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2019年7月 新井 春美 |
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1.「ウイグル暴動」から10年中華人民共和国新疆ウイグル自治区において大規模な暴動が発生してから、本年7月で10年が経過した。この暴動ではウイグル族と漢族が衝突し、200人近くの死者が出た。暴動後、中国当局はウイグル族の分離・独立運動を警戒してさらに締め付けを強化したが、国際社会はそれほど関心を払ってこなかった。しかし、その状況が変わりつつある。米国が、ウイグル族が弾圧されているとして中国政府への批判を始めたのだ。2018年1月、「中国問題に関する連邦議会・行政府委員会」(Congressional Executive Commission on China) は報告書の中で、新疆ウイグル自治区における人権の危機的状況に警告を発した。新疆では治安要員が増強され、ウイグル族の監視が行われている上に、「政治教育キャンプ」が設置されている。中国政府のこのような暴力的な行為は住民の過激化を招きかねない。また、ウイグルの自由化運動の象徴で、「ウイグルの母」と呼ばれるラビア・カディール女史の家族の逮捕についても懸念を示している。さらに、超党派の議員が新疆での住民の大量拘束を理由に、中国高官の制裁を求める書簡を合衆国政府に提出した。こうした動きは米国外にも波及し、国連人種差別撤廃委員会では欧米諸国を中心に、ウイグル族の置かれた状況への懸念と中国政府を非難する意見が提出されている。さらに本年7月には、西欧諸国をはじめとした22カ国が、中国の対ウイグル政策を批判する共同書簡を国連人権理事会に提出した1。 2.父祖伝来の地で少数派に転落中国の西域に位置する新疆ウイグル自治区は、人口のほとんどをウイグル族が占めていたが、中国政府の主導する大規模な移住によって漢族が大量に押し寄せ、ウイグル族はいまや父祖伝来の地で人口でも漢族に圧倒されてしまった。中国政府は強硬な同化政策を進めており、宗教的な活動の禁止(モスクはほぼ使用できない状況にある、男性の長いひげがイスラーム的だとして切り落とすよう強制されている等)、出産制限、教育の監視、新生児の名前の制限(ウイグル伝統の名前を禁止)などを断行してきた。2009年の暴動は、こうした弾圧に対する不満が爆発したものと言えるだろう。最近は、「過激思想から脱却するための教育施設」-実際はウイグル人のアイデンティティを抹消し、共産党政府に従順にするための洗脳キャンプと言われている-、に100万人(ウイグル族のおよそ10人に1人)を拘束しているとされる。報道によれば、こうした施設を管理する部署は有刺鉄線、警棒、手錠、催涙スプレーなどを調達しており、およそ教育施設とはいえないとしている2。シリアで内戦が勃発してから、一部のウイグル族がIS(「イスラーム国」)に参加していることも、中国政府に「テロ取り締まり」という弾圧の口実を与えてしまった。中国国内のみならず、隣国のウイグル族にも弾圧の手は伸びている。カザフスタン国籍のウイグル族の女性は、ビジネスで中国に出張した際にまったく身に覚えのない「テロ活動ほう助」との理由で、1年以上にわたり施設に収容されたという。施設では、窓のない部屋に40人ほどの女性が詰め込まれ、男性監視員の前で全裸にされたり、私語をすると手足を縛られた。中国共産党の歌を合唱させられることもあったという3。 3.チャイナマネーの前に沈黙するイスラーム諸国こうしたウイグル族の状況に、ウイグル族と同じイスラームの国々はどのような反応を見せて来たのだろうか。2009年の暴動に際し、エジプトやサウジアラビアの新聞はアラブ諸国の指導者たちに中国政府の暴力を批判するように呼びかけたが、政界、宗教界からの反応は見られなかった。それどころか、2017年にはエジプトに留学していたウイグル族留学生がエジプト当局に拘束されるという事件があった。留学生の多くは、イスラーム教スンニ派の最高学府であるアズハルへの留学生だと言われているが、彼らの拘束は中国政府の要請によると見られている。多くのアラブ諸国も中国と同様に独裁的であり、「人権」を擁護などしていたら体制の維持ができないという事情がある。そして、中国の進める「一帯一路」から落とされるであろうチャイナマネーに期待を寄せているのである。先に述べた中国を批判する22カ国の共同書簡が提出された後に、別の37カ国が「テロ」と戦う上で中国の措置は必要だったと擁護する書簡を人権理事会に提出しているが、この中にもアラブ諸国が数カ国含まれている。4.トルコは沈黙他方、ウイグル族を擁護してきた数少ない国のひとつにトルコがある。トルコ政府はしばしば、弾圧を止めない中国を激しく批判してきた。一般市民の間でも、自らと同じトルコ系であるウイグル族に対して同情的であり、1950年代から新疆を脱出したウイグル族を受け入れてきた歴史がある。また、中国政府がイスラーム教徒にとって重要な断食をウイグル族が行うことを禁止したというニュースが広まると、イスタンブール市内で反中国デモが発生し、韓国人旅行客が中国人に間違われて殴られるような事件に発展した。 しかし国際社会の変化に対し、奇妙なことだがトルコ政府は協調する姿勢を見せていない。22カ国の共同書簡にも加わっていない。2019年6月にG20大阪会議に出席したエルドアン大統領は、大阪から北京に飛び習主席と会談を行った。中国メディアの報道によれば、この会談でエルドアン大統領は、ウイグル人は中国においてとてもよい状態で暮らしていると発言したことになっている。(この発言はトルコの主要紙(電子版)では確認できなかったが、現在のトルコメディアの多くは政権の影響下にあり、政権に都合の悪い報道はしない。) かつては、「ジェノサイド」という言葉を用いて中国政府を激しく批判したこともあるエルドアン大統領だが、今回は批判を控えたようだ。ウイグル系組織のリーダーであるイーサ氏は、エルドアン大統領は習氏との会談中にウイグル問題に言及せず、国際世論をさらに喚起する絶好の機会を逃したと批判している4。トルコのこうした姿勢は、エルドアン政権の苦しい立場によると考えられる。トルコはシリア情勢に関する見解の相違、ロシアからのミサイルシステム購入問題等により欧米諸国との関係が悪化し、経済にも陰りが出ている。2018年から今年にかけて、ドルに対するトルコリラが大幅な下落を繰り返している。国内の大規模なインフラ開発も資金不足によって暗礁に乗り上げているようだ。エルドアン政権の人気は良好な経済に依るところが大きかったため、経済を上向きにする必要がある。ここでチャイナマネーが重要になってくる。トルコは「一帯一路」には初期の段階より大きな関心を寄せていたが、現在は中国人観光客を100万人呼び込もうというキャンペーンも展開中である。欧米諸国との関係改善がスムースには行かない現在では、中国との関係を促進して経済を活性化することを期待するしかないのだろう。これではチャイナマネーの前に口を噤んでいる多くのアラブ諸国と同じである。国際社会がようやく関心を示すようになったのに対し、ウイグルにとって「安全地帯」 であったトルコが及び腰になっているとは、なんともやりきれない状況である。 注1 22カ国は、Australia, Austria, Belgium, Canada, Denmark, Estonia, Finland, France, Germany, Iceland, Ireland, Japan, Latvia, Lithuania, Luxembourg, the Netherlands, New Zealand, Norway, Spain, Sweden, Switzerland, and the United Kingdom。アメリカは別の理由(人権理事会は政治的に偏っているなどと主張)で人権理事会を2018年に脱退しており書簡には参加していない。 国連人権理事会に提出された書簡。画像は Marco Rubio 議員のツイートより 注2 https://www.afpbb.com/articles/-/3204613 注3 東京新聞2019年2月14日 注4 https://www.middleeasteye.net/news/erdogan-criticised-over-silence-uighurs-during-china-visit (本稿に関連する報道のWEBページなど) 「中国問題に関する連邦議会・行政府委員会」
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