アルジャジーラ報道)
    ポンペイオ発言に対するローハニ大統領の発言(5月21日付アルジャジーラ報道)
    (コメント)ポンペイオ米国務長官が、イランにつきつけた12項目要求については、ネタニヤフ・イスラエル首相が早速支持し、UAEのガルガーシュ外務担当相も正しい方向性の措置であると評価した。しかし、この12項目の要求にイランが応じるとは米国自身考えておらず、また、それに向けての交渉にイランが乗ってくるとは考えられない。今回の要求は、イラン向けとの形をとっているものの、実際には、米国と協力してイランに圧力を行使すべきであるとのトランプ政権の欧州への警告であり、欧州が協力せず、欧州企業や金融機関がイランとの取引を継続すれば、過去に例をみない「最大級」の制裁、罰則に直面するであろうとの脅しである。欧州委員会は、欧州企業が米国の制裁の被害を受けないよう対抗策を打ち出す姿勢を示しているが、米国との取引を行う多国籍企業の多くは、腰が引けており、欧州が緩和策を打ち出しても限界があるとみられる。他方で、今回提示された12項目の要求の中には、シリア国内に展開するイラン指揮下の部隊撤退要求やイランと関係の深いシーア派組織を通じてのイラク政権への影響力行使排除が入っており、これらについては、シリアではイランと協力関係にあるシリア政権やアサド政権に影響力を有するロシアを通じて、イラクでは5月12日の国民議会選挙で最大ブロックのリーダーとなったイランと距離を保つムクタダー・サドル師や米国との関係も良好なアバーディ首相を通じてイランのプレゼンス減少に向けて影響力が行使されていく可能性がある。

    【中東和平(パレスチナ問題に関するOIC緊急サミット】
    ◆5月18日エルドアン・トルコ大統領の呼びかけでイスラム諸国会議機構(OIC)を構成する各国首脳や代表(参考1)がイスタンブールに集まり、現下のパレスチナ情勢の悪化を踏まえ第7回OIC緊急サミットが開催された。サミットは、18日最終コミュニケを発出して閉幕した。最終声明では、(イ)ガザにおけるイスラエル軍の実力行使により多数のパレスチナ人に死傷者が出てことを調査報告するための独立した国際専門家委員会の設置、(ロ)米国のエルサレムへの大使館移転に追随する国に対して、適切な政治的経済的制裁を勧告するとともに、(ハ)パレスチナ人への人道支援等を行うUNRWAの予算確保のための支援強化(参考2)をメンバー国に呼び掛けた点が特に注目される。
    (緊急OICサミット・最終コミュニケの主要点)
    ①ガザにおける市民に被害を出したイスラエル軍の行為に関する独立国際専門家委員会の設置要求:ガザ地区の平和的で非武装なデモ隊に対してイスラエル軍が犯した犯罪や虐殺を調査し、イスラエル当局者の犯罪性を判断し、調査結果を関連する国際機関に伝えるため、OIC事務局に対して直ちに独立した国際専門家委員会を設置するよう要請する。
    ②パレスチナの大義支持再確認:パレスチナ人の大義と聖地エルサレムの地位が核心であることをイスラム共同体に再確認する。 1967年6月4日の境界の下で、聖地エルサレムを首都とする独立した主権国家の設置や自決権の行使を含むパレスチナ人の民族的権利を追求するパレスチナ人への根本的支持を再確認する。
    ③米国がエルサレムをイスラエルの首都とみなし、米大使館移転を実行したことへの非難:エルサレムをいわゆる支配者であるイスラエルの首都と認める米国大統領の違法な決定に対する我々の拒絶を繰り返し表明する。 それは法的に無効であり、正当な国際決議に違反しており拒絶する。 それがパレスチナ人の歴史的、法的、自然的、民族的権利に対する攻撃であり、平和の見通しを損ない、国際平和と安全を脅かす意図的な試みである。エルサレムでの米国大使館の開設を非難し、 それは、国際法の著しい違反、国連を含む国際秩序への挑戦であり、イスラム共同体、パレスチナ人の国民的権利に対する挑発と敵対行為であるとみなす。それはイスラエルの占領をさらに拡大し、パレスチナ人に対する違法かつ犯罪的措置を強化する。
    ④エルサレムに対するOICの立場が不変であることの再確認:エルサレムがパレスチナの永遠の首都として残ること、エルサレムの米国大使館の開設発足が占領されたエルサレム市の法的地位を変更したり、占領者であるイスラエルによる違法併合を合法化することはないという立場を再確認する。
    ⑤米国に続いて大使館をエルサレムに移転する国に対する対抗措置:米国政府の大使館移転に続く国々、それを受け入れ、黙認し、あるいは類似の措置をとる国々は、国際法と秩序を軽んじている。 これらの恥ずべき行動に適切な措置で対応するという我々の決意を表明する。 米国の違法な例に引き続いて、他の国々が大使館のエルサレム移転を防ぐために必要な措置を講じることを決定した。 これに関連して、グアテマラの大使館のエルサレム移転を非難し、エルサレムをイスラエルの首都と認める国やそこに大使館を移転する国々に対して、適切な政治的、経済的およびその他の措置を取るという我々の決意を表明する。 これに関して実施される適切な措置を勧告する準備を整えるよう事務局にマンデートを与える。
    ⑥エルサレム併合を認める国々や関係者に対するOICによる経済的措置:加盟国、OIC事務局、OIC傘下の機関、専門機関および関連機関に対して、占領者であるイスラエルによるエルサレム併合を承認し、米国に続いてエルサレムに大使館を移転し、あるいは、イスラエル占領下におかれたパレスチナ人の植民地化に寄与する措置をとろうとする国々、公務員、議会、企業または個人に経済的制限を適用するための必要な措置を講ずるよう要請する。
    ⑦各国のエルサレムへの対応に基づき国際場裡でのポスト獲得への支持/不支持選別:OICの支持を求めて国際的なポストに立候補している国々が、パレスチナ問題、特にエルサレムに関する彼らの立場に基づいて判断されることを確認する。
    ⑧UNRWA支援強化とワクフ開発基金立ち上げ支援:530万人以上のパレスチナ難民に不可欠なサービスを提供するUNRWAの特別な重要性を強調し、加盟国に、UNRWAが持続可能な予算を維持できるよう支援を拡大するよう促す。パレスチナ難民とホスト国をさらに支援する手段として、加盟国の集団的支援を強化し、人道上の救済、開発、社会保障の分野でUNRWAの活動に一貫した持続可能な形で資金提供を確保できるようにするために、イスラム開発銀行から提出された予備的調査研究で結論されたワクフ開発基金の設立を歓迎し、加盟国にワクフ開発基金が迅速に運営できるようにすることを促す。
    5月18日付パレスチナの深刻な状況の展開に対する第7回OIC緊急サミット最終コミュニケ(OIC公式サイト)
    (参考1)OIC緊急首脳会議への主な出席者:アフガニスタン、ギニア、イラン、カタール、クウェート、モーリタニア、スーダン、ヨルダン、ノルウェー、北キプロス・トルコ共和国(TRNC)は国家首脳が、パレスチナ、キルギスタン、パキスタンは首相が会議に出席し、サウジアラビア、エジプト、アゼルバイジャン、バーレーン、レバノン、イラク、チュニジア、オマーン、リビア、バングラデシュ、ブルキナファソ、チャド、カザフスタン、コモロ、モルディブ、タジキスタンが外相レベルで出席した。ウズベキスタン、アルジェリア、スーダンは議会関係者が出席。トルコは、大統領のほか、首相、外相が出席。
    5月19日付アナドール通信報道
    (参考2)米国は、本年1月パレスチナ人への支援を行うUNRWAへの拠出を60百万ドルと当初予定の半分以下(65百万ドル凍結)とすることをUNRWA側に通告しており、予算の大幅不足をうけて、UNRWAはドナーへの追加支援を訴えた。
    1月16日付米国の拠出大幅削減表明を受けてのUNRWA事務局長緊急声明
    (コメント)またしても非アラブのエルドアン大統領が、外交的イニシアティブを発揮し、イスラム諸国57か国が加盟するOIC緊急サミットをトルコ国内で開催し、米国のエルサレムへの大使館移転とそれに追随する一部諸国の動きをけん制するとともに、国際社会の反対を押し切って移転を強行した米国ならびにガザで発生した抗議デモで多数の死傷者を発生させたイスラエル軍の行為を厳しく糾弾した。とくに注目されるのは、米国に追随して、エルサレムに大使館を移転する国々に対して政治的、経済的制裁を示唆したことである。エルドアン大統領は、ここで歯止めをかけなければ、すでに移転を実行したグアテマラだけでなく、米国との関係を重視する国々が相次いで、エルサレムに大使館を移転し、イスラエルの力の支配の下でのエルサレムの地位の固定化が進み、これまでの関連国連決議や国際秩序を事実上崩壊させる事態を恐れたものと考えられる。1973年10月の第四次中東戦争後、イスラエル寄りの立場をとる米国やオランダ等に対して、サウジが主導して、諸外国が親イスラエル政策をとっているか否かを判断基準に石油の輸出を行うか、禁輸するかを決定する石油戦略をアラブ諸国が発動したことで、原油価格が高騰し、世界中にオイルショックの波が襲った。今回のOICが打ち出した方針が、どこまでOIC加盟国の現実の政策に反映されるかについては、イスラム諸国内では、アラブ陣営内でも、サウジやUAEなどイラン封じ込めやビジネス関係で米国との協調が必要な国々の反応は概して静かで、OICがエルサレムへの大使館移転を行う国々に対して経済制裁を打ち出しても、エネルギー資源を有し、オイルマネーを運用するアラブ諸国の実質的協力が得られなければ、その効果は限定的にならざるをえない。しかしながら、6月24日のトルコ大統領選挙をにらんで、エルドアン大統領がイスラエル・パレスチナ紛争の弱者であるパレスチナ人の側に寄り添い、聖地エルサレムについては米国相手でも一歩も妥協しないという強い姿勢を見せることは、トルコ国内のイスラム教徒に強くアピールし、有権者の票を獲得するうえでの追い風となるとの計算が働いているのは間違いない。

    【シリア情勢(アサド大統領のロシア訪問)】
    ◆5月17日、アサド・シリア大統領は、ロシアのソチを公式訪問し、プーチン大統領と会談(参考)。ペシュコフ大統領府報道官によれば、プーチン大統領は、シリアにおけるテロリストに対する偉大な勝利についてアサド大統領に祝意を伝え、両大統領は、包括的形態の政治プロセスを進めるための新たな状況を作り出すことが必要であるという点で認識を共有した。アサド大統領は、シリアの安定の状況は改善しており、政治プロセス推進のドアが開かれそうとしているとして、国連の憲法委員会に、シリアの現憲法の改訂を話し合うためシリア使節団を派遣する意向で、その使節団リストを送付することを明らかにした。
    5月17日付 スプートニク報道
    (参考)アサド大統領のロシア訪問は、シリア内戦ぼっ発以降では、2015年10月20日(ロシア軍の派兵実施後まもなく。アサド大統領が隠密かつほぼ単独でクレムリンを訪問)、2017年11月21日ソチ(ロシア、イラン、トルコ首脳会談の直前)で今回(ソチ)が3回目。一方、プーチン大統領は、2017年12月11日、ロシア空軍の基地となっているフメイミム空軍基地を電撃訪問(ロシア軍の部隊の一部引き揚げを表明)し、アサド大統領が出迎えている。ロシアは、2015年9月30日に、テロとの戦いを掲げ、ロシア軍のシリア派遣に踏み切り、以後各戦線での力関係は逆転し、苦戦を強いられていたアサド政府軍は、拠点を次々に奪還し、2016年12月にはアレッポ、本年3月31日にはダマスカス近郊の東グータの完全解放を宣言した。
    (コメント)アサド大統領とプーチン大統領の会談は、いつも電撃的な形をとっている。アサド大統領の声明のとおりであれば、東グータを奪還し、アレッポ・ハマ・ホムス・ダマスカスを結ぶ幹線道路をすべて支配下におさめ、軍事的優位を背景に、シリア政権主導で政治プロセスを前に進める意向を示したものといえる。一方、プーチン大統領は5月9日ネタニヤフ・イスラエル首相をクレムリンに招いて首脳会談を実施している。そこでは、最近のイスラエル軍によるシリア国内のイラン関連拠点への攻撃が繰り返し実施されていることを踏まえ、シリア軍の防空をサポートしているロシア軍とイスラエル軍の偶発的衝突をさけるための方策を確認するとともに、(ジハーディスト掃討作戦というシリア国内駐屯の口実に一区切りがついた段階での)イラン革命防衛隊(IRGC)のシリア国内におけるプレゼンスをレッドラインととらえるイスラエルに対して、ロシアとしてのレッドラインを示して、緊張がこれ以上拡大しないように抑制策が話し合われたのではないかとみられる。プーチン大統領は、この認識をアサド大統領に伝え、シリア軍がIRGCと一体になってイスラエルへの挑発、とくにゴラン高原やイスラエル境界付近への攻撃で口実を与えないようにけん制したのではないかと考えられる。

    【米国のイラン核合意離脱(欧州の対応)】
    ◆5月15日ブラッセルで開催されたEU+3(英仏独)外相とイラン外相との米国のイラン核合意離脱と制裁再開決定をうけての合意救済に向けた協議結果に関し、モゲリーニEU外交・安全保障担当上級代表は、イラン核合意を維持するためにイランとの間で専門家ベースで、(米国による来る経済制裁再開の下で)経済・貿易・金融関係を如何に維持するかの具体策を話し合うと表明。
    ●全会一致で国連安全保障理事会決議2231によって支持されたイランの核合意の継続的、完全かつ実効的履行への我々欧州のコミットメントを想起。
    ●米国のJCPOA離脱を残念に思う。
    ●核関連制裁の解除とイランとの貿易・経済関係の正常化が本合意の本質的な部分であることを認識。
    ●我々欧州はイランとの間で、今後数週間のうちに実効的な解決策に到達するために、以下の課題に取り組むこととし、専門家による集中的な議論を開始する。
    ★専門家が経済関係の維持・進化のために議論する課題
    ①イランの石油、ガス・コンデンセート石油製品および石油化学製品の販売ならびに関連の移送の継続
    ②イランとの実効的な銀行取引
    ③イランとの海上、陸上、航空、鉄道の輸送関係の継続
    ④貿易と投資の実効的支援を含め経済および金融協力を促進する目的で、輸出信用の一層の提供と財政金融、保険および貿易分野における特別目的の媒体の整備
    ⑤欧州企業とイラン側カウンターパートとの間の了解覚書と契約の一層の発展と履行
    ⑥イランへの一層の投資
    ⑦欧州連合(EU)の経済運営者の保護と法的安定性確保
    ⑧イランにおける透明かつ規則に則ったビジネス環境のさらなる整備
    ●(質疑)合意は十分複雑で、詳細にも踏み込んでおり、規定を修正する必要なし。イランは核関連の約束を果たし、我々は、核合意履行の結果としてイランの人々が期待する経済的恩恵に関する約束を履行する。我々はこれらの課題に対処する具体的、実効的対策を講じることを話し合う。タイミングは今後数週間のうちとみており、我々は核合意の完全な履行に関してイラン側と目的を共有している。我々は別の分野では立場の違いもあるが、今は、JCPOAの履行に集中している。核合意と(弾道ミサイル開発の制限などの)他の問題は、別々の問題であるが、我々欧州としては、核合意を救うことができれば、他の問題への対処においても、よりよい機会が生じると考えている。
    モゲリーニ上級代表記者説明(5月15日付 EUサイト)
    (コメント)トランプ政権は核合意によるイランへの経済制裁解除によりイランが回収あるいは新たに獲得した資金を、弾道ミサイル開発や、シリアやイラクにおけるイラン革命防衛隊の活動の活発化等に使用しており、核合意は欠陥に満ちたものであるとの考えで、これは、イスラエル、サウジとも完全に共有している。一方、欧州は、イランとの間では弾道ミサイル開発を含め立場の違う問題があるものの、核合意については、イランは規定された事項を守っており、その限りにおいて、イランとの経済関係を維持する必要あるとしている。米財務省は、15日レバノンのシーア派組織ヒズボラを支援したとしてイラン中央銀行のセイフ総裁や幹部ならびにヒズボラ幹部への新たな制裁を発表しており、さらに米国は今後、90日後(8月6日)、180日後(11月4日)の猶予期間後、イランと取引する企業や金融機関、とりわけドルベースの決裁を行う企業、金融機関に厳しい制裁を課すことを予告しており、EU-イラン間で、経済関係を維持するための手段に合意したとしても、個別の欧州企業、金融機関は、米国との取引をとるのか、イランと取引して米国から排除されるのかの選択を迫られれば、多くが米国との取引を優先するのは間違いない。すでに仏トタールは、16日イラン南部サウスパルスガス田の「フェーズ11」開発から撤退すると表明し、今後同様の撤退・取引中止が予想される。

    【サウジ内政】
    ◆サウジの実質的最高権力者とみなされるムハンマド・ビン・サルマン(通称MbS)皇太子が4月21日以来、公式の場に姿を現わしていないことにさまざまな憶測が飛び始めている。4月28日には、米国務長官に就任したばかりのポンペイオ長官がサウジを訪問したが、出迎えはジュベイル外相であり、翌29日のサルマン国王との会談でも同席した形跡はなく、また、個別の会談も報じられなかった。4月21日は、首都リヤドの王宮付近で銃声が聴かれ、サウジ当局は、おもちゃのドローンが制限区域内に侵入して発砲したものであると声明を発した。MbS皇太子の動静が注目される。
    MbS皇太子の動静不明(5月17日youtube)
    不可解な皇太子の動静不明(5月16日付イラン・フロント・ページ記事)
    王宮付近での銃声(4月21日 プレスTV報道)
    (コメント)中東の権力者の動向が注目されるのは、今に始まったことではない。90年代にシリアのアサド大統領が2-3週間姿を現さなくなると、その都度健康状態不安説が流れた。今回のMbS皇太子の動静については、激職をこなす身であり、休暇あるいは一時的な静養といったこともありうるが、まだ32歳の若さであり、しかも、5月12日の米国のイラン核合意離脱か残留の決定期限直前という重要なタイミングでの新米国務長官のサウジ初訪問で、MbS皇太子がポンぺイオ国務長官と会談しなかったとすれば極めて不自然である。さらに気になるのは、動静が不明になったのは、王宮付近で銃声が聞こえた4月21日以来という点である。MbS皇太子は、2017年6月サルマン国王の威光を借りて、当時のムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子を解任させ、皇太子の座を手に入れ、さらに、同年11月には、汚職疑惑の嫌疑をかけて、有力王族を含む200名以上を軟禁状態において、保釈金と引き換えに一部関係者の身柄を解放するという手荒な行動に出てきたことで王族内にも敵愾心・不満を抱いている者も多いとみられる。サウジ当局は否定したが、4月21日の銃撃は、クーデター行為であるとかサルマン国王が一時安全な場所に避難したという報道も流れた。日本との関連では安倍総理はゴールデン・ウィーク中の中東歴訪において、当初サウジも含めたプランを計画し、調整を行っていた(「Qテレニュース24」2018年3月22日報道ほか)ようであるが、最終的にサウジは訪問国から外れた。総理がサウジを訪問する場合は、MbS皇太子との会談は不可欠であり、仮に4月21日以降に調整が不調に終わったのであれば、MbS皇太子の都合が急につかなくなったことを意味する。いずれにしても現段階では憶測に過ぎないので、どのタイミングでMbS皇太子が公に姿を現すのかが注目される。

    【中東和平(米大使館のエルサレム移転)】
    ◆イスラエル建国70周年にあたる5月14日、米大使館のエルサレム移転記念式典が、米本国からトランプ大統領の娘イバンカ氏と夫のクシュナー大統領上級顧問ほか高官ならびに招待されたイスラエルに大使館を置く86か国のうち、33か国の代表が出席して開催された。トランプ大統領は祝賀のビデオ・メッセージを送った。一方、ガザ地区では、米大使館の移転に抗議するパレスチナ人がイスラエルとの境界付近で、イスラエル軍と衝突し、イスラエル軍が実弾を使用したため、5月14日夜の段階で少なくとも59名が殺害され、2千7百名以上が負傷した。大使館のエルサレム移転については、近くグアテマラ、ホンジュラスが移転を行い、パラグアイもそれに続くとみられる。米大使館の移転とパレスチナの民間人多数の死傷をうけて、トルコ政府は、駐米、駐イスラエル大使の一時帰国措置をとり、南アフリカも駐イスラエル大使を帰国させる措置をとったが、米国との関係を重視するアラブ諸国は、概して静かな反応にとどまっている。 ロシアテレビ(RT)  イスラエルは米大使館移転の抗議者59名殺害、2771名負傷させる(5月15日付報道)
    (参考)
    (1)米大使館移転式典(5月14日)出席国:33か国
    ①アフリカ諸国12か国:アンゴラ、カメルーン、コンゴ、コンゴ民、(コートジボアール)、エチオピア、ケニア、ナイジェリア、(南スーダン)、タンザニア、ザンビア、ルワンダ
    ②欧州・旧ソ連9か国:アルバニア、オーストリア、チェコ、ジョージア、ルーマニア、ハンガリー、セルビア、マケドニア、ウクライナ
    ③中南米7か国:(パナマ)、(ペルー)、パラグアイ、ドミニカ、(エルサルバドル)、グアテマラ、ホンジュラス
    ④アジア4か国:(タイ)、(ベトナム)、(フィリピン)、ミャンマー
    ⑤当事国:米国
    (注)以上はアルジャジーラ報道であるが、17日付朝日新聞朝刊は、イスラエル外務省への取材に基づくとして、式典出席国は23か国としている。23か国に含まれない国は括弧をつけた。 どの国が式典に出席したか(5月14日付アルジャジーラ)
    (2)国連総会(2017年12月21日)で米国の大使館移転撤回要求決議に反対した国々9か国
    グアテマラ、ホンジュラス、イスラエル、マーシャル諸島、ミクロネシア、ナウル、パラオ、トーゴ、米国
    (3)米国に続きエルサレム移転をほぼ決定した国
    グアテマラ(5月16日に移転済)、ホンジュラス、パラグアイ
    (4)過去エルサレムに大使館を置いた16か国
    ①アフリカ諸国 3か国:コートジボワール、ザイール(現コンゴ民)、ケニア
    ②中南米11 か国 : ボリビア、チリ、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ、エクアドル、エルサルバドル、パナマ、ウルグアイ、ベネズエラ、グアテマラ
    ③その他2か国:オランダ、ハイチ
    5月14日付 ハアレツ紙
    5月11日付タイムズ・オブ・イスラエル報道
    (コメント)5月14日付ハアレツ紙によれば、各国大使館がエルサレムにおかれるのは実は今回が初めてではなく、16か国が設置していた。第四次中東戦争(イスラエルは、ヨム・キプル戦争と呼ぶ)後、1973年9月のアルジェでの非同盟運動会合をうけて、コートジボワール、ザイール、ケニアがイスラエルと断交。3国はその後1981年にイスラエルとの関係を回復させ、 1986年にはコートジボワール、1988年にはケニアと続いたが公館はテルアビブ地区に設置された。残りの13か国については、1980年に、エルサレムをイスラエルの首都とする「エルサレム基本法」が成立したことを受けて、13国は1980年にエルサレム大使館を閉鎖した。同法はエルサレムを「イスラエルの完全かつ統一された首都」と規定。 イスラエルは、1967年6月に分割されていた東西エルサレムを再統合し、その境界を拡大したことで、国連安全保障理事会はこの動きを国際法違反とみなした。 1980年8月の安全保障理事会決議478は、加盟国に対し、エルサレムから外交使節団を撤去するよう要請。コスタリカとエルサルバドルの両国は、1984年から西エルサレムに大使館を戻したが、2006年までに再び退去。 一方、ボリビアは2009年にイスラエルとの関係を断ち切った。
    今回、米大使館のエルサレム移転記念式典に出席し、米国に追随する動きを見せている国々は、イスラエル・パレスチナ紛争の公正かつ恒久的解決という視点ではなく、米国との関係を重視して現在の対応をとっている。中南米諸国は、米国との経済関係のみならず、とりわけ米国への不法入国者の本国送還や本国への仕送りの制限等を気にしており、また、イスラエル政府が最初の10か国には大使館移転に優遇措置をとることを公言していることも踏まえ、大使館移転を前向きに検討しているものとみられる。因みに、アラブ諸国は、エジプト、ヨルダンを除いてイスラエルと外交関係がなく、両国も米大使館移転記念式典には出席していないものの、両国を含めてアラブ諸国政府の反応は、概してかつては考えられなかったほど静かで、パレスチナの大義が死語に近くなり、米国との経済関係や対イラン強硬路線での協調により優先度を置いていることが如実になってきた。この中で、アラブではないトルコが、パレスチナ人支持を内外にアピールする姿勢が目立ってきている。

    【イラク国会議員選挙(暫定結果)】
    ◆5月12日実施されたイラク国民議会選挙の暫定結果として、18選挙区のうち選挙管理委員会より発表された10区において、ムクタダー・サドル師(参考1)の行進者連合が4つの選挙区でトップを確保し、バドル軍団の長で、公的動員勢力PMU(参考2)を取りまとめるハーディ・アル・アーミリーの征服者連合が同じく4つの選挙区でトップを確保したが、最大選挙区バグダッドでトップとなったサドル師率いる連合の躍進が明らかになった(参考3)。アバーディ首相率いる勝利連合は、バグダッド選挙区では5位で、その他の選挙区でも1位はなく、やや低迷。マーリキー元首相率いる法治国家連合はバグダッド選挙区でアバーディ首相の勝利連合を上回ったが、全体としては、低迷。新政権発足には165議席以上必要で、連立交渉は難航が見込まれ、新内閣発足まで長ければ数か月かかる可能性がある。現首相が続投するか否かにかかわらず、次期政権発足までは、アバーディ政権が続く。 サドル師総選挙をリード(5月13日付ロイター報道)
    サドル派、PMUの後塵を拝するアバーディ首相(5月13日Rudaw報道)
    (参考1)ムクタダー・サドル師:レバノン系のシーア派の大アヤトッラー・ムハンマド・サーデク・アルサドル師の4男。同師は息子2名とともに、サッダーム・フセイン政権により殺害されたとみられている。また、サドル師は、1980年にフセイン政権によって殺害された大アヤトッラー・ムハンマド・バーケル・アルサドル師の義理の息子で、レバノンのアマル運動を創設し、リビアから謎の失踪をとげたムーサ・サドル師がいとこにあたるというシーア派の名門の出である。但し、同師は、シーア派の教義に関する学問的業績がなく、「ムジュタヒド」としてファトワを発出する権限を有していない。サッダーム・フセイン・イラク政権崩壊後、マハディ軍団を率いて米軍に抵抗したことで名が知られるようになった。イランのシーア派の影響力拡大には懐疑的な立場をとっており、2017年には、アバーディ首相に先立ち、サウジ政府に招待されて、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子とも会談している。
    (参考2)PMU:公的動員勢力、アラビア語でハッシュド・シャアビィと呼ばれる。2014年6月、ISILがイスラム国を宣言した際、シスターニ師の呼びかけに応じてISIL駆逐のために武装勢力を結成し、以後、イラクの政治・治安で存在感を増してきた。PMUには様々なシーア派の集団が参加しているが、主流はイランと関係が強いバドル軍団や、アサーイブ・アハル・アルハックなど。ISIL掃討作戦に一区切りがついたことにより、国軍への再編の途が開かれている。サドル師やアンマール・アルハキーム師は距離を置いている。
    (参考3) 選挙への主な候補者連合リストと10選挙区での上位得票リスト
    (1)アラブリスト(主要なアラブ連合リスト)
    勝利連合(Nasr Alliance:代表者アバーディ首相)
    行進者連合(Sayirun:代表者ムクタダー・サドル師)
    征服者連合(Fateh :代表者ハーディ・アル・アーミリー・バドル軍団/公的動員勢力代表者)
    法治国家連合(State of Law Coalition:代表ヌーリー・アルマーリキー前首相)
    叡智戦線(Hikma Front:代表アンマール・アル・ハキーム師)
    国民連合(Al-Wataniya:ユースフ・アッラーウィ元首相)
    (2)クルドリスト(各政党予測:RUDAW報道)
    クルド民主党KDP: 25 議席(エルビル8、ドホーク 9、スレイマニーヤ 1、モスル 7)
    クルド愛国者同盟PUK: 15 議席(エルビル 3、スレイマニーヤ5、キルクーク5、ディヤーラ1、モスル1)
    変革Goran: 6議席(エルビル1、スレイマニーヤ5)
    新世代New Generation: 4議席(エルビル2、スレイマニーヤ2)
    CDJ: 3議席(エルビル1、スレイマニーヤ2)
    KIU: 2議席(ドホーク1、スレイマニーヤ1)
    Komal: 2議席(エルビル1、スレイマニーヤ1)
    (3)10選挙区の上位得票リスト
    バグダッドBaghdad:①行進者、②征服者、③法治国家、④国民、⑤勝利
    アンバルAnbar:①アンバルは我々のアイデンティティ、②国民
    ワシットWasit:①行進者、②征服者、③勝利、④叡智、⑤法治国家
    バベルBabil: ①征服者、②行進者、③勝利、④叡智、⑤法治国家
    ムサンナMuthana: ①行進者、②征服者、③叡智、④勝利、⑤法治国家
    ディヤーラDiyala: ①決定、②征服者、③国民、④行進者、⑤勝利、⑥叡智、⑦PUK、⑧法治国家
    カルバラKarbala:①征服者、②行進者、③勝利、④叡智、⑤国民
    ディカールDhi Qar:①行進者、②征服者、③勝利、④法治国家、⑤叡智、⑥意思、⑦国民
    バスラBasra: ①征服者、②行進者、③勝利、④法治国家、⑤叡智
    カーディシーヤAl-Qadisiyah:①征服者、②行進者、③勝利、④叡智、⑤法治国家
    (参考4)選挙システムと今後の段取り:今回の国民議会総選挙は、全体で329議席に約6990名が候補者となり、87の候補者連合リストが作成され、18選挙区で比例代表方式で選挙が実施された。暫定投票率は、44.5%で前回2014年4月選挙の60.5%より大幅に下落した(因みに2010年3月選挙は、60.7%、2005年12月選挙は79.6%)。329議席のうち、237議席は、18選挙区で争われ、そのほか女性には全体の25%の83議席が割り当てられている。また、マイノリティ政党のために9議席が割り当てられた。有効有権者数約1820万人で、在外投票も実施された。選挙管理委員会(IHEC)による暫定結果発表等を経て,連邦最高裁判所による承認をもって選挙結果が確定する見込み。今回の選挙から電子集計制度が導入され,IHECは投票後2日以内に結果を発表する見通し。選挙で最大勢力になったグループ代表が大統領の指名をうけ、他のグループと連立を組んで、閣僚名簿を作成し、国会の承認を得る必要がある。前回(2014年)は新政権発足まで約4か月を要したとされ、今回も長時間かかるとみられている。
    (コメント)暫定結果では、サドル師の行進者連合が躍進し、それをイランと関係が深いPMU系の征服者連合が続き、アバーディ首相率いる勝利連合が続くとみられている。アバーディ首相は、カリスマ性はないものの、米国、イラン双方とも良好な関係を維持し、なによりもISIL駆逐の立役者でもあり、さらに今後のイラクの復興に向けて、国内的にはスンニー派やクルドとの融和を実現し、欧米や湾岸諸国とも建設的関係を構築する必要があり、得票議席数が1位でなくともバランス面では、依然有力な次期首相候補者であるといえる。サドル師は、シーア派内にあってイランから距離をとる指導者であり、今回の選挙でもイラク共産党と組んで、汚職や腐敗を追及する宗派にとらわれない動きをしており、またサウジとも関係を修復しており、イランの影響力排除を旗頭に掲げ、今後イラク政界で影響力を拡大することが予想される。イランは、PMUとの関係をてこに、イラク国内でのパイプ維持に努めており、征服者連合がアバーディ首相の勝利連合の勢力を上回れば、アバーディ首相を担いで、連立を組む可能性もある。これまでは、アバーディ首相を脅かす存在であったマーリキー元首相への国民の支持は後退し、政権の座に返り咲く可能性はほぼなくなったといえる。

    【イラン核合意(トランプ大統領の合意離脱表明)】
    1.トランプ大統領のイラン核合意(JCPOA)離脱表明骨子(米国時間5月8日午後)
    ●イラン政権はテロ支援国家の先頭に立っている。同政権は危険なミサイルを輸出し、中東の紛争に油を注ぎ、ヒズボラ、ハマース、タリバン、アルカーイダなどのテロリストの手先や民兵組織を支援している。
    ●(イラン核合意という)破滅的取り引きは、凶悪なテロ政権に 数十億ドル、その一部は現金を提供していることに対し、自分(トランプ大統領)ならびにすべての米国国民は大きな当惑を感じている。
    ●殺人者的イラン政権が核エネルギープログラムを平和利用目的で遂行しているというのは大がかりな作り話にすぎない。先週イスラエルが公表したインテリジェンス文書は、イランが長年核開発を追求してきたを物語っており、イランが嘘をついてきた決定的証拠を示している。
    ●核合意の査察条項は、核開発を防止し、発見し、ごまかしを処罰する適正なメカニズムを有しておらず、とりわけ、軍事施設を含む重要な場所への査察が制限されている。核合意は、イランによる核弾頭搭載の弾道ミサイル開発にも対処していない。さらに、合意は、テロ支援を含むイランによる(地域の)不安定化を招く行為をやめさせていない。
    ●核合意達成後、経済の不調にもかかわらず、イランの軍事予算は40%増加した。イランの独裁政権は、制裁解除後、新たな資金を核搭載可能なミサイル開発やテロ支援、中東その他における大混乱を引き起こしてきた。
    ●核合意は、イランがたとえ、すべて合意を履行したとしても(期間終了後)短時間のうちに核兵器所有を可能にする。これを許せば、中東で核開発競争が起きるであろう。
    ●核合意の欠陥にかんがみ、昨年10月、自分は、核合意を再交渉するか、終了させるべきであると宣言した。そして、本年1月12日にこの条件を繰り返し表明した。イランの指導者は再交渉を拒絶してきた。それゆえ、本日、自分は、米国がイラン核合意から離脱することを宣言する。
    ●自分は、イラン政権に対する米国の制裁再開に関するメモランダムに署名する。最も厳しい経済制裁を課すであろう。核兵器開発を希求するイランを助けるいかなる国も米国によって強力な制裁を課されるであろう。
    ●本日の決定は、(北朝鮮への)重大なメッセージとなる。この瞬間、ポンペイオ国務長官は、金正恩朝鮮労働党委員長との会合のため、北朝鮮に向かっている。
    ●同盟国とともに、イランの核の脅威に対する真の包括的、永続的解決を見出すために取り組んでいく。それには、イランの弾道ミサイル開発プログラムの脅威や、イランが世界中で行っているテロ行為を止めさせることである。その間、強力な制裁が発効することになる。
    ●イランの未来は、イランの国民にかかっている。
    5月8日トランプ大統領のJCPOA離脱表明
    2.ボルトン国家安全保障補佐官補足説明注目点
    ●我々は核合意を離脱した。トランプ大統領は離脱のメモランダムに署名し、関係省庁にその効力を発するよう指示した。その一部は、オバマ政権が解除した核合意関連の制裁を復活させることである。制裁は、関係省庁が(内容を)公布次第、有効になる。
    ●制裁対象範囲の経済取引のうち、新規のものは認められない。すでに履行されている経済取引は、案件に応じて、90日、あるいは180日の取引終了に向けての猶予期間を設ける。財務省が詳細を発表する。(トタールのイランとの契約のような)個別案件には立ち入らない。
    ●(イランの核合意違反)イランは、たびたびJCPOAで許された範囲を超えて重水を生産し、余剰分をオマーンや欧州諸国に販売したケースが報告されている。
    ●(イランの体制転覆のために海外のNCFIRのようなイラン反体制派と接触しているのかとの問いに)そのような事態は、承知していない。
    ●(欧州諸国との調整)本日の発表前から欧州諸国や他の同盟国と協議を重ねており、米国の考え方を説明し、離脱がとりうる選択肢であることを理解してもらおうと取り組んできた。今後も協議を続けていく。
    5月8日 ボルトン国家安全保障補佐官の核合意離脱に関する補足説明
    3.イランほかのとりあえずの反応
    ●イランのローハニ大統領は、米国は核合意離脱を、国際法違反で非合法であると非難するとともに、P5+1から1国が抜けたにもかかわらず、イラン核合意を維持し、(合意の当事者である)欧州、ロシア、中国と近く協議する意向を表明した。マクロン仏大統領をはじめ欧州の当事国は、トランプ大統領の決断は残念であると表明。
    ●米国のイラン核合意離脱表明をうけて、原油価格は、一時70ドル/バレルを突破した。
    (コメント)
    ●トランプ大統領は、今回の離脱発表で、イランの現体制を、凶悪なテロ支援国家であり、殺人者的政権であると表現して貶めている。そのうえで、イランとの取引を継続する企業に最大限の制裁を課し、米国とのビジネスを優先するか、イランとの取引を続けるのか、踏み絵を踏ませようとしている。トランプ大統領はイランの将来はイラン国民が決めると述べ、ボルトン大統領補佐官は、イランの政権転覆の意図については明言を避けたものの、経済的締め付けを強化することにより、イラン国民の政権に対する不満が高まり、体制崩壊のうねりが起きることを間接的に期待しているものとみられる。一方、核合意をまとめたケリー元国務長官が、仮にトランプ政権が核合意からの離脱を表明しても、イランや欧州が同合意を維持するよう、ザリーフ外務大臣を含め会見し、働きかけてきたとされる。これに対して、トランプ政権は苛立ちを隠さず、ケリー元長官の行動をシャドウ外交であり、米国のローガン法(参考)に抵触する可能性があるとして、けん制していた。ケリー元長官らの働きかけが功を奏したのか、8日のローハニ大統領のテレビ演説では、イランは核合意にとどまり、近く欧州やロシア、中国と対応を協議するとして、とりあえず冷静な反応を示した。今後、米国がイランと取引する外国企業を米国市場や米国との金融取引からどの程度締め出そうとするのか、これに対して、特に欧州各国は、イランとの経済関係を見直すのか、イランに対して、トランプ大統領の意向も組んで、共同してミサイル開発等の制限に向けて圧力を行使するのか注目される。
    (参考)ローガン法( Logan Act)は米国連邦政府の法律(18 U.S.C. § 953)で、米国政府の許可を得ない私人が米国と係争中の外国政府と交渉することを禁じ、違反者へ罰金または禁錮を定めている。
    ●今回のトランプ大統領の核合意離脱に関して、米国が自ら中心になってまとめた国際約束からいとも簡単に撤退する、約束を覆す国であるとみなされれば、今後、米国との厳しい交渉を控えている諸外国の猜疑心を高め、交渉合意のハードルがあがることが懸念される。トランプ大統領の発表の中で大統領は、ポンペイオ国務長官を北朝鮮に向かわせて、金正恩朝鮮労働党委員長と再び協議させることを明らかにした。金委員長の大連訪問による習近平国家主席との突然の会合は、米国の核やミサイル開発廃棄に向けた高いレベルの要求に対しての対応を協議したことは間違いない。リビアは大量破壊兵器を放棄したあと、NATO軍の空爆を受け、カダフィー政権は崩壊した。イラクのサッダーム・フセイン政権も化学兵器を廃棄していたにもかかわらず、化学兵器所有を理由に攻撃をうけ、崩壊した。金正恩体制は、核を手放した後、米国が態度を変えれば、同じ運命に遭うことを認識しており、中国に体制維持の後ろ盾になってくれるよう保証を求めていると思われる。
    トランプ大統領ケリー元国務長官のシャドウ外交を非難(5月7日付スプートニク報道)

    【レバノン国政選挙】
    ◆5月6日、レバノンでは2009年以来初めての国会議員選挙が実施された。15選挙区には、597名の候補者が合計77の被選挙者リストに名を連ね、128議席を争って約370万人の有権者の審判を仰いだ。投票率は、49.2%で前回の54%を下回った。
    選挙は2017年に制定された新選挙法(フルテキスト下記URL参照)に基づき実施された。新たな選挙は、キリスト教徒、イスラム教徒それぞれ64議席で、さらに細分化された宗派別割り当て制が維持されたものの、投票は、①被選挙者リストへの投票、次に、②個別の候補者への投票の2段階方式が導入され、各選挙区ごとの宗派別議席数で獲得投票数が多い順に当選するシステムがとられた。在外選挙も初めて実施された。
    選挙結果に関する暫定発表では、親イランのシーア派組織ヒズボラとその連携する勢力は、アッカール選挙区の結果発表前の段階で、ヒズボラ候補者の13議席を含め過半数を上回る65議席を少なくとも確保して、勢力を拡大した。ナスラッラー・ヒズボラ書記長は、7日テレビ演説し、「抵抗(レジスタンス)」運動の勝利を宣言した。一方、2009年の選挙では、33議席を有していたハリーリ首相が党首を務める未来潮流は、21議席へと約1/3の議席を失う敗北を喫した。キリスト教陣営では、レバノン内戦で血みどろの戦闘を繰り広げてきたアウン大統領の自由国民潮流のライバルでもあるサミール・ジャアジャア率いるレバノン軍団が8議席から15議席に躍進した。
    個別の選挙結果として、シリアのアサド政権と近い候補者が躍進。今回、レバノン内戦後のシリア支配を支えた元レバノン情報機関トップ・ジャミール・アッサイード将軍が議席を獲得。2005年に現首相の父ラフィーク・アル・ハリーリ首相(当時)が暗殺され、シリア軍がレバノンを撤退した後、議席を失っていた少なくとも5人の議員が復帰することになった。また、親シリアのオマル・カラーミ元首相の息子、ファイサル・カラーミ氏が初めて議席を獲得した。
    2017年レバノン選挙法 フルテキスト the Khazen.org web site
    親ヒズボラ勢力レバノン選挙で躍進(5月7日付ロイター報道)
    (コメント)9年ぶりにレバノンで新選挙法の下で国政選挙が実施されたことは、レバノン政局安定に向けての一歩であると評価される。今回の選挙では、国際的なイラン包囲網の強化の下で、イラン・シリア政権が支援するヒズボラ及び協力関係にある3.08ブロックと、サウジが支援するハリーリ首相が率いる未来潮流を中心とする3.14ブロックの勢力バランスの変化が注目されていたが、暫定選挙結果を眺める限り、3.08ブロックが過半数を確保する状況となり、一方、未来潮流は勢力を1/3減らしたことにより、ハリーリ首相はヒズボラ抑制能力を制限されることになった。レバノンでは、伝統的に大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニー派、国会議長はイスラム教シーア派が就任しており、アウン大統領、ハリーリ首相、ナビー・ベッリ国会議長の体制は変化しないとみられるが、スンニー派の代表であるハリーリ首相が力を失ったことと、ヒズボラが勢いを増したことにサウジは失望しているものとみられる。サウジはGCCとともに、2016年2月にヒズボラをテロ組織に指定し、レバノン国軍に対する援助も凍結し、ヒズボラの武装解除等を働きかけてきたが、具体的成果に結びついていない。2017年11月には、ハリーリ首相はサウジ訪問中に突如首相ポストからの辞意を表明し、その後、マクロン仏大統領の介入もあり、撤回したが、レバノン国民はサウジの政治介入に不信感を抱き、当時なかなかサウジを出国できなかったハリーリ首相の帰国を求めるデモも発生し、このような事態が今回の未来潮流の選挙での後退の要因になった可能性がある。中東では、米国のイラン核合意からの離脱の可能性が高まっていること、イスラエルによるシリア国内のイランのプレゼンスへの攻撃が繰り返され、イランと米・イスラエル・サウジとの緊張が高まっているおり、モザイク国家レバノンは、外部プレイヤーの対立の余波をいかに回避するか微妙な政治的かじ取りが求められている。

    【イラン核合意(ネタニヤフ首相発言)】
    1.ネタニヤフ首相発言要旨
    ●イスラエルのネタニヤフ首相は4月30日、イランが過去に核兵器の開発計画を進めていたことを示す「極秘ファイル」だとする資料を公開。首相は、冒頭英語でイランが2015年にファイルを隠蔽し、昨年テヘランの秘密の場所に移動させる取り組みを強化したと非難。これらのファイルは、ショラバード(Shorabad)地区の「何の変哲もない構造物」の中の大型の金庫に保管されていたと首相は述べた。 約10万枚のファイルには、とりわけ、核兵器を扱う青写真、図表、写真、ビデオ、およびプレゼンテーションが含まれていた。そこには、「アマド計画」(下記参照)と呼ばれるイランの核兵器開発に関する5万5000ページの書類と、183枚のCDに入った5万5000のファイルが含まれる。首相はイランが、核兵器に関連した作業をさまざまな見せかけの下で、同じ人員を使用して最高水準で計画していたと述べた。
    ●ネタニヤフ首相は、イランが、第二次世界大戦中に広島に投下された核爆弾5個分に相当する爆発力を有する5つの核弾頭を作り出すことを目指した秘密のアマド・プロジェクトに関連した材料をのちに使用するために保管してきており、イランは同プロジェクトについてうそをついてきており、イランは、核兵器関連の活動について、白状すべきであったと発言。ネタニヤフ氏は、ザリーフ外相が、イランのハメネイ最高指導者、ハッサン・ローハニ大統領同様、イランが核兵器には関心がないといって嘘をついていたと述べた。
    2.米国の反応
    ●ホワイトハウスは声明の中で、「イスラエルが公表したばかりの情報を把握しており、慎重に検討している。この情報は、ミサイル搭載可能な核兵器開発のイランの努力についての新たな説得力のある詳細を提供している。これらの事実は、広範な隠密の核兵器計画を有しており、それを世界ならびに自国民から隠しとおすことに失敗したことを意味する」とし、これらの事実は米国が長らく有していた情報と一致すると言及。
    ●トランプ米大統領は、ネタニヤフ首相の発表を賞賛し、あと7年間で、この協定は失効し、イランは自由に核兵器を製造できるようになるが、これは断じて受け入れらない。7年後はすぐである」とコメント。核合意はどうなるのかという質問に対し、「どうなるか見てみよう、合意を離脱したとしても、それは「新しい合意に向けた交渉を行わないということではない」と述べた。
    ●ポンペイオ国務長官は、声明の中で、分析作業は今後数か月続くであろうが、(ネタニヤフ首相が公表した)文書は真正なものであると評価している。イランは核合意を実施していると主張しつつ、なぜ0.5トンもの核兵器ファイルを隠し持っているのか、今や世界中が、イランが嘘をつき、今も嘘をつき続けていると非難。
    3.資料の入手先:ネタニヤフ首相は、資料はイスラエルの情報機関がイランの首都テヘランにある秘密施設から入手したと発言。一方で、ネタニヤフ首相はイスラエルがどのようにしてこの文書を入手したかについての詳細は述べておらず、オリジナルの保管場所は、現在とても安全な場所にあるとのみ発言。イラン国営通信によれば、アラグチ・イラン外務次官は、ネタニヤフ氏の言及は幼稚なお笑いもので、ネタニヤフが見たものは、過去数年間に目撃されたMKOのテロ集団の幼稚な芝居にすぎないと発言。イランの施設からの55,000の文書を保有しているというネタニヤフ氏の主張については、イランは放棄された地区でこのような重要な文書を保管することはありえず、「ばかげている」と発言。
    4月30日付アルジャジーラ記事
    (解説) 5月1日、イスラエル議会は、緊迫した状況下で、閣議全体の決定ではなく、首相と国防相のみの決定で、戦争の宣言、大規模軍事作戦の発動を行う権限を付与した(62-41で可決。下記URL参照)。また、イスラエルは、イランのシリア国内における軍事ブレゼンス強化はイスラエルの安全への脅威であるとして、4月に入ってシリア国内のT4空軍基地やハマ、アレッポ近郊においてイランIRGC関係者が駐屯しているとみられる軍事施設をたびたび攻撃している。ネタニヤフ首相の今回のイラン核開発疑惑に関する全主要プレスを集めての説明会の直前には、就任したばかりのポンペイオ米新国務長官が、サウジアラビア、イスラエルを訪問し、イラン封じ込めについて緊密な協議を行っている。今回の首相説明は、イラン核合意に関する米国の制裁解除撤回の判断が求められる5月12日を目前に控え、イランの核開発の新たな疑惑が出てきたことを国際社会、とりわけ、核合意とりまとめの当事者である英、仏、独、EUに対して、核合意が如何に欠陥に満ちたものであるか、イランが如何にこれらの国々を欺いてきたかをアピールすることによって、核合意の廃棄に至らなくとも、核弾頭を掲載しうる長距離ミサイル開発の阻止も含め、核合意の抜本的見直しに向けた協議開始の環境づくりの工作とみられ、それにもかかわらず、イランや欧州が見直し提案に乗ってこなければ、本格的にイランをたたくことがありうるとの警告ともとらえられる。ポンペイオ長官は、今回の文書の分析評価には数か月を要すると述べていること、トランプ大統領も、イランの核開発封じ込めのための新たな協議を否定しているわけではないと述べていること、今回の資料については、英、独、仏やIAEAの専門家を招いて説明が行われるとされていることから、米国は、5月12日に直ちに核合意から離脱を表明するのではなく、欧州側やIAEAに分析評価の機会を与えて期限を区切って見直しの可能性を話し合うという条件をつけて、先延ばしする可能性がある。イスラエルが公表した資料については、たとえば、ネタニヤフ首相が言及したアマド計画についても、IAEAが2015年12月15日に公開した「Final Assessment on Past and Present Outstanding Issues regarding Iran’s Nuclear Programme」GOV/2015/68 報告書でも「アマド計画のもとでイランに利用可能になった材料は、計量の不確かさの範囲内である」(E.3.32項)として、疑惑を退けており、今回公表された疑惑は対処済であり、新たなものではないとの見方がある。
    5月1日付ミドル・イースト・アイ記事
    2015年12月のIAEA報告書関連記事(5月1日付イラン・ウォッチ記事)

    【中東和平(MbS皇太子の見方)】
    ◆イスラエルのテレビ・チャンネル10によれば、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン(MbS)皇太子は、3月28日ニューヨークでのユダヤ人指導者との会合で、パレスチナ人の歴代指導者は、過去幾度もイスラエルとの和平の機会を逃して、和平提案を拒否してきたと痛烈に批判した。
    ●MbS皇太子は、3月28日ユダヤ人指導者との会合(参考1)で、パレスチナの指導者たちに対し、過去40年にわたりイスラエルとの和平の機会を何度も逃しすべての提案を拒否してきたとして、和平の提案受け入れを開始するか、さもなくば黙っていろと叱責した。29日夜のイスラエルのチャンネル10ニュースは、複数の情報筋を引用して、会合出席者は皇太子が発言したパレスチナ人に対する批判のすさまじさに驚愕したと報じた。
    ●皇太子は、「パレスチナ問題はサウジアラビア政府にとっての優先事項ではない」と述べ、「サウジにとってはイラン問題のように、緊急かつ重要に対処すべき数多くの事項がある」と述べた。
    ●それにもかかわらず、皇太子は、サウジアラビアや他のアラブ諸国がイスラエルとの関係を深める前に、イスラエルとパレスチナの合意に向けて実質的な進展がなければならないと強調した。
    (参考1)駐米サウジアラビア大使館筋によれば、MbS皇太子は、改革ユダヤ教のための連合会長のラビ・リック・ジェイコブス(Rick Jacobs)、伝統的ユダヤ教のシナゴーグ連合会長のラビ・スティーブン・ヴェルニック(Steven Wernick)、正教会連合副会長アレン・ファギン(Allen Fagin)を含むユダヤ人の指導者たちと3月28日に会合した模様。
    4月29日付 タイムズ・オブ・イスラエル記事
    (解説)5月14日の米国大使館のエルサレム移転を控え、MbS皇太子が、イスラエル・パレスチナ間の和平が実現できない障害が、イスラエル政府ではなく、提案をかたくなに拒否してきたパレスチナ人指導者側にあるとして、現実を見据えて交渉のテーブルにつくか、さもなくば「黙れ」とパレスチナ指導部を恫喝したことが、たとえ、形式的であってもパレスチナの大義を支持するポーズをとってきた歴代アラブ指導者の姿勢との際立った違いが感じられる。折から、就任したばかりのポンペイオ国務長官はサウジ、イスラエルを訪問し、5月12日に期限を迎える米国のイラン核合意離脱問題(参考2)を含む、サウジ、イスラエル、米国協調によるイラン封じ込めを話し合ったとみられており、サウジ側はイラン対策を外交面における最大の優先課題ととらえていることが看取される。因みにイスラエルは、ISIS弱体化を踏まえシリア国内におけるイランのプレゼンス強化を自国の安全への深刻な脅威ととらえ、4月9日のシリア国内のイラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)の拠点となっているT-4空軍基地へのイスラエル戦闘機によるミサイル攻撃に続き、29日夜にハマ近郊やアレッポ郊外でイラン部隊も駐屯しているとみられる施設が攻撃を受けており(参考3)、シリアにおけるイランの影響力排除でも3国の利害は一致している。
    (参考2)トランプ大統領は、イラン核合意をめぐる致命的な欠陥が修正されなければ合意から離脱すると警告を発し続けており、今月のマクロン仏大統領、メルケル独首相との会談でもこの見解を変えていない。マクロン大統領は、訪米の際、より大きな枠組みの中で、イランのミサイル開発等を含む米国の懸念に対処することが適当と発言したが、イラン側は修正は認められないとしており、このような状況下、5月12日に米国が対イラン経済制裁を再開すれば、イラン側の反発は避けられず、イラン核合意は岐路に立たされている。
    (参考3)30日付イスラエル・ハアレツ紙は、29日夜のハマ、アレッポの爆発はイスラエル軍によるものとの見方を示しているが、イスラエル軍報道官はコメントを控えている。4月9日のイスラエル空軍によるT-4基地へのミサイル攻撃では、イラン人軍関係者7名が犠牲になったと報じられている。

    【シリア政権側による化学兵器使用疑惑(ドゥーマ事件関係者のハーグにおける証言】
    ◆4月18日、ロシア24テレビとのインタビューに応じた化学兵器の被害者とされたディアブ少年および現場で対応した医療関係者は、ハーグのOPCW施設内でアレンジされた記者会見で改めて証言(記者会見の模様は下記URL参照)。
    ● 11歳の少年ハッサン・ディアブと病院職員を含むドゥーマで実行されたとされる化学兵器攻撃の証人たちは、ハーグで記者団に対し、米国が主導したシリア攻撃の原因となったホワイト・ヘルメット作成のビデオは、実は仕組まれたものであったと語った。「我々は地下にいた。人々が病院に行けと叫んでいた。 私たちはトンネルを通りたどり着いた病院で、彼ら(注:ホワイト・ヘルメット関係者)は我々に冷水を注いだ」と、ハーグの化学兵器禁止機関(OPCW)でロシア常駐代表がアレンジした記者会見でディアブは語った。
    ●当日ドゥーマの病院で人々に対応した蘇生担当のハリール・ジャイシュは、記者会見で、一部の患者が本当に呼吸器疾患を患っていたが、この兆候は、最近の空爆で巻き散った塵埃によるもので、化学兵器中毒の兆候は見られなかったと証言。救急医療に携わっていた他の医療隊員も同様に証言。
    ●ロシアのOPCW常駐代表であるアレクサンドル・シュルギンはハーグに招かれたドゥーマの証人のうちの6人は、すでにOPCWの技術専門家にインタビューされたこと、他の人も準備はできていたが、専門家たちはOPCWのガイドラインに従い、証人のうち6人を選んで話をし、彼らの説明に「完全に満足」しており、それ以上の質問はなかったことを明らかにした。 4月26日RT報道

    【シリア軍事情勢(ロシア国防省による西側3か国ミサイル攻撃に関する詳細分析報告】
    ロシア連邦軍参謀本部作戦総局長セルゲイ・ロツコイ上級大将は、4月14日の西側3か国のシリアへのミサイル攻撃に関して、回収されたミサイルの残骸・破片、クレーター跡、標的の破壊状況その他を踏まえた詳細分析結果に関するブリーフィングを行った(下記ロシア国防省URL参照)。この分析よれば、先の米国防総省の発表では、105のミサイルはすべて標的に命中したとの主張と裏腹に、着弾は22基のみであったと結論付けている。
    ①22基のミサイルがシリア国内の標的に命中(参考1)。
    ②シリアの首都ダマスカスとデュバリ、ドゥメイル、ブライ、メッゼ近郊の飛行場をカバーするシリア防空システムによって46基のミサイル迎撃に成功。
    ③ホムスのシリア防空責任領域内の3つの空域で20基のミサイル迎撃に成功。
    ④ミサイルの一部は、明らかに技術的な理由で目標に到達できず。回収したトマホーク、ならびに空中精密ミサイル2基はモスクワに送付された。これらはロシア専門家により精査され、今後の対空防衛能力向上のために活用されることになる。
    ⑤回収されたミサイルの残骸・破片からは製造番号、日付、製造元、その他のデータを確認することができる(破片・残骸に関する画像は、サウスフロントURL参照)。
    ⑥ロシア防空責任領域には、ミサイルは飛来せず。他方で、24日夜ロシア軍駐屯のフメイミム空軍基地近くに反体制派側の無人航空機2機が飛来し、撃墜した。
    ⑦シリア軍が使用した防空システムは、(ほとんどが旧ソ連製の旧式なものであったが)ロシア人専門家のもとで、復旧し、近代化が図られていた。今回の分析結果に基づき、すでにシリアの防空システムの改善が図られている。加えて、ロシアは、シリア人軍事要員への訓練を継続し、新たな防空システムの供給(参考2)と操作能力向上を支援する。
    4月25日ロシア連邦参謀本部作戦総局長ブリーフィング(国防省公式サイト)
    シリアで迎撃されたミサイルの破片を公開し、爆発しなかったミサイル2基がモスクワに送付されたと発言(4月25日 サウスフロント記事)
    (参考1)米国防総省のミサイル攻撃の結果に関するブリーフィング骨子(4月15日)
    1)76基のミサイルがダマスカス郊外 バルザ地区のシリア科学研究センター(SSRC)に命中
    2)22基のミサイルが、ホムス近郊のヒム・シンシャール化学兵器貯蔵庫に命中
    3)7基のミサイルがヒム・シンシャール化学兵器関連装備・指令施設に命中
    (参考2)ロシアは、ロシア製S-300対空防衛システムのシリアへの供与を検討しており、これに対してイスラエルが自国の安全上許容できないとして、運用開始前の破壊も匂わせて供与の動きをけん制している。
    4月23日付 タイムズ・オブ・イスラエル報道

    【シリア情勢(仏米首脳会談共同記者会見注目点)】
    ◆4月24日のホワイトハウスにおけるマクロン仏大統領とトランプ米大統領の共同記者会見では、北朝鮮問題や米国のイラン核合意離脱問題に関心が集まったが、今後のイランへの対応に関連して、トランプ大統領は、①米軍はシリアから撤退したいが、そのためにはイランを封じ込める必要(参考1)があること、②米国は中東で過去18年間に7兆ドルをつぎ込んだが何も見返りを得ていないこと、③裕福な国々(注:湾岸諸国を指す)に財政的、人的肩代わりを強く求めたこと(参考2)、マクロン大統領は、シリア問題の解決には、イランの影響力拡大を阻止するため 新たに包括的な枠組みを立ち上げる必要があるとの認識を示したこと(参考3)が注目された。
    4月24日付ホワイト・ハウス発出仏・米両大統領共同記者会見
    (参考1)トランプ大統領は、米軍を撤退させたい。 しかし達成すべきことを達成した後に帰国させたい。 我々は包括的な取引の一環としてシリアについて話し合っている。イランに、1500億ドルと18億ドルの現金を与える前に、イランとの核合意を結ぶ際、シリアやイエメンやイラクを含む中東地域の問題を含めるべきであった、と発言。言及された金額について、ワシントン・ポストは、米国財務省がイランに1500億ドルを供与した事実はない。大統領が言及した金額は、凍結されていたイランの海外資産全体の金額であり、核合意が締結され、イランはその資金にアクセスすることが許された。一方、約18億ドルの現金は別の問題。 これは、1970年代に遡り、(パーレビ)イラン政権が倒壊し、米・イラン外交関係が破綻したために、イランが軍事装備購入代金として支払うはずであったが実行されなかった4億ドルを指す、と解説。
    4月24日付ワシントン・ポスト
    (参考2)トランプ大統領は、よく知られている(湾岸の)国々は非常に裕福。彼らは(シリア駐留費用)を支払う必要がある。そしてマクロン大統領と私はそれについて同意した。そして、彼ら(湾岸諸国)はそれを支払うであろう。私たちはそれら諸国に話しをしている。彼らはそれを支払うことになる。米国は支払い続けるつもりはない。そして彼らはまだ実施していない(自国の)兵士を派遣することになる。実際、多くの米兵を帰国させるつもりだ。地中海に向けて私たちは強固な防護壁を築く必要がある。 - もしそうしなければ、イランが地中海に向かうことになる。それを許してはいけない、と発言。これに呼応するかのように、ジュベイル・サウジ外相は、記者会見で(断交中の)カタールに米軍のシリア駐留経費負担を求めるとともに、米軍が(米中央軍前進本部が置かれている)カタール(のアルウデイド基地)から撤退する前にカタールはシリアに派兵すべきである、もし米軍が撤退し、保護がなくなれば、カタール政権は1週間もたたないうちに崩壊することになろうと警告を発した。
    4月24日付アラブ・ニュース
    (参考3)マクロン大統領は、米国のイラン核合意残留の必要性についてトランプ大統領を納得させることはできなかったとみられるが、より大きな枠組みの下で、イランを封じ込める必要性を訴え、第一に、2025年までイランのあらゆる核活動を阻止すること。これは現行のJCPOAにより実現可能。 第二に、長期的に、核イランの活動がないことを確認すること。 第三に、イランの弾道ミサイル開発活動を終了させること。 そして第四は、中東地域、とりわけイエメン、シリア、イラク、レバノンでイランを封じ込める政治的解決策の条件を生み出す必要性を強調。

    【中東和平(米国に追随した一部大使館のエルサレム移転の動き)】
    ◆トランプ米国大統領は、昨年12月、米大使館のエルサレム移転を宣言し、本年5月14日のイスラエル建国記念日にあわせて、米大使館のエルサレム開設を準備中であるが、いくつかの国が移転準備を進めており、なかでも、ルーマニアは、与党・社会民主党(PSD)のリビウ・ドラグネア党首は19日、(在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転する)決定は下され、そのための手続きを開始したと表明(参考1)。20日クラウス・ヴェルナー・ヨハニス大統領は、相談に預かっていないとし、現時点では移転は国際法に違反するもので、そのような措置は、国際政治への影響をはじめもたらされる結果のすべて考慮した深い分析がなければ、取られるべきではないと指摘し、否定的な姿勢を示したが、ドラグネア党首によれば、行政権を有する(参考2)ビオリカ・ダンチラ首相の政権は18日エルサレムへの大使館移転を視野に手続きを開始することに同意したとされる。
     米国追随の動きについては、すでに昨年12月グアテマラ大統領が大使館移転を公言しており、ルーマニア大使館のエルサレム移転が決定すれば、欧州諸国では初となり、イスラエル・パレスチナ二国家共存を主張してきたEUの結束に風穴をあけることになる。ネタニヤフ・イスラエル首相は、エルサレムが3千年にわたってユダヤの人々の首都であったという現実を踏まえた和平を目指すべきで、現在、少なくとも6か国が大使館のエルサレムへの移転を検討していること、最初に移転する10か国に移転に際しての優遇措置を講じる意向を表明した(参考3)。
    (参考1)ドラグネア党首は、大使館移転は、長年の友好国で、ルーマニア人50万人が暮らす国であるイスラエルと米国政府が高く評価する決定であると発言。今回のドラグネア党首の発言に先立ち、4月11日にイスラエルのツィピ・ホトベリ外務副大臣は、ルーマニアで、首相、外務大臣、ドラグネア党首ほかと会談し、移転に関する具体的協議を行い、手ごたえをえたものとみられている。
    4月20日付 エルサレムポスト報道
    (参考2)ルーマニアは「反大統領制」をとっており、行政権は、行政府が握っている。中道右派出身の「外交」の最終的権限を有する大統領と、議会・行政府のねじれが起きている。
    (参考3)ネタニヤフ首相は、19日独立70周年を記念する外交団を集めた集会において、少なくとも6か国が移転を検討中と発言。米、グアテマラに追随して大使館のエルサレム移転を検討中とみられるのは、パラグアイとホンジュラスで、イスラエル軍のラジオは、原則、移転を検討中と報じていた。因みに、イスラエルのツィピ・ホトベリ外務副大臣は昨年12月25日、米政府がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことを受けて、在イスラエル大使館をエルサレムに移転する可能性をめぐり、「少なくとも10か国」と接触していることを明らかにしていた。
    the new arab 4月20日付報道

    【シリア政権側による化学兵器使用疑惑(続報)】
    ◆ロシア外務省報道官会見骨子
    ●4月19日ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は、シリア政府軍が、最近解放された東グータで有毒な塩素ガスで満たされた独製の容器と英国のソールズベリー(参考)で製造された発煙弾を発見したことを明らかにし、西側諸国の化学物質や武器の押収により、それら一部諸国の指導者たちの「人道に対する信義」が損なわれたと述べた。
     ザハロワ報道官は、西側諸国が4月7日のダマスカス郊外のドゥーマで実行されたと主張し、シリア政府を非難した化学兵器攻撃に言及し、ソーシャルメディア上で流された画像とビデオは、「100%偽物」であると強調した。同報道官は、シリアに対する三者の武力行使は、テロリストが彼らの隊列を立て直すためのもので、西側三国の実際の目標は、過激派に一息つかせ、彼らの隊列を立て直させ、シリアの土地における流血を延ばし、政治的解決プロセスを妨げることだったと述べた。
    (参考)3月4日、英国南西部ソールズベリーで、ロシアの元二重スパイのロシア人男性セルゲイ・スクリパリとその娘のユリアさん親子が何者かに襲われ、商業施設の外にあるベンチで倒れているところを発見された。英国政府は、ロシアが神経剤を使用し、殺害を試みたとして、ロシア人外交官の追放等の措置をとり、西側各国も同調した。ロシアは一貫して否定している。今回、ロシア側が、あえてソールズベリーで製造された発煙弾に言及したことで、暗にソールズベリー事件もドゥーマ疑惑も英国の陰謀であるとの印象を広めようとしたのではないかと考えられる。
    ●ドゥーマでのガス攻撃疑惑から1週間後、米、英、仏は、シリア政府の化学兵器製造能力を奪うとの目標を掲げ、ダマスカスとホムスの近くの施設や研究施設に対して合同のミサイル攻撃を実行した。しかし、ロシアは、シリアの対空システムは、国際法と国連憲章に違反して、シリアに向けて発射された100以上のミサイルのうち、相当数を撃墜したとしている。
    ●ロシアのワシリー・ネベンジャー国連大使は、ロシアは、化学兵器の被害者とされたシリア人の子供とのインタビュー(注:18日、ロシア24TVが公開したハッサン・ディヤブとのインタビューを指すとみられる)を国連の場で上映すると述べた。
    ロシア、東グータで独製塩素ガス(容器)と英国製発煙弾を発見 4月19日プレスTV

    【シリア政権側による化学兵器使用疑惑】
    ◆OPCWの調査チームの動向とロシア24テレビによる化学兵器被害者とされた少年独占インタビュー
    1.OPCWの調査チームの動向
    ●4月18日、OPCWウズムジュ事務局長はドゥーマでのOPCW調査チームの動静について発表。国連の安全保障局(UNDSS)が、ある地点まで調査チームを護衛するためにシリア当局と必要な手配を行い、その後、ロシア軍警察が護衛を引き継ぐために必要な準備を行った。 しかし、UNDSSは、サイトへの偵察訪問をまず行う必要があると判断し、調査チームメンバーの参加なしで、現場に赴いた。サイト1に到着すると、大勢の群衆が集まっており、UNDSSからうけた助言は、偵察チームに撤退せよとのことであった。 サイト2では、チームは小火器の射撃を受け、爆発物が爆発し、 偵察チームはダマスカスに戻った。このため、いつ現場での調査が可能になるか不明であるが、UNDSSのゴーサインを踏まえ、調査が実施できるようになるとの見通しを明らかにした。
    4月18日付 OPCW事務局長プレスリリース
    2.ロシア24テレビによる化学兵器被害者とされた少年独占インタビュー
    ●ロシア24テレビは、ホワイトヘルメットによるドゥーマの虚偽の化学攻撃の証拠であるとして、偽のビデオの撮影に参加したとされる少年ハッサン・ディアブとの4月18日の独占インタビューを公表した。インタビューで、ハッサンは、私たちは地下にいた。 母親は、今日は食べるものがないから明日食べようと言った。 そのとき、外から「病院に行け」との叫び声を聞いた。 私たちは病院に駆けつけ、入室するとすぐに見知らぬ誰かが私をつかんで、水を注ぎ始めた、と語った。
    ●彼の父は話を続けた。 彼は息子が病院にいると聞いたときは仕事をしていた。 彼は病院に駆けつけ、そこで彼の家族を見つけた。 彼は路上で喫煙していて、化学兵器らいしいものは感じなかったと付け加えた。 彼によると、武装勢力はすべての参加者に食べ物のデーツ、クッキー、米を与え、それから解放した。
    ●24テレビは、ホワイトヘルメットが偽のビデオを撮影したときに病院にいた医師とのインタビューも放送した。 彼はその日に化学兵器関連の被害の徴候を持つ患者は到着しなかったが、最近の爆発からの煙やほこりのために呼吸に問題を抱えている人が多かったと発言。 すべての医師は彼らの世話に忙しかったし、ホワイトヘルメットの撮影クルーに対処する時間もなかった。
    ●4月9日、このグループはドゥーマの病院のひとつで医師たちが化学兵器攻撃を受け苦しんでいた患者を治療していたことを示唆し、政権側を非難した別のビデオを制作した。 しかし、後で出てきた情報や証言は、それがホワイトヘルメットによって仕組まれ、実行されたことを示している。
    ●ホワイトヘルメットは、いくつかの西洋諸国から資金提供を受けているシリアのNGOであり、偽の化学兵器攻撃の撮影に関与している。 彼らは数回、シリアのテロリストグループと協力しているのを目撃されている。
    ●攻撃が行われたと主張された直後、モスクワは化学部隊を派遣し、実際の攻撃があったかどうか、そして治療が必要な被害者がいるかどうかを判断した。 ロシアの隊員は近くの病院でいかなる化学兵器の痕跡も犠牲者も発見することはなかった。 ロシアとシリアの両政府は、OPCWにドゥーマに来て出来事を調査するよう呼びかけた。
    4月18日付 スプートニク報道

    【OPCWによるシリアにおける化学兵器調査】
    ◆OPCWによる現地調査とこれまでの査察報告
    1.シリア国営通信SANAが伝えたところでは、シリア政府の要請により、4月14日シリア入りしていた化学兵器禁止機関(OPCW)の調査団(参考1)が17日、化学兵器が使用されたとされる首都ダマスカス近郊東グータ地区ドゥーマ入りした(参考2)。シリアのジャファリ国連大使は17日の国連安保理会合で、国連のチームがドゥーマの治安状況が安定していると判断すれば、調査団は18日に作業を始めると述べた。
    2.今次三か国の武力攻撃をうけたシリアにおける化学兵器関連施設とされ破壊された3つの標的からは、化学兵器を構成する物質の空中への拡散をはじめ化学兵器破壊の痕跡は見出されていない。特に、化学兵器研究開発が行われてきたとされるシリア科学研究センターSSRCについては、2017年2月26日?3月5日に第一回目の査察を受け、2017年6月2日の査察報告(参考3)では条約の義務に違反する活動は認められないとされている。2017年11月14日?21日に実施された調査に基づく報告(参考4)では、化学兵器関連施設27か所のうち、25か所の破壊が認証され、残る2つの地上施設についても破壊の方法等が調査されたとされており、SSRCを含め、シリアの化学兵器関連施設の完全廃棄に向けて、最近でもOPCWによって着実に活動が行われてきたことが認識され、今次3か国の武力行使は、一線を超えることは許さないとの警告ではあっても、シリアの化学兵器開発計画とその能力を破壊することに成功したとは到底言えない。
    OPCWチーム デゥーマに到着 4月18日付AFP
    (参考1)マクロン大統領は、当初、仏専門家の参加を言明していたが、武力行使にあたって、仏専門家の参加をとりやめた。
    (参考2) 米、仏は、化学兵器使用の証拠が消滅することを狙ってシリア政府、ロシアが調査団の現地入りを妨害していると非難していた。
    (参考3)2017年6月2日 SSRCにおけるOPCW査察レポート
    (参考4)2017年11月24日 OPCWシリアの化学兵器プログラム排除進捗報告

    【軍事情勢(米・英・仏によるシリアへの武力行使、ロシア国防省の攻撃評価)】
    ◆4月16日、ロシア国防省イゴル・コナシェンコフ少将が、今次三カ国によるシリアへの武力行使に関し、ロシア国防省としての評価を発表したところ、主要点次のとおり。ロシア側の説明は、これまでの米国防総省等によるシリア国内の化学兵器関連施設のみを標的にしたという説明ならびにシリア軍の対空システムが全く効果がなく、一方で、三か国の攻撃が、「正確、圧倒的、効果的」であったとの説明とは大きな隔たりがある。 ロシア国防省ブリーフィング 4月16日
    ★説明骨子
    1.攻撃時間:4月14日午前3時42分?午前5時10分
    (米国防総省は、米国東海岸時間13日午後9時、現地時間14日午前4時ごろ開始としている)
    2.攻撃開始地点:紅海、アラビア湾(ペルシャ湾)、地中海、米軍が違法に支配しているタナフ駐屯地(国防総省ブリーフィングでは、タナフ駐屯地に言及はなかった。2017年5月タナフに向かっていたシリア政府軍側の車両が米軍の攻撃を受けており、米軍はタナフでの駐屯を継続している)
    3.シリアのレーダー追跡標的数:103(国防総省ブリーフィングでは、105発のミサイルを撃ち込んだとしている)
    4.攻撃対象に向けられたミサイル数:米国防総省ブリーフィングで対象とされた3か所(①シリア科学研空センター、②ホムス化学兵器貯蔵施設、③同施設近郊の装備施設・指令所)に説明通り撃ち込まれたとすれば、それぞれ30発となるが、通常、トマホーク巡航ミサイルが1/2トンの爆薬を積んでいることを想起すれば、ミサイル10発もあれば、破壊に十分。爆発のスケールは、30発ずつの攻撃を物語っていない。弾薬の残骸や破片、クレーターの数も米側の主張を支持していない。
    5.シリアの対空防衛システムの活用状況:40年以上前にソビエト時代に製造されたS-200、S-125、オサー、クヴァドラート、ブーク、ストレラ10対空防衛システムが使用された。政府軍は、ロシアが供与したパーンツィリ近距離対空防衛システムも活用した。
    6.シリアの防空システムの迎撃結果:撃ち込まれた103の巡航ミサイルに対して112発の迎撃ミサイルを発射し、71を排除した。
    ①パーンツィリ:25発中、24発命中
    ②ブーク:29発中、24発命中
    ③オサー:11発中、5発命中
    ④S-125:13発中5発命中
    ⑤ストレラ10:5発中3発命中
    ⑥S-200:8発中命中なし(注:S-200は対航空機用対空ミサイルシステムであり、最近も隣国の戦闘機(イスラエルF-16戦闘機のこと)を撃墜した旨補足)
    7.三か国の攻撃対象:米国防総省が発表した3か所だけでなく、他の軍事施設も攻撃対象となっていた。
    ①ダマスカス空港:4発すべて迎撃成功
    ②ドゥメイル飛行場:12発すべて迎撃成功
    ③ブライ飛行場:18発すべて迎撃成功
    ④シャイラート飛行場:12発すべて迎撃成功
    ⑤タイヤース飛行場:2発すべて迎撃成功
    ⑥メッゼ飛行場:9発中5発の迎撃に成功
    ⑦ホムス飛行場:16発中13発の迎撃に成功
    ⑧シリア科学研究センター施設:約30発中、5発の迎撃に成功

    【アラブ首脳会議最終声明主要点】
    ◆4月15日、サウジ東部ダハラーンで、サルマン・サウジ国王がホストし、第29回アラブ首脳会議がシリアを除く21か国代表が参加(参考1)して開催され、閉幕に際して最終声明が発出された。前日の米、英、仏によるシリアへの武力行使の直後であったが、化学兵器の使用は非難されたものの西側三か国によるシリア攻撃への評価、統一的見解は打ち出されなかった。アラブ4か国のカタール断交も協議されなかった。今次首脳会議は、サウジ側は、米国がエルサレムをイスラエルの首都として認め、5月にも大使館のエルサレム移転を計画していることから、「エルサレム問題会合」と位置付けた。また、サウジがイエメン・ホーシー派から弾道ミサイル攻撃を受けていることを踏まえ、その後ろ盾であるとみなすイランを糾弾し、国際社会に対して、イランに弾道ミサイル供与等の支援を止めさせるよう制裁強化を訴えた。また、イランに対しては、アラブ諸国の内政干渉を停止し、とりわけ、シリア、イエメンから出ていくよう要求した。リビア問題、イスラムとテロを関連付けようとする動き、テロリストによるITやSNS活用による情報拡散防止、ロヒンギャ問題、イランに占拠されているUAEの3島問題等も取り上げられた。
    (参考1)政権トップの出席は、サウジ、ヨルダン、クウェート、バーレーン、スーダン、ソマリア、エジプト、モーリタニア、ジブチ、チュニジア、リビア、イエメン、レバノン、イラク(但し、実権のある首相ではなく大統領)、コモロ、パレスチナの16か国・機関。UAE、オマーン、モロッコ、アルジェリアは代理出席。サウジと断交中のカタールは、アラブ連盟常駐代表が出席。 最終声明 4月15日付アラビイ21 アラビア語
    アラブ指導者 シリアへの武力行使に沈黙 4月15日付 アルジャジーラ
    各国出席者の到着リスト ツイッターアラビア語
    ★注目点骨子
    1.パレスチナ問題
    ●パレスチナ問題がアラブ全体にとっての課題であり、パレスチナ国家の首都である東エルサレムのアラブとしてのアイデンティティを再確認する。
    ●2002年のレバノンでのアラブ首脳会議で採択されたアラブ和平イニシアティブが、すべての最終的地位に関する課題、そしてイスラエルとアラブとの和平に対処する最も包括的なプランである。
    ●エルサレムをイスラエルの首都と認める(2017年12月6日の)米国の決定が無効で、非合法であることを確認する。(12月21日の)国連緊急特別総会 での決議採択を歓迎するとともに、支持してくれた国に感謝する。そして、イスラエル・パレスチナ間の真剣かつ効果的な和平交渉の再開を期待する。
    ●地政学上の事実の変更と二国家解決を損なおうとするイスラエルによるあらゆる一方的な措置を拒否することを確認.。
    (参考2)国連総会は、エルサレムをイスラエルの首都に認定した米国の決定を無効とする決議を賛成128、反対9、棄権35で採択した。
    2.イエメン・ホーシー派へのイラン支援糾弾
    ●イエメン:イランが支援するテロリスト組織ホーシー派民兵が119発もの弾道ミサイルをメッカやリヤドやその他のサウジ国内各地に打ち込むことによって、サウジの安全を脅かしていることに対して最大限強い言葉で非難する。国際社会には、イランおよびその関連の民兵組織がテロリスト組織ホーシー派民兵を支援し、イラン製の弾道ミサイルを、安保理決議2216に違反して供与することを防ぐために、制裁を強化するよう要請する。
    ●我々は、イランによるアラブ諸国への内政干渉を拒否し、テロリスト民兵組織への武器供給をはじめとする支援によってアラブ諸国の安全を損ない、宗派間紛争を煽ることを非難する。そして、すべてのアラブ諸国、とりわけ、シリア、イエメンからの民兵組織とその分子を撤兵させるようイランに要求する。
    3.シリアへの西側3か国の武力行使
    ●シリア紛争を終結させるには、政治的解決を見出す必要がある。そのためには、平和的解決を討議する唯一の枠組みであるジュネーブ会議を通じてシリアの各当事者により合意され形成された政治的現実への真の移管を実現する平和的決着に到達する必要がある。西側諸国によるシリアでの(軍事)行動をフォローする。シリアにおける化学兵器使用を強く非難する。そして、独立した国際的調査を要求する。

    【軍事情勢(米・英・仏軍によるシリア化学兵器関連施設攻撃(続報)】
    ◆その後の注目点とりまとめ次のとおり。
    1.14日午前開催されたペンタゴン首席報道官ダーナ・ホワイト、ならびに統合参謀本部事務局長ケネス・マッキンゼー中将による国防総省におけるプレス・ブリーフィング骨子。
    ①今回の作戦は、正確、圧倒的、効果的という3つの言葉で表現される。
    ②今回攻撃に使用されたミサイルは計105発。第一目標のSSRCには、76発(うち、57発はトマホーク・ミサイル、19発は、空対地スタンドオフ・ミサイルJASSを使用)。第二目標のホムス近郊のヒム・シンシャール化学兵器貯蔵施設には、22発(うち、9発の米国のトマホーク・ミサイル、8発はストーム・シャドウ・ミサイル、3発は艦艇からの巡航ミサイル、2発がスコット地上攻撃巡航ミサイルを使用)。第三目標の第二目標近郊にある装備貯蔵施設には、7発のスコット・ミサイルが使用された。
    ③攻撃は、紅海からは、タイコンデロガ級モントレーが30発のトマホーク・ミサイルを発射。アーレイ・バーク級駆逐艦ラブーンが7発のトマホークを発射した。アラビア湾北部からはバーク級駆逐艦ヒギンズが23発のトマホーク・ミサイルを発射。東地中海からは、仏のフリゲート艦ランゲドックからSCATの艦船版ミサイル3発を発射。同様にバージニア級潜水艦ジョン・ワーナーが6発のトマホーク・ミサイルを発射。空からは、B-1爆撃機が、19発の空対地ミサイルを発射。英国空軍のトルネード、タイフーン戦闘機は、8発のストーム・シャドウ・ミサイルを発射。仏空軍もラファエル、ミラージュ戦闘機から9発のスコット・ミサイルを発射。すべても目標に到達したと考えている。
    ④シリア政権側は、40発以上の地対空ミサイルを発射したとみられるが、これらの大半は、我々の攻撃が終了したのち。彼らの防衛網は、非効果的であった。ロシアの防空システムは使用されなかった。
    ⑤市民の負傷者は確認されていない。
    ⑥化学兵器が使用されたことは確かであるが、インテル情報であり、それについては話しできない。
    (参考)マティス国防長官は、塩素ガスが使用されたことは確実であるとしたが、サリン等が使用されたか否かはさらなる評価が必要であるとしている。今次攻撃と相前後してOPCWの調査団がダマスカス到着に到着している。
    ⑦ロシアとの間では、以前から衝突回避チャネルが活用されている。
    米英仏の今次攻撃に関するペンタゴン・ブリーフィング(国防総省サイト 4月14日付)
    2.ロシア提案の今次シリア攻撃を非難する安保理決議案は、14日採決に付され、賛成3(ロシア、中国、ボリビア)、反対8(英、仏、米、スウェーデン、オランダ、ポーランド、象牙海岸、クウェート)、棄権4(ペルー、カザフスタン、エチオピア、赤道ギニア)で否決。この他、イラン、イラクは、今回のシリア攻撃を非難しており、イスラエルのネタニヤフ首相は評価、トルコのエルドアン大統領は、シリア政権側への攻撃は「適切」とコメント。但し、チャブシュオール外相は、トルコは、米、ロシアのどちらの側にも立たないとしている。日本は、米、英、仏の「決意」を支持した。 安保理採決結果(アナドール通信 4月14日付)

    【軍事(米、英、仏によるシリア化学兵器関連施設へのミサイル攻撃(第一報)】
    ◆米、英、仏による攻撃概要
    ●米国時間13日夜、トランプ米大統領は、シリアの独裁者アサド大統領の化学兵器能力に関連する目標に対して、米軍に精密攻撃を命じたと述べた。この命令をうけて、米国東海岸標準時13日21時(シリア時間14日午前4時前)に、米軍、英軍、仏軍による、空と海からのシリア国内の標的に対するミサイル攻撃が実施された。
    ●攻撃後、米国時間13日マティス国防長官、ダンフォード統合参謀本部議長と英、仏の軍関係者が共同で記者会見に臨んだところ、主要点次のとおり。
    ①仏、英、米はシリアの化学兵器関連施設に対して、シリアの化学兵器関連インフラを破壊するために断固とした行動をとった。
    第一目標は、シリア科学研究センターSSCR(参考1)、二番目はホムス近郊の化学兵器貯蔵庫(サリン、およびその先駆物質貯蔵)、三番目は、第二目標近郊の化学兵器設備とその指令センター。
    ②この攻撃は、化学兵器のさらなる使用を控えさせるためにシリア政権に向けられたもので、我々は極力民間人や外国の被害を避けるために配慮した。
    ③今回の作戦は、当面一回だけであり、次の攻撃計画は現時点で用意されていない。
    ④前回(2017年4月7日)は、単独、単発の攻撃であったが、今回は、合同(参考2)かつ複数の標的を狙ったものであった。
    ⑤シリア軍の地対空防衛システムの反撃(参考3)はあったが、それ以外(注:ロシアやイランを指す)は確認されていない。
    ⑥米軍、英軍、仏軍の被害は報告されていない。
    ⑦ ロシア軍に対しては、事前に通常の衝突回避(deconflict)チャネルでの交信はあったが、目標の調整等は一切行っていない。
    (参考1)シリアは、4度中東戦争を戦ったイスラエルが事実上、核兵器を保有していることに対抗して、化学兵器の研究開発を進めてきており、2000年以前の段階でも、SSCRが化学兵器研究開発の拠点であることは、公然の秘密であった。
    (参考2)英国は少なくとも空軍トルネードGR4戦闘機4機、仏軍は12の巡航ミサイルの発射、仏空軍機、軍艦艇が参加したとみられる。
    (参考3)シリア国営通信は、当初13発のトマホークを撃ち落としたと報道。のちにシリア軍司令官は、全体で110発(注:のちに105発と判明)ミサイルが発射され、ほとんどが迎撃したが、シリア科学研究センターは被弾した旨言明。
    ●ロシアは、米国の攻撃は和平実現を損なう行為であり、重大な結果を招くと非難。イランは、今回の攻撃を国際法違反であると糾弾。
    (評価)今回は、米国の単独行動ではなく、英仏の参加を得たということで、米国の単独行動であった昨年4月の攻撃に比べ、米国は西側のパートナーの参加を確保したことで、米国一国の都合という印象を回避することはできたが、攻撃自体は、ターゲットは3か所に増えているものの、比較的抑制されたものとなっており、とくに当初懸念されたロシア軍駐留部隊への攻撃が回避されたことで、米軍対ロシア軍というかつての冷戦を思い起こさせる直接対決がなかったことが、さらなる緊張の見通しを当面減少させたといえる。また、攻撃対象も、化学兵器関連施設にとどまり、特に、直接化学兵器が標的にされなかったことで、二次的被害も避けられたと考えられる。因みに、シリアは、2013年化学兵器禁止条約に加盟しており、国連・OPCW主導で化学兵器の貯蔵位置の確認・国外への搬出が実施されており、シリアが新たに公然と化学兵器開発、貯蔵を行うことは困難であり、仮に一部の化学兵器を保有していたとしても、4月7日の事案発生後トランプ大統領の当初の24-48時間後攻撃の示唆から数日経過していることから、関連兵器の移動も実施できる時間的余裕があり、今回の攻撃はあくまで、化学兵器そのものではなく、化学兵器関連インフラを破壊したということにとどまる。ロシアとの直接的な軍事対峙は、その後の展開が見通せないため、米、英、仏の攻撃はかなり抑制されたものとなり、これはロシアもぎりぎり許容できる範囲内であったと考えられる。
    米英仏のシリア化学兵器関連施設攻撃(CNN 4月13日付)
    マティス国防長官・ダンフォード議長記者会見(4月13日国防省ブリーフィング・トランスクリプト)
    外国勢力のシリアプレゼンス地図を含む(ミドル・イースト・アイ4月14日付)
    シリア空爆に際してのコメント (メイ首相声明 4月14日)
    シリア軍司令官声明 (シリア国営通信 4月14日付)

    【軍事(シリアへの米軍の攻撃の可能性高まる)】
    ◆10日の安保理でのシリアにおける化学兵器使用疑惑に関する緊急会合で、米国、ロシア双方が提出した安保理決議案がそれぞれ否決された(参考1)ことにより、米国のシリア攻撃の可能性が一層高まっている。米軍は、すでに誘導ミサイル搭載駆逐艦ドナルド・クックがキプロス・ラルナカ港を出港して、シリア沖合に展開したほか、空母ハリー・トルーマンと4隻のミサイル搭載駆逐艦を含む船団は4月11日ノーフォークの海軍基地を出航し、東地中海に向かう予定。前回は米国の単独攻撃であったが、10日ホワイトハウスは、トランプ大統領とメイ首相が、シリアにおける化学兵器使用の継続を許さないことで一致したとの緊急声明を発出し、また、訪仏中のサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子もシリアにおける軍事作戦に加わる意向を表明したことで、今回、攻撃が実施されれば、前回の攻撃(参考2)よりも広範、かつ集団的攻撃になる可能性がある(参考3)。この場合、シリア軍のみならずロシア軍やその傭兵、イランのIRGC、シーア派民兵組織がシリアの各軍事施設に駐在しているとみられることから、被害の拡大や報復の可能性も高まるため、米国は、どのタイミングで、どの標的を狙うのか、軍内部ならびに関係国と調整を続けている可能性がある。このような状況下、シリアは、OPCWに対して化学兵器が使用されたとするデゥーマにおける現地調査実施を要請し、OPCW技術事務局も調査スタッフを派遣する用意があるとの声明を発出(参考4)した。
    (参考1) 1年間の調査メカニズムの設置と化学兵器使用の責任者の特定を求める米提出の決議案は、賛成12、反対2(ロシア、ボリビア)、棄権1(中国)でロシアが拒否権行使。1年間の調査メカニズム構築と国連安保理が化学兵器使用の説明について責任を持つとするロシアの最初の決議案は、賛成6(ロシア、ボリビア、エチオピア、カザフスタン、中国、赤道ギニア)、反対7(米、英、仏、蘭、ポーランド、スウェーデン、ペルー)、棄権2(象牙海岸、クウェート)で否決。OPCWの調査を盛り込んだスウェーデン案を踏まえたロシアの第2決議案は、賛成5(ロシア、中国、エチオピア、カザフスタン、ボリビア)、反対4(米、英、仏、ポーランド)、棄権6(スウェーデン、赤道ギニア、ペルー、蘭、象牙海岸、クウェート)で否決。
    国連安保理サイト(4月10日)
    (参考2)スペインに本拠を置くアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦のポーターとロスは、59発のトマホーク・ミサイルをシリアのシャイラート空軍基地に向け発射し、4月7日午前4時40分頃に着弾。
    前回の米軍によるトマホーク攻撃(2017年4月6日付 Thedrive.com warzone記事)
    (参考3)4月9日付ワシントン・イグザミナーは、国防総省関係者は、攻撃が実行されれば、前回と似通ったものになるとの見方を述べる一方で、前回よりはより広範なものになる可能性もあり、それは大統領次第であると述べたとしている。
    4月9日付ワシントン・イグザミナー報道
    (参考4)OPCWは現地調査実施の意向を表明
    4月10日付RT報道>

    【クルド情勢(トルコによる北イラクにおけるPKK勢力排除の動き)】
    ◆トルコ軍は、シリア領内のアフリーンのみならず、イラク領内でもPKK掃討を理由に、地上部隊を含む軍事作戦を開始していることが確認された(参考1)。トルコ軍は、3月10日からイラク領内への越境進軍を開始した。3月21日トルコのエルドアン大統領は、イラクに対して、もし、イラクがPKKの問題を解決できないのであれば、我々は誰にも告げずに一夜にして、シンジャール(参考2)に到着するとの警告を発し、翌22日チャブシュオール外相は、トルコの軍隊、情報機関、外交当局は、シンジャールとトルコとイラクのクルド地域の間のカンディールに拠点を構えるPKK戦闘員を攻撃するあらゆる準備を整えている、と発言していた。これ発言通り、トルコ空軍は4月上旬からPKK拠点への空爆を強化し、また地上部隊を、PKKの拠点と目されるカンディールを目指して静かに南下している(トルコ軍の南下については、下記URLの地図参照)。トルコ軍は、山頂に監視ポストを構築しようとしている。KRGのネチルヴァン・バルザーニ首相は、我々の原則は、我々の領内(KR)からトルコであれ、イランであれ、シリアであれ隣国への攻撃を許さないものであり、PKKに対しても、トルコへの攻撃を停止するよう説得してきたが、不幸にもそのような試みは失敗してきたとコメント。一方、フアード・マアスーム・イラク大統領(参考3)は4月4日、ISISとの戦いはほぼ終了しており、トルコ軍はイラク領から撤退すべきであるとコメント。
    トルコ軍イラクの8つの山頂に展開(4月6日付Rudaw報道)
    トルコは静かに北部イラクにおける地上作戦の準備を整えている(サウスフロント 4月6日報道。)
    トルコ地上軍のイラク北部展開マップ 4月6日掲載
    トルコは、シンジャールからのPKK一掃に狙いを定めている(3月26日 イラク・パルス記事)
    (参考1)トルコ軍のイラク領内駐屯は、今回が初めてではなく、2015年12月には、トルコ国営アナドール通信他が、モスル北方のバアシーカにトルコ軍が、ISISとの戦闘のためペシュメルガやイラクのスンニー派戦闘員に訓練を施す目的で部隊を派遣したと報じた。当時イラク政府は、トルコ軍の派遣を要請していないとして、退去を求めたが、トルコは応じなかった。
    (参考2)シンジャールは、少数宗派ヤジーディ教徒の村。2014年8月にISISが侵入し、住民の多くが殺害、レイプ、拉致、虐待された。ISIS侵入の際、KDPのペシュメルガが撤退したが、PKK系列のヤジーディ抵抗部隊(YBS)とシリアのYPGが同地を脱出するヤジーディ教徒住民を保護したため、PKKに信頼を抱く住民も存在する。2015年11月、YBS/YPGと有志連合の支援を受けたKDPペシュメルガがISISを掃討し、シンジャールを奪還。YBS/YPGは、主にシリア側の西方で、KDPは東側で支配権を確保していた。しかし、2017年に入ると双方の間に衝突が頻発した。2017年5月以降、イマーム・アリ軍団をはじめとする人民動員部隊(PMU,:ハッシュド・シャアビイ)がシンジャール近郊に進出し、影響力を拡大。2017年9月のクルド独立を問う住民投票以後、政府軍とPMUが同地に進出し、10月16、17日にはKDPペシュメルガはKRG支配地域に撤退。政府軍、PMUは、実力でYBS/YPG を掃討しようとはしなかった。しかし、トルコは、イラク政府がPKKを排除できないのであれば、トルコが実力を行使すると表明していた。その後、トルコがシリアのアフリーンに侵攻し、YPGを駆逐し、その勢いで、シンジャール侵攻の意図を表明したため、PKKの執行評議会であるKCKがシンジャール撤退を表明することで、トルコの侵攻の根拠をなくそうとしたが、トルコは、それをごまかしとみており、シンジャール侵攻の可能性は排除されない。
    (参考3)ムハンマド・フアード・マアスームは、イラクのクルド人政治家。2014年に同国の第7代大統領に就任(前任は、PUK(クルド愛国同盟)の党首であったジャラール・タラバーニ)。2014年の国会議員選挙後に大統領に選出された。

    【軍事情勢(その後判明したシリアT-4空軍基地へのミサイル攻撃続報)】
    ①4月9日午前3時25分から3時53分までの間に偵察機とともに飛来した2機のイスラエル空軍機F-15がレバノン上空から誘導ミサイル8発をシリア領内に向けて発射し、シリアの防空システムがうち5発の迎撃に成功したが、3発がT-4空港付近に着弾。14名が死亡し、うち4名はイラン人(注:イランのファルス通信報道)とみられる。イランが支援するグループの他国籍者(注:アフガン人のファーティミーン軍団関係者やレバノン・ヒズボラ戦闘員が含まれているとの見方あり)も死亡したもよう。
    ロシア国防省によれば2機のイスラエル機がシリア軍基地攻撃を実行(4月9日付RT報道)
    4月9日掲載 YouTube(RT報道)
    ②ロシア大統領府ペシュコフ報道官は、基地にはロシア人の軍事顧問が駐在していたかもしれず、これまでは行われていたイスラエル側からロシア側への攻撃前の事前通報は今回実施されなかったことが我々にとっての懸念の理由であるとコメント。他方で、米国には事前通報されていたもよう(注:国防総省関係者のNBCへの発言)。
    ③イスラエル国防軍スポークスマンは、シリアへの攻撃、ロシア側の発言のいずれに対してもコメントしないとした。イスラエルは、隣国内にイランの常設基地が設けられることは自国の安全への脅威であるとみなしており、シリア領内のイラン、ヒズボラ拠点をこれまでも攻撃を繰り返している(参考)が、2月10日のT-4空軍基地の攻撃では、イランのドローン管制センターと通信施設を破壊したとされる。
    (参考)ハアレツ紙(URL下記)は、ニューヨーク・タイムズ紙を引用して、シリア国内のイランの拠点図を掲載するとともに、イスラエル空軍により攻撃されたシリア国内の空軍基地として、T-4空軍基地のほか、シャイラート空軍基地、ならびにダマスカス空港を挙げている)。
    4月9日付ハーレツ記事
    ④一方、トランプ大統領は、デューマ地区での化学兵器使用とみられる事案について誰が責任を負っているかを見極めて、24-48時間以内にシリアの標的に対しての攻撃を行うかどうかの決定を下すと発言。
    米国はシリアを攻撃するか否かを次の48時間で決定(4月9日付マスダル・ニュース報道)

    【軍事情勢(シリア空軍基地へのミサイル攻撃)】
    ◆4月9日ロシアTVほかは、国営シリア通信(SANA)の報道をうけ、シリアのホムス県(パルミラ方面に向かう)東方の空軍基地T-4が少なくとも8発の巡航ミサイル攻撃を受け、死傷者が発生したと報じた。当初レバノン方面から未確認ジェット戦闘機が飛来し、攻撃したとの報道もあったが、シリア政府は巡航ミサイルが使用されたとしている。米国は、トランプ大統領が、東グータでアサド政権側が化学兵器を使用し、子供や女性を含む多数が殺害されたとして、ロシアのプーチン大統領とイランが、「けだもの」アサド大統領を支援している責任を負っており、その代償を支払わなければならないと8日午前ツイートし、米軍によるシリア政府軍への攻撃の恐れが高まっていた(参考1)。トランプ大統領は先週までの米軍のシリア撤退発言を覆し、シリア政府軍側への攻撃を示唆した直後の攻撃であり、米軍の関与が考えられるものの、米国防総省は、とりあえず米軍による攻撃実行を否定した模様。米軍は、過去1年間で少なくとも3回、直接シリア軍への攻撃を実行(参考2)している。また、イスラエルは、本年2月、イラン製ドローンがイスラエル領空を侵犯したとして、ドローンの発信基地とみられているT-4空軍基地を空爆し、うちF-16戦闘機1機がシリア軍の防空システムによって撃墜されたことが確認されている(参考3)。
    シリアのホムス県空軍基地がミサイル攻撃をうける(4月9日付スプートニク報道)
    シリアの防衛システムはミサイル攻撃を迎撃(RT 4月9日付RT(ロシア・テレビ)報道)
    (参考1)シリア空軍基地攻撃のタイミング
    4月7日の東グータにおける化学兵器使用によるとみられる攻撃で、少なくとも35名が死亡。同日は、米軍が、2017年4月4日にイドリブ県ハーン・シェイクーンで化学兵器が使用され、民間人多数が死亡したことをうけて、シリアのシャイラート空軍基地にミサイル攻撃を加えた日からまる1年を経過する象徴的な日であり、かつ、東グータのデゥーマ地区で最後まで、政府軍側と戦っていたイスラム軍(ジャイシュ・アルイスラーム)が最終的な撤退に合意し、48時間以内の退去を確定するタイミングで実施されており、戦闘で圧倒的に優位にたつアサド政権側が、あえて、化学兵器を使用して国際的な非難の集中砲火をうける必然性はない状況にあった。主要国トップの警告としては、「化学兵器の使用が確認されれば(あるいは事実であれば)」といった枕詞がつくのが通常であるが、今回トランプ大統領は、それを省略した。
    (参考2)過去の米軍のシリア政府側部隊・基地への攻撃
    2017年4月7日 米軍は、シリア軍がイドリブで化学兵器(サリン爆弾)を使用したとして、地中海の艦隊からシャイラート空軍基地に、59発のトマホーク・ミサイルを撃ち込んだ。
    2017年5月18日 米軍はシリア南部タナフに向かっていたシリア政府軍・協力軍コンボイ を空爆。
    2017年6月6日 米軍は改めてタナフ周辺のシリア政府側部隊を空爆。
    (参考3) 今回攻撃されたT-4空軍基地は、2月にイスラエル空軍機に爆撃されたばかりであり、イランの基地として使用されていることで標的になった可能性も否定できない。なお、シリア攻撃を行ったイスラエル空軍機が撃墜されるのは、レバノン戦争が実施された1982年以来初めてとのこと。
    シリア軍はイスラエルのF16戦闘機を撃墜(2月10日付チェックポイント・ネット報道)

    【クルド情勢(シリア北部マンビジ軍事評議会総司令官のインタビュー)】
    ◆トルコは、本年3月18日クルド人支配下にあったシリア北西部アフリンを制圧し、今後、マンビジ制圧を目指す意向を隠さず、また、トランプ米大統領が最近米軍のシリア撤退を示唆する発言を繰り返している(参考1)中で、シリア北部ユーフラテス川西方の町マンビジをめぐる状況が注目を集めている。4月5日、シリアのクルド系ANF通信社は、クルド人勢力の支援を受けているマンビジ軍事評議会のムハンマド・アブ・アーディル総司令官のインタビュー記事を掲載しているところ、注目点次のとおり。
    マンビジ軍事評議会総司令官インタビュー(4月5日付ANF通信)
    (参考1)トランプ大統領は、前日にサルマン・サウジ国王と電話会談した後で、4月3日ホワイトハウスの記者会見で、サウジアラビアが米軍にシリアに留まってほしいのであれば、駐留費用をサウジが負担することを求めた。
    トランプ大統領のサウジへのシリア駐留経費の負担を要請(4月4日付アルジャジーラ)
    ●設立の経緯:政権側が2012年に撤退した後、ISISがマンビジに侵入し、自由シリア軍と戦うことになった。マンビジ軍は、カラコザック橋のそばに陣取っていた。ISISがコバニ(アラブ名:アイン・アラブ)を攻撃した時、マンビジ軍も戦闘に参加した。コバニが解放された後、ティシュリーン・ダムに向かい、そこが解放された後、マンビジに戻り、軍事評議会を組織した。
    ●YPGとの関係:当初我々の部隊だけでは、ISISを打ち負かすのに不十分であり、シリア民主軍(SDF)(参考2)がマンビジ解放を支援した。2016年8月のマンビジ解放後、2016年10月までにSDFの多くは退去し、我々(マンビジ軍事評議会)のみが残留した。YPG(クルド人民防衛部隊:男性のみ)とYPJ(クルド人女性のみの防衛部隊)は双方とも我々を支援したSDFを構成する部隊の一員。2016年10月以降、マンビジ軍事評議会のみがマンビジの防衛と治安にあたっている。
    (参考2)2015年10月米国の支援をうけて、ISIS掃討作戦の地上作戦にあたるクルド人部隊(YPG,YPJ)のみならずアラブ人、アッシリア人ほかで構成されるシリア民主軍が創設された。当時からトルコはYPG/YPJをPKK同根のテロ組織とみなしており、米国は、その批判をかわし、協力関係にある地上部隊を支援する狙いもあり、マルチ・エスニックのSDF立ち上げを支援したとみられている。
    ●軍事評議会の規模:我々は軍事訓練学校を設立し、部隊員の多くが有志連合ならびに米国の訓練を受けている。訓練終了後、前線に送られる。当初の部隊の規模は600-700名であったが、マンビジ解放後、多くの若者が加わり、現在数千人の規模になっている。我々はSDFと関係を有しているが、我々の役割はマンビジの防衛である。
    ●トルコとの関係:自由シリア軍の一員としてアサド政権側と戦っていた時は、トルコから武器やあらゆる支援を受けていたが、協力を断って命令を拒否した途端に我々(マンビジ軍事評議会)は「テロリスト」にされてしまった。トルコとの国境線は離れているが、トルコは我々を危険分子、潜在的敵とみなしている。マンビジ解放後、トルコは、我々をトルコの傘下で活動させようとしたが、我々は拒絶した。トルコやバース党政権からはマンビジに秘密分子を送り込んで、混乱を引き起こそうとする試みがあり、地雷の爆発や暗殺の試みもあるが、彼らは地元住民の支持を受けていない。マンビジは自分たちで安定を維持したいと考えているが、彼らは、これを妨害しており、侵攻の脅しをかけて、人々を立ち退かそうとしている。
    ●米国との関係:我々は有志連合の筆頭として、当初から米国と協力している。マンビジには彼ら(米国)の駐屯地があり、我々とともに監視を続けている。米国はパトロールも行っている。米国の隊員は増加(参考3)しており、特殊部隊も存在している。米国の司令官たちとも話をしているが、彼らは、「我々はマンビジを立ち去らない、マンビジを防衛する、最後まで、ともにある」と答えている。
    (参考3)トルコ・メディアは、トルコのマンビジ侵攻への緊張が高まる中、米軍は300名からなる隊員をコンボイでマンビジ周辺に送り込み、トルコ軍・FSAとの前線近くに、YPG/PKK支配地域との間で米軍の兵力増強が認められるとしている。
    米軍のマンビジ兵力増強(4月1日付デイリーサバーハ紙)
    ●仏との関係:仏は有志連合の一員である。仏もISISからマンビジを解放した仲間であり、その存在自体は以前からのものである。パトロールはするが、通常、前線にはいかない。有志連合の一員として、仏や英ほかの関係者がおり、状況が特に変化したわけではない。
    ●統治システム:住民は脅しを受け入れないし、トルコの傘下に入りたいとも思っていない。政権側が2012年にマンビジを離れたあと、我々が立ち上げたシステムは以前存在していなかったものであり、住民の95%はシステムに満足しており、我々の部隊を歓迎している。

    【トルコ・シリア情勢(プーチン・エルドアン首脳会談注目点)】
    ◆4月3日にアンカラの大統領宮殿で実施されたプーチン・ロシア大統領、エルドアン・トルコ大統領首脳会談後の記者会見注目点は次のとおり。
    1.シリア情勢
    ● 4日、イランのローハニ大統領を交えて、シリア問題に関する三者会談を実施する。アスタナ・プロセス(参考1)を通じて緊張緩和地帯を設置しており、すべてが満足できる状態にあるわけではないが、民間人の被害の抑制には貢献している(エルドアン大統領)。
    ●シリアにおける優先事項は、領土の一体性維持、主権の尊重、テロの温床にならないことで、このような条件で、トルコと協力しており、また協力を継続していく(プーチン大統領)
    (参考1)2016年12月の政府軍のアレッポ制圧をうけて、同月下旬トルコ、ロシア、イランが戦闘の当事者間の戦闘停止の保護者になることが合意され、翌2017年1月から3国の保護下、シリア政府、反体制派勢力の代表による停戦実現に向けての協議、アスタナ・プロセスがウズベキスタンの首都で開始された(2018年3月まで9回開催)。この具体的成果として、2017年5月4日には3国代表がシリア国内4か所の緊張緩和地帯の設置に署名。今回の協議は、トルコが1月20日以来シリア北西部で実施したクルド掃討作戦「オリーブの枝作戦」で3月24日アフリン制圧を宣言し、ロシアが支援するアサド政権軍も3月31日には、ダマスカス近郊の反体制派の拠点東グータの制圧を宣言し、戦闘にひとくぎりついたタイミングで実施されるもの。トルコは、クルド勢力が支配するマンビジを見据えて、その前の目標としてテルリファト制圧を目指しており、同地への進出をロシア、イランが了承するのか否か、また、残された反体制派の拠点、イドリブへの対応を含め、今後の軍事作戦の調整ならびに政治プロセスへの移行について話し合われるものとみられる。3国首脳会談に先立ち、ロシア・トルコ軍高官の協議も実施されている。
    2.二国間関係
    (1)ロシア製地対空ミサイル迎撃システムS-400(参考2)のトルコによる調達:双方は納入時期を早める決定を下した。
    (2)アックユ原発建設:原発の意義を強調し、完成時にはトルコの電力需要の約10%を供給予定。(参考3:アックユ原発の特徴)
    (3)二国間経済関係:ロシアからトルコへの旅行者は昨年470万人に達し、本年は600万人に増加の見通し。貿易額も2016年比で2017年は220億ドルと32%増加。今後1000億ドルを目指す。査証書類の免除も議論。
    (4)ガス・パイプラインの建設:2つの海底ガス・パイプラインを建設中で、さらにトルコ・ストリーム・ガスパイプラインの一部を建設予定。トルコ・ストリームはトルコ向けに157.5億?、欧州向けに157.5億?のガス需要に応えるもの。
    プーチン・エルドアン共同記者会見(アナドール通信 4月4日付)
    (参考2)トルコによるロシア製S-400の調達:2017年12月29日、ロシアとトルコは、ロシア製地対空ミサイル迎撃システムS-400の調達取引に署名。S-400は、弾道ミサイル、クルーズミサイル等のミサイルを破壊するもので、高度は27km、一度に300の標的を迎撃できるとされている。署名時は、納入時期を2020年第一四半期までとされていたが、今回の首脳会談ではその時期を早めることに合意した模様。金額は、25億ドルで、総額の45%をトルコが支払い、残り55%をロシア側がローンを提供するとみられている。トルコはNATOメンバー国であることから、欧米は、ロシア製の迎撃システム調達はNATOの集団安全保障を危険に陥れるものとして警告を発していたが、トルコ側は、現在までのところ、聞き入れようとする態度は見せていない。
    (参考3)アックユ原発の特徴
    ①2018年4月3日起工式
    ②ロシア国営の原子力エネルギー会社ロスアトムが建設
    ③トルコ企業は、プロジェクトの35~40%を請け負う
    ④原発4基の総発電量は4,800メガワット(1基あたり1,200メガワット)
    ⑤原発は完成時、トルコの電力需要の約10%を供給
    ⑥トルコ企業に追加的にもたらされる経済効果は、60?80働ドル
    ⑦約1万人の建設労働者の雇用を創出
    ⑧フル稼働で、350億キロワット/時の電力供給
    ⑨原発の最初の1基の完成は、トルコ建国100周年にあたる2023年(注:大統領権限を強化したエルドアン大統領、先月の大統領選挙で再選を果たしたプーチン大統領はともに出席することになるとみられる)。以後、毎年1基ずつ順次操業開始予定。
    アックユ原発起工式(アナドール通信 4月4日付)
     

    【サウジの内外関係(MbSサウジ皇太子インタビュー注目点)】
    ◆4月2日、米誌「アトランティック」の編集長ジェフリー・ゴールドバーグ氏が先般、ムハンマド・ビン・サルマン(MbS)サウジ皇太子との間で、ワシントンDC郊外の駐米サウジ大使公邸で実施したインタビュー記事がオンライン上掲載されたところ、MbS発言の注目点次のとおり。とくに、ヒトラーの方がイランのハメネイ最高指導者よりましであるとし、イランを悪のトライアングルの筆頭に挙げた点や、サウジのイスラム教義をワッハーブ主義に立脚するものとしていない点、イランの核合意の恩恵はイラン革命ガードが独占しており、国民には制裁解除の恩恵がもたらされていないこと、イラン国内で徐々に体制崩壊に向けての兆候が表れていること、イスラエルが固有の領土を所有することへの明確な支持を表明し、イスラエルとの共通の利益発展に強い期待を表明したこと、サウジ人女性の運転免許解禁等の社会変革を進める中で、女性の旅行の際の保護者同伴義務については、その解除には時間がかかる見通しを述べた点である。
    1.イスラム教とイスラム世界が抱える脅威について
    ●イスラムは平和の宗教であり、神は我々に二つの責任を負わせている。ひとつは、善い行いをすることで、その逆を行えば最後の審判の日に神は裁きを下される。二つめは神の言葉を伝搬することである。
    ●今日、悪のトライアングルが存在する。すなわち、カリフ国を復活することがムスリムの義務であるとの考えを広めようとするものが存在する。しかし、神もムハンマドも我々にそうすることを求めていない。
    ●トライアングルの第一番目は、イランの政権である。彼らは過激な思想を広めようとしており、隠れイマームが再来し、イランから米国に至る全世界を統治しようとしている。二番目は、ムスリム同胞団である。民主的な仕組みを利用して影のカリフ国を打ち立てようとしている。三番目は、アル・カーイダやISISといったテロリストである。オサマ・ビン・ラーデンにしろ、アイマン・ザワーヒリやISISの指導者たちも最初は同胞団のメンバーであった。
    2.ワッハーブ主義について
    ●(ワッハーブ主義の思想は同胞団のそれに似通っているのではないかとの質問に対し)ワッハーブ主義とは何か。ワッハーブ主義というものは存在しない。サウジには、スンニー派とシーア派がおり、スンニー派イスラムには4つの学派(ハンバル、ハナフィー、シャフィーイー、マーリク)が存在し、宗教的権威を代表するウラマーがおり、宗教的意見を発するファトワ庁がある。
    ●サウード家は約600年前に(リヤド郊外の)ディルイーヤ地区に町を起こし、これがサウジアラビア王国となった。そこが公益の要衝であり、他の家系と交易路を取りあったりしていたが、サウード家は他の2つの家系に交易路に攻撃を加えるのではなく、警護者にならないかと持ちかけ、以後交易が飛躍的に発展した。これが今日に至るまでアラビア半島の発展を支えている知恵であり、それを体現する将軍や部族長や学者のひとりがムハンマド・イブン・アブドル・ワッハーブであった。アブドル・ワッハーブを代表するアル・シェイク家はよく知られているが、サウジ国内には何万もの重要な家系が存在する。サウジにはシーア派の閣僚がおり、サウジの最も有名な大学の長は、シーア派である。
    3.過激派への支援について
    ●(かつて過激派を支援していたではないかとの問いに対して)1979年以前の冷戦期においては、共産主義が最大の脅威であり、脅威を排除するために誰とでも組んだということで、その一つがムスリム同胞団であった。当時はサウジだけでなく、米国も資金提供を行っていた。
    ●過激主義者への資金提供について、サウジ政府がテログループに資金提供を行っている証拠を有すると主張する者には反論できる。もちろん、サウジ人で支援したものがいるかもしれないが、それはサウジの法律に違反し、それゆえ多くのサウジ人を投獄している。これがカタールとの問題のひとつである。我々は、サウジ人から集めた資金を、金融システムを通じてテロリストに提供することを許していない。(カタールと友好関係を復活できるかは)彼ら(カタール政府)次第である。
    4.イランの革命政権に対する見方
    ●イランの最高指導者をみていると、ヒトラーの方がましにみえる。ヒトラーは欧州を征服しようとしたが、イランの指導者は、世界を征服しようとしている。シーア派の人々はサウジ国内でも普通に暮らしている。しかし、我々はイラン政権のかかげるイデオロギーに問題を抱えている。
    ●60%のイラン経済は、革命ガード(IRGC)に支配されている。イラン核合意の経済的恩恵はイラン国民にはもたらされていない。彼らは(制裁解除で)1500億ドルを手に入れたが、住宅や工業地帯の建設、ハイウェーの建設などの(国民の役に立つ)事業には、一切使用されていない。サウジは、核合意がイランの国の運営を変える効果は、0.1%もないと考えているが、例え、オバマ大統領が信じた半々であっても、それが機能しない場合は戦争のシナリオしかなく、我々は、リスクを冒すことはできない。
    ●我々は、世界のあらゆる地域で、イランの拡張主義を押しとどめている。今やイラン国内に向かおうとしている。我々は政権が崩壊するか否かは承知せず、それが標的でもないが、もし、崩壊するとすれば、それは彼ら自身の問題である。我々は戦争というシナリオを抱えている。我々は、将来の痛みを伴う決定を避けるために今日深刻な痛みを伴う決定を下す必要がある。
    5.イエメンへの軍事介入について
    ●イエメンの崩壊は、国連の報告でも、軍事作戦が開始された2015年ではなく、その一年前に始まっており、クーデターが起こり、この混乱をアル・カーイダが利用しようとした。我々の軍事作戦は、イエメンの正当な政府を助け、安定をもたらすためのものであり、イエメンに対する最大のドナーはサウジである。支援を不正に操ろうとしているのは、国内の10%を支配するホーシー派である。
    6.イスラエルとユダヤ教徒に対する見方
    ●すべての人々は、自らの平和的国家の中において生活する権利を有する。パレスチナ人もイスラエル人も自国の領土を所有する権利を有する。すべての人々に安定をもたらし、通常の関係を持つのは、平和条約締結後になるが、我々は、神聖なモスク(注:アルアクサ・モスクと岩のドーム)の将来とパレスチナ人の権利に関心があるだけである。ユダヤ人とは何ら問題はない。預言者ムハンマドは、ユダヤ人女性と結婚した。ユダヤ人と近所付き合いもしていた。サウジ国内にも米国や欧州からの多数のユダヤ人が居住する。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒の間には何らの問題もない。
    ●イスラエルは国のサイズに比較し、大きな経済力を有しており、それは発展している。和平が達成されれば、イスラエルと、サウジ、GCC、あるいはエジプトやヨルダンのような国々との間で共有できる多くの利益が存在する。
    7.サウジ社会における女性の権利拡大について
    ●サウジ人女性の旅行の際の保護者同伴義務について、1979年以前には社会の慣習はあったが、法律は存在していなかった。60年代には、助成は、保護者同伴なしで旅行することができた。この問題への対処が必要である。しかし、この法規撤廃を自分が発言すれば、自分たちの娘たちに自由を与えたくない国内の保守的なファミリーに問題を惹起することになる。
    MbS皇太子とのインタビュー骨子(4月2日付アトランティック誌オンライン)

    【中東和平(パレスチナ人の「土地の日」デモとイスラエル国防軍との衝突)】
    ◆3月30日の土地の日(参考1)に際して、パレスチナ人は帰還実現のための大行進を開始。ガザ・イスラエル境界線近くに集結したパレスチナ人の一部は、イスラエル軍と衝突し、少なくとも16名が死亡し、数百名が負傷した。これは、イスラエルとハマースの軍事衝突が発生した2014年以来最大のイスラエル軍によるパレスチナ人が受けた人的被害となった。5月15日のナクバ(参考2)まで6週間のデモ行進を続ける予定。イスラエル国防軍スポークスマンは、扇動者を標的としたこと、境界線沿いの5か所に約17千人のパレスチナ人がキャンプを設けて集結しており、境界線上での警備の強化を図っているが、必要があれば、別の場所での作戦も排除されない旨発言。国連は、イスラエル、パレスチナ双方に自制を求めており、トルコ政府は、イスラエルの発砲等でパレスチナ人の多数の死傷者が発生したことでイスラエルの行為を強く非難している。
    ガザ・イスラエル境界線での衝突(BBC 3月31日付)
      (参考1)1976年 イスラエルの土地の収用に抗議したパレスチナ人6名がイスラエル治安部隊により殺害された事件。以来、パレスチナ側は、イスラエルによるパレスチナ人の違法な土地の収用に抗議し、パレスチナ人の抵抗と連帯を内外に向けアピールする日と位置付けている。
    パレスチナ土地の日:抵抗と記憶の日(3月30日付アルジャジーラ)
    (参考2)ハマースの正式名称は、「イスラム抵抗運動」。1987年12月アフマド・ヤシーン師が創設したとされる政治・軍事・社会部門を有するパレスチナ人組織。2007年以来ガザを実効支配。現在の政治部門代表は、イスマイール・ハニーヤ。ハマースはイスラエルの存在を正式には認めてこなかったが、昨年5月1日発表した政治文書「A Document of General Principles and Policies 」で、暫定的にパレスチナ国家を67年停戦ライン内の西岸・ガザに限定して設置することを承認し、間接的にイスラエルとの共存を示唆したともとらえることができる。ハマースと暫定自治政府を支えるファタハはライバル関係にあり、対立と和解を繰り返しているが、2017年1月には表面的に和解が実現した。
    (参考3) 5月14日は、1948年の英国委任統治の最終日であり、ベングリオンがイスラエルの建国を宣言した記念日にあたる。イスラエル建国により、約76万人のパレスチナ人が故郷を追われることになったため、建国宣言の翌日5月15日をパレスチナ人はナクバ(Naqba、大厄災)と呼ぶ。ハマース等が呼びかけた大行進は、同日まで続く予定。トランプ大統領は、昨年12月6日、米国はエルサレムをイスラエルの首都と認め、米大使館をエルサレムに移転すると宣言。この日に向けて、パレスチナ人とイスラエル治安当局との緊張が高まるものとみられている。

    【クルド情勢(シリア)】
    ◆マクロン仏大統領は、3月29日、エリーゼ宮に、シリア北部で有志連合(参考1)とともにISIL掃討作戦に参加したシリア民主軍(SDF)を構成するPYD/YPG代表(参考2)を含むクルド人使節団を招いて、約1時間にわたって会談し、SDFとトルコとの橋渡しの可能性に言及。これに対して、PYD/YPGをPKKと同根のテロリストとみなすトルコは激しく反発し、仏の対応を非難するとともに、テロリストと対話することも、橋渡しも断固拒否する旨声明を発出した。マクロン大統領は、トルコ側の反応は予想されたものとしたうえで、①ISILとの闘いにおいて、SDFとの協力を続けること、②仏や国際社会の後押しでSDFとトルコとの対話が実現することへの期待を改めて表明した(下記ANF通信URL参照)。一方、トルコの国営アナドール通信は、通常は内密にされているはずの仏軍特殊部隊の駐屯地の場所を含む地図を公表(参考3)した。これは、トルコ政府の仏政府への憤りの表明のひとつと考えられる。折からトランプ大統領は、29日米軍はまもなくシリアから撤退し、(その後の対応を)他の人びとに任せると発言し、さらに国務省にISIL解放地における米国復興資金の凍結を指示した。トルコがアフリンに続きYPG駆逐を意図しているユーフラテス川西岸の町マンビジから米国が手を引くことを示唆した可能性もあり、今後、マンビジを巡るトルコと米国、仏の駆け引きが注目される。
    仏大統領府の新たな声明(ANF通信3月30日)
    (参考1)ISIL掃討作戦には、有志連合の空爆チームのほか、米、英、仏、独等が特殊部隊を派遣し、地上部隊の主力であったクルド人民防衛隊(YPG)を主体とするSDFに訓練や武器供給、アドバイスを行っていたとみられる。
    (参考2)3月29日のマクロン大統領との会談には、以下のSDF代表団関係者が参加した。なお、エリーゼ宮にクルド人代表が招かれるのは稀ではあるが初めてではなく、YPG/YPJがISILからコバネ(アラブ名アイン・アラブ)を奪還した直後の2015年2月8日、当時のオランド大統領が、今回のリストの中の①、⑥、⑦と会談している。
    ①アシヤ・アブドッラー(Asya Abdullah ):民主的社会実現運動共同議長(TEV-DEM Co-chair) (注)元PYD共同議長
    ②エイビン・ラシード(Hevin Re?id): アフリン地区執行評議会共同議長(Afrin Canton Executive Council Co-chair)
    ③シハーム・キロ(Siham Qiryo ):アルジャジーラ地区外交評議会共同議長(Cizire Canton Foreign Affairs Council Co-chair)
    ④ファネル・ガエト(Faner Gaet ):アルジャジーラ地域執行評議会メンバー(Cizire Region Executive Council Member)
    ⑤アルダル・ハリール(Redur Xelil,):シリア民主軍対外部局員(Syrian Democratic Forces (SDF) Foreign Affairs Official)
    ⑥ネスリン・アブドッラー(Nesrin Abdullah ):YPJ 司令官兼スポークスマン(Spokeswoman)
    ⑦ハーリド・イーサ(Dr. Xalid ?sa ):シリア北部自治統治機構仏代表(Northern Syria Autonomous Administration Representative for France)
    オランド仏大統領とPYD代表との会談(ekurd 2015年2月13日付)
    (参考3)アナドール通信は、仏軍駐屯地を5か所としており、とくにアイン・アラブ県南方のLafarge セメント工場に70名の特殊部隊スタッフが駐屯しているとしている。 シリア北部の仏軍駐屯地(アナドール通信3月30日付)
    (参考4)トランプ氏は、3月29日オハイオ州での群衆に向けてのインフラ関連の歳出についてのスピーチの中で、「ところで、私たちはISISを叩きのめそうとしており、まもなくシリアから立ち去ろうとしています。(残りの仕事は)ほかの人びとに任せましょう。まもなく、私たちは出ていきます」と発言するとともに、30日トランプ大統領が国務省に対して、2億ドルの復興資金の支出凍結を命じたことが明らかになった。これは、29日マンビジで米兵1名が殺害された(ほかに英兵1名も殺害)ことを米中央軍司令部が確認した直後に発出された趣。 トランプ大統領シリアの復興資金の凍結を国務省に指示(NYT 3月30日付)
    トランプ大統領のシリア撤退発言が国務省、国防省を驚愕させる(ABC3月29日付)

    【リビア情勢(カダフィー大佐次男復権に向けての動き)】
    ◆2011年のアラブの春における反体制派の蜂起により失脚・殺害されたリビアの指導者であったカダフィー大佐の次男セイフ・アル・イスラーム氏(参考1)は、ユーロニュースの姉妹メディア・アフリカニュースに対して、①国を救うためにリビアの大統領選挙に立候補するつもりである、②(サルコジ元大統領のリビアからの不正な選挙キャンペーン資金受領疑惑に対して)自分自身を含めて数人の証人が証言する用意があると発言(参考3)。リビア国内では混乱で分断化されたリビアをまとめるための切り札としてセイフ・アル・イスラーム氏の復権を歓迎する向きもあり、2011年のNATO軍事介入が当時のサルコジ政権の疑惑隠しを一因とするものであったとのリビア国民の認識醸成に成功すれば、セイフ・アル・イスラーム氏の本格復権の可能性も否定されず、今後の同人の政治的な活動とサルコジ元大統領の選挙資金不正受領疑惑の今後の展開が注目される(参考4)。 カダフィー大使息子のセイフ・アル・イスラーム氏サルコジ拘束を歓迎し、証拠の提供あると主張(アフリカニュース 3月20日付)
      (参考1)カダフィー元大佐の次男。45歳。騒乱の前は、カダフィー国際慈善基金総裁を務めた。また、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得している。2011年の反体制派の蜂起とNATO軍の空爆に際して、徹底抗戦を呼びかけ、カダフィー大佐側の事実上のスポークスマン役を務めた。2011年にリビア国内で民兵組織のひとつに拘束され、2015年7月にはトリポリの司法当局により、欠席裁判で戦争犯罪により死刑を宣告され、また、国際刑事裁判所(ICC)により、2011年のアラブの春に際して犯したとされる人道への罪により逮捕状が発出されているものの、2017年6月リビア東部トブロクの政府が恩赦を決定し、同月同氏は、南部ジンタンの刑務所から解放された。現在の居場所は、チュニジア滞在説もあるが、明確にはなっていない。
    (参考2)リビア解放人民戦線のアイマン・アブ・ラースは、チュニスでの記者会見で、セイフ・アル・イスラーム氏は、来る大統領選挙に出馬する意向である、それは暫定的意味合いのものではないと発言。同氏は、「リビアの救済」、「平和と安定の構築」をスルーガンに掲げ、選挙を戦う見通し。国連も2018年末までに、一連の選挙が実現するよう期待しているが、その前提として、選挙法の改正や2015年12月のリビア和平プランの修正が必要になるとみられている。 セイフ・アル・イスラーム氏大統領出馬に意欲(3月20日付ミドルイースト・アイ)
    (参考3)セイフ・アル・イスラームは、自分自身、サルコジ氏への最初の資金が首席補佐官であったクロード・ゲアン氏にトリポリで渡されたことを目撃し、2007年の選挙キャンペーン資金がリビア側からサルコジ氏側に引き渡されたことの証拠があると主張。さらに、数人の目撃者の証言が可能であり、そのうちアブドッラー・サヌーシー元リビア情報部長官は、サルコジ氏とカダフィー大佐との選挙キャンペーン前最初の会談の記録を有しており、また、実業界の大物でリビア・インベストメントの元CEOバシール・サーレハ氏の証言も可能としている。サルコジ元大統領は、不正選挙キャンペーン資金受領の疑いで、2018年3月20日、21日二日間、身柄を拘束されて警察からの事情聴取を受けた。不正選挙資金の供与については、レバノン系仏ビジネスマンのズィヤード・タキエッディーン氏が5百万ユーロをゲアン首席補佐官に引き渡したと主張している。同氏は、2018年1月英国の捜査当局に逮捕されている。 カダフィー大佐の息子、サルコジ元大統領選挙資金疑惑に証拠を提出する用意あり(3月21日付ユーロニュース)
    (参考4)リビアは、部族社会であり、カダフィー政権時代は、トワレグ族をはじめ有力な部族の利益にも配慮し、国内の安定が図られていた面がある。現在のリビアの混乱を救うには、政治的求心力回復が必要であるとしてセイフ・アル・イスラームの復権に期待する声があがっている。カダフィー大佐の殺害には、カダフィー大佐との不正な取引が裁判等で暴露されることを恐れたサルコジ政権により仏情報部が関与したのではないかという疑いが根強く残っており、セイフ・アル・イスラーム氏が、選挙キャンペーン資金疑惑に関連して、仏が主導した反体制派支援とNATO空爆の正当性に関し、国民の間に疑念を高めることに成功すれば、同氏が有力な大統領候補に浮上することもあながち空想物語ではない。 仏情報部のカダフィー殺害関与の観測(2014年8月17日付ミドルイースト・アイ)

    【イラン情勢(ボルトン元米国連大使の国家安全保障補佐官任命の影響)】
    ◆3月22日、トランプ大統領はマクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官を解任し、ジョン・ボルトン元米国連大使(参考1)の任命を決定した。ボルトン大使は、ハメネイ師を最高指導者とするイラン革命政権の打倒を明言する筋金入りのタカ派であり、昨年7月1日のパリで10万人が参加して開催されたNCRI(参考2)主催フリー・イラン会合では、中東の不安定化の主たる要因はイランの政権にあり、1979年のイラン革命から40周年を迎える前に、宗教指導者が支配する政権を打倒すべきであると主張。トランプ大統領が側近を対イラン強硬派で固めたことで2015年のイランの核合意に関する米国の制裁猶予の次回期限(参考3)である5月12日までにトランプ政権が、イラン核合意からの離脱を宣言するのか否かが注目される。ボルトン元大使は、イスラエル・パレスチナ問題でも、イスラエル強硬派を支持しており、イスラエル・パレスチナの「二国家共存」ではなく、ガザをエジプトに、西岸をヨルダンに移管し、イスラエルと共存する「三国家共存」構想(参考4)を打ち上げているパレスチナ人側からみてのウルトラ強硬派である。
    (参考1)国家安全保障問題担当大統領補佐官には、4月9日就任予定。2005年から2006年ブッシュ政権下で米国国連大使を務めた。
    (参考2)イラン抵抗国民会議(National Council of Resistance of Iran:NCRI)1981年マスウード・ラジャヴィらが主導して創設。イラン革命体制の打倒をスローガンに掲げる500名の議員からなる亡命革命評議会。評議会は男女半数ずつで構成。イラン人民ムジャーヒディーン機構/ムジャーヒディーン・ハルク(PMOI/MEK)が代表的勢力。マスウードの妻のマルヤム・ラジャヴィが暫定議長(President-elect of the NCRI)。年1回NCRIが主宰してパリで開催される「自由イラン集会」には10万人規模が参加し、例年欧米、イスラエル、サウジからも著名人が出席(例えば2017年7月の集会には、ボルトン元米大使、サウジのトルキー・ファイサル王子も出席)。
    (参考3)2015年のイラン核合意に関する米国の制裁猶予は、120日ごとに行政府から米議会にイランの合意履行状況を報告することになっており、次回期限は5月12日。ティラーソン国務長官、マクマスター補佐官という慎重派が政権を離れて、ポンペイオ新国務長官、ボルトン新補佐官という強硬派の布陣が誕生することで、核合意残留の歯止めが失われつつあり、次回期限に向けたトランプ政権の対応が注目される。 ボルトン大使発言(NCRIウェブサイト2017年7月3日付)
    (参考4)2014年ボルトン大使は現実問題として、「二国家共存解決策」は死滅しているとして、当時のワシントンタイムズ紙に「三国家解決策」を提唱している。 ボルトン大使寄稿(イスラエル・タイムズ紙2018年3月23日付)

    【イラン情勢(トランプ大統領のノウルーズに際してのメッセージ)】
    ◆ノウルーズ(Nowruz)に際してのDonald J. Trump大統領の声明。前年との比較でも、イラン政権、とくに、イラン革命防衛隊(IRGC)がイラン国民の財産を奪い、海外でテロを主導していると批判している。折から、3月20日にワシントンD.C.においてトランプ大統領との会談を予定しているムハンマド・ビン・サルマン・サウジ(MbS)皇太子は、CBSとのインタビューで、イランのハメネイ最高指導者を中東のヒトラーになぞらえて批判(参考1)しており、反イラン政権という点では、ネタニヤフ・イスラエル首相、トランプ米大統領、MbSサウジ皇太子の立場は一致している。
    バーチャル駐イラン米大使館サイト トランプ声明 2018
    バーチャル駐イラン米大使館サイト トランプ声明 2017
    (参考1)MbSは、CBSの60minituesという番組で、インタビューに応じ、ハメネイ師を中東のヒトラーと改めて断言するとともに、ハメネイ師は拡張志向であり、中東でヒトラーに似通った自らのプロジェクトを実現しようとしており、かつて欧州でも現実のものとなるまでその危険が認識されておらず、中東で同じことが起きてほしくないと発言。一方で、イランはサウジのライバルにはなりえないと切り捨てた。
    CBS 60Minutes(3月19日)
    (トランプ大統領ノウルーズにあたってのメッセージ仮訳 2018年3月19日)
    私は春の到来を祝う世界中の何百万人もの人々に、美しく祝福されたNowruz(参考2)を願っている。 Nowruzの歴史は何千年もの間、誇り高い国がその文化の強さと人々の回復力によって大きな困難を乗り越えてきたイランに根ざしている。 今日、イランの人々はもう一つの課題、すなわち、人民に奉仕するのではなく、自分たちのことしか考えない支配者という課題に直面している。 25世紀前、ダライアス大王(参考3)は、敵対的な軍隊、干ばつ、偽りという3つの危険からイランを守るよう神に懇願した。 今日、イラン政権のイスラム革命防衛隊(IRGC)は、この3つすべてを代表している。
    第一に、IRGCはイラン人ではない。それはイランの人々から資金を巻き上げて海外のテロに資金を供給するための残忍な敵対的な軍隊である。 2012年以来、IRGCは、アサド政権を支持し、シリア、イラク、イエメンで武装勢力とテロリストを支援するために、イランの富を160億ドル以上費やした。一方で、平均的なイラン家庭は10年前より15%貧しくなっており、イランの若者の30%近くが失業している。通常のイラン人は経済的に苦労し、Nowruzのような休日を祝うのは難しいと感じている。
    第二に、IRGCの腐敗と誤った管理は、進行中の干ばつの影響を悪化させ、生態系の危機を作り出しました。 ハタム・アルアンビア(Khatam al-Anbia)のような企業による無秩序なダム建設は、河川や湖沼を乾燥させ、イラン人の雇用と生活を脅かす前例のない砂嵐をもたらした。
    第三に、詐欺は公式の国家政策となっている。 IRGCは、イランの政権がイランの富を奪い、国民を虐待するという事実を隠すために宣伝と検閲を採用している。真実を隠すために、イランの支配者は、自由な集会、情報へのアクセス、そして機会均等に対する市民の権利を抑圧している。
    このため、財務省は、今日、イランの市民への情報の自由な流れに対する米国の支持を再確認する指針を発出している。 我々はまた、海外でサイバー攻撃を遂行し、自国で政府の抑圧に抗議しているイラン市民を弾圧するIRGCとイランの政権に引き続き責任を負わせることを約束する。 米国人を代表して、新年にあたって暗闇のうえに光が広がるように、イランの人々がすぐに平和、繁栄と喜びの新しい日々を楽しむことを祈念する。
    (参考2) イラン暦の元日。近隣諸国やクルドでもノウルーズは、春を告げる日、春の匂いを感じる日、母の日等で知られている。
    (参考3)ダレイオス1世を指す。アケメネス朝の王(生年: 紀元前550年、死去: 紀元前486年10月)

    【クルド情勢(イラク)】
    ◆3月19日、イラク中央政府が国際航空便のKRG支配地域への飛行禁止を解除したことに伴い、サウジのフライナス航空旅客機が解禁後初めてエルビル空港に着陸。サウジ旅客機は、小巡礼(ウムラ)に向かう人々を搭乗させる予定。イラク中央政府の飛行禁止解除後、クルディスタン地域の約4千名がウムラ実施のためメッカ訪問を登録。ジッダ・エルビル間では、週4便運航の予定。ドバイのフライドバイも同日エルビルへの運航を開始。 エルビルへの飛行再開(3月19日付RUDAW記事)
    ◆3月19日イラク政府は、クルド自治政府(KRG)およびペシュメルガ兵士に対し、給与支払いのための送金を開始したと発表。一方、KRG財務省は、KRGは、140万人の公務員の給与支払いのため、9千億イラク・ディナール(約7億5940万ドル)を必要としているが、中央政府はその約1/3を送金したにすぎない。具体的には、KRGの公務員に対して2,817.24億ディナール(約2億3780万ドル)が送金され、別途ペシュメルガ兵士に対しては、358.15ディナール(約3,020万ドル)を送金されたと発言。 送金には、年金分は含まれていない。KRGは、石油価格の低下と中央政府からの送金減額により、2016年に給与削減制度を導入していた。公的セクター職員への給与支払いは滞っており、特にスレイマニヤやハラブジャの公立学校は何か月も閉鎖されていた。 イラク中央政府KRG公務員への給与支払いのための送金再開(3月19日付rudaw記事)
    KRGスポークスマンによる中央政府からの送金等に関する11項目の事実関係(1月5日KRG公式サイト)

    【クルド情勢(シリア)】
    ◆3月18日エルドアン大統領は、ガリポリの戦い(参考1)103周年記念日に際して、トルコ軍と自由シリア軍が同日午前8時半にアフリンの市内中心部を完全に制圧したと宣言した。クルド側YPG(クルド人民防衛隊)は、アフリンを死守することなく撤退し、市街戦は回避された(参考2)。トルコは、1月20日以降自国の安全保障のための自衛的措置として、トルコがPKKと一体のテロリストとみなすYPG/YPJの一掃を目指す「オリーブの枝」作戦を実施してきた。この作戦においては、トルコ側の発表で、トルコ軍兵士46名が死亡し、225名が負傷した。トルコ軍は、3603名のテロリスト(YPG/YPJを指す)を無力化した。一方、クルド側は、トルコ軍および自由シリア軍により民間人500名が殺害され、1030名が負傷した。クルドを主体とするシリア民主軍(SDF)820名が死亡したと発表。今回のトルコの作戦に対して、領土の一体性を脅かされる事態にもかかわらず、シリア政府軍は沈黙し、政権側民兵組織である国民防衛隊等が一時アフリンに進出したと伝えられたが、トルコ軍・自由シリア軍と本格的な戦闘には発展しなかった(参考3)。今後の焦点は、トルコ軍がユーフラテス川西岸に位置する現在クルド側が支配しているマンビジ解放を目指すのか、目指す場合、トルコのアフリン作戦を事実上黙認したロシア、米国が、今回同様黙認するのか否かである。
    エルドアン大統領スピーチ(3月18日付アナドール通信)
    自由シリア軍アフリンにおけるテロリストに対する勝利を宣言(3月18日付ディリー・サバーハ紙)
      アフリンの(クルド)行政機構は戦闘は別のステージに移ったと発言(3月18日付ANF通信)
      (参考1)ガリポリの戦い(英国はこの戦いをダーダネルス戦役と、トルコではチャナッカレの戦いと呼ぶ。)は、第一次世界大戦中、連合軍が同盟国側のオスマン帝国の首都イスタンブール占領を目指して、エーゲ海からマルマラ海への入り口にあたるダーダネルス海峡の西側のガリポリ半島に対して行った上陸作戦。当時のオスマン帝国の指揮官ケマル・アタチュルク(のちにトルコ建国の父と呼ばれる)の活躍をはじめ、オスマン側の頑強な抵抗に遭った連合軍は多大な損害を出して撤退、作戦は失敗に終わった。エルドアン大統領の勝利宣言は、ガリポリの戦い勝利103回目の記念日の機会に実施された。
    (参考2)サーレハ・ムスリム前PYD共同代表は、YPGは市民を巻き込まないために撤退したのであり、今後、戦いの性格が変化し、ゲリラ戦に転じると発言。 サーレハ・ムスリム前PYD共同代表の発言(3月19日付ANF通信)
      (参考3) シリア政府軍は、トルコとの関係を悪化させたくないロシアの意向をうけて、アフリン進軍を思いとどまったのではないかとみられる。国民防衛隊の進出も、シリア政府として、トルコ軍の侵攻を承認しているわけではないとのジェスチャーを示す必要があったと考えられる。一方で、シリア政府軍は、ロシア軍と協力して、ダマスカス近郊の東グータ地域の制圧作戦を進めており、内々、トルコのアフリーン侵攻を認める見返りとして、東グータ地域のシリア政府軍制圧を黙認するとの暗黙の了解が交わされていた可能性も否定できない。

    【イエメン情勢】
    ◆イエメン内戦の当事者である反政権側武装組織のホーシー派(参考1)スポークスマンであるムハンマド・アブドルサラームが、2015年3月以来イエメンでの軍事作戦を開始したアラブ連合軍を率いるサウジ・アラビア政府関係者との間で、オマーン国内で秘密裡にイエメン紛争の包括的な解決を目指して協議を続けていることが判明(参考2)。この協議には、国際社会が正統な政権とみなすハーディ政権(参考3)の代表は参加していない。このような状況下、マティス米国防長官のオマーン訪問後、間をあけず、3月16日にアラーウィ外務担当国務相(実質的な外務大臣)がテヘランを訪問しており、その主要なテーマがイエメン紛争であるとみられている。オマーンはイラン核合意に向けてのイランと米国等の対話をホストした経緯(参考4)があり、今回の動きがイエメン内戦終結に途を開くものであるのか注目されている。一方、対ホーシー軍事作戦を指揮しているムハンマド・ビン・サルマン・サウジ皇太子は、3月19日訪米し、翌20日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談を予定(参考5)しており、イエメン内戦についても意見が交わされるものとみられる。
    ホーシー・サウジ間の秘密協議(3月16日ロイター報道)
      オマーン外務担当相のイラン訪問(3月16日 Iran Front Page ニュース)
      (参考1)イエメンのシーア派ザイド派に属する反ハーディ政権勢力。首領はアブドル・マーリク・ホーシー。2014年秋以降首都サヌア他北部地帯を実効支配。2015年3月以来、サウジほかのアラブ連合軍と戦闘状態に入っている。2017年11月4日には、サウジのキング・ハーリド空港に弾道ミサイルを撃ち込んだほか、サウジ領内へのミサイル攻撃も行っている。2017年12月には、内戦ぼっ発以来共闘していたサーレハ元大統領を連合軍側との関係修復に走っているとの見立てで殺害。アブドル・マーリク・ホーシーは、テレビ演説で、「裏切り者の陰謀に勝利した」として殺害を正当化した。
    (参考2)2016年8月クウェートがホストして和平に向けた協議が実施されたが成功しなかった。
    (参考3)アラブの春をうけ大統領職を退いたサーレハ大統領の後任として、2012年2月にイエメン大統領に就任。2015年2月にホーシー派が実権を握り、一旦大統領退任を表明したものの、アデンに、次いで同年3月にはリヤドに脱出し、退任表明を撤回。国際社会からはイエメンの正統な大統領と位置付けられている。
    (参考4)オマーンは、イランとも良好な関係を維持しており、2013年にはイランと米国の間での秘密裡の核問題解決に向けての地盤固めの協議をホストし、2014年11月にも、イランと米、EUとのハイレベル協議の場を提供した経緯がある。
    (参考5)ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(通称MbS)は、副皇太子時代の2017年3月14日、ホワイトハウスでトランプ大統領と会談、2か月後の同年5月、トランプ大統領は就任後初の外国訪問先としてサウジ・アラビアを選んで、サルマン国王らと会談した。サウジでは、2017年6月皇太子がムハンマド・ビン・ナーイフからMbSに交代しており、MbSにとっては、皇太子就任後初の訪米となる。

    【イエメン情勢】
    ◆アラブ世界初の女性ノーベル平和賞受賞者であるイエメン人タワックル・カルマーン女史(参考1)は、ある日本人女性活動家がイエメン政府の許可なく、UAE経由でソコトラ島(参考2)を訪問できると語ったことに関して、UAEは現在ソコトラ島およびイエメンの重要地域を占領しており、我々はUAEを追放しないといけないと発言し、ホーシー派のみならず、市民に被害をもたらしているアラブ連合軍も厳しく糾弾(参考3)。
    3月15日付カルマーン女史ツイッター
    (参考1)2011年のノーベル平和賞受賞者。作家でジャーナリスト。ムスリム女性としても史上世界で2番目の受賞。39歳。既婚、3児の母。イエメンにおけるアラブの春デモに参加し、人権の擁護を訴えた。
    (参考2)イエメン南部は、アデンも含め、アラブ連合軍の主力を担うUAEが実質支配している。ソコトラ島は、インド洋のガラパゴスとも称される世界遺産が存在する秘境。カルマーン女史は、ソコトラ島を含めUAE支配地をイエメンの正当な政権に引き渡すべきであると述べている。
    (参考3)カルマーン女史は、市民を弾圧したサーレハ前政権、国の一部を支配するホーシー派に批判的であるものの、同時にサウジ、UAEを主体とするアラブ連合軍は、結果を顧みず、市民に爆弾とミサイルの雨を降らしていると批判している。
    2017年10月7日付トムソン・ロイター財団
     

    【軍事情勢(シリア)】
    ◆シリアの首都ダマスカスの東側に位置する東グータ地区におけるシリア政府軍精鋭部隊タイガー部隊および政権側部隊の進軍が続いており、2月24日の進撃開始後政府軍は3月8日までに反体制派が支配していた東グータ地区の約5割を奪還。政府軍は、2012年に反体制派武装勢力により奪取され、その後一度も政府軍の手に落ちたことはなかったアフトリス防衛大隊基地も奪還した。包囲網の西側と東側の要衝ベイト・サワ(Beit Sawa)を連結することによる東グータ地区の上下分断まで、約1kmに迫っている(参考1)。東グータ地区の戦闘については、2月24日安保理で採択された30日間の停戦決議、ならびにロシアが人道物資搬入のため一日5時間の戦闘停止を呼びかけているにもかかわらず、戦闘が継続しており、2016年秋から12月までのアレッポ攻防戦を彷彿させる市民を巻き込んだ悲惨な戦闘の様相を呈している(参考2)。
    (参考1)シリア政権側は、東グータ地区の反体制勢力を分断し、包囲網を狭めている。ロシアは安保理の停戦決議を支持したものの、東グータ地区の完全解放を絶対視するアサド政権側の戦略を支持しているとみられる。 3月8日付マスダル通信
       3月5日付トルコ国営アナドール通信
    (参考2)2016年11月後半?12月上旬のアレッポ攻略は、以下のサイトのアレッポ戦闘状況の推移参照。 2016年12月7日付CNN

    【クルド(シリア)】
    ◆2月27日、プラハでチェコ当局に拘禁されていたサーレハ・ムスリム前PYD共同代表は釈放された。28日ムスリム前代表は、シリア・クルド系ANF通信社とのインタビューに応じたところ主要点次のとおり。
    ①拘禁は2日間続いたが、拷問等は受けていない。
    ②トルコの情報部は(欧州の)一部の機関と関係を有し、トリックを用いて自分の拘束に成功したが、チェコの司法当局はトリックに気づき、釈放した。
    ③(アフリン侵攻との関係で、トルコは)自分たちを黙らせようとしたが、失敗した。
    ④(ロシアはアフリン侵攻をなぜ許したのか)おそらく天然ガスやパイプラインの設置等経済的な権益が絡んでいる。これがロシアが沈黙を保つ理由である。ロシアはシリアの領土の一体性を守ると言っておきながら、その原則を破っている。
    ⑤(トルコ・ロシア関係)戦略的な関係ではなく、利益に基づく関係であり、一時的なものである。
    ⑥(トルコの支配下にあるジャラブルスやアルバーブについて)これらの地区には、クルド人のみが住んでいるわけではない。誰も沈黙を保つことはなく、これらの地域はトルコの支配下に置かれ続けるわけにはいかない。
    ⑦(シリア政権側の勢力がアフリンに派遣されることに関する解釈)国境の保護は、主権の問題であり、シリア政府の義務である。シリア政府は、ロシアの承認を待っている。その実施には、汚れたトリックが使われる。
    サーレハ・ムスリム前PYD共同代表のインタビュー:2月28日ANF通信社 

    【クルド(シリア)】
    ◆2月24日サーレハ・ムスリム・シリア民主統一党(PYD)前共同代表(参考1)は、訪問中のチェコ、プラハのホテルで拘束された。チェコ当局は、トルコ政府からのインターポールを通じた要請(参考2)を受けてムスリムを拘束。プラハには、2016年4月PYDの軍事部門YPGの事務所が開設されたが、同年12月に閉鎖されていた(参考3)。PYDならびにTEV/DEV対外関係部局は、今回のチェコ政府の行為を非難するとともに、サーレハの即時解放を求める声明を発出(参考4)。
    (参考1)1951年にシリアの北部の町アイン・アラブ(クルド名:コバニ)で生まれ、イスタンブール工科大学で学んだ。 当初、マスウード・バルザーニ大統領が率いるイラクのクルド民主党(KDP)のシリア組織に参加していたが、2003年にシリアで誕生したPYDに加わり、2010年から2017年の共同代表(PYDの共同代表は男女一人ずつが就任)を務めた。2017年9月PYDの第7回総会で、共同代表を退き、後任にシャホーズ・ハサン(Shahoz Hassan)が就任。 政治部門の代表として、頻繁に欧州を訪問していた。
    (参考2)トルコは、2016年11月にムスリムとその他の(トルコがテロ組織とみなす)PKK幹部に対する逮捕令状とインターポールの指名手配書を発行したが、2月13日にムスリムに対して新たな指名手配書が発行された。 同人の身柄確保には400万トルコ・リラ(約105万ドル)の懸賞金が掛けられた。  ディリーサバーハ2月25付
    (参考3)PYDの軍事部門YPG・YPJが有志連合に協力して、ISIL支配地区の解放のための地上の軍事作戦に積極的に参加したのに呼応して、2015年8月15日のイラク・スレイマーニーヤ事務所の開設に引き続き、2016年2月10日にモスクワ、4月3日にプラハ(但しYPG事務所)、4月17日にストックホルム、5月6日ベルリン、5月23日パリ、9月8日ハーグにシリアのクルドを代表する事務所(西クルディスタン、すなわち、シリアのクルド地区を意味するロジャバ代表部)が次々に開設したが、チェコは、事務所との外交的接触を当初から否定しており、12月12日には事務所の閉鎖が確認されている。  PYGプラハ事務所の閉鎖 プラハ・モニター2016年12月13日付
    (参考4)PYDは、今回のチェコ政府の行為を非難するとともに、即時解放を求める声明を発出。一方、チェコ警察は、ムスリムの名前に言及することなく、トルコのインターポールの要請に基づき、67歳の男性を逮捕したとの声明を発出。 PYDのムスリム解放を求めた声明 ANF通信2月25日付

    【軍事情勢(シリア)】
    ◆国連安保理は2月24日、シリアの東グータ地区等において人道支援を可能にするための30日間の敵対行為を遅滞なく停止(cessation of hostilities)する(参考1)ことをすべての関係当事者に要求する決議2401を全会一致で採択(棄権なし、反対なし)。米代表は、ロシアが安保理での進捗を遅らせたため、人道的悲劇が拡大したとしてロシアを糾弾。ロシア代表は、敵対行為の停止は、現場の紛争当事者の合意がなければ、現実のものにならないと反論。さらに、(敵対行為停止の要求は)安保理がテロ組織とみなすグループ(参考2)には適用されないと発言。シリア代表は、シリア政府は国民保護の責任を果たすとともにテロに対抗する権利を有するとして、「ホワイトヘルメット」は、ヌスラ戦線の新たな代表部であると発言。  国連安保理決議2018年2401フルテキスト
    (参考1)いつから敵対行為の停止が開始されるのかは特定されていない。また、ISIL(Da'eshとも呼ばれる)、アル・カーイダとヌスラ戦線(ANF)、その他安保理がテロ指定した組織と関係するすべての個人、団体に対する軍事作戦には、敵対行為の停止が適用されないと規定された。
    (参考2)東グータを拠点とする反体制派グループ
    ①イスラム軍(The Jaysh al-Islam) :東グータ最大の反体制組織。2015年に殺害されたザハラーン・アッルーシュが創設。兵力1-1.5万人と推定。アスタナ会合にも代表団を派遣。サウジが支援してきたとの見方があるが、サウジは否定。
    ②ファイラク・アルラハマーン(Faylaq al-Rahman):自由シリア軍と関係。カタールが支援してきたとみられる。イスラム軍と対立し、HTS(シャーム解放機構:旧ヌスラ戦線系列)と協力。米国製対戦車ロケット砲(BGM-71 TOW anti-tank missiles)を所有。
    ③シャーム解放機構(HTS:旧ヌスラ戦線系列):イドリブ在住のヒシャーム・アルシェイク(Hasim al-Sheikh) 別名アブージャブル(Abu Jabr)が指揮。(参考:シリア政府は、アレッポほかで市民の救援に活躍した「ホワイトヘルメット」をHTS系とみなしている)
    ④ヌールディーンアルザンキ運動(Harakat Nour al-Din al-Zenki movement):アレッポに拠点を置いてきたスンニー派イスラムグループ。一時期米国が支援していたとの見方あり。
    ⑤アハラール・シャーム・イスラーミーヤ運動(The Harakat Ahrar al-Sham al-Islamiyya):シャリアに基づくイスラム国家建設を目指す。2018年2月18日ヌールディーンアルザンキ運動に合流。
    2月20日付DB報道

    【中東和平(米国駐エルサレム大使館の開設予定)】
    ◆5月に、米国はエルサレムに新たな米国大使館を開設する予定(参考1)。開設は、イスラエル建国70周年を迎えるタイミングに一致。大使館は当初Arnona(アーノナ)地区にあり、現代的な建物内にあり、現在はエルサレムの米国総領事館である近代的な建物に置かれる。米国市民および査証サービスを含むこれまでの領事業務は、大使館業務の一環としてアーノナの施設でこれまでどおり継続する。エルサレムの総領事館は、歴史的なアグロンロードの場所でこれまでと変わらない独立した任務を継続する。当初、アーノナの暫定大使館には大使と小規模スタッフのための事務スペースが設けられる。2019年末までには、アーノナ・コンパウンドに大使とそのチームのために拡大された暫定的な事務スペースを設けた大使館付属施設を開設する予定。並行して、駐エルサレム米大使館の恒久施設候補地検索を開始(参考2)。その計画と建設は長期的な取り組みになる。私たちはこの歴史的なステップに踏み出す(参考3)ことに興奮しており、5月の開設を期待している。
    米国務省報道声明2018年2月23日
    (参考1)米国大使館のエルサレム移転:大使館開設が予定される5月14日は、1948年の英国委任統治の最終日であり、ベングリオンがイスラエルの建国を宣言した記念日にあたる(注:パレスチナ側はイスラエル建国をナクバ(Naqba、大厄災)と呼ぶ)。トランプ大統領は、昨年12月6日、米国はエルサレムをイスラエルの首都と認め、米大使館をエルサレムに移転すると宣言。一方、同月、米国の宣言の撤回を求めた安保理決議案は、米国の拒否権行使で廃案となったが、その後の国連総会においては、128か国が米国の宣言撤回案に賛成した。本年1月エルサレムを訪問したペンス副大統領は、大使館移転時期を2019年末までと発言していたが、今回の発表は、ペンス発言との整合性はとりつつ、11月の米中間選挙もにらんで、大使館移転を着実に実行していることをキリスト教保守層やユダヤ教徒の支持母体にアピールする狙いがあるものとみられる。
    (参考2)駐エルサレム米大使館恒久施設候補地
    ① Gershon Agron Street (現米総領事館)
    ② America House Jerusalem (米文化センター)
    ③ American Center (米教育・文化センター)
    ④ David Flusser Street (米総領事館分館)
    ⑤ Talpiyot (米国が倉庫を保有)
    ⑥ Diplomat Hotel 敷地内 (米国が土地を所有)
    ミドル・イースト・アイ(2月23日付)
      (参考3)今後の注目点:米大使館のエルサレム移転は、1993年の「オスロ合意」から米国を誠実な仲介者として、パレスチナ人とイスラエルとの間で開始された「二国家共存」を目指す中東和平プロセスの事実上の終焉を意味するのか、従来「パレスチナの大義」を支えてきたサウジアラビアをはじめとする親米アラブ諸国は、トランプ政権との関係を重視し、パレスチナ人への圧力を行使するのか、あるいは静かな抗議にとどめ、米国の動きを事実上追認するのかが注目されます。

    【軍事(シリア情勢)】
    ◆2月19日モスクワで開催された「中東におけるロシア、あらゆるフィールドにおける役割遂行」と題する恒例のバルダイ討論会開幕セッション(参考1)でラブロフ・ロシア外相はスピーチし、米国はシリアで「火遊び」するべきではなく、国家の主権と領土の一体性を維持しなければならない、とりわけ、ユーフラテス川東岸のイラク・トルコ国境の広範な地域において、米国が実現しようとしている計画(参考1)に対して懸念が生じていると強調した。また、ラブロフ外相は、西側はイドリブやダマスカス近郊の東グータへのシリア軍の攻撃について大騒ぎしているが、ダマスカスでは、ロシア大使館や通商代表部も含め市民居住地域が砲撃にさらされており、また、イドリブで攻撃を止めることは、テロ組織である旧ヌスラ戦線を守ることに他ならないと発言。一方、ディリゾール近郊での有志連合の空爆によるロシア人戦闘員の被害(参考3)については、多数のロシア軍兵士が死亡したという報道は根拠がないとしつつ、現場には、ロシア人も含め世界の各地から傭兵が参加していると応答し、死者数等の質問には直接は答えなかった。
    (参考1)ラブロフ外相のほか、ザリーフ・イラン外相、シャアバーン・シリア大統領顧問、ナビール・ファフミ元エジプト外相(元駐日大使でもある)が出席。
    (参考2)ラブロフ外相は、米国がシリア中央政府とは無関係の統治機構を北部シリアで、クルド人を組織して立ち上げようとしていると批判。本年1月、米軍関係者は、国境地帯の治安維持のため、クルド人民防衛隊(YPG)を中心とする3万人規模のシリア民主軍(SDF)部隊への訓練を継続すると発言。
    (参考3)有志連合は2月8日付声明で、2月7日有志連合軍が、親政権側部隊によるシリア民主軍(SDF)本部に対する攻撃に対して、有志連合軍はSDFに対してアドバイスその他の支援を行うため共に駐屯していたため、ユーフラテス川近くの親政府軍に対する「防衛的空爆」を行ったと発表した。 空爆により、少なくとも100人の親政権側勢力メンバーが死亡したと報道された。シリア政府は、有志連合によるこの行為を戦争犯罪であると断じた。一方、2月13日付ブルームバーグ紙は、ロシア人が多数を占める傭兵200名が死亡したと報じてその真偽に関心が集まっている。
    バルダイ討論会ラブロフ演説、スプートニク報道
      ロシア人兵士の被害、ブルームバーグ報道
     

    【クルド情勢(シリア)】
    ◆2月19日シリア国営TVは、シリア政府軍がまもなくシリア北西部アフリンのクルド人支配地帯に、政権側とクルド武装勢力との合意(参考)に基づき、進軍を開始すると報道。一方、トルコのチャブシュオール外相は、18日、ミュンヘン安全保障会議において、(1月20日に開始されたトルコ軍によるシリアへの越境攻撃である)オリーブの枝作戦は、トルコにとっての正当な自衛のための権利であり、ISILを撃退するために他のテロ組織を支援することは、大きな誤りであると発言。
    シリア国営TVをうけたAP報道
      マスダルニュース
    トルコ国営アナドール通信(19日現在、1640名以上のテロリストが無力化される
    (参考)2011年のシリアにおけるアラブの春勃発までは、シリアのクルド勢力は、クルド語の公式な使用も認められず政権側に抑圧されてきたが、反体制勢力とISILという2つの両面戦線に勢力を割くことができなかったアサド政権は、クルド人勢力(政治母体PYD、武装民兵組織YPG、YPJ)と事実上の役割分担を行い、クルド人勢力によるISILが支配していたコバニ、テルアブヤド、マンビジ、ラッカ奪還を黙認してきた。一方、PYD/YPGをPKKと同根のテロ組織とみなすトルコは、2016年8月12日のクルド勢力によるユーフラテス川西岸の町マンビジ制圧に危機感を募らせ、同年8月24日トルコ国境ユーフラテス川沿いの町ジャラブルスに越境進軍(「ユーフラテスの盾」作戦)し、ジャラブルスからアザーズにいたる帯状地帯に反体制側の自由シリア人部隊を展開させることで、以来、同地を実効支配してきた。ISILとの戦いを優先してきた米、ロシアは、トルコの意向にもかかわらず、YPGに一定の支援を与えてきた。ところが、ISILの首都とされたラッカ陥落後も、米軍支援のもと、クルド人勢力がISILから奪還した土地からのクルドの撤退の見通しが立たないことに苛立ったトルコは、2018年1月20日に米軍の援護の範囲外であるアフリンからの「テロリスト(トルコがテロリストとみなすYPG)」一掃のための軍事作戦を開始した。この作戦は、トルコとの関係改善を進めているロシアの明示的、または暗黙の了解があったとみられる。しかし、シリア政府軍がクルドとともに、アフリンに軍を進め、仮にトルコ軍との戦闘に入れば、アサド政権を支えてきたロシアは、機微な状態におかれるため、政府軍が直接トルコ軍との交戦状態に入らないようアサド大統領、エルドアン大統領双方に働きかけを行うものとみられる。

    【宗派対立(イスラエル・イラン関係、イスラエル・アラブ諸国関係)】
     2月18日、ミュンヘン安全保障会議でネタニヤフ・イスラエル首相は壇上でイランのドローンの残骸(参考1)であるとする金属片を振りかざし、イランに対し、「我々は必要に応じて、イランの代理勢力だけでなく、イランそのものに対しても行動を躊躇わない、イスラエルの決意を決して試さないように」との警告を発した。これに対しザリーフ・イラン外相は、ネタニヤフ首相の演説を「漫画のような道化芝居」と酷評し、「真摯な反応に値しない」と断じた。 演説後の記者会見で、首相は、イスラエル同様イランを脅威とみなすアラブ諸国との関係に触れ、「イスラエルは、私が生涯で想像もできなかったほどのアラブ諸国との一過性ではない新たな関係を築いたという事実」に言及。
    ネタニヤフ首相演説(ロイター報道)
      (参考1) イスラエルは、イラン製ドローンの領空侵犯に対する報復措置として2月10日シリア国内のシリア・イラン関連施設12か所を空爆。その際、F16戦闘機一機がシリアの地対空システムにより撃墜された。イスラエル戦闘機のシリアによる撃墜は、1982年以後初めて。アラブニュース報道
      (参考2)2017年11月イスラエル国防省の参謀長アイゼンコット(Gadi Eisenkot)中将はサウジ新聞Elafとのインタビューで、イランは「地域にとって最大の脅威」、必要に応じて情報共有を行う用意がある、と述べ、初めてアラブ諸国とのインテリジェンス協力に積極的であることを明らかにし、(サウジアラビアなどの穏健な)アラブ諸国とイスラエルの間には多くの相互利益が存在すると言明。ユヴァル・シュタイニッツ(Yuval Steinitz)水エネルギー相は、2017年11月19日イスラエル陸軍ラジオ放送局に、自国のアラブ・イスラム諸国とイスラエルとの間に秘密裏の協力関係があると語った。。英国王立防衛安全保障研究所
     

    【クルド情勢(イラク)】
    ◆2月17日ミュンヘンでの安全保障会議のマージンで、2017年9月25日のイラク・クルディスタンの独立を問う住民投票(参考1)以来、3度目となるネチルバン・バルザーニKRG首相とアバーディ・イラク首相の会談が実施された。イラク中央政府とKRGの関係は、KRGによる住民投票の実施、と空路封鎖等の中央政府側による強硬措置ならびに10月中旬のイラク軍による油田地帯を含むキルクーク奪還(参考2)により極度に悪化していた。KRG側は、KRG公務員への給与支払い、空路封鎖解除を期待しており、クルディスタンで採掘された石油の中央政府への引き渡し問題も絡んで調整が続いているとみられている。KRG側は、5月12日のイラク国民議会選挙前に前進が図られることを期待している。
    (参考1)約330万人が投票に参加し、92.73%が独立賛成に投票(RUDAW報道)。
    (参考2)バイハサン油田とアバナ油田の石油産出量は27.5万b/d(ブルームバーグ報道)
    ネチルバン・バルザーニKRG首相インタビュー RUDAW
    ネチルバン・バルザーニKRG首相とアバーディ・イラク首脳の会談ほか RUDAW
    イラクとクルドの衝突がキルクーク原油採掘を減少させる Bloomberg

    【クルド情勢(シリア)】
    1.トルコ・米両国は、16日トルコを訪問中のティラーソン米国務長官とチャブシュオール・トルコ外相との会談後発出された共同プレス声明の中で、①両国は、長期にわたる同盟国としての精神に基づき、両国間の懸案を解決する決意を確認し、そのために結果重視のメカニズム構築に合意した。そのプロセスは3月中旬までには開始される、②トルコと米国は、ISIL、PKK、アルカーイダ、およびその他のテロ組織とその手先と戦う決意を確認する。両国は、自国に対するテロの脅威に対し、自衛の権利を認める、旨表明。
    (補足)トルコ側は、北部シリア・ユーフラテス川西岸の町マンビジからのクルド人勢力(YPG:シリア人民防衛隊)のユーフラテス東岸への撤退を米国に要求しており、それを実現させるために、トルコ軍を派遣する用意があることを提案したとみられる。設置される協議メカニズムの議題になるとみられるが、実現は容易でない。因みに、クルド人勢力の東岸への撤退は、トルコ軍がシリア内戦開始後初めてジャラブルスに越境攻撃を行った2016年8月24日、当時のバイデン米副大統領がトルコを訪問し、撤退に言及したものの、その後、米国は、YPGを主体とするシリア民主軍(SDF)のラッカ解放作戦に悪影響を及ぼさないようにするため、クルド人部隊にはこの要求を棚上げにし、武器の供給や訓練を行っていた。外相会談の前日15日のティラーソン米国務長官とエルドアン大統領の会談は難航し、3時間以上続いたとされる。 (解説記事)ミドル・イースト・アイ報道
      (共同プレス声明)フッリエット・ディリーニュース報道

    【中東和平】
    2月15日、オマーンのユースフ・ビン・アラウィ外務担当相(注:オマーンでは、カブース国王が外務大臣兼務)が、イスラム教徒にとっての第3の聖地とさられているエルサレムのアルアクサ・モスクと岩のドームを訪問。外交関係のないアラブ諸国の閣僚級の訪問としては異例(昨年9月にはヨルダンの閣僚が訪問。アラウィ外務担当相自身も2015年2月訪問)。大臣は、昨年12月のトランプ大統領によるエルサレムをイスラエルの首都承認と米大使館のエルサレム移転宣言を踏まえ、今や世界全体にとって、パレスチナ国家建設が戦略的に必要になってきていると発言。 アラウィ外務担当相は、13日から3日間の予定で、イスラエルが出入りを管理するアレンビー橋を通過して西岸を訪問。15日には、アッバース・パレスチナ暫定自治政府大統領とも会談。
    (参考)
    オマーン・イスラエル関係:1995年アラウィ外務担当相は、ラビン首相暗殺の機会にエルサレムを訪問し、ペレス首相と会談。1996年1月両国は、通商代表部設置に合意(2000年の第二次インティファーダまで継続)。中東和平多国間協議の提案に基づき、1996年にオマーンに設立された国際研究機関である中東淡水化研究センター(Middle East Desalination Research Center Water Research:MEDRC)は、イスラエルもメンバーであり、限定的な関係は続いているとみられる。 タイムズ・オブ・イスラエル・オンラインほか報道
     

    【イラク復興支援】
    ◆2月14日のイラク復興支援会合最終日の各国の拠出表明額は、全体で300億ドルで、イラク政府が必要と試算した882億ドルには遠く及ばなかった。注目点は、①湾岸諸国を超えて、イラクの隣国トルコが最大の拠出を表明したこと、②今回の会合をホストしたクウェートは、1990年にサッダーム・フセイン時代のイラクの侵攻をうけたにもかかわらず、イラクの復興には国際社会の支援が不可欠として、支援会合を呼びかけたのみならず、湾岸諸国の中でも最大の支援を表明したこと、③2003年のイラク戦争を開始した米国は、軍事費等ですでに多額の負担を行っているとして、イラク政府への直接的支援を表明せず、今後イラクの復興に参加する米国企業を支援するための資金提供を表明したにとどまったこと、である。この他、④日本は、2018に国際機関を経由して約1億ドル規模の人道・安定化支援を行っていく旨表明した。因みに、イラク政府は、破壊された住宅の復旧に170億ドルを割り当てる必要があり、国連もISILの拠点であったモスルだけをとっても住宅4万戸の建設が必要と見積もっている。
    (各国拠出表明額)
    トルコ: 50億ドル
    クウェート(会合ホスト国):20億ドル(10億ドル融資+10億ドル投資)
    サウジアラビア:15億ドル
    アラブ基金(クウェートを本拠とする):15億ドル
    カタール:10億ドル
    UAE:5億ドル
    イスラム開発銀行:5億ドル
    独:6.17億ドル
    EU:4.94億ドル
    米国:30億ドル(注:米国企業がイラクで投資するための融資、その他の資金供与でイラク政府への直接支援ではない
    バグダッド・ポスト・オンライン報道
      ◆2月12日クウェート政府がホストして3日間の予定で開始されたISIL掃討後の初の本格的復興支援会合において、イラク代表は、今後、復興に必要な資金を1000億ドル(日本円で約11兆円)と発表。アルジャジーラ報道
    ◆同会合は、クウェートとイラクが共同議長を務め、さらに国連、EU、世銀が後押ししている。初日は、戦火による被害状況を評価するとともに、対応すべき課題、ならびに安定、融和、共存を促すために必要なプロジェクトについても話し合われる。2日目は投資に必要な環境醸成の手段を話し合い、最終日には、サバーハ首長臨席の下、イラクへの総合的な支援額の宣言がなされる見通し。復興会合と並行して、NGO会合と「イラクへの投資」会合が開催される。前者には、イラクから25団体、クウェートから15団体を含む約70の人道支援団体が参加する予定。後者には、50か国から約1,850社が参加する予定。クウェートタイムズ・オンライン報道

    【マイノリティ】
    ◆13日,ミャンマーの首都ネーピードーにおいて,反体制武装勢力の新モン州党(NMSP)とラフ民主連盟(LDU)の全国停戦合意(the National Ceasefire Agreement:NCA)への署名が行われました。ミャンマー政府は,2011年8月以来,国内和平達成のため,少数民族武装勢力と和平交渉を実施しています。2015年10月,カレン民族同盟(KNU)等の少数民族武装勢力8勢力が署名していましたが,残る約10の武装勢力との停戦実現が課題となっていました。ミャンマーではラカイン州での衝突をうけて、2017年8月25日以来、迫害を恐れた約68万8千人のロヒンギャ住民が隣国バングラデシュに出国し、国連からはミャンマー政府は民族浄化の疑いがあるとの批判を受けてきました。今回の停戦合意は、2年前のスーチー体制発足後初の国内和解・融和に向けての具体的進展といえ、今後のプロセス進展が期待されます。
    ロイター報道
    外務大臣談話(2月13日)

  3. 過去1か月
  4. 【中東和平】 エルサレム帰属に関する国連安保理決議案、米国拒否権発動(14対1)(2017年12月18日於:NY国連本部)

    【軍事】プーチン・ロシア大統領フメイミム空軍基地を電撃訪問し、ロシア軍の部分的撤退を表明(2017年12月11日 於:シリア)

  5. 過去1年
  6. それ以前