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トルコ関連情勢



中東イスラム世界 社会統合研究会 トルコ関連情勢

トルコのチャイ

令和6年(2024) 2月
新井 春美





 
 
 

ティーポット(çayçaydanlık)とグラス(çaybardak)
 
 
 

チャイクルの人気商品
チャイクルのHPより
 
 
 

茶園
チャイクルHPより

 紅茶は日本でもよく親しまれており、本格的に香りや味を楽しめる茶葉や手軽に飲めるティーバッグ、自動販売機でも購入できるペットボトルまで、多種多様な商品が出回っている。最近ではイギリス発祥のアフタヌーンティーも中心に人気がある。
 紅茶にもさまざまな種類があるが、三大紅茶と言われるのがインドのダージリン、スリランカのウバ、中華人民共和国のキームンであり、茶の生産量もこれらの国々が上位を占める。最大の生産量を誇るのが中華人民共和国、続いてインド、ケニア、スリランカ、そして茶のイメージはないかもしれないがトルコとなっている。
 茶の生産に適しているのは緯度35~45度でこの範囲をティーベルトという。トルコ国内の茶の主要な生産地は黒海沿岸のリゼ、トラブゾンである。この地域は標高が高く気温差があるため茶葉の生産に適しているが、ティーベルトの中で最北の生産地である。
 トルコでは紅茶はチャイ(çay)と呼ばれ、一日はチャイで始まりチャイで終わると言われる。紅茶の消費量を見てみると、トルコでは1人当たり年間6.96ポンド(およそ3.2㎏)を消費しており世界最大となっている(2016年時点)。チャイは食事、団らん、休憩、商談の際などにひんぱんに飲まれ、多くの職場にはティーベンダーが設置され、バザールではトレイに乗せられたチャイが行き来している。全国各地にティーガーデン(çay bahçesi)、ティーハウス(çay evi)がありチャイやそれ以外の各種の飲み物も楽しめる。新聞を読んだり読書をしたり、あるいは友人との談笑、ゲームに興じることもできる。(çay bahçesiには茶園、茶畑の意味もある)
 チャイを入れるには、2段のティーポットを用いる。ポットの下段には水を入れて沸かし上段には茶葉を入れる。下段の水が沸いたら上段に注ぎ10~15分程度蒸す。そして上段からグラスに濃い目の茶を注ぎ、下段のお湯で薄める。「ウサギの血」と言われる程度の薄い赤茶色になるまで注ぎ合わせるのが目安である。

 これほど飲まれている割には、トルコでのチャイの歴史はそれほど古くない。
 トルコで本格的に茶の生産が開始されたのは、オスマン帝国末期である。黒海沿岸のバトゥミ(現ジョージア)でロシア人によって茶の栽培が開始されると、隣接したオスマン帝国にもそれが伝えられた。ブルサ(南西部)での栽培が試みられたがうまくいかず、その後茶の栽培は放置された。
 バトゥミの茶栽培は黒海沿岸地域の主要な産業となっていったが、1921年にバトゥミがソ連に併合されて以降、バトゥミに隣接したトルコ領内の人々がバトゥミの茶産業に携わることができなくなった。地域経済にもマイナスの影響が現れはじめ、黒海沿岸地域から大都市への移民も増加するようになった。トルコ政府は雇用、経済対策としてリゼ周辺でヘーゼルナッツ、オレンジ、レモン、茶の栽培を奨励するようになった。
 茶の栽培は気候条件も厳しく、技術的な困難もありすぐにうまくいったわけではなかった。しかし ジニ・デリン(Zihni Derin、農業学者)の尽力により、リゼで茶の栽培が成功し大規模な生産拡大へと繋がっていった。1939年の終わりには、茶の栽培面積は155ヘクタール超、1,324人の農民が栽培に従事、1945年までに栽培面積は約178ヘクタール、栽培に従事する農民は9,736人にまで増加した。こうしてチャイはトルコ全土に広まり、生活にも溶け込んでいくことになる。

 大きな転換点となったのが、1973年のチャイクル(Çaykur)設立である。国営機関として設立されたチャイクルは茶の生産、研究で主導的な役割を果たすとともに、10,600人の従業員を抱え、地域の雇用の創出や経済成長に貢献している。チャイクルは大規模茶園を経営しているわけではなく、主に中小の茶生産者約20万人と契約し、46の茶工場を保有している。2019年の同社の報告によれば、国内で生産された新茶のうち53%はチャイクルによるものである。
 これまでトルコで生産された茶は主に国内消費向けだったが、近年は政府が率先して茶の輸出増加を目指している。輸出国としての順位は世界32位であるが、輸出量は2021年から2022年に13.9%の増加、金額は24,751千ドルに上り、今後も伸びる可能性がある。
 2019年からは、トルコ科学技術研究会議の支援により地元の大学で、茶木の遺伝子プールを構築し、商業茶のための品種候補を特定するというプロジェクトが開始されている。このプロジェクトにより茶園の再生を図り、生産地域の環境に適したより良質な茶の生産を増加させることが期待されている。

 しかし、今後のトルコの茶産業の発展は楽観できない。市場はチャイクルを含めた4 社が78%のシェアを占めるという寡占状態になっていて、競争力のある分野とは言えないためだ。さらに問題なのは、チャイクルが2017年から損失を出し続けていることである。その理由として、過剰な広告宣伝費、人件費、有機茶にカビが生え大量に廃棄したことによるコスト増、といった運営のまずさ、さらに品質基準や価格設定まで政治的に決定されており企業としての自律性がないことも指摘されている。この結果、上述したように輸出量は世界35位であるが、輸入量は世界25位でありトルコより生産量の少ない国から輸入する羽目になっている。

 トルコの茶生産地では、冬季の積雪により害虫の発生が抑えられ殺虫剤が不要なので、良質な有機茶が生産できる。トルコの良質な茶を世界に届けられるよう、チャイクルの体質改善と業界の活性化を行う必要があるだろう。

 
参考資料
Oya Yildirim and Oya Berkay Karaca, ”The consumption of tea and coffee in Turkey and emerging new trends”, Journal of Ethnic Foods, (2002)9:8.
Khalid Mahmood Khawar, “History of tea production and marketing in Turkey”, International Journal of Agriculture & Biology, Vol.9, No.3, 2007.
Arif Furkan Mendi,”Türkiye çay endüstrisi Sektörel ve amprik bir çalışma”, International Journal of Social Science and Education Research,Yıl. 2018, Cilt.4, Sayı.2.
https://www.fao.org/3/MW522EN/mw522en.pdf
https://www.worldstopexports.com/tea-exports-by-country/?expand_article=1
https://www.bbc.com/turkce/haberler-turkiye-56974086
 
なお、紅茶も緑茶も同じ茶の木から採れる。収穫後の製法の違いにより紅茶や緑茶に分かれる。



(以上)




















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