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トルコ関連情勢



中東イスラム世界 社会統合研究会 トルコ関連情勢

大統領選挙で問われるトルコの民主主義の成熟度

令和5年(2023) 5月
新井 春美




 「2023年で最も重要な選挙」(The Washington Post 2023.1.9付など)とされたトルコの大統領選挙は、予定通り5月14日に実施され、現職のレジェプ・タイイップ・エルドアン大統領と野党6党の統一候補ケマル・クルチダルオールCHP(共和人民党)党首の激しい争いとなった。事前の世論調査でエルドアンとクルチダルオールの支持率が拮抗していたことからも、おおよそ予測通りの結果だったといえる。

 投票率は86.98%で、得票率はエルドアンが49.52%、クルチダルオールは44.88%、もう1人の候補者で右派小政党の連合の代表シナン・オアン氏は5.17%だった。過半数を占める候補がいなかったため、上位2者による決選投票が5月28日に行われる予定である。

 この選挙は、およそ20年にわたるエルドアン政権の是非を問うものでもあった。エルドアン政権下、トルコは著しい経済成長を続けるとともに、積極的な外交により国際社会でのプレゼンスを大いに高めてきた。一方で反体制派への締め付けが激しくなり、政権に批判的なメディアも相当数、閉鎖に追い込まれてきた。2018年の実権型大統領制への移行は、エルドアン個人にさらに権力が集中することになった。外交でもNATO加盟国でありながらロシア寄りの姿勢をとるなど、他の加盟国の反発を招いてきた。

 クルチダルオールは顔立ちがインドの指導者ガンジーに似ているとして、ケマル・ガンジーというあだ名がある。エルドアンのようなエネルギッシュなタイプではないが、アンカラからイスタンブルへ400㎞以上の距離を21日間にわたって歩きながら、強権的なエルドアン体制への批判と、法や正義の重要性を訴えるという「正義の行進」を実行したことがある。今回の選挙運動では、議会制への回帰によって民主主義を立て直すことを主張している。

 主義主張の異なる野党6党がクルチダルオールを統一候補として擁立するまでには、紆余曲折があった。第2野党の優良党は他の候補者を擁立しようと、一時的に離脱するなど足並みの乱れを見せた。しかし、クルチダルオールは6党には参加していなかったクルド系政党から事実上の支援を取り付けるなど、「反エルドアン」勢力をまとめていった。

 これまでエルドアンは選挙では負け知らずで、彼が率いるAKP(公正発展党)もおおむね勝利を収めてきた。しかし明らかに潮目が変わったのが2019年5月に行われた統一地方選挙である。最大都市イスタンブルの市長選挙では、CHPのエクレム・イマモール候補が勝利したものの、高等選挙委員会が選挙に不正があったというAKPの主張を認めて選挙のやり直しを決定した。この決定に批判的な市民も多数に上り、こうした不満票を集めたイマモールは前回より大幅に得票数を伸ばして勝利を収めた。首都アンカラでもCHPの市長が誕生し、AKPが勢いは失ったことは確かである。2月の大地震にもかかわらず、予定より1か月の前倒しで選挙に踏み切ったのは、野党に時間の余裕を与えないAKP の焦りの表れといえよう。

 選挙は民主主義の根幹として公正に実施されることが必須であるが、そのために決戦投票に向けて以下の点が期待される。まず、野党の異議申し立てに対し選挙高等委員会が調査し回答することである。野党によれば、結果に影響はないものの、14日の投票で党が立会人を通じて集めた得票数と選挙高等委員会の集計数に差があるという。こうしたケースは以前も指摘されており、たとえば2017年、大統領権限の強化を問う国民投票において、最大2万票が不正に操作された可能性を欧州評議会の選挙監視団が示唆していた。次に司法が独立性を維持することである。今回の選挙で、反エルドアンの最有力候補とみなされていたイマモール市長が、2018年の選挙に関し選挙高等委員会を侮辱したとして、侮辱罪の有罪判決が下された。これは与党の意を汲んだ判決だとされている。万一、候補者の選挙活動が阻害されるようなことがあれば、公正な選挙とはいえないだろう。そしてメディアの報道姿勢の検証である。生き残っているメディアもAKPの影響下に置かれたり関連企業の傘下にあるため、「忖度」や「自主規制」は当然のように行われ与党に有利な報道となっていたと推測されるが、あらためて報道の客観性を検証することが望ましい。最後に、外国の介入の有無を明らかにすることである。クルチダルオールは、ロシアの選挙への介入をけん制する発言をしている。2016年のアメリカ大統領選挙ではサイバー空間でロシアの介入があったことが報告されていて(Background to “Assessing Russian Activities and Intentions in Recent US Elections”: The Analytic Process and Cyber Incident Attribution)、いまや外国が選挙に介入し自国に有利な結果を出そうとすることは多いにありうる。なによりそうした事案が発生すれば選挙制度への信頼がゆらぐ。サイバー空間での不正を阻止するのは困難であるが、黙って見逃すようなことはあってはならないはずだ。

 28日の決選投票ではこうした課題や懸念を払拭し、公正で透明性のある選挙を実施できるか、建国100周年を迎えるトルコの民主主義の成熟度が問われている。


(以上)




















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